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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第三章

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大学生活⑰ バブル前夜

1986年(昭和61年)1月31日


アメリカから帰国して数日後の今日。

日銀が市中銀行に資金を貸し出す際の基準金利、いわゆる「公定歩合」が引き下げられた。

令和の時代にはすでに主役の座を降りた指標だが、現在はこれが日本経済の心臓の鼓動を司っているのだ。


二度のオイルショックを経た日本は、再び狂乱物価を起こさせないことを目的に、強烈な金融引き締めを行った。よって公定歩合は1980年には9.0%まで上昇したが、さすがにやり過ぎと見て徐々に下げる傾向にはあった。


そして1983年10月には5.0%まで下げてはいたが、ここからしばらくは不動だったのだ。

それが今日、2年3ヶ月ぶりに0.5%下げて4.5%になった。確か、ここからは急激に下げるはずだ。


1年ちょっと前に就任した日銀の濁田総裁は、プラザ合意後の円高不況に対応するために、金利を下げて世の中に資金が潤沢に回るよう舵を切ったのだ。


その結果、今年の春ごろには3.5%へ、円高進行の様子を見て秋には3.0%、そして来年早々には2.5%まで下げるのだが、これによって株式と不動産のバブルが誘発されるのは以前も触れた通りだ。


公定歩合を下げてお金の循環を活発化させたら、企業は設備投資に資金を回して景気は浮揚するだろうと日銀は考えたのだが、現実は違ったという話で、期待ほどは資金が設備投資に回らなかったのだ。


急激な円高を恐れた企業は設備投資どころではなく、日銀の思惑通りには踊らなかった。しかし、そんなことはお構いなしに、資金は流れ込み続ける。銀行は調達した資金を企業に借りてもらわねばならないから、無理にでも貸そうとする。

そして余ったカネの行き着く先は、銀行が担保として扱いやすい土地と株。それから絵画…


つまり、今日からバブルへのゴングが人知れず鳴ったというわけだ。


さあ、私も戦闘開始だ!


今日から濁田総裁が退任する1989年末までの約4年間は、投資専門の子会社『株式会社アバンダント・アリージャンス』を通じて、余剰資産をフル稼働させて株を売買しまくるのだ。


そして岐阜野康が日銀総裁になったら、すべて手仕舞って逃げ切る作戦だ。


なぜなら、後世では評価が割れているが、岐阜野総裁は公定歩合を急激に上げ過ぎて、「失われた10年」を引き起こした主犯格の一人だと私は考えているからだ。

ともかく、現時点での構想を寧音と話し合った。


「俺の基本思想としては、本業はゲームであり、アバンダント・アリージャンスは“加速装置”として位置付けているのは押さえておいてほしい。重要なのは、投資を本業の代替にしないことだ」


令和の記憶で振り返ると、80年代に潰れた会社の典型は、本業が儲かっている→→金融でさらに楽に儲けよう→→経営者がそっちを本気でやり始める→→人も意思決定も金融に吸われて空中分解。以上のような道を辿ったと判断されるのだ。

