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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第三章

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大学生活⑥ ファミコンとFX

1984年(昭和59年)1月9日


今日は東証1部ダウ平均株価が、初の1万円台に達した記念すべき日だった。

それで思い出したが、今年の株の動きは特徴的なものになったはずだ。


一言で表現すると「力強い上昇のあと、夏場に大きな調整を経て、年末に向けて再び最高値を更新しに行く」という、非常にダイナミックな展開となる。


今日の1万円突破はゴールではなく、バブル経済へと向かう助走の始まりで、1月〜5月はハイテク株ブームで急騰するだろう。

1万円突破の勢いのまま、株価はグングン上昇し、当時の最高値である1万1000円を抜けるはずだ。


その後は急騰の反動と、アメリカの金利上昇への警戒感から、いったんは1万円台を割り込む。

この状態が夏の間続いたあとは再び1万円台を奪還し、最高値圏へ向かうと記憶している。


つまり6月には保有株を売って、8月には底値圏でまた買うという動きをするのが今年の目標だ。


2月7日


それはそうと、今年は4年に一度のオリンピックの年だ。今回の開催地はロサンゼルスに決まっていて、準備も大詰めの段階だろう。

政治とスポーツに深い知識のない寧音も、テレビ観戦を楽しみにしている。


しかし!前回のモスクワ大会を、日本を含む西側諸国は一斉にボイコットした。ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議した結果だったのだが、今回はその報復として東側諸国がボイコットする番となったというのが、未来の教科書に載る話となるだろう。


「今年のオリンピックにソ連は参加するのかしら?」


それでもやっぱり気になるよな。寧音は心配そうに聞いてきた。


「そうだねぇ。ちょっと難しいような気がするね」


彼女にはそう話すしかないが、日本人選手はモスクワ大会に参加できずに悔し涙を流した。今年は東側選手が悲しむ番となる。多くの国々が制約なしに参加するのは、その次の1988年大会を待たねばならない。


「やっぱり?でも選手に罪はないでしょう?なんか納得できないわね」


「それは完全に同意する。もっと世界が仲良くできたらいいね」


本当にそう思う。大国同士のエゴは醜いと本気で思う。

軍事的発言力のない日本人が言っても説得力はないが。


「そもそも、ソ連はなぜアフガニスタンへ侵攻しちゃったの?」


「難しい質問をするね。だけど俺の意見だと、この結果を招いたのはアメリカの責任もあると思う」


「えっ?そうなの?どうして?」


「簡単に言えば、アフガンが内戦状態に陥った際、ソ連が進出しようとしたのを、前のカーター政権が明確に止めなかったんだ。

あの場所は大昔から交通の要衝で、様々な勢力が支配し続けた土地だから、内戦によって力の空白地帯ができることは、どの大国にとっても困る話だったんだよ。ソ連はその空白を埋めるために進出したに過ぎない。内戦状態の国って、放っておくと周辺国を全部巻き込むからね」


だが結局は、この侵攻作戦がソ連の息の根を止める要因の一つになった。

アフガンは地政学的に表現すると『魔境』に近いだろう。内陸国家ゆえに海洋国家お得意の物量戦は通用せず、かといって大陸国家お得意の陸上戦は山岳地帯ゆえに難航する。

イギリスもアメリカもソ連も、すべての大国がここでコケた。


それに加えて、ソ連指導者層の頻繁な交替が混乱に拍車をかける。

現在のソ連の書記長は、ブレジネフ亡き後に就任した元KGB議長のユーリ・アンドロポフだが、もうすぐ亡くなるのではなかったかな。

在任期間は1年半に満たなかったはずだし、次のコンスタンティン・チェルネンコも長生きできず、1年程度で、いよいよミハイル・ゴルバチョフの登場となるわけだ。

それが確か来年の春頃だったと記憶している。

ここから「ペレストロイカ」や、「グラスノスチ」が始まり、冷戦終結への道が開かれる。


アメリカはもちろんレーガン政権の1期目で、カーター政権までのデタント(緊張緩和)路線を転換し、ソ連に対して強硬姿勢で臨んでいる。

そしてソ連を「悪の帝国」と呼び、対決姿勢を鮮明にしているところだ。


世界はそのような緊張感のある情勢なのだが、日本国内にはそんな空気など一切ない。

何というか我が世の春みたいな雰囲気だ。

ゴシップや事件、不祥事の類はいついかなる体制でも発生するだろうが、国民全体としては将来への不安を抱えている状況ではない。

高度経済成長は終了したが、安定成長という常態に戻った感じだろう。


そんな空気の形成に一役買っているのがファミコンだ。

この本体の販売数だが、昨年6月の発売から半年余りで販売台数は50万台を超える大ヒットとなっている。今のところ国内専用モデルだが、当然ながら海外展開を考えているだろう。

私の記憶だと国内で2000万台近く、全世界では6000万台を超える歴史的製品となるのだから。


わが社の《スター・ヴァンガード》はおかげさまで増産に次ぐ増産体制となって、手狭になったから別の場所に事務所を移転する運びとなった。加工機を新たに導入し、4人総出でROM書き込みの作業をしてもなかなか受注に対して追いつかないという、本当に嬉しい悲鳴状態となっている。

