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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第三章

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大学生活③ 扉は開かれた

1983年(昭和58年)4月15日


私たちは任天堂の東京支社を訪れていた。

今日は上杉部長、毛利係長、島津主任に加え、法務担当の竜造寺課長という人物も同席していた。


上杉部長は満面の笑みで私たちを迎えてくれた。


「大学進学おめでとう。皆さんよく頑張ったね。この1年間の努力というのは、きっと将来の糧になるはずだからこれからも頑張ってほしい。

一応ウチのバカ息子も進学できた。皆さんほど立派な大学じゃないが、親として一安心だ」


それは良かったですねと、竹中も嬉しそうに話をしている。

相変わらず緊張はしているみたいだが、前回のような彫り物か仏像みたいな感じではない。


私も続けた。


「ありがとうございます。

正直な話として、ホッとしていますし、二度と経験したくはありません」


実際には二度目だったが、三度目はないだろう。さすがにね。


この時、私は予想していなかった。

自分のこの軽い気持ちが、全く冗談にならなくなる日が来ることを。

だが、その「三度目」の受験を経験するのは、まだ遠い遠い未来の話だった。


ここで私は、隣に立っていた寧音さんを紹介した。


「前回のご提案時に、デザインを担当しました高台寺です。よろしくお願いします」


寧音さんも少し緊張しているみたいだが、しっかりと挨拶をした。


「デザインが専門というわけではありませんが、可愛いイラストなんかは好きなので、これからも頑張ります」


そういえば、最近の寧音さんのお気に入りはミッキーマウスだ。確かに素晴らしいキャラクターだと思う。多くの人間が忌み嫌うだろうネズミを、あんな愛嬌のあるキャラクターへと昇華させたウォルト・ディズニーは天才だ。

ああ、熊も同様だな。実際はあんな可愛らしい存在ではないのだが。


ここまで上杉部長は終始にこやかだったが、挨拶が終わり着席すると、顔つきが変わり、ビジネスマンとしての表情を取り戻した。


「さて、今日来ていただいたのは他でもない。わが社の今後の方針についてだ。

正式に”ファミリーコンピュータ”という名称で今年の6月に発売することが決まった。

いや、あれから社内での調整や方針確認が大変だったが、何とか間に合ったよ」


おや?今年の7月発売だったと記憶していたが、6月になったのか?

それはどうしてだろう。


「上杉部長。お聞きしていたのが今年の夏頃というお話でしたが、私の想像より少し早い印象ですね」


「うん。最初は7月発売になりそうだったのだが、君たちの提案のおかげで、社内調整がスムーズにできたから早まったというのは確実にあるね」


上杉部長はゆっくりと部下と私たちを見て続けた。


「新製品を開発するにあたっては、社内での調整に最も時間がかかるのは事実だ。営業側と私たち開発側の意見がぶつかることも多い。

だが、今回は君たちが提案してくれた内容のうち、まずは販売戦略に関わる部分の調整がすんなり決まった。

我が社はファミリーコンピュータ発売にあわせて順次、多くのソフトを発売する予定だが、その全てが自社製というわけにはいかない。

ただ、最初から全てのサードパーティである外部業者と、ライセンス契約を結ぶことにしたんだ」


なるほど、私の提案した内容とマーケティング側の意見が一致したというわけか。

これで先行するライバルに対して、最初から品質面で優位に立てるだろう。

ユーザーがその事実に気づくまで、そんなに時間はかからないんじゃないかな。


ここで上杉部長は表情を一段と引き締めて言った。


「君たちとライセンス契約を結びたい。

君たちのアイデアは面白かったし、将来性も感じた。他社に奪われる前に取り込んでおきたいんだ。

これは本音だ」


上杉部長は龍造寺課長に目をやり続けた。


「ただし、個人が相手では契約できない。

法人化してもらわないと、正式なライセンス契約は結べないが、そこは大丈夫だろうか?」


「はい。私の父が名義上の代表となりますが、既に会社登記は終了しています」


上杉部長は満足そうに言った。


「うん。それは良かった。

6月にファミコン本体と同時に発売するのは『ドンキーコング』、『ドンキーコングJr.』、『ポパイ』と君たちから購入した『パニックラビリンス』の4本だが、年内発売を目指して10本程度の企画が最終段階にある。

そして外部委託のサードパーティとして、我が社が最初に契約するのは御社だ」


これはありがたい!