寧音はしばらく考えたあとで意見を言った。


「つまり、投資は本業の時間を買うためと割り切るのね?」


「その通り。さすがは一橋大学商学部だ。そのための表向きの事業目的は有価証券投資、ベンチャーを含む企業への資本参加、余剰資金の運用受託とする」


注意すべき点は、投資会社だがファンドではないというもので、他人の金を預からないのが絶対条件だ。

つまり、法的規制・社会的責任・世間からの注目といったデメリットを全て回避しつつ活動する。

まあ社員は私だけだし、増員なんて考えていない。忙しくなったら寧音に助けてもらおう。


具体的な内容だが、株式売買をするのは3種類だけと決めている。


「まずは金融株で、都市銀行や有力地銀を狙う。金利低下によって貸し出し資金が拡大し、含み益が激増するだろうからね」


「それは意外ね。銀行株は地味ってイメージがあるのだけれど」


「そう。そう思われているが、地味だからこそ今なら仕込めるんだ」


とは言いつつ、既に相当数を仕込み済みではあるが。

特に横浜銀行と千葉銀行の含み資産は、極めて莫大なことで有名だったのだから狙わない手はない。


次が不動産、建設デベロッパー株だ。

具体的には三井不動産、三菱地所、住友不動産系が狙い目で、それらの企業群は地価の上昇に伴い、何もしなくても貸借対照表(バランスシート)が勝手に膨らんでいくのだ。

要するに土地が上がるから株が上がるのではなく、金融緩和で評価が変わるのだ。ここでのポイントは、私が買うのは『土地ではない』という点にあるだろう。


「土地はね。今から都心の一等地を狙うのは遅いうえに高い。だから土地を持っている企業の株を買うのが正しいと思う。特に大学移転予定地、私鉄沿線再開発は狙い目だ」


本当は国鉄からJRへと再編されるから、JR東日本株も欲しいところだが、あの会社が上場するのはバブル崩壊の後になる。汐留や品川などの資産は見逃せないのだが。


ともかく、直接土地を買うのはデメリットが多いと判断した。買ってしまうと管理せねばならないし、同時に私の名前が表に出てしまう。

それに売り抜けが遅くなって、バブル崩壊に巻き込まれたら最悪だからだ。だったら株で持つほうが100倍スマートだと判断した。


最後は本業シナジー株を狙っている。

任天堂は当然として、シャープ、NEC、富士通、セガ周辺だ。ROM・半導体・液晶関連株を狙おう。


「自己資金だけではなく、銀行からも借り入れるつもりだ。レバレッジは組織で掛ける必要があると考えているからね。ここから金利はますます下がると予想するから、融資は受けやすくなる。受けた融資は再投資して有効活用しよう」


ここが投資会社を作った最大の意味だ。アバンダント・アリージャンス名義で、銀行からの借り入れを行うのだ。担保は株式・定期預金で、金利は公定歩合+α だ。この数値を仮に6%とすると、株式の上昇率が10%を超える勢いで上昇していくだろうから、実質マイナス金利と考えて良い。


また銀行もじゃんじゃん貸してくれるから、これからは借りないと損なのだ。

世間ではこれを「財テク」と呼ぶことになるが、史実では多くの企業が降りるタイミングを逸して大火傷を負ったわけだ。


銀行員たちはまだ気づいていない。

私が彼らから借りたカネで、彼ら自身の銀行株を買い支え、その含み益でさらに融資枠を広げるという「無限増殖」のサイクルに入ろうとしていることに。


わが社は、本業のキャッシュフローが異常に安定しているうえに、ゲーム売上が毎月現金で入るのだ。これは銀行から見たら超優良顧客と断言していい。


そして本業の『株式会社ピクセルジョイトロン』の事業だが、社運を賭けたRPGソフト、『バイナリー・エボリューション』は大ヒットとなりつつある。既に昨年4月に発売してからの累計販売数は100万本を超えた。

特に12月と1月の販売数は、クリスマスプレゼントとお年玉による需要が大きく、2ヶ月で30万本を超える販売数を記録した。


しかも、顧客は子供のみならず、社会人層にまで拡がりつつあるという。

このソフトだけで既に10億円の利益を生み出しているし、以前の3本の作品を合わせると今期は12億円、総資産合計も軽く20億円を超える規模にまで膨らんできた。


こうなると、何がボトルネックになるかといえば、組織の人数だ。現状の4人のままだと、必ず次が詰まるのは確実だった。


まず問題になるのが次回作の開発速度で、RPGは1作ヒットすると「次」を期待される。ここで2~3年も空くと市場から忘れられてしまうだろう。

さらに次回作は竹中の個人開発では手に負えなくなる可能性が高いし、竹中としては新たにシミュレーションゲームにも注力したいらしい。そうなれば開発スピードが致命的に遅くなるのは確定的となる。


次に品質管理・バグ対応で、100万本規模ともなるとクレーム・不具合報告が爆発的に増えるし、現実に増えつつあるから、我々だけでは処理しきれない領域なのだ。


その次が対外交渉で、流通、ROM供給、広告、ライセンス。さらには任天堂・問屋・雑誌社との折衝が増えているし、私と寧音だけでは既にオーバーフローしている。


だが、重要な点は、増やし方を間違えると危険だという冷徹な事実だ。私の記憶では1980年代に潰れたソフト会社の多くは、ヒット作を出した後に勘違いをして、一気に人を増やし過ぎたことが原因だったはずなのだ。


