大学生活⑪ 青色LEDへの挑戦
1985年(昭和60年)4月11日
大学3年生となり、経営者としてだけではなく、学生として研究にも打ち込む日々だ。
これまでの2年間、石田三典らと青色LEDの基礎研究と開発を行ってきた。
だが。
全然うまくいかない。
頭では構造を知っているつもりだし、どうすればいいかも理解していたはずだった。
ところが…まったく思い通りの結果が出ない。
理屈は分かっている。必要な条件も避けるべき失敗も、頭の中では整理できている。
だが、実験というものは、知識だけでは前に進まない。
装置の立ち上げ、試料の扱い、ほんのわずかな温度差や時間差。教科書には載らない無数の癖が、結果を左右する。それを身体で覚えるには、結局のところ失敗を積み上げるしかない。
分かっているのに、耐えられない。
そんな感覚が、胸の奥に澱のように溜まっていた。
前世では、開発に成功してノーベル賞を受賞した研究者や、失敗を重ねても軌道修正しつつ別の方法を探った石田の話も聞いていた。だが今は違う。
現在は私の目の前にいる肝心の石田ですら、暗中模索の手探り状態なのだ。
しかも、頭の片隅では会社の資金繰りや次のソフトの構想が回り続け、任天堂との打ち合わせや竹中たち社員の顔がちらつく。
実験台の前に立っていても、思考の一部が常に別の場所にある。
集中しているつもりで、完全には入りきれていない。
それに、もう一つ。
自分でも認めたくない理由があった。
結論を、知ってしまっている。
この研究が最終的にどこへ辿り着くのか。どの材料が正解で、どの方法が突破口になるのか。
私は、それを知っている。
だからこそ、結果が出ない時間に耐えられない。「正解は分かっているのに、なぜ今できない?」その焦りが、無意識のうちに実験を雑にし、思考を浅くしている。
研究者として、最もやってはいけない状態だと分かっていながら。大学の実験室にこもりながら私は悩んでいた。
そんな思いが顔に出ていたのか、石田が話しかけてきた。
彼とは入学式当日に知り合って以来、友人関係となっているのだが、私の影響かどうかは分からないものの最近では研究室に入り浸り、青色LED開発に没頭している。
現段階の状況は世界中の企業も大学も失敗続きで、教科書にも論文にも「決定打がない」。つまり「青色LEDは物理的に不可能ではないが、工学的に地獄」という位置づけだろう。
石田も、だからこそ熱心に研究に打ち込んでいるわけで、会話は常に青色LEDの話題ばかりだった。
結果として、かなり専門的な用語を用いて会話することも多い。
「素材としては、今やっている炭化ケイ素やセレン化亜鉛も有望かもしれない。
だけど僕が考えているのは違う素材なんだよね」
そんなことを言うが、やっぱり石田の着眼点は普通ではないな。
ついに答えに辿り着いたと見るべきだ。
「もしかしてGaNじゃないのか?」
石田は驚いた表情で私に聞いてきた。
「当たりだ。誰にも言ってないのに、どうしてわかったの?」
「理屈ではGaNなんだよ。バンドギャップ3.4eVあるし。それより、石田はどうしてそう思ったんだ?」
「ああ。それ?それはこれを見たんだ」
彼が私を誘って場所を移動した。
研究室の奥、普段はあまり使われていない区画に、古い実験台が一つだけ残されていた。
装置の配置がどこか不揃いで、後から増設を重ねたことが一目で分かる。新品の機材ではない。だが、雑然としているわけでもなかった。
真空チャンバーの外装には、何度も分解と再組立を繰り返した痕跡があり、ネジの頭はわずかに舐めている。メーカーの仕様書通りに使われた形跡はない。
それでも、配線の取り回しは無駄がなく、必要最低限の長さに揃えられていた。
棚の隅には、ラベルの色が褪せた石英管と、手書きのタグが付いた小瓶が並んでいる。
