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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第二章

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高校生活⑲ ファミコン売り込み 後編

1982年(昭和57年)3月下旬


春休みに入っている。

3年に進級してしまえば、もう完全に大学受験モードに入るから、ゲームソフトの開発はいったんお預けとなる。


そんな中、私と竹中のもとに任天堂の毛利係長から連絡が来た。

近々東京出張の予定があるから会えないか、という内容だった。我々に断る理由などあるはずがない。二つ返事で会うことにした。

あれから10日ほどが経ち、どんな動きや話し合いが任天堂本社内で行われたのか興味があった。


そして今日、私たちは東京支店にお邪魔している。

ここに来るのは2回目だ。スムーズに受付を済ませて会議室へ案内された。

そこにいたのは先日会った島津主任、毛利係長、そして…もっと上位者の上杉という人物だった。


さっそく名刺をいただく。

『取締役 商品開発部長 上杉景雅』とあった。年齢は父と同じか、40代後半といったところだろうか。ものすごい貫禄というかオーラを感じる人物で、全身から自信をみなぎらせている。そんな印象だった。

こういったタイプの人物は、令和では少なかったと感じた。社会全体の空気感の影響も大きかったのだろうか。


上杉部長に着席を勧められ席に着く。竹中はもう彫像のように固まってしまっている。

私たちは、まだ高校2年生なのだ。竹中はこんなベテランの社会人と話す機会なんて今までなかっただろう。いい経験だから緊張しまくっておいたほうがいいと思う。


「ちょうど別件で東京に来る用事があってね。突然来てもらってすまなかった」と言いながら、上杉部長が早速本題に入った。


「企画書を読ませてもらった。とてもよくできていると社内で評価された。

それで、こちらからの提案なのだがね。この企画を買い取らせてほしいと考えている。

いかがだろうか?」


そうきたか。まあ想定内だ。竹中のプランの出来は文句なしに良かった。

だが、まだ会社を興して社員を雇い、何もかも自前でやるなんて不可能だし、そもそも受験がある。

最初は買ってもらうのがベストだろう。だが…これで終わってしまえば先に進めない。

未来に繋がる商談とせねばならないのだ。


「ありがとうございます。

大変光栄で嬉しいです。我々としても権利の譲渡に関して異議はありません。

ただ、買っていただく以上、ヒット作とならねば意味がないと考えます」


「そうだね。当然だ。何かそれについて提案があるのかい?デザイン面かい?」


「いいえ。ゲームの内容そのものではなく、もう少し全体的なお話です」


「全体的な話?ふむ…どういった内容だろう。言ってみてくれるかい?」


ここからが本番だ。言葉を間違えないよう、慎重に話を進めなくてはいけない。


「はい。先日御社に伺った際に感じたことですが、おそらくは何らかの新製品プランが、御社内で進行していると感じ取りました。そしてそれは北米を中心に主流となりつつある据え置き型のゲーム機で、カセット式のソフトを入れ替えて遊べるものを企画中ではないかと勝手に想像しています」


上杉部長の表情に変化は見られない。さすがにこの程度では顔に出ないか。

一言だけ漏らした。


「ふむ…それで?」


「はい。専門誌でいろいろ勉強したのですが、北米で主流となっているメーカー向けのソフトの内容には、どうやら当たり外れがありそうです。

面白いものは面白いのでしょうが、外れを引くと顧客の満足度が下がりそうです」


これは私自身が中学・高校生時代にファミコンで体験したことだ。

いわゆる「クソゲー」というものが実際に存在し、怖いもの見たさで購入したはいいが、3日で後悔した経験がある。

まあ、何がクソで何が当たりかは、事前にメーカーでは分からないだろう。

それを評価するのは顧客であってメーカーではないからだ。”こんなもの絶対に売れない”と思いながら開発するなんて本来はあり得ないのだから。


「うん。なるほど…」


「実は、それ以上に問題なのが品質の問題です。

どうも他社はこれを軽視しているように感じ取りましたが、これは面白いかどうか以前に、致命的な問題となり得ますし、これを放置すれば自らの首を絞める原因となるでしょう」


上杉部長の顔は、徐々に真剣なものへと変わってきている。少しずつ前のめりになる。


「どうすればいいと、君は考えるんだい?」


経済・財政専門の政治家をやっておいて良かったと、今ほど思ったことはない。

コロナ禍の直前だったと記憶しているが、何かのパーティーで任天堂の役員と同席した際、「ファミコンが北米で成功した秘訣は何ですか?」と私が質問した時の、相手が答えた内容をこれから言えばいいのだから。


「他社はゲーム機本体を販売することを中心に考えていて、対応するソフトの品質というものに対して無頓着という印象です。従いまして、多くのソフト制作会社に制限なく作らせていますが、このやり方では品質が安定せず、ユーザーの信頼を失います。これが結果としてハードメーカーの致命的な敗因になると私は考えます」


いったん言葉を区切った。島津主任が身を乗り出し、毛利係長がメモを取る手を止めている。上杉部長の視線が、鋭く私を捉えていた


「そこで、御社は我々を含む外部業者にソフトを作らせる際、品質基準を厳格に規定し、粗悪なソフトが氾濫しないよう、御社の承認を受けたものだけを作るようにさせるべきです」


これは北米において先行していた現地メーカーが、最終的に撤退に追い込まれた直接原因だと、その役員から聞いていた。任天堂はその欠点を知り、対策したから勝利できたのだと。


