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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第三章

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大学生活⑲ バブルでGO! 起

少し盛りだくさんな内容となっていますが、将来への布石も含まれる重要な回となっています。

なお、7月2日までの予約投稿が完了しております(どうやら現時点では、システム上?その先の予約はできないみたいです)

引き続きよろしくお願いします。

1986年(昭和61年)6月20日(金)


新・シミュレーションゲーム『天下布武への道』の発売から一週間が経過した。


竹中が渾身の力を込めて設計した複雑なゲームだが、どこまで受け入れられたのか。

特に、電源を入れ、ゲームをスタートした直後が難しい。兵力も兵糧も少ないからで、選択する国によっては、いきなり隣接する有力な国に襲われるかもしれない。


場合によると、何もしていないのにいきなり「謀反」というイベントが発生し、ゲームオーバーになってしまう恐れすらある。その確率が高いのは史実に基づく設定で、国別に危険度パラメーターが違うという念の入れようだ。

例えば斉藤氏が治める「美濃」、大内氏の「周防・長門」などは確率が高いから、ここを選んでゲームを始めると苦労する場合があるだろう。


それ以外のゲーム側の設定で起きるイベントとして、「台風」は西日本が襲われる確率が高め、「飢饉」はまんべんなく、「一揆」は民衆の忠誠度と年貢率との兼ね合いという具合だ。


発売日当日、秋葉原や日本橋の量販店では、長い行列ができるほどではなかったが、午前中のうちに初回入荷分が静かに姿を消していった。

派手なCMもなく、キャラクター性で押す作品でもない。だが、パッケージ裏に並ぶ「謀反」「一揆」「間者」といった物騒な文字列が、一定のマニア層の視線を引きつけていた。


午後になると、すでに購入したユーザーからの声が、ゲームショップの店員やパソコン通信を通じてぽつぽつと流れ始める。


「最初の一手を間違えたら、何もできずに終わった」


「30分でゲームオーバーになったのに、もう一回やりたくなる」


「ファミコンでここまで冷たい世界を見せられるとは思わなかった」


一方で、小学生を中心とした層からは戸惑いの声も少なくなかった。説明書を読まず何も考えずに始めた場合、開始から数ターンで兵糧が尽き、理由も分からないまま家臣に裏切られて終わる。

「クソゲーじゃないか」という短気な評価も、確かに存在した。


だが数日が経つ頃には、評価の軸がゆっくりと変わり始めた。


攻略本の発売を待たずとも、友人同士で情報を交換し始めたのだ。


「最初は内政だけに集中した方がいい」


「美濃は豊かだが隣接国も多く上級者向けだ。初心者は避けろ」


「商人が常駐していて、いつでも米を現金化できる摂津・和泉・河内は天国」


「国を選ぶなら、隣接国が少ない薩摩・大隅、もしくは能登、あるいは上総・安房が最高」


「民衆は生かさず殺さず搾り取るんだ。そのための年貢率の上限は52%だ。ここを越えたら一揆の確率が極端に上がる」


そんな会話が教室や部室で交わされるようになった。


派手なヒットではない。

だが、「簡単に天下統一させてくれない」「史実が牙を剥く」という一点において、『天下布武への道』は、ファミコンという玩具の枠を静かに押し広げていた。おそらくは『バイナリー・エボリューション』で獲得した社会人層にも受け入れられるだろう。そう期待している。


家族の反応も上々で、最近では両親揃ってファミコンで遊んでいるが、父はこの戦国時代を扱った『天下布武への道』がいたくお気に入りらしい。あと、小二郎の反応が気になったので彼の部屋をのぞいてみたが、彼はゲームというよりプラモデル作りに熱中しており、部屋には僅かに塗料や接着剤の匂いが漂っている。

彼がいま作っているのは昔の軍艦のプラモデルらしい。


「そういえば小二郎は、ちっちゃい頃から、電車よりも戦車とか軍艦が好きだったな?」


「そうなんだよ兄さん。いつかこの大和の実物大を作って乗ってみたいね」


…よく分からない趣味だが、勉強も順調みたいだしまあいいか。とにかく、家族が健やかに過ごせているのは幸せなことだ。



いったんは落ち着いたから学業に専念中だが、大学の研究室では石田が相変わらず失敗を繰り返している。

ただ、永平寺で修業を経験した私が改めて石田の姿を見ていると、なぜか不立文字、つまり体験こそすべての精神を思い出すのだ。

もしかしたらジョブズより石田のほうが、禅の極意に近いのではないのか?そう思う日々だ。


そして青木昌治教授にも接触できた。

詳しく調べてみると、この人は発光素子用材料の研究で先駆的な業績を上げており、昭和45年には既にGaNの単結晶化に成功し、その青色発光特性について報告を行っていたという凄い人だった。