「GaN」 「Mg: low」 「anneal?」
走り書きの文字は、几帳面とは言えないが、迷いもなかった。試料番号と日付、条件だけが簡潔に記されている。結果や感想は書かれていない。それは、ここに至るまでに何を試し、どこで行き詰まったのかを見る者に想像させるだけだった。
顕微鏡の横には、古いノートが一冊、引き出しに差し込まれたままになっていた。
ページの端は擦り切れて何度も開かれた形跡がある。数式と簡単な模式図、その間に挟まる短いメモ。
『P型 理屈は合う だが測れない』
それだけが、妙に強く目に残った。
「これは誰が残したものなんだ?」
「青木昌治教授っていう人なんだけど、僕たちが入学する前に定年退官してしまったらしいんだ。今は別の大学で教鞭を執っておられるらしい」
初めて知った名前だが…そんな人がここにいたとは。
惜しいところまで来ていたのは間違いないだろう。その人が何を考え、どこで立ち止まったのかは、装置と試料の配置そのものが語っていた。
完成させるつもりだったのだ。少なくとも、途中で投げ出すつもりはなかったはずだが、定年によって研究は打ち切られたのだ。
私はその実験台を前にしてはっきりと理解した。ここは「失敗の残骸」ではなく、次の一手が打たれなかった場所なのだと。
私はノートを読み、装置を詳細に見て感想を伝えた。
「N型はまあいけるけど、P型がまず無理っぽいな」と。
N型のNは「ネガティブ」。余った電子が主役で、マイナスの電荷を持つ電子が動くことで電気が流れる半導体だ。
一方、P型のPは「ポジティブ」。電子が抜けた「穴」が主役となり、結果としてプラスの電荷が動くように電流が流れる半導体を指す。
半導体は、このN型とP型という正反対の性質が組み合わさって、はじめて本領を発揮する。
「うん。青木教授の実験結果だと、Mgを入れても補償されて終わってしまうらしい。結局PN接合が作れないんじゃ、LEDにならないけど、最終的にこの人なら完成できたかもしれないね」
惜しいところまでは来ていた、というわけか。
石田には史実においてノーベル賞を取った研究者の話もしておこうか。
「噂で聞いたが、そういえば名城大で、なんかGaNやってる先生がいるらしい。その人なら解決できるかもしれないな」
ただ、それだと石田はこの世界でも負けてしまう。
それに結果がここまで見えているなら、目の前にいる石田本人から2010年代半ばに聞いた解決法を教えてみよう。結果として、未来の本人が過去の自分に教えることになるのだろうか?
「Mgを入れただけではダメだけど、電子線を当てて水素を外せばP型になるかもな。
可能性は未知数だが、やってみてもいいんじゃないか?」
その時、石田の表情が変わった気がした。
「MgドープしたGaNに電子線を当てると、水素が中和されてP型ができるって可能性かい?そうか…やってみる価値はあるかもね」
ヒントは与えた。あとはこれを彼自身がどのように消化するかだな。道は長いが頑張れ石田三典。
開発に成功したら、私の名前も出してくれたら嬉しい。いや、それだけでは無理か。
「まずはこの内容で論文を書いて発表したらどうだ?提唱者は俺だから必ず名前を載せてくれよ?」
「そうだね。分かったよ。そうしてみよう」
さてどうなるかな。私は未来を見通す眼は持っていないが、石田の努力に期待しよう。
そう思いながらも、内心では分かっていた。
いや、正確には知っていた。
この一言、この仮説、この瞬間。ここから先、石田は何度も壁にぶつかり失敗し、論文をはね返され、それでも諦めずに前に進むことになる。そして、いつか世界が「不可能」と切り捨てたその場所に確かな足場を築く。
前世の記憶によれば、石田は他者に先を越されたために違う道を選択し直したが、今世では、ライバルより早く実現できるのではないか?
