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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第三章

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大学生活⑮ 冬の王と春の王 前編

1986年(昭和61年)1月15日


私と寧音は旅行の準備をしていた。


大学が休みに入ったタイミングを狙い、アメリカを旅するのだ。

日程は10日間で、目的は人に会うことだ。決して遊びでも観光でもない。Appleを追われたばかりのスティーブ・スティーブと、Microsoftのビル・ギーツにそれぞれ接触したいのだ。


ただし!この両名の置かれた現状は天地の差がある。


まずスティーブ・の状況だが、年齢は30歳。

Appleを昨年9月に追い出された…いや退社した直後にNeXT社を設立している。

個人資産はたっぷり持っている。これはApple株を売却した利益と、Pixarに個人投資した株を保有しているからだ。もっともこれは前世の記憶が間違っていないことが前提だが。


寧音が不安そうに聞いてきた。


「アポは取っているとしても、本当に私たちとなんて会ってくれるのかな?」


当然の疑問だろう。

だが、木下藤一郎という名前は、海外のメディアでも「日本の若き天才」として取り上げられつつあったから、そこは何とかなるかなとは思っていた。それに、スティーブに関しては確信があった。


「彼はね。自分が作り上げた会社を追い出されてしまった。ここから想像される彼の心理状態だが、要するに30年生きてきた彼の人生における、最大級の挫折を経験した直後と断定していいと思う。

彼としてはAppleへの怒りと、執着心が混在しているはずだし、ここで接触しておけば彼の心証は極めて好意的なものとなるはずなんだ。理屈としても、最近見た夢の感触としても、そんな感じだった」


久しぶりに「夢予言」を持ち出してみたが、そもそも彼は史実において「禅」に傾倒した実績もあるから、日本人に対する偏見も少ないだろう。


早い話が、接触できる確率は非常に高いのだ。また「未来を理解している相手」には驚くほど心を開く可能性が高い。


一方でビル・ギーツの状況はどうか。


「問題はビルのほうだね。

年齢はスティーブと同じ30歳で、こっちはMicrosoftの現役CEOだ。そして昨年11月にWindows 1.0を発売した直後でもあるから多忙だろうね」


彼が作ったMS-DOSは、IBMのPC互換機市場で事実上の標準となっており、言ってみれば既に勝ち筋が見えている状況で、Appleはライバルだが、もはや脅威ではないと感じているはずだ。


ただし、時期的にはそろそろ、IBMとは微妙な距離感を取り始めているのではないかと想像する。ここが現時点では唯一の「穴」かもしれない。

では現状でビルとビジネスで絡めるだろうか?


Microsoftは、確かこの春に株式を公開して上場するから、非戦略的な第三者出資はほぼ不要だ。

それに…私はもっとも危惧される内容を言った。


「スティーブもそうだが、ビルの性格は極めて問題で、『冷徹』、『傲慢』、『超攻撃的な若き暴君』としてシリコンバレーで恐れられている」


しかも株式上場を目前に控えて自信満々だ。その傲慢さは頂点に達しているとすら想像する。


「彼は自らの支配権に口出ししたり、長期ビジョンを邪魔する株主やビジネスパートナーを極端に嫌うだろう。要するに現在のMicrosoftに外部が入り込む余地は殆どないはずなんだ」


一言でまとめると現在、1986年1月はスティーブにとっては「冬」、ビルにとっては「春」と言えるだろう。


冬の王には寄り添えるが、春の王は、もう誰の手も必要ないのだ。

ここで私は寧音を安心させるために、あえて嘘を言った。


「だからスティーブには未来を語り、ビルにはもう知っているはずの未来を確認する。そうすれば喜ぶシーンを夢で見た気がするんだ。まあ当たって砕けてみようよ」


そうだ。若いのだから失敗を恐れてはいけない。


スティーブに関しては、正直に言えば手段はいくらでもある。

NeXTは立ち上げたばかりで、組織も未整備、本人も表に出てくる機会が多い。

大学・研究機関・投資家向けの講演、あるいは禅やデザイン関連の集まり。彼は今、自分の居場所を探している最中だ。


こちらが日本から来た若者であることも、むしろプラスに働くだろう。

「なぜAppleは自分を追い出したのか」、「次に何を作るべきか」そうした問いを、彼は誰かに話したくて仕方がないはずだ。


問題は、やはりビル。


彼は忙しく、無駄な時間を極端に嫌う。

私みたいな学生起業家が面会を求めても、秘書の段階で終わるだろう。


だからこちらから会いに行くのではない。

向こうが無視できない話題を投げる。


それは未来予測ではない。

ビルは、他人の語る未来には驚かない。すでに自分で考えているからだ。


使うべきは「IBMと、その先」。

OSの次に来る覇権、GUI、互換機市場の氾濫、ハードとソフトの分離が生む混乱、そして独占への逆風。

彼の頭の中にある未来を、こちらが先に言語化する。


この日本人は、どこまで見えている?


そう思わせることができれば扉は開く、かもしれない。私は旅程表をもう一度見直した。

サンフランシスコ、パロアルト、シアトル。

スティーブには西海岸で。ビルには北で。


順番も重要だ。


まずスティーブに会う。彼の言葉と熱を、私自身が装備として身にまとう。

その上で、ビルと話す。


春の王に、冬の王の炎を持ち込む。それが、この旅の本当の意味だろう。


前世で私は官僚であり、政治家だった。数字と制度で人を動かす側にいた。

だが今世では人そのものに賭けに行く。それが、これから私が進むべき道を指し示してくれることを信じて。


寧音がさっき言ったように事前に二人にはアポを取っておいた。

スティーブはウェルカムだったが、ビルからはなかなか返事が来なかったから、やっぱり面倒に感じているのだろう。この忙しいのに何事だと思っているかもしれない。

とにかく、さあ行ってみようか!



成田から12時間以上飛行機に乗ったが、サンフランシスコに到着したのは同じ日だった。

これは時差の関係で当然なのだが、寧音は時差ボケに戸惑っている。

彼女は初の海外旅行だからこれも仕方ない。


「時差ボケは強い太陽の光を浴びれば解消する。

だからハワイみたいな場所では時差ボケになりにくいんだけど、この季節の北米大陸ではそうもいかない。まあ時間が解決してくれるから、気にしなくていいと思うよ」


そう言って彼女を慰めた。私もこの身体では海外旅行は初めてだが、前世ではあちこち飛び回っていたから違和感はない。

寧音は街を見つめながら、小さく息を吐いた。


「本当に、二人に会えるのかな。私たち、ただの大学生なのに」


彼女の声には不安と、同時にどこか高揚したものが混じっていた。まあここまで来たのだから、やれるところまでやってみよう。


そんなことを思いながら、寧音の視線に合わせてサンフランシスコの街を見渡したのだが、そういえばこの街は「皇帝」を生んだことがあったのを思い出した。


比喩的表現ではない、本当の皇帝。その人物の名はジョシュア・エイブラハム・ノートン。皇帝としての僭称名は「ノートン1世」。

実際は一文無しの浮浪者ながら、アメリカ合衆国皇帝を自称した稀有な存在。


彼は「議会を解散せよ」、「政党を廃止せよ」といった布告を発し、新聞はそれを半ば冗談として、しかし継続的に紙面に掲載した。当然ながら法的権力はなく命令に従う義務もない。


それでも市民は、彼を嘲笑するだけでは終わらせなかった。


彼が警官に拘束されかけた際には抗議が起こり、以後、街の警官たちは彼に敬礼するようになった。

商店は「皇帝ノートン」名義の紙幣を発行し、実際に通貨として受け取った。

彼が布告で提唱したサンフランシスコとオークランドを結ぶ橋は、数十年後に現実となる。


彼は狂人として扱われつつも、市民に愛された存在で、彼の葬儀には3万人もの群衆が押し寄せてその死を惜しんだ。ノートン1世は誰も傷つけず、誰も搾取せず、ただ「こうあるべきだ」と夢を語り続けた。

その姿が、政治の現実に疲れた市民にとっては救いだったのかもしれない。


このようにイギリスを否定し、王や貴族の存在を拒否しておきながら、一方でアメリカ人は実際には寛容な王制を、あるいは強力なビジョンを持つカリスマ的支配者を欲している。テクノロジー業界の「王たち」は、選挙で選ばれない新しい形の君主制を体現しているのかもしれない。


ともかく、まずはスティーブを訪ねるのだが、当然二人で訪問することにした。

寧音を同行させたのには理由がある。


決して婚前旅行が目的ではない!


