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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第三章

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大学生活⑫ シミュレーションゲーム

1985年(昭和60年)6月


4月に発売したRPG『バイナリー・エボリューション — 覚醒のシグモイド —』は極めて順調な売れ行きを示してくれており、追加で10万本を生産した。


世間では中高生以上の年齢層がハマっているらしく、睡眠不足に陥る子どもが続出して社会問題になりつつある。


新聞の社会面には、「夜更かしを誘発する新型ゲーム」、「勉学への悪影響を懸念する声」といった見出しが並び始めていた。


もっとも、記事の多くはどこか的外れで、ゲーム内容そのものを理解している記者は殆どいない。メディアの取り上げ方なんて相変わらずだ。


「敵を倒してレベルを上げる単純な遊び」


そう一括りにされるのを見るたび、内心では苦笑してしまう。


本質はそこではない。

多くの人を惹きつけているのは、単なる戦闘でも派手な演出でもない。成長の手触りだということを記者たちは理解していない。


努力すれば、確かに前に進む。だが一足飛びに強くなれるわけではない。無理をすれば、必ずどこかで歪みが出る。その思想が無意識のうちに多くのプレイヤーの感覚と、どこかで噛み合ってしまったのだと私は思った。

もっとも、時代の空気の影響は確かにあるだろう。


努力すれば報われる。


昭和が生んだ偶然で、最高のご褒美だったのではないかと、令和から来た私は思ってしまう。もしも、2020年代にこのゲームが発売されたとして、今ほどの熱狂となったのだろうか?


ともかく、そういった世間の反響に比例して、任天堂からの連絡も頻度を増していた。当初は販売状況の確認程度だったものが、今では市場分析や今後の展開についての相談に変わりつつある。


「次回作についてですが……」


そう切り出されるたびに、私は慎重に言葉を選んだ。

成功の直後ほど判断を誤りやすい時期はないことを、私は前世において、嫌になるほど見聞きしてきたからだ。それは世界的大企業であっても同じだった。

慢心を抱いた瞬間、組織も個人も凋落の道へと進んでいく。


一気に続編を出すか。それとも別ジャンルへ広げるか。あるいは、敢えて間を空けるか。

どれも正解になり得るし、同時に地雷にもなり得る。


会社の机の上には、売上報告書と並んで、大学の研究資料が積まれている。

昼は研究、夜は経営と開発。その境界は、ますます曖昧になりつつあった。


成功しているはずなのに、どこか落ち着かない。


ふと、大学の研究室での石田の顔が脳裏をよぎる。

実験がうまくいかず、それでも諦めずに装置に向かう姿。数字では測れない時間が、あそこには流れている。


こちらはどうだ?

数字は伸びているし評価も集まっている。だが、それは積み上げた結果というより、流れに乗っているだけではないのか。そんな疑念が成功の影に張り付く。


「……成長が早すぎるな」


事務所で独り、そう呟いた。

シグモイド曲線は、本来はもう少しなだらかに立ち上がるもので、序盤で急激に跳ね上がる成長は、どこかに無理を抱えている。


ゲームも、会社も、そして自分自身も。


この勢いをどう制御するか。それが次の課題だった。

外では、6月の雨が静かに降り始めていた。窓に当たる雨音を聞きながら、私は一度だけ目を閉じる。

浮かれるな。だが、恐れるな。

成長を設計するという仕事は、ようやく、ここからが本番なのだから。


そんな状況でも、竹中の興味は既に次の作品へと向かっている。

彼にとって、ゲームが成功するかどうかより、自分の興味のあるものを作ることが優先するのだろう。


まったく……経営に無頓着な技術オタクは羨ましい。


ともかく、彼の次の目標はシミュレーションゲームだという。どんな内容が面白そうか聞かれたので、私は次のように返答した。もしかしたら、竹中の思考を乱してしまうのではないかと恐れつつも、私の悪ノリは止まらなかった。


「それであれば、戦国時代をテーマにすれば面白いんじゃないか?