そこで、何とか私たちに研究を指導していただけないかと交渉中だ。



1986年(昭和61年)7月7日


七夕の今日、東京外国為替市場で、ドル円相場はプラザ合意後、初めて160円台を割り込むという歴史的水準を迎えた。今頃は市場関係者や、政府首脳は真っ青になっているのかもしれない。

10か月前は240円台だったのだ。それがこの急速な円高。政府と日銀のコントロールなんて全く効いていない。


冷静な視点に立ってみると、現在の感覚では「ありえないほどの円高」に見えるこの数値だが、2020年代から見れば「不安になるほどの円安」に感じたわけだから、経済のモノサシというのは本当に不思議なものだ。


一般庶民の生活にも当然ながら、大きな影響を与えつつある。輸出のことは関連企業に勤めていない限り実感がないだろうが、輸入品が安くなりはじめているのだ。日本人の憧れの対象である「舶来品」が少しだけ身近になって来たことを、多くの庶民が感じているのではないだろうか。

それから…


「ハワイ旅行が少し安くなってきたみたいね。旅行会社が円高還元セールを始めているわ」


そう言いながら、寧音がチラシを見せてくれた。

ほう…確かに目に見えて安くなってきた感じだな。


「えっと、去年までは30万円以上かかっていたよね?それが20万円で行けるのかあ」


私はチラシを見つつ考え込んだ。円高は良い面ももちろんあるから否定はしない。円が強いという証明でもあるわけだし。


しかし、何度も触れているように、このスピードが問題なのだ。あまりに急激な環境の変化が起きては、生き残れるものも生き残れなくなるぞ。


「もう、こうなっては日銀は後先考えずに公定歩合をもっと下げるだろうね。禁じ手に近いが、それしか方法がなくなりつつある」


日銀内部ではどんなパニックが広がっているのだろうか。一般人である私には知る術がないが、もしも自分が当事者だったらと思うと寒気がする。

それ以前に「円高容認はこのラインまで」と言えなかったのが悔やまれる。


ただし現状を見る限り、政府が例えば「円高容認は160円まで」と宣言しても、投機筋はそこを突破できるかを必ず確かめようとする。突破されてしまえば底なしだ。為替介入目的でお札を刷っても一時しのぎに過ぎず、結局は国内の過剰流動性を生むだけだ。


「そうよね…輸出企業は大変よね。この先どうなるのかしら」


寧音は不安そうだ。いけない。前向きな話をしよう。


「俺の場合はね。高価だった海外製の測定機器や、サン・マイクロシステムズなどのワークステーション、海外の学術書なんかが少しずつ買いやすくなるかもしれないって期待しているんだよね。これで卒論を書くのが捗るのかなって」


そうなのだ。大学4年生となり、卒論に取り掛かっているのだ。テーマはやっぱり青色LEDだが、さて、どこまで有効なものを残せるやら。


そんな状況でも、ほとんどの同級生は院に進むか、大手メーカーなどに就職が決まるのではないかと思う。

何といっても現状はバブルへ向かいかけているし、日本の電子機器産業の業績は円高にもめげず好調だ。

どんなに控えめな表現をしようとも、就職先は選び放題、引く手あまたの状態だ。


寧音がまとめるように言った。


「海外旅行がもっと身近になったら、豊かになったなって実感が湧くかもね?」


「うん。そうだと思う」


と言いながらも『それが錯覚なんだけどね』と、心の中で呟いた。


そういった現状だが、私は当然、就職活動なんてしていないし大学院にも進まない。

する必要もないからだ。それは寧音も、竹中も、阿戸さんも同じだし、何と最近仲間に加わった東大工学部4年の平野泰永まで『ピクセルジョイトロン』での継続雇用を希望しているらしい。


大丈夫なのだろうか?彼なら、まさにどんな企業であっても選び放題なのだが。

だが我が社での業務が楽しくて仕方ないらしい。仕事が楽しいなんて、人生最大の喜びの一つだろう。生活のためと割り切って仕事をしている人間がほとんどなのだから。


竹中は…既に新しい企画に取り掛かっているが、相変わらず売れた数量に興味はないらしい…もしも売れずにコケたらどうするのか。自責の念を抱くなり弱気になったりしないのだろうか。少し心配になるが。


まあこれが竹中重治なのだ。

あまり経営的な内容を共有しても意味がない気がする。


私もこれで学生の遊びの延長ではなく、明確に社員を雇うという立場になるわけだから責任重大だ。こうやって人は重荷を少しずつ背負うのだろうと感慨深く思う。


いずれにせよ、1986年の日本は完全にバブルに向かっているのを肌で感じる。ただし、まだ狂乱と言えるような状態ではないし、ほとんどの国民も気付いてはいないだろう。

私にしても歴史的事実を知っているから感知できるが、そうでなければ気付かないとすら思う。

ともかく、この風に乗って投資会社、アバンダント・アリージャンスの総資産は10億円を超えた。


プラザ合意後の急激な円高と、それに対応する日銀の公定歩合引き下げという金融緩和政策によって、輸出主導型経済から内需拡大への強制転換を図りつつあり、クルマの運転に例えたら「不況を避けるためにアクセルを踏み始めた」状態で、まだいつでもブレーキを踏める態勢と言えるだろう。


それは竹中や阿戸さんのような、目の前のことに没頭するあまり、世情に疎い人たちの会話からも伺えた。


「東証株価の平均が1万5000円を超えたらしいわね?」


「そうなのか?そこを超えたらどうなるんだ?」


「…さあ?たぶん景気が良くなっていくんじゃないの?ボーナスも去年に比べたら良いらしいし」


「それよりも…数式を追っていたほうが楽しいけどな」


「そうね。そうよね。じゃあ今度はこっちね」


と言いながら新たなメモを竹中に渡す。

ダメだ。こうなってしまったら、この二人に何を言っても無駄なのは経験から分かっていることなのだ。


現状は『バイナリー・エボリューション ― 覚醒のシグモイド ―』の続編をプログラム中で、プレイヤーが一人から三人に増えるから、数式もまたややこしいのだ。


加藤と福島も、二人の道連れにされて数式の海に沈んでいるから、しばらく放置しよう。

『電鉄ゲーム』の進捗が気がかりではあるのだが。


とは思いつつ、はっと我に返った。

株価の上昇について、新聞の見出しは「景気回復鮮明」とか、「企業収益改善」などの言葉ばかりが躍っていて、どの新聞も「異常」とは書いておらず、後世から見た異常さは正常という言葉で包み隠されていた。

要するに国民は、知らず知らずのうちに踊らされることになるのだ。


ということは…竹中と阿戸さんの感覚が正常なのかもしれないと。


ともかく総じて社会の空気は「ようやく景気が戻ってきた」というものだと思う。

ただし、この段階で株式投資をしていたのは、一部の富裕層・経営者などが中心で、土地投機もまだ一部の業界人の話なのだ。


この状態から「みんなが踊り始める」のは来年以降になるだろう。

1986年の現状は、観客が増え始めた段階でいわば仕込み段階と判断される。


この次に「不動産」とか、「カネあまり」という言葉が表面化しはじめたら、それはもうバブルに突入した証明となる。このように、後世から見れば理解しやすい日本の現状を、外国はどう見ているのか気になり、英字新聞やら雑誌やらを寧音に取り寄せてもらって確認してみた。


「はい。まずはアメリカからの視点ね。

う〜ん…『製造業が強すぎる』、『累積貿易黒字が異常に多い』、『ドルを壊した犯人は日本』って論評かしら?」


「相変わらず日本が悪いってことなんだね。

まあアメリカ人らしいかな?この先、日本がもっと伸びたら必死になって押さえつけようとするかもね」


だからプラザ合意も彼らにとって意味があるだろう。


「あっでもこんなのもあるわよ『日本は成熟国家になった』って」


「そういった見方ができるのがアメリカの強みだろうね。必ずバランスを取ろうとする」


2大政党制だからこそとも言えるだろうか。


「次はヨーロッパの視点ね。え~っと大体の論調は『勤勉』『技術力が高い』『社会が安定している』、あとこんなのもあるわ。『アメリカ型でも、ソ連型でもない成功モデル』。読んだ印象だと警戒よりも羨望に近い感じね」


つまり、第三の道か。アメリカ型みたいな極端な貧富の差はなく、ソ連型みたいにみんなが貧しいわけでもない。要するに一億総中流という、ある意味あり得ない成功例として肯定的に捉えられているのだろう。これが一億総上流になりそうだと思われているのだろうか?


おそらくだが、国際金融のプロの一部だけが気づいていたのだろう。

金利が低すぎる。不動産価格の伸びが速すぎる。日本銀行が政治に縛られている。と。


だが彼らは結局こう結論づけるのではなかろうか。


「まだ早い。もう少し上がる」


ここはあの株式のプロがよく使う金言が活きる場面だろう。


「まだはもうなり、もうはまだなり」


いつの時代も渦中での判断は難しいのだと、私は密かにため息をつくのだった。


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― 新着の感想 ―
ここから、東京市場は歴史的な黄金波動のうねりの中に入る、たぶん。
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