プロローