大学生活⑳ バブルでGO! 承
1987年(昭和62年)2月
なんとか無事に東京大学を卒業できそうだ。
学生と経営者という、二足のわらじ生活はとても大変だったが、卒業後は経営者として、また投資家として確実にバブルの風に乗ってやろうと考えている。
そして寧音、竹中、阿戸さん、そして平野も無事に卒業して、正式にわが社の社員となりそうだ。寧音は一橋大学商学部を卒業した後も、税理士資格の取得を目指して頑張るそうだが。
税理士の資格を得るためには、五つの科目合格が求められるが、彼女は在学中に税理士資格として必須科目となる、「簿記論」と「財務諸表論」の試験に合格しており、あとは様々な科目の中から3科目を選んで合格すればよい。
重要な点は、一度に3科目すべてに合格する必要はなく、一生かけて1科目ずつ積み上げればOKなのだ。
公認会計士試験や司法試験みたいに一発合格が求められるわけではない点は、受験者にとって負担が少ないと言えるのかもしれない。
卒業を前にして彼女から相談を受けた。どの法律を狙うかという点についてだ。
「税理士試験では、所得税法または法人税法のどちらか1科目は、必ず合格しなくちゃいけないから、私は法人税法を攻めようと思うのよね」
「なるほど。せっかく一橋で商学を修めたのだから、経営実務に直結し、かつボリュームは大きいが論理的な法人税法を狙うって話だね?」
「そうなのよ。問題はその後をどうしようかって話なの」
「そうなると、地方税法と、実務ではあまり使わないけど、点数は取りやすい酒税法でいいような気がするけどね」
ただし。この際に問題となるのが、間もなく「あいつ」が登場することだ。
あいつとは消費税という未知の怪物のことで、これが最大の注意点だ。
「最近になって中曽根内閣が売上税を導入しようとして大揉めしているよね?新しい税制が始まると、実務が大混乱して勉強どころではなくなるんじゃないの?」
だから、1989年4月の消費税導入前に、3つの試験をクリアしたほうが絶対にいいだろう。それに今後は実務の多忙化というバブルの誘惑にもさらされる。
節税対策や投資案件で、寧音の商学の知識を頼りたくなる場面が増えるだろう。そうなれば彼女の勉強時間が削られるのは間違いない。
だからこそ敢えて提案してみた。
「大学院に進むのはどうだろう?
法学や経済学の修士論文を書くことで、税法3科目のうち2科目が免除される制度があるよね?一橋の大学院なら研究環境も抜群だろうし、寧音の時間を守るためにも試験に専念したほうがいいと思う」
ここは悩みどころだが、一発合格が求められないから楽なのは事実としても、これが税理士試験の泥沼でもあるだろう。「今年は1科目でいいや」という甘えが、バブルの喧騒にかき消され、気づけば10年経っていた……という状態になりそうだ。
寧音は少し考え込んだ後、私の目を見て頷いた。
「わかった。院に行くわ。一橋の院なら商法や税法の権威も多いし、何より、中途半端に試験浪人を続けて、ズルズルと飲み込まれるのが一番怖いもの。
修士論文は手間だけど、空いた時間で藤一郎の手伝いもできそうだしね」
彼女の決断は早かった。
現在の税理士法における「大学院免除」は、令和のそれよりも遥かに強力だった。
修士論文が認められれば2科目免除+1科目の自力合格で済む。
つまり、彼女はこの2年間で「法人税法」を確実に仕留め、あとは論文を書き上げれば、1989年の春には晴れて税理士になれる計算だ。
それはちょうど、世間が「消費税」という未知の怪物の正体に気づき、大混乱に陥るタイミングと重なる。
他のメンバーについて触れておくと、竹中と阿戸さんが「株式会社ピクセルジョイトロン」に入社するに当たっては、二人の家族から特に異論は出なかったらしい。黎明期から共に仕事をしているし、二人の学んだことも実務に活かせている。
なにより給与が高水準だからだ。
二人は寝る時間を削って仕事をしていてくれるから、時間給として割ったらそれほど高額でないのが痛いのだが。
だが、平野泰永の場合は違った。
家族との軋轢が発生したらしい。特に、東大工学部の平野がベンチャーに残ると言い出した時の両親の反応は、凄まじいものだったという。
複数の大手半導体企業の内定をもらっていた彼が頭を搔きながら私に言った。
「親からは『お前、正気か!?三菱電機と日立製作所の内定を蹴るなんて大馬鹿者のすることだぞ!東大まで出してやったのに、得体の知れないゲーム会社なんてあり得ない!!』って言われたよ。
景気が悪くなったら、そんな小さな会社は真っ先に潰れるんだ、とも言われた」
私が平野の両親でも、そう言うのではないだろうか?彼らの意見は真っ当なものだし、息子への愛で満ちている。少しの世間体もあるだろうが。
「それで、お前はどう答えたんだ?」
「俺は親父に言ってやった『父さん、大手で歯車になるより、ここで世界を変えるアルゴリズムを書きたいんだ。今は100円のソフトが、数年後には100億円の市場を作るんだよ』ってね。俺ってカッコいいだろう?」
「…そういう問題かどうか分からないが、とにかくお前が残ってくれるのは嬉しいよ。これからもよろしくな」
「こっちこそよろしくな…あっ、いや、よろしくお願いします。社長」
親世代にとっては、戦後の安定こそが至高。一方で、バブルの熱気を感じつつも「自分たちの手で新しい産業を作る」という若者たちの熱量が、世代間の断絶を生んでいるのだろう。
私は勝手にそう判断した。
平野は同学年だが、他の6人は私たちの後輩だ。彼らはどう考えているのか気になって、さり気なく確認してみたのだが、全員が、このままわが社への就職を希望しているそうだ。
加藤と福島は阿戸さんの僕みたいな扱いなのが気になるが。
ここでわが社の資産状況を確認してみよう。
まずは『株式会社ピクセルジョイトロン』だが、ここまで発売したゲームソフトは4本。
シューティングゲームの『スター・ヴァンガード』
アクションゲームの『ファイティングカラテ』
RPGの『バイナリー・エボリューション — 覚醒のシグモイド —』
シミュレーションゲームの『天下布武への道』
これらのソフトが生み出した現預金や、在庫評価額といった総資産は40億円を突破した。
次に投資会社として2年前に立ち上げた『株式会社アバンダント・アリージャンス』のほうは、予定通り銀行株、不動産関連株、建設デベロッパーそして本業シナジー株を中心に売買を着実に行っている。
これらの含み資産は、帳簿上でおよそ20億円前後。換金しようと思えばできるが、同時に市場の熱気に強く依存している数字でもある。
2社合計で60億円という資産規模は、学生が立ち上げたベンチャーとしては異常値を示している。
ここで予想通りの現象が起きた。
私の事業内容と資産に目を付けた銀行が群がってきたのだ。いや、本当にそのように形容するしかない状態だった。彼らは目の色を変えて私と会いたがった。
銀行員たちの態度は、創業時の4年前とは露骨に違っていた。
かつて私のことを、実績のない学生起業家として冷たい目を向けてきた人たちが、今や「若き天才実業家」の顔を拝もうと、連日列をなしている状況だ。
1987年(昭和62年)2月9日 午後4時
そして今、目の前に座っているのは、まさに創業時に私に対して冷たい対応をした銀行員本人だった。
「木下さん、いや、社長。わが行では現在、御社が保有されておられる株を担保とした、極めて有利な融資枠をご用意しております。50億……いえ、社長なら100億まで即決しましょう。
御社のメインバンクとして、今後ともどうぞお引き立てをお願いします…」
そう言いながら、応接室で揉み手をする彼の横では、支店長と次長が私の資産状況を記した資料を食い入るように見つめていた。彼らの狙いは明白だ。余り始めた自分たちの金を、とにかく「金を生みそうな場所」に叩き込みたいのだ。
プラザ合意後の円高不況を恐れた日銀の公定歩合引き下げが、市場に過剰な流動性を生み出していた。
「100億、ですか。今はそんなに必要ありませんよ」
本当は喉から手が出るほど資金が欲しい。
だが、この担当者の言葉に素直に従うのも悔しい。そんな気持ちから私が故意に冷淡に答えると、彼は焦ったように身を乗り出した。
「滅相もない! 資金は必要です。今のうちに確保しておけば、新宿や渋谷の一等地を押さえることができます。地価はまだ上がります。間違いありません。銀行が保証します!」
銀行が保証する、か。 後世の人間が見れば笑い話だが、1987年のこの瞬間、彼らは本気でそう信じていた。土地神話という狂信が、プロの金融マンたちの目を曇らせている。
私は窓の外を見やった。オフィスビルの合間、かつては静かだった路地裏の古い家屋に、スーツ姿の男たちが頻繁に出入りしているのが見える。いわゆる「地上げ」だ。
「…そうですか。では、条件次第では検討しましょう。私は土地そのものには興味がないので、融資いただく資金は不動産には向けませんし、担保としては、わが社の保有する『知的財産』や『将来収益』を評価する形にしていただきたい」
「知的……財産、ですか?」
担当者は一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
支店長と次長も顔を見合わせて困惑している。現在の銀行にとって、価値とは「目に見える土地や債券」のことでしかない。ゲームのアルゴリズムやブランド価値など、担保としての体をなしていないのだ。
いや、日本社会の知的財産に対する理解度は、現時点で極めて低い。
そこが欧米企業との差であり、その弱点を突かれて様々な企業が苦労をするようになるのだが、それが表面化するのはもう少し先の話だ。
私はソファに深く座り直し、姿勢を正して言った。
「ええ。創業時にご挨拶に伺った際に、あなたに直接申し上げたでしょう?
数年後には100億の市場を作るアルゴリズムを、わがピクセルジョイトロンは持っていると。それを理解できなかったあなたには一時的に失望しましたが、まだ機会は残っているのではないでしょうか?」
私はあえて突き放した言い方をしてみると、一瞬だが支店長の目つきが厳しいものへと変わる。担当者はそんな支店長をちらりと見て、露骨に狼狽えた。
自分の目が曇っていたせいで、せっかくの金の卵をみすみす逃してしまったと、上司に受け取られることを恐れたとしか言いようのない表情だが、いずれにせよ彼らにとって、私は「運良くバブルに乗った成金」にしか見えていないだろう。
だが、私は現在の含み資産を足掛かりとして何十倍にも伸ばすつもりだし、それは十分に可能と判断している。
隣のデスクでは、寧音が大学院の入学書類を整えながら、厳しい目線で私の交渉を観察していた。彼女の手元には、最新の英字経済誌がある。彼女からは事前にアドバイスを受けていた。
「藤一郎、銀行の言いなりになって、レバレッジを掛けすぎるのは危険よ。今の自己資本比率は健全だけど、彼らの持ってくる話はどれも『膨らんだ風船』をさらに膨らませるようなものばかりだわ」
寧音はどこまでも慎重で、現実的だった。私と違ってバブルの行方がどうなるか知らない彼女にしてみれば、現状は夢の中といった気分なのかもしれない。
「わかっているよ。彼らが貸したがっているのは、俺が『返せる』からじゃない。俺が『もっと膨らむ』と錯覚しているからだ」
「社長。正直に申し上げます」
ここで支店長は、少し声を落とした。
「この規模まで来たベンチャーで、借りない経営者はいません。ROEが下がりますがそれでよろしいんですか?機会損失にも繋がるんですよ?私の経験では、借りなかった会社は全部、後で後悔していますよ」
そう言われて心が揺れた。
つまらぬ意地やプライドなんて何の役にも立たない。100億。その金があれば支店長の言う通り資産運用を加速できるし、今年秋のビッグイベントにも参戦できる。レバレッジも効かせられる。そしてその資金で石田を援助できる。
横目で見ると、寧音はこちらを見ていなかった。あえて目を逸らしている。その仕草が逆に怖かった。
そして何より、今日という日付。『1987年2月9日』が象徴的で、NTT株の上場日だったのだ。
初値は119万7000円。
それが一瞬で160万円に跳ね上がったという速報が駆け巡った。
「株を持たざる者は人にあらず」。そんな熱病が、日本中に蔓延し始めていることを告げる号砲だったのだ。
とりあえずメインバンクの人たちへの回答を保留し、お引き取りいただいた私は、気持ちを落ち着かせるために竹中の様子を見に行った。
「さて、竹中。新作の進捗はどうだ?」
奥の部屋から、目を血走らせた竹中が顔を出した。手には、任天堂が極秘に開発中の16ビットマシン用ボードが握られている。
これは後に「スーパーファミコン」として世に出る傑作機だが、まだ明確な形として固まっていない。
任天堂の社長が概要を発表するのは、これから半年ほど先となるだろう。
「社長……最高だ。この演算能力なら、シグモイド関数をリアルタイムで回せる。これまでのゲームはただの紙芝居になるぞ」
そうだろうな。単なる数値計算ではなく、曲線的な補間や滑らかなグラデーション、透明化処理において画期的な性能を持つ製品となるのだから。ともかく竹中は相変わらずで嬉しい。
「期待しているよ。銀行の札束よりも、竹中の書くコードのほうが俺には信頼できる存在なんだ」
私はそう言って竹中を労った。
外はまだ2月の寒風が吹いているが、日本経済という名の巨大なエンジンは、オーバーヒート寸前の熱を帯び始めていた。
次回から新章に突入します。