だから役割単位で最小限の範囲で増やすのが最適解だろう。

その意味ではすぐ必要な社員は、現状の4名に加えて7名。合計11名。これが我々4人が話し合った末の答えだった。


開発の属人化を防ぎつつ、会社の核をこれまでの4人が握るのは当然だが、今回は私たちが在籍しているそれぞれの大学から募集した。

なんで学生なのと思われるだろうが、社会人経験のある社員がいると統率に苦労するからで、もちろん学生の期間だけ働いて、卒業と同時に別の大企業に就職してしまう恐れはあるが、それは仕方ないと割り切った。


・まずプログラマーとして2名。

竹中が引っ張ってきた東工大の後輩で、2年生の加藤正清と福島則正。

加藤は竹中と同類かな。オタクっぽい風貌だが、芯は強そうだ。

福島のほうは逆に今っぽい。チャラいと言えばいいのか。しっかり女性とも遊んでいるタイプだ。

二人が最初に取り組むのは、双六のようにサイコロを振って出た目の数だけ進むゲームだという。


私は二人にささやきかけた。

「だったら山手線の駅を一周する内容はどうだ?停まった駅で物件を買い、資産を増やしていく内容なんて面白そうだろう?地理の勉強にもなるから、お母さんたちの理解も得られやすいんじゃないか?」と。

これもやっぱり怒られそうな内容だが。


・次にグラフィッカーとして1名。

こちらは阿戸さんが見つけてきた東工大1年生の加藤昭嘉。

物静かで古風な武人を思わせる風貌だ。物事の進め方は石橋を叩いて渡るタイプだと阿戸さんが言っていた。この時代のグラフィッカーの仕事は「自由に絵を描く」ことではなく、「厳しい制限の中でいかにそれっぽく見せるか」という、パズルに近い作業が中心だから、地味だが重要な仕事なのだ。


・次にシナリオ補助/データ作成として1名。

私の同級生で工学部3年の平野泰永。

この男は掴みどころのない感じがあるが、そこが逆に新鮮で私では思いつかない発想をしてくれそうだ。さっきの私の提案に対しても早速反応して、「山手線より関東一円の路線に拡げたほうが、地理の勉強には都合が良さそうだ」と言っていた。


・さらにはデバッグ専任として1名。

こちらも東大の1年生、片桐勝也。

忍耐が要求される仕事だが、彼は細かいことをずっとやり続けるのが好きらしい。稀有な人材だ。私ではとても無理な仕事なのだから。


そんな彼が面白いことを言っていた。

「旧日本海軍では、図上演習時にサイコロを転がして命中率判定などをやっていたみたいですが、これをゲームに取り入れるのはどうでしょうか?」と言うのだ。

それっていろんなパターンで使えそうだな。補正値計算まで組み合わせたら面白そうだ。


・次に事務・経理として1名。

寧音がスカウトしてきた一橋大2年生の脇坂泰治。

暗算が異常に早く、数学オタクなのだそうだ。帳簿の齟齬を見つけるのは天才的と言ってよく、私など足元にも及ばない。


・最後は営業・広告担当として1名。

こちらも一橋大学の後輩で糟屋憲武。

福島同様にチャラいが、私以上の商売人になりそうな目端のきく曲者タイプだ。


このように、いずれも優秀な学生たちで、わが社の名前は海外でも知られ始めているくらいなのだ。学生の間では、既に知らない者はいないほど有名だから、スカウトするとすぐに集まってくれたのはありがたかった。


私は研修と称して、彼らに社会人としての一般常識を叩き込んだうえで、早速実務に取り掛かってもらった。彼らはわが社における発展の基礎となる、いわば「七本槍」みたいな存在となるかな?


そんな彼らが現在取り組んでいるのが、新たな企画として立ち上げた本格的なシミュレーションゲームだ。

1年前から竹中が構想を練ってきた、日本の戦国時代を舞台とする作品で、発売日は4月末を見込んでおりタイトル名も決まった。


その名も『天下布武への道』だ。これなら怒られることはないだろう。たぶんだが。


最初は企画会議で『信長の決断』に決まりそうだったのを、私が慌てて変更させたのだ。ついでに第二次大戦がモデルのゲーム名を、『提督の野望』なんて名前にされたら絶対に怒られそうだし。


前世で有名だった「信長の〇〇」は、まだファミコン用ソフトとしては発売されていないが、ニアミス過ぎる名前に私がビビったと言っても間違いじゃない。


とにかくこれが次のわが社の柱になれば最高だ。



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― 新着の感想 ―
7本槍が勢揃いw
今回の話で光栄と襟川恵子氏が思い浮かんだ
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