イニシャルコストは計算に入れなくていいから、売れた分だけが利益となり、立ち上がりとしては申し分ないものだ。


よく考えてみると、《スター・ヴァンガード》は、サードパーティとして初めて市場に供給されたファミコンソフトなのだ。

現時点でのソフト数は本体の販売数に比べたら圧倒的に少なく、全部合わせても10本程度だったから、人気が集中するのも当然といえるだろう。

そんな状況なのにリピートが無かったとしたら、そっちこそ歴史に残ってしまっただろう。恥をかかなくて済んだのが一番うれしかった点だ。


これで資金面での不安もなくなったから、ささやかながら4人でボーナスを分かち合った。

一人当たり20万円。成功報酬としては控えめながら、現在の大学生の身分では目玉が飛び出る金額だろう。


これを使って早速4人でディズニーランドへ行ったのだが、私と寧音は当然として、竹中と阿戸(あこ)さんの関係も、何となくいい感じだ。

今まで女っ気なんてまったく無かったオタクの竹中重治が、初めて掴んだ青春の切符か。

まあ彼女を大切にするんだなと、私は心の中で呟いたのだった。


そんなこんなで、とりあえず先々の不安はなくなり、公私ともに絶好調の竹中は第2弾のソフト開発に入った。以前も宣言した通り、今度はもう少し難しい対戦ゲームに挑戦するそうで、私はいつも通り基本設計が完成するまでは放置するつもりだ。


株取引も順調だ。

既に500万円分の株を運用するようになっていて、もう少し余裕ができたら、さらに500万円分を運用しようと考えている。

主な購入先は円安傾向が強まりつつある状況を考えて、やっぱりソニーや京セラ、村田製作所に任天堂、TDKといった企業の株がメインだ。


2月20日


今日も寧音とデートしていたのだが、ここ最近の彼女は特に美しくなってきたと感じる。

少女から大人の女性に成熟しつつある感じだろうか。

その一方で私はどうなのだろう?

何となくだが、52歳で止まってしまっているような、いやもしかしたら52歳時点から年々幼くなってきているのではないのか?というような疑問すら抱く今日この頃だ。

周りに若い人しかいないからそう思うのだろうか?ちょっと心配だ。


そんなことを考えつつ二人で歩いていたら寧音に聞かれた。


「最近じゃ私も意識して新聞を読むようにしているのよね。

それで知ったんだけど、2年ほど前に、日本にいながらドルやポンドといった外国通貨を買えるようになったんでしょう?」


ついにその言葉が出たか。

金融知識のある私が、株取引以外で当然やるだろうことをやってこなかった。

それが外貨取引で、後世では一般的に『FX』と呼ばれる取引だ。


FXとは「Foreign Exchange(外国為替証拠金取引)」の略で、為替レートの変動を利用して外貨を売買し、その差額から利益を得ようとする金融取引のことを指す。


私は寧音にこれまでの経緯を説明した。


「実はね。個人の外貨の売買は厳しく制限されていた時代が長く続き、例えば個人がドルを買いたいと思っても、ほぼ不可能だったんだ。

それが外国為替及び外国貿易法、いわゆる外為法が施行され、市場の国際化・資金フローの自由化が決定した。それが本格的に稼働した日付が、2年ちょっと前、昭和55年の12月1日だったんだよ」


寧音はその日付をゆっくりと反芻するみたいに繰り返し呟き、ハッと私を見た。


「その日って……藤一郎が退院したあの日よね?」


そう。偶然にもこの日付は私が退院して、初めて寧音に出会った日でもあるのだ。

懐かしいが、もう2年以上前になるのか。


順調に愛を育んでここまで来た。


「だけど、現時点ではまだ制約も多いし、個人がドルやポンドを買おうなんて動きは表面化していないんだ。売買手数料も株式取引以上に高いし、リスクも大きいからね。

だから一般人の感覚なら、海外旅行に行くときに両替に利用する程度じゃないかなぁ?」


だが、そう言いながらも、よく考えたら私にとってリスクという文字はないのだ!

以前も触れたように、ドル/円レートの推移は頭の中にしっかりと入っているのだから。

それでも父の名義で取引を行う以上、あまりに複雑でテクニカルな内容だと、何でそんなことを知っているのか両親から疑われる危険もある。


ちょっともったいないけど、現時点では手を出しにくい。それに。

私は続けて言った。


「俺があまり外貨取引に目を向けていないのは、株以上にギャンブル性が高いから、父さんにはのめり込んで欲しくないんだ」


これは本音でもある。

自制が利かなくなると大変危険で、知識のない者が足を踏み入れれば、そこはただの底なし沼だ。

実際には「証拠金」を使ったレバレッジ取引はまだ一般的ではない。

銀行や証券会社を通じた現物に近い外貨取引が中心だが、あまり変なことは教えないほうがいいし、私が成人を迎える来年以降に自分自身で始めたほうが良いと思う。

プラザ合意までの半年ほどしか時間は残されていないけれど。


まあ焦らず地道にやっていこう。まだ19歳なのだ。先は長い。


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