だがそれは結果論であって、任天堂といえども現時点でこれを考えていないだろう。私の提案は相手の心に届くはずだ。

私は結論を告げた。


「それが後発メーカーとしての強みであり、付加価値だと感じます。先発メーカーの失敗を他山の石として、その要因を潰すのです」


上杉部長はテーブルの上に目を落として、じっと考え込んでいる。

誰も発言しない。押しつぶされそうな静寂の時間が流れていて、隣で竹中は触れたら砕け散りそうなほど固まっている。

壁に掛けられた時計の、秒針を刻む音だけが妙に大きく感じられた。


正直に言えば、今の言葉がどこまで通じたのか、私自身にも分からない。強がって話してはいるが、相手は企業の取締役だ。一歩間違えれば、ただの生意気な高校生で終わる危険すらある。

どれくらい時間が経ったか。やがて上杉部長は私たちを見て、笑顔を見せた。


「そうだな…似たような議論は確かにあったが、そこまで言語化されていなかった。

君たちはすごいな!やはり若者の視点は違う。いや、本当に驚いた。社内で検討してみたい」


申し訳ありません。答えはあなたの後輩に教えてもらったのですから、すごくはないのです。

ここで上杉部長は急に砕けた口調になって言った。


「君たちなら言ってもいいだろう。決して口外しないと約束してほしいが、実際に新しい据え置きゲーム機の開発が進行中だ。発売は来年の半ばを目指している。

ただ、君たちもマイコンを触っているだろうから分かると思うが、機器側の性能を上げると単価が高くなり、かといって低いままだと複雑なゲームソフトを提案できないから困っているんだ。

もしかしたら何か解決策のようなものは持っているだろうか?」


おい竹中。出番だぞ。

私は竹中の横腹を肘で突いて発言を促した。

事前に二人で相談した対策だが、相談というよりこれは竹中のアイデアだ。

竹中は弾かれたように起動し、額にびっしりと汗を浮かべながらぎこちなく話し始めた。


「そ、それについては、わ、我々も悩みました。今後提案したいゲーム内容にはどうしても性能の進歩が欠かせないからです。でも、あまり頻繁な本体のモデルチェンジはできないのではありませんか?」


「その通りだ。汎用性、つまり多くのものに長期間対応させ続けたいと考えている」


「そ、それであればカセット内に拡張用のメモリーを載せれば、本体を触らずに進化し続けることが出来るようになるのではないでしょうか?」


任天堂の3名は口をあんぐりさせている。


さすがは竹中だ。ゲームに詳しくない私としては、ファミコンの『商品としての寿命』が長かった理由が分からなかったが、竹中の言った内容なら進化させ続けることは可能だろう。

カセット内に専用チップを載せておけば、本体スペックをゲーム側が“拡張”できるのだ。

だから、発売後も性能が上がり続けるようにすることは十分に可能だ。


要するに、ファミコンは発売されたその日より、2年後、5年後、10年後のほうが高性能な仕様になるという話だ。


上杉部長は今度は急に笑い始めた。ひとしきり笑った後で言った。


「いやあ。私にもちょうど君たちくらいの息子がいるのだけどね。君たちの発想力を見習わせたいくらいだ。いやありがとう!これからも頼りにしていいかい?」


それは大歓迎なんだけどな。

私は我々が直面せねばならない現実の話をした。


「我々もそうしたいところではありますが、残念ながらそろそろ受験の態勢に入らねばなりません。

次にお会いできるのは1年後となりそうです」


上杉部長は急に顔を曇らせて言った。いや父親の顔になったと表現すべきか。


「そうだ。そうだった。ウチのバカ息子も大学受験だ。ああ気が重い。君たちみたいな優秀な息子が欲しかったよ」


まあ、これは当然謙遜だろう。

上杉部長は続けて言った。


「それで、次のゲームプランはどんなものを考えているのかな?」


ここも竹中の出番かな?いや私が説明したほうが良いだろう。


「はい。先ほど竹中が申しましたように、北米で発売されている『Ultima』をモデルに発展させたものを考えてはいます」


「ああ。あれか。去年発売されたコンピューターゲームだね。『Akalabeth』をベースに発展させたものと思ったが」


さすがに知っていたか、日本には入って来ておらず、知る人ぞ知るものらしい。

竹中がそう言っていた。

内容的にはRPGゲームで、まあジャンルは冒険ものらしい。

つまりドラゴンの出てくるアレのご先祖様といったところか。


さっき言った私たちのプランは、当然ながら丸パクリではなく、世界観も違うものにしたい。

あれが発売されるのが、今から3年ほど先だったはずだから、時間的余裕はまだある。


上杉部長は締めの言葉を言った。


「いや、今日は本当に会えて楽しかった。

具体的にどのように君たちのアイデアを活かせるかは約束できかねるが、何とか前向きに考えてみたい。それから…1年後にまたお会いしたいね」


後日、私たちには任天堂から『パニック・ラビリンス』の権利金として200万円の入金があり、大きな手応えを感じた。


200万円。政治家時代にはそれほど大きな金額とは感じていなかった。

だが、現在の私たちにはあまりにも重い金額で、未来のプランから見れば小さいが、確かに最初の一歩だった。


だが、受験だ。まずはここに全力投球だ。


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