硬かった竹中と寧音さんの表情が一気に緩んだ。


「それで、社名はどのような名前なのかね?」


2人を見る。2人とも頷いた。


「はい。『有限会社ピクセルジョイトロン』としました」


「これはまた斬新な名前だね。

いや、実に未来的で、明るい将来を先取りしているイメージがある。とてもいい社名だ」


上杉部長は満面の笑みで続けた。


「すると、肝心の企画は進行中なんだね?」


ここからは竹中の仕事だ。私は竹中に目配せをし、彼は言った。


「まずは簡単なシューティングゲームと、対戦式のゲームを考案中です。そして、本格的なRPGゲームにも取り掛かりたいと考えています」


パニックラビリンスがホップなら、次の作品2つはステップとなる。そしてジャンプはあのRPGの先取りだ。


「そうかね。それは期待させてもらおう。

では、早速だが、弊社の法務部門の龍造寺課長を紹介しよう」


いかにも法律家といった鋭利な印象の人物が話し始めた。年齢は40代前半といったところか。


「龍造寺です。よろしくお願いします」


上杉部長が言った。


「彼とは今後、基本的な業務委託契約や個々の企画内容についてのライセンス契約締結など、関わることも多くなるだろう。

国際的な商標などについても専門家だから、頼りにしてもらっていい」


龍造寺課長が言った。


「ではまず最初に契約金についてご説明します…」


ここから私たちも驚く展開となった。


まずは任天堂との契約金をいただける話になったのだ。

そして先ほど話題となった「サードパーティライセンス制度」や「拡張チップ」のアイデアに対し、コンサルティングフィーや、初期の契約金として収入が発生する話となった。


私はともかく、竹中や寧音さんにとっては具体的金額が出たことが驚きらしい。

まあ、趣味の延長。その程度の認識だっただろうからな。先月までは高校生だったのだから当然だろう。


上杉部長が困惑している2人に優しく説明する。


「特に大きかったのがカセット内拡張チップのアイデアだ。これの提案によって開発速度が一気に上がって、本体の仕様も予定より早く確定させることができた。

発売が早まった最大の要因で、このアイデアに対してコンサルティングフィーを支払いたいと考えている」


私たちを見渡し続けた。


「アイデアはすなわち業績につながる。

つまり売り上げに直結して利益をもたらす。対価を支払うのは当然の話だろう」


まあそれは真っ当なビジネスなら当たり前の話だが、任天堂が我が社を対等なパートナーとして認めてくれたのが極めて大きい。


まず契約金が200万円。

そしてコンサルティングフィーとして1500万円。

いきなりこんな高額を入金いただけることになった。

竹中はまた言葉を失い石像と化していたし、寧音さんは目を大きく見開いたまま、こちらもヴィーナス像みたいになっていた。

先月まで高校生だった人間が聞く数字ではないからね。衝撃は大きいだろう。


上杉部長が穏やか口調で言った。


「正直に言うと安くはない。

だが、この金額で我が社の未来が一段前に進むなら、高い買い物ではない。それに、予定より一ヶ月早く市場に出せば、それだけ競合に差をつけられる。夏商戦を丸ごと取れる意味は大きい」


やっぱりすごい人物だと敬服すると同時に、こういった人物が存在したからこそ、ファミコンは歴史的な製品として世界中の人びとに認知されたのだろうとも思った。


私は心からの敬意を込めて言った。


「ありがとうございます。

これからも精進して参りますので、よろしくお導きください」


私たちは握手をして任天堂東京支社を後にした。


外に出ていったん立ち止まり三人で顔を見合わせる。

次は喜びの爆発だった!


「やった!」「認められた。認められたんだ!」


三人で肩を叩き合って喜んだ。

未来の扉は開いたのだ。



興奮冷めやらぬまま電車に乗り、竹中と成城学園前駅で別れ、2人で歩いていると寧音さんが私に言った。


「そうだ。早めにディズニーランドに行ってみたいわね。今回のご褒美も兼ねて、ミッキーとミニーに会いたい!」


そうだった。

今日はまさに、東京ディズニーランドが開園した歴史的な日だった。


「よし!混まないうちに行ってみよう!」


何といっても初年度以降、集客数は増える一方で、行くなら早めがいいのは後世の記憶で知っている。


令和において、世界各地にディズニーランドは存在するが、東京だけがウォルト・ディズニー・カンパニーの直営ではないことは、よく知られている。


ディズニー社にとって初の本格的な海外展開となる日本市場において、同社は成功への確信を持てず、京成電鉄と三井不動産が設立したオリエンタルランドとライセンス契約を結ぶことで、リスクを最小限に抑えた。


しかし結果として東京ディズニーリゾートは世界有数の集客力を誇るテーマパークへと成長し、売上の大半は日本側に帰属する構造が固定化された。ディズニー社に入るのは、ライセンス料として売上の一部に過ぎない。


この契約は、後年ディズニー社内部や研究者の間で「過度に慎重すぎた判断」と評されることもあり、20世紀のディズニー史を語る際に必ず言及される事例となっている。


この時代における、ささやかな日本の勝利とでも言えるだろう。


私も勝ち続けたいものだ。そう思った。


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