日本の歴史で最も人気が高い時代区分だし、ドラマや映画で取り上げられることも多いから、多くの国民に馴染みもある。具体的には、日本全国を50程度に分割して、一国一国を奪い合う形式なんてどうだ?」


そう言うと、歴史が苦手な竹中でも興味がありそうな表情になった。


「戦国時代か……『戦国自衛隊』とか、黒澤映画の『影武者』は面白かったよな」


なつかしいな戦国自衛隊…草刈正雄や薬師丸ひろ子がチョイ役で出ていて、宇崎竜童が落ち武者になっているという贅沢な映画だったな。


「そうだな。例えば50国なら、自国以外でもゲームの裏で進行するストーリーは49個存在することになるだろうから、複雑さはRPGの比ではないだろう。

プレイヤーは選択した国の大名を操って力をつけていくが、最終的に重要な要素は兵力となる。数は力なんだ」


竹中は数学オタクらしい表情になって、既に考え込んでいる。私は畳みかけるように言った。


「だがそこに一揆や謀叛、あるいは病気、スパイといったイベント要素が加わるというのは面白そうじゃないか?一直線に富国強兵とはならない。ここぞと言うときに台風や飢饉でダメージを受ける。兵力を増やして隣国へ攻め込もうと思ったら謀叛が起きる」


竹中の目が光った。

これは何かを見つけた時の竹中特有の反応だ。彼は私と阿戸さんを見ながら言った。


「やっぱりお前はすごいよ。その発想力は尋常なものではない。よし!それでいこう。突然燃えてきたぞ!」


阿戸さんも嬉しそうにしているが、ごめんなさい。私のオリジナルではないんです。

やっぱりあちこちから怒られそうだが、まぁ、ここまで来たら毒を食らわば皿までだ。やってしまえ。


「この世界観は戦国時代だけにとどまらないんじゃないか?

