若き企業家⑩ 効用と支配と利益 後編
これまでどうだったか自信がありませんが、少なくとも今後は外国人との会話では「敬語」での表記は行いません。
1994年(平成6年)11月
次に私が向かったのは、銀座、そしてパリのアヴェニュー・モンテーニュだった。
高級ブティックの試着室。そこは、世界で最も「残酷な鏡」がある場所と言えるだろうからだ。
銀座の高級ブティックで私は実演を行った。
「既存の照明では、肌の色が不健康に見えるのです。お客様がドレスを着た瞬間、自分の顔色の悪さに落胆して購買意欲を失ってしまう。それが今の小売業の限界なのです」
営業マンとしての経験はないものの、売り込みを受けた経験は何度もある。私は汗をかきつつ、ブランドのCEOたちに専用設計の「美肌LED」を提示しプレゼンを行った。
人の肌を最も美しく見せる波長だけを強調し、オハラのレンズで「影」をコントロールする。
「この鏡の前に立てば、お客様は20%若返り、ドレスの色彩は真実以上の輝きを放ちます。我々は照明を売っているのではありません。『お客様が自分を愛する瞬間』を売っているのです」
我ながら下手くそな営業トークだったが、こちらの結果は美術館よりも劇的だった。
あるブランドでは、照明の入れ替えだけで成約率が13%向上したというデータが出た。「光が売上を変える」 この実利が証明された瞬間、世界のラグジュアリー市場は雪崩を打って我々の製品を採用し始めた。
それは世界各地の高級レストランも例外ではなかった。経営者たちが注目したのは光の演出だった。
光の当たり方や色次第では、食欲や味覚にまで影響を与えると考えたのだ。
同時に営業部隊は医療現場への売り込みも行っていた。
まずは、手術台の天井にある、あの強烈な光源についてだが、LEDに転換できれば無駄な熱から解放され、術野の乾燥や外科医の疲労を抑えることが可能となるだろう。
これ以外でも幅広く医療現場での活躍が期待できるのだ。
わが社の動きに対して、世界中に存在している既存の照明メーカーたちの反応は、予想されたものだった。
白色LEDの登場を知った彼らの初期の反応は、「LEDなど暗いし高い。表示灯の玩具だ」と否定的だった。電気代や寿命といったランニングコストが低いとはいえ、初期費用は従来の電球の10倍かかる点を突いてきた。
彼らは世界中でロビー活動を開始した。
ヨーロッパの業界団体の機関誌にLEDに対する否定的な記事が掲載された。表向きは中立の「専門家の警告」となっていたが狙いは言うまでもない。著者名を確認したところ、業界団体の紐付きであることが明らかになったが、肝心の記事の中身は単なる誹謗中傷だった。
日本でも業界団体が都内で記者会見を開いた。演壇に立ったのは、白衣の大学教授だった。
「LED照明に含まれる短波長青色光は、長時間暴露により網膜色素上皮細胞に酸化ストレスを与え、加齢黄斑変性を促進する可能性が示唆されています」
丁寧な言葉で包まれた、要するに「目が潰れる」という主張だった。
これに合わせるかのように翌日の朝刊各紙に、小さな囲み記事が載った。その団体の加盟企業でもある企業が「人体に優しい次世代省エネ照明の開発に着手」と発表した内容だった。
小二郎が珈琲を置きながら言った。
「着手、か。目に悪いと言いながら、自分たちも作ろうというわけですか」
私は記事を折り畳んだ。着手、という言葉の重さを、彼らはまだわかっていない。
着手したということは、まだ持っていないと白状したことに他ならない。同時に私たちの持つ特許侵害へのカウントダウンが始まったことを意味し、彼らの焦りを表している。
「ところで兄さん、営業部からの報告ですが、先週まで交渉を続けていた販売代理店から、突然、連絡が途絶えました」
「どこかから圧力があった、というわけか」
「おそらく。ただ、こんなのは予想していたことです。人間は新しいものに対する、ある種の疑いを持つもので、携帯電話の電磁波が脳に悪いと言われているのと同じでしょう」
だが、我々が美術館や医療現場において「紫外線・熱源ほぼゼロ」の利点を掲げて浸透し始めると、その声は虚しく響いた。
焦った彼らは自社開発を急ぐが、その前には、私が数年前から埋めておいた特許の「地雷原」が広がっていた。p型GaN、特定の窒化物半導体の結晶成長プロセス、蛍光体の粒径、配光レンズの曲率、検査工程。どこを歩いても地雷が炸裂し彼らの行く手を阻む。
1994年12月 オランダ アムステルダム フィリップス本社
私と小二郎は敵の「本陣」に乗り込んでいた。欧州で絶大な力を誇る巨人の中枢部。
本社内の重厚な雰囲気を持つ応接室に通された。
壁には歴代社長の肖像画。テーブルの中央には、静かに回転するフィリップスのロゴ。
数分後、扉が開いた。
入ってきたのは、CEOのヤン・ティマーを含む数人の男たちだった。
「ミスター・キノシタ、ようこそ」
ティマーは笑顔を見せたが、私にはそれは圧倒的強者が見せる余裕にしか見えなかった。
席に着くと彼は時間が惜しいとばかりに話し始めた。
「君の技術は確かに素晴らしい。しかし、我々には100年の歴史がある。照明のフィリップスとして、世界中で信頼されてきたのだ」
彼の声には、余裕を見せつつも、隠しきれない内面の苛立ちが滲んでいた。
「100年ね。その歴史が、今の君たちには足枷になっているのではないのか?」
私は意識して静かに、しかし断定的に応じたが、ティマーの表情は警戒を露わにするものだった。
「……それはどういう意味か」
「1924年、フィリップス、GE、オスラムなど、君たちの先人は、わざわざジュネーブに集まって何をしたか。電球の寿命を1000時間に揃えた。技術的に可能だったにもかかわらず、それ以上のものは作らないと誓約した。しかも、それを破った企業には罰金を課すとまで迫った。誓約を守っているか確認するために製品の検査までした」
ティマーの表情が、わずかに強張った。
「フェーバス・カルテルだよ。君の言う『信頼の歴史』の、表には見せない裏の顔だ。消費者に長寿命の電球を渡さないことで業界全体の利益を守り続けた70年間という歴史は、胸を張って顧客に説明できるものなのか?」
私はテーブルの上で指を組み、ティマーの目を見ながら続けた。
「私の白色LEDは、理論上10万時間の寿命がある。もし私が君たちと同じ哲学を持っていれば、今ごろ寿命を5000時間に抑えた製品を出して、君たちと仲良く談合していたかもしれない。しかし、私はそうしなかった」
「……それは過去の話だ」
「そう、過去の歴史の話だ。だが終わっていない。その理念は受け継いでいると世界中の人間が感じている」
私は静かに微笑んだ。
「歴史が証明していることがある。君たちの組織は、技術の進歩よりも、自分たちの利益を優先するように設計されている。だから今回も私の特許を回避しようとする前に、私と組む交渉をしようとは考えなかった。それどころか私の製品を非難した。歴史は繰り返すものだね」
「それは脅迫か? 我々も手をこまねいているわけではない。すでに独自の青色LED開発は最終段階だ。君たちの特許など、容易に回避できる」
ティマーが強気に言い放ったその瞬間、小二郎が分厚いバインダーをテーブルに置いた。
「回避……。それは、先月、君たちが欧州特許庁に提出した『非公開の優先権主張書類』、あるいは『学会発表予定の予稿集』をベースに言っている内容を指すのか?」
ティマーの眉がぴくりと動いた。小二郎は淡々と続ける。
「我々にはスパイ活動など必要ない。君たちが特許申請のために提出した公開前の書類、および関連する論文の引用元を精査すれば、開発のベクトルは自ずと算出できるんだ。
結果は明白だ。フィリップスが『独自』と信じているその結晶成長プロセスは、我々の特許番号『JP-1992-XXXXXX-A』の範囲内から1ミリも出ていない」
バインダーを開くと、そこにはフィリップスの試作データと、我々の特許請求の範囲を重ね合わせた、残酷なまでの照合図が並んでいた。
ティマーの顔から、急速に血の気が引いていくのがわかった。
「これは……どうやって、ここまで正確に……」
彼はバインダーのページをめくりながら、初めて自分たちが追う側ではなく、すでに包囲されていた側であることを理解したらしかった。
「論理の帰結だよ、ミスター・ティマー。君たちが歴史に固執し、過去の延長線上で正解を探している限り、数年前に私が埋めた地雷原からは一生逃げられない」
私はページをめくった。
「p型GaNのドーピング工程。蛍光体の粒径管理。配光レンズの曲率設計。検査工程まですべて、我々の権利範囲内だ。仮にフィリップスが製品化に踏み切れば、即座に販売差し止め訴訟を起こす」
「……訴訟など、我々も恐れていない」
ティマーの声は、しかし先ほどより力がなかった。
「では、開発を続ければいいだろう。ただし」
私は立ち上がり、窓の外のアムステルダムの街並みを見た。
「こういった訴訟の解決には短くても3年はかかるものだ。その間、フィリップスは新製品を出せない。
一方で我々は、欧州各国の公共インフラにLEDを提案し、供給し続ける。3年後、仮にフィリップスが勝訴したとしても、その時、市場には我々の製品しか残っていないだろうね」
市場が我々の特許規格を前提に回り始めるというわけだ。
しばしの沈黙の時間が流れた。
ティマーは深く息を吐き、自社の顧問弁護士らしき人物と目配せした後で私に言った。
「……ロイヤリティ率を、10%にしてもらえないか」