だが、それは確実ではない。今はまだ単なる仮説でしかない。
研究というものは残酷だ。正しい着想があっても、それを裏づける再現性と証明がなければ、容赦なく切り捨てられる。ましてや青色LEDのように、世界中が失敗を積み重ねてきた分野では、なおさらだ。
「……ねえ木下君」
石田が、ふと手を止めて言った。
「仮に、これがうまくいったとしよう。
もし本当にP型が作れたとして……その先、どうなると思う?」
私は、少し考えるふりをした。
本当は答えを知っているからこそ、すぐに言葉にするのをためらった。
「世界が変わる、とは言わない。でも……照明は変わる。表示も、通信も、全部だ」
「なんとも大げさだね」
そう言いながら、石田は否定しなかった。
むしろ、その目はわずかに揺れていた。
研究者という生き物は、夢を語ることに臆病だ。
夢を見すぎた者から、順番に折れていくことを知っているからだ。
「でもな」
と、私は続けた。
「もし、そのときが来たら……一人で抱え込むな。
論文も、特許も、評価も、全部だ。研究は個人戦に見えて、実際はチーム戦だからな」
石田は一瞬、怪訝そうな顔をした。
「何だかずいぶん先の話をするんだね?」
「先の話じゃない。役割の話だ」
私は、実験台の上に並んだ試料を見つめながら言った。
「石田は前に出る人間だ。仮説を証明して、世界に叩きつける役割を担う」
「そうなのかい?じゃあ、君は?」
その問いに、私は少しだけ間を置いた。
「俺は……資金提供だな。理論と工学、研究と産業、個人と組織。それをやりつつ、それを繋ぐための資金提供をする。俺の本業を知っているだろう?石田はゲームなんてする時間はないだろうが、お前が思っている以上に世間では受け入れられているんだ」
石田は、しばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「木下君らしいね」
その笑顔を見て、胸の奥で何かが静かに定まった。
そうだ。私は主役でなくていい。
未来を知っている者が、すべての成果を自分のものにする必要はない。むしろ、正しい場所に正しい人間を立たせ、流れを歪めずに前へ進めること。
それこそが私に与えられた役割なのだ。
この日を境に私は意識的に一歩引いた。実験の主導は石田に任せ、私は仮説の整理と、論文構成、データの読み解きに専念するようになった。
結果が出るのは、まだまだ先だ。だが、確かにこの瞬間、二本の道は交差しそして並走を始めた。
何年か、何十年かもしれない先に。
壇上で名前を呼ばれるその日、世界はこう語るだろう。
基礎を切り拓いた研究者と、それを体系化し社会へ接続した資金提供者。二人の仕事は、切り離せない一つの成果だった、と。
その未来を思い浮かべながら、私は再び実験ノートを開いた。
今はまだ、誰にも評価されないページだ。石田の卒業後の進路は未定だが、見込みが立つなら私がLED専門の新たな会社を起こしてもいい。
いや、青木教授という人に接触するのが先だな。きっとその人なら石田を勝者へと導いてくれるのではないだろうか。
この静かな積み重ねこそが、やがて世界を照らす光になる。
そう感じた。
読んでいただいたお礼に、電気豆知識を少し。
物質が電気を通せるかどうかを基準として、「導体」「半導体」「絶縁体」に区分されます。
電気をよく通す物質は導体、ほとんど通さない物質は絶縁体とされます。
導体の代表格はオリンピックみたいですが金、銀、銅、あるいはアルミニウムなど金属が中心です。
最も電気を通すのは銀です。しかし、希少ゆえに高価であることと、空気中の成分と反応して黒く変色しやすい(硫化銀へと変質して黒くなる)ため、一般的な電線には安価で効率の良い銅が採用されています。一方で、スマホの内部など、絶対に腐食してほしくない超精密な接点には金が使われたりします。
絶縁体はゴム、ナイロン、ビニール、陶器など。
陶器は電柱や電線、あるいは電車のパンタグラフ部などに用いられており、碍子と呼ばれる白いアレです。
半導体は少々特殊で、導体と絶縁体の中間に位置しています。
つまり、半分導体だから半導体。「半・導体」というのがイントネーションも含めて本当は正しいのでしょうか。
半導体は温度や条件によって、導体にも絶縁体にも振る舞う特殊な性質を持っており、LED照明などさまざまな設備・製品に活用されていて、生活に不可欠なものとなっています。
英語ではそれぞれ下記の呼び名で使われています。
・導体 conductor コンダクタ
・半導体 semiconductor セミコンダクタ
・絶縁体 insulator インシュレータ
セミコンダクタという単語を企業名に入れているケースとしては、米国アリゾナに本社を置くonsemi(旧ON semiconductor)、世界最大の半導体受託企業 Taiwan Semiconductor Manufacturing Company(TSMC)などがあり、本作品においても、史実では悲劇的最期を遂げた日本の半導体企業を救うために設立される新社名として、「セミコンダクタ」という言葉が選ばれる予定です。
この物語はもう少ししたらゲームの話は終わり、半導体やテック企業が続々と登場する内容へと進化していきます。切り替わり時期は概ね3月以降となる予定です。
とにかく明るい将来を書こうと考えていますが、現実世界を明るいものとするためにまずは投票所に行きましょう。