例えば三国志にも応用可能だし、第二次世界大戦を題材にしてもいいだろう。戦術と戦略を組み合わせる内容なら必ず売れると思うぞ」


竹中はもう有頂天だ。声を弾ませて言った。


「本当だな。一つのパターンを作り上げてしまえば、ある程度の応用は効きそうだな!」



2週間後、任天堂本社にて正式な打ち合わせの場が設けられた。


会議室は、いつものように整然としている。

壁際には売れ筋タイトルのパッケージが並び、成功の歴史が無言で圧をかけてくる。

その中には当然ながら我が社の製品が3本、ほぼ中央を独占して並べられていた。


今日の上杉部長はいつもと違って慎重だった。表情も、言葉の選び方も。


「非常に興味深い企画だとは思う」


前置きは、いつも同じだ。

その後に続く言葉が本題になる。


「ただ……少し複雑すぎるのではないだろうか?」


やはり来たか、と思った。


「RPGと違って、成長が分かりにくい。

プレイヤーが何をどうすればいいのか、迷ってしまう恐れがありそうだ」


課長となっていた毛利さんが、資料をめくりながら続ける。


「戦闘だけでなく、内政、外交、謀叛、一揆。それから台風や疫病に……密偵ですか。情報量が多すぎると、途中で投げてしまう人も出るのでは?」


彼らの懸念は、もっともだった。

1985年の家庭用ゲーム機は、まだ「直感的な楽しさ」が最優先される時代だ。

考えさせるゲームは売れにくい。それは事実だろう。


私は少し間を置いてから答えた。


「難しい、というより“すぐに勝てない”だけだと思います」


上杉部長をはじめ任天堂側の人たちがこちらを見る。


「このゲームは、最初から成功体験を与えません。努力しても、すぐには成長できないし結果も出ない。だからこそ、気づいた瞬間の手応えが大きいんです」


誰かが、小さく息を吸った。


「……子供向けとは言えないですね」


「ええ。だからこそ、中高生以上、もしくは社会人に受けるでしょう」


私はそう返した。


「現実と同じです。考えずにやれば失敗する。だが、考え続けた人間だけが、じわじわと前に進めるでしょう?それをゲームにて再現するのです」


会議室には、短い沈黙が落ちた。


任天堂側は、決して否定しなかった。だが、即断もしなかった。

その空気がすべてを物語っている。



東京に戻り事務所に顔を出すと、案の定、社内でも同じ声が上がった。


「正直、難しすぎないかな?」


寧音が、設計書を見ながら言う。


「最終的な目標は全国統一ね……それはいいけど、結構大変よね。ルールが分からないと、つまらないゲームって烙印を押されそう」


クソゲーか…それは、核心を突いた問いだった。


「大名の年齢要素も入れるんでしょう?ひたすら国力を上げている間に寿命が尽きそう」


私は答えなかった。

答えられる人間が、既に一人、黙って動き始めていたからだ。


竹中は、会議が終わるなり机に向かっていた。


ノートを開き、シャープペンを走らせる。

文字ではない。言葉でもない。この男の答えは数式だ。


「……なるほど」


誰に言うでもなく、呟く。所持金、兵糧、兵力、忠誠度、訓練度、鉄砲装備率。

それぞれが矢印で結ばれ、ぐるりと循環を作っている。


「ただ上げればいい、じゃ駄目なんだ」


彼は、数式の一部を二重線で囲んだ。

そこには「年貢率」と書いてあった。


「実際の領民目線で考えないと」


確かにそうだ。年貢率を上げれば一時的に収入は増える。

だが同時に、別の値が静かに積み上がる。

見えない負債のように一揆が迫り、民衆の忠誠度が下がる。それは収穫減という形で跳ね返ってくる。


まるで消費税を上げたら、売上が減って逆に税収が落ちるみたいな相関関係。


「……ここが閾値(しきいち)か」


カリカリと音がする。一行、また一行。


「この年貢率を越えた瞬間、一揆の確率が跳ね上がる」


その言葉を聞いた瞬間、政治家時代の記憶が鮮烈に蘇った。 私がこの時代に来る直前、国民負担率はついに5割を超えようとしていた。税金と社会保険料が、容赦なく人々の手取りを削っていく。 いわゆる「五公五民」。社会はもう、限界だったのだ。


歴史が証明している。負担率が5割を超え、かつ成長の果実が民に分配されなくなったとき、社会システムは必ず崩壊する。


一例を挙げると、これがフランス革命の原因となった。この場合のフランス革命とは7月革命でも2月革命でもなく、マリー・アントワネットの時代の革命のことだ。

あるいは、日本の幕末。成長が止まり、人口が停滞するなかで負担だけが増大した結果、江戸幕府は内側から瓦解した。


一方で、その対極にいたのが18世紀のイギリスだ。 当時の英国は紛れもない重税国家だったが、その税収を海軍の強化と植民地貿易の独占に注ぎ込み、「国家の成長」へと転換させた。国民は、重税を上回る豊かさを享受することで革命を回避したのだ。


ゆえに、令和に残された道はたった一つしかなかった。


日本全体を成長させ、その力で国民負担を軽減する。 私はその可能性を信じ、総理と共に心血を注ごうとしていた。


当時の熱い決意を思い出し、私は竹中に向かって言った。


「その国の商業力や石高を上げれば、年貢率を下げても収入は維持できるな?」


竹中の目は、完全に開発者のそれだった。

成功だとか、市場だとか、そんなものはもう視界に入っていない。


「なるほど…そうだな。うん面白いな……」


彼は、初めて企画内容を私から聞いた時には見せなかった笑顔を私たちに向けた。


「いかに勝つかよりも、どうすれば安定するかを最初に考えるべきだな」


私は、その言葉を聞いて確信した。


ああ、これはもう止まらない。この男は世界を数式で描き始めてしまった。

そして一度、そうなってしまえば、ゲームはもはや単なる遊びではなくなる。


外では、雨が上がり始めていた。

雲の切れ間から差し込む光が、机の上の数式を照らしている。

歴史は、いつもこうして始まる。誰にも気づかれない、たった一冊のノートの上から。


私たちの狭い世界では、こうして着実な歩みを見せていたが、世界では大きな出来事があった。


3月10日、ソ連共産党書記長チェルネンコが死去し、翌11日にゴルバチョフが新たな書記長に就任したのだ。ここから共産主義の終わりが始まるのだが、世界の人々は誰もそれに気付いてはいない。


そんな世界情勢の中で夏も終わり、ついに9月を迎えた。今月の重要イベントはまず、プラザ合意だ。

それともう一つ!

未来においてデジタルデバイスの概念を塗り替えた偉人の名が、ニュースとして世界を駆け巡る。そちらは、我が社が地球を舞台に雄飛できるか否か。それを決める重要なイベントとなるだろう。


今のうちに禅の勉強をしておこうか。



お読みいただきましてありがとうございます。

今日は投票日ですね。未来は小説の中だけではなく、投票所にもあります。


本文にもあります通り、成長ができなければ未来はありません。

明日以降の日本と世界を決定付ける、極めて重要な選挙ですので国民の意思を示しましょう。

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