「15%だ。交渉ではない。これが日本による新しい照明産業のルールだ」
私は冷徹に告げた。
「ただし、今月中に契約すれば、前払い一時金は400億円に減額しよう。来月になれば、500億円のままだ」
ティマーの拳が震えた。
「……検討させてくれ」
「2週間以内に返答をしてくれ。それを過ぎれば、条件は変わる」
開発期間と訴訟リスクを天秤にかけた彼らは、ついに膝をついた。
「ライセンスを売ってくれ」というのが彼らの答えだった。
裏交渉の場で、かつての巨頭たちへ提示した契約書には、屈辱的なロイヤリティ率が並んでいた。
私がフィリップスをはじめとする、全世界の主要な電球メーカーに提示した数値は以下の通りだ。
・売上高ロイヤリティは15%。
・最低保証金は年間100億円。
・前払い一時金は500億円。
・契約期間は10年で途中解約不可。
・改良特許の帰属はすべてワイドギャップ側にある。
・訴訟放棄条項を設け、過去・将来すべての請求権を放棄することを誓約。
最後に、上記契約は欧米や日本の大手、準大手メーカー15社を対象とするが、ワイドギャップ側との契約が遅くなればなるほど、契約条件は厳しくすると宣言した。
ライバルメーカーの気持ちとしては屈辱の極みだろう。だが世界市場で覇を競ってきたメーカーたちは、この条件を飲まざるを得ず、彼らは続々とライセンス契約を結んだ。
結果として彼らは「自社ブランドで売っているが、実質的には下請け」に転落した。最も彼らに屈辱を与えた部分は「改良特許の帰属はすべてワイドギャップ側にある」点で、彼らが技術を磨くほど、我々を強くする労働者になり下がることを意味した。
例えばある欧州の有力照明メーカーの例で示そう。
・年間LED関連売上:2000億円
・ロイヤリティ率:15%
・年間支払額:300億円
・最低保証:100億円
・一時金:100億円
10年間総支払額:約3200億円
もちろん、これらの条件は先に述べた大手だからこそ提示できる内容なのだが、こんな金額でも彼らは契約する。なぜなら自社開発した場合で示してみよう。
開発期間:5〜7年+不確実。
訴訟リスク:敗訴時の賠償金は1兆円規模。
市場不参加:即ブランド死。
以上のようなデメリットがあるのだ。
それは技術使用料というより、敗戦国に課された上納金に等しい意味合いだったと言えようか。
ここで彼らの一部は逆襲に出た。
フィリップスが契約した翌月、ドイツの照明大手オスラムが動いた。
彼らは米国の法律事務所と組み、「ワイドギャップの特許は無効である」として、米国特許庁に無効審判を請求したのだ。
「兄さん、オスラムが本気で潰しにかかってきました」
小二郎が硬い表情で報告した。
「青木教授の論文を『先行技術』として引用し、我々の特許には新規性がないと主張しています」
私は資料を一瞥した。
「これを小二郎はどう見る?」
「予想通りです。彼らは最後の悪あがきをしていると僕は思う」
「しかし、もし審判で負けたら……」
「いや。負けないよ兄さん」
小二郎は断言した。
「青木教授の論文は『理論的可能性』を示したに過ぎない。兄さんの特許は『量産可能な具体的プロセス』を開示しているから次元が違うんだ」
実際、小二郎が断言した通り、審判は我々の勝利に終わった。しかしオスラムは諦めなかった。
彼らは欧州委員会に「ワイドギャップは市場を独占し、競争を阻害している」として、独占禁止法違反の申し立てを行ったのだ。
「確かにLED照明の技術は全てワイドギャップが握っており、その占有率は100%だ。しかし我々は技術を開放している。誰でもライセンスを受けられる。これのどこが独占なのか」
小二郎の進言をもとに欧州委員会の調査官に、私は冷静に反論した。
相手方が刺すような口調で言った。
「ロイヤリティ15%は、市場の常識を超えている。これだけでも独禁法に抵触する」
「それは、我々の技術価値に見合った対価だ。嫌なら、自社開発すればいい」
調査は半年続いたが、最終的に「開発と技術への正当な対価」として認められた。
オスラムのCEOはその報告を受けた翌週、ついに契約交渉のテーブルについた。
しかし、彼らが払った代償は重かった。
契約が遅れたペナルティとして、ロイヤリティ率は17%、前払い一時金は600億円に引き上げられていた。
オスラムのCEOは、ペンを取り上げる手が震えていた。
「……ドイッチュラントの誇りが、日本に屈する日が来るとは」
彼はそう呟いたが、それでも署名した。
私はまだ手綱を緩めるつもりはなかった。
肝心の生産拠点の展開は、技術の秘匿とコストの最適化を両立させねばならない。したがって主要部分の海外展開など考えられない。
ましてや韓国・中国での生産など絶対に不可だ。
マザー工場を日本国内に置き、装置の魔改造を継続し、性能向上を続ける。
その後は物量作戦へ移行。台湾などで工場を建設して製造装置を集中投下し、人件費を抑える。
だが、チップの心臓部となる「エピタキシャル成長レシピ」は、日本から暗号化されたデータで送信され、現地スタッフも中身を知ることはできないようにしなくてはならない。
開発初期における青色LED単体の価値は、1個当たり5円程度だった。しかし、そこに「白色化」と「配光レンズ」の付加価値を乗せることで、バックライト用途では1個20円以上で販売できるようになる。
結果として年度別の推定特許収入と主な要因をシミュレーションしてみると、以下のように見込まれた。
世界中のLEDメーカーは、事実上すべてワイドギャップの特許プールに加入しているのがポイントだ。
1994年 利益120億円 インフラ実証試験段階
1995年 利益250億円 信号機・特殊照明の開始
1996年 利益450億円 自動車内装・小型液晶
1997年 利益700億円 携帯電話バックライト需要
1998年 利益1200億円 パソコン・大型液晶採用
1999年 利益2200億円 一般照明・クロスライセンス料
2000年 利益3500億円 様々な分野における水平展開
今世紀中には、累計で軽く8000億円を超える利益をもたらしてくれると試算された。
しかも21世紀になればそれは加速していくだろうし、自動車のヘッドライトとして採用されると爆発的に増加する。
注意すべきは、これは売上ではなく、利益だという点で、『損益計算書での一番下の数字』なのだ。圧倒的に増え続ける利益を元手にして様々な企業買収へ乗り出すことが可能となるだろう。
問題は……現在は良くても、増え続ける需要に対して安定した供給が必要となる点だ。
では、いよいよ本命企業の様子を見てみようか。
欧米企業がLED照明の普及に消極的だった理由は、主に二つあったのではないかと筆者は考えています。
一つは、本文でも触れた「寿命の長さ」という問題です。LEDは従来の電球や蛍光灯に比べて極めて長寿命です。交換需要を前提としてきた既存の照明ビジネスにとっては、構造的に利益を生みにくい製品であり、照明メーカーからは「天敵」に近い存在に見えたでしょう。
もう一つは、地域的な文化や環境の違いです。初期のLED照明は演色性や調光性能が十分ではなく、色温度も高めで、やや青みがかった光でした。そのため従来の電球と比べて「冷たい光」という印象を与えやすかったと言われています。
また、本文中にあります既存メーカーによるネガティブキャンペーンの背景には、「新しい技術が既存の商売を脅かす」という産業構造上の事情を描いています。言い換えれば、「我々の市場を荒らすな」という防衛本能に近いものだったと言えるでしょう。
本文では電球についてのみ触れていますが、実際には蛍光灯産業のほうがメーカーには美味しい分野でした。ですが、こちらは水銀問題を抱えています。
こうした事情もあり、実際にもLED照明はアジア地域で先行して普及した側面があるのではないか、と筆者は推測しています。
新しい技術が登場したとき、それは必ずしも純粋に技術的な優劣だけで受け入れられるわけではありません。文化、既存産業、そして利害関係が複雑に絡み合い、時にはその普及を遅らせることもあるのです。この構図は、現在議論されている電気自動車(EV)やエネルギー転換の問題にも、どこか通じるものがあるのではないでしょうか。
ちなみに、LEDが普及した世界で最も困ると予想された産業の一つは「電力会社」でした。電力消費が減れば、電気料金収入も減少するからです。そのため一見すると、LEDは電力会社にとって不利な技術のようにも見えました。
LED照明が広く普及し始めた2010年代、世界各国で省エネ化が進みました。特に日本では2011年以降、節電意識の高まりと政府の後押しによってLED化が急速に進み、電力消費は長期的に減少傾向を示しています。
ところが興味深いことに、多くの電力会社はLEDの普及をむしろ推進しました。その理由は「ピーク電力」を抑える効果にあります。照明は夜間の電力需要を押し上げる要因ですが、LED化によってピーク需要が下がれば、新たな発電所を建設する必要が減り、送電網への負荷も軽減されるからです。
こうして見ると、ある産業にとって不利に思える技術であっても、別の側面から見れば利益をもたらす場合もあります。技術と産業の関係というのは、実に複雑で興味深いものだと感じます。
同時に因果関係というものは、実に難しいもので、それはこの物語にも「時間の因果関係」という名の影を落とすことになるでしょう。