単純に言えば、彼女は場の空気を柔らかくする。それも、媚びでも迎合でもない、自然体のままでだ。

スティーブのような男は、相手の肩書や資産額には興味を示さない。見るのは目であり、声の調子だ。

そして、「こいつは本気で何かを作ろうとしているか」を嗅ぎ取る。


その点、寧音は申し分ない。彼女自身が、まだ完成していない何かを内側に抱えた人間だからだ。


そしてもう一つ。これは私自身の保険でもある。


スティーブは危うい。天才だが、同時に感情の振れ幅が大きすぎる。それが彼の欠点で、一対一で向き合えば、こちらが飲み込まれる危険性すらある。

だから、二人で行く。


サンフランシスコ国際空港からタクシーにて向かうが、場所はシリコンバレー南部、レッドウッドシティの一角にあった。

彼がAppleを退いた後に立ち上げたNeXTのオフィスは、思っていたよりも質素で、華やかさとは無縁の場所だった。ここから南東30kmほどの距離にある、クパチーノの洗練されたApple本社を知っている私からすると、レッドウッドシティのNeXTは、まるで仮住まいのようにも見えた。


AppleのカリスマCEOだった男の新天地としては、拍子抜けするほどだ。

だが、妙に整っていて無駄がなく、まだ何者でもない場所特有の張りつめた静けさがあった。


受付で名前を告げると、少し間を置いて通された。廊下を歩く間、寧音は何も言わなかったがその横顔は緊張している。無理もない。

外国人と正面から相対するのは、彼女にとって初めての体験だろうから。


ドアが開いた。


黒のタートルネックではなかった。まだあの姿に至る前のスティーブだ。

少し痩せていて、しかし目だけは異様に鋭い。


「君が、日本から来たっていう…?

若いやり手と聞いたから、会ってみようかとは思ったが」


彼は挨拶の代わりに簡潔に言った。言葉にすら無駄がない。彼の視線が私に突き刺さるが、試すような目だ。私は頷き名乗った。

会社の名前も、肩書も、最小限に留める。


するとスティーブは、ふっと笑った。


「面白いタイミングだ。世界中のすべての人間が、僕は終わったと思ってる」


その一言で分かった。彼は“語りたい”のだと。


私はすぐには本題に入らなかった。Appleの話もしない。NeXTの計画にも触れない。

代わりに、こう言った。


「10年ほどで結局あなたはAppleに戻るだろう。あなたの才能はまだこれから必要で、それは間違いない」


私がそう言うと同時に、部屋の空気が一瞬で凍った。寧音が息を呑むのが分かる。

鋭いスティーブの視線が完全に私を捉えた。


「……続けて」


それは低い声だった。


「その時、君は会社を立て直す人として戻るのではなく、文化を取り戻す人として戻るんじゃないかな。そうなったら私は君の力になりたいと考えている」


沈黙。


数秒、いや、十数秒か。

スティーブは椅子に深く腰を下ろした。


「君は……何者だ?」


私は正直に答えた。


「この先の未来を少しだけ俯瞰して見る才能を持つ、ただの日本人だよ」


それで十分だった。

彼は笑った。乾いた笑いではない。これは本物の笑いだ。


「いい。気に入った。今日は予定を全部キャンセルする」


寧音と私は、顔を見合わせた。

掴んだ。冬の王の炎は、確かにここにあった。


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面白い。いいと思う。 テンプレとか、安直だといわれるかもしれないが、いいんじゃないかな。 私のような年寄りは、主人公やキャラが苦労する話や悪戦苦闘する話よりもこのようなもののほうが楽でいい。 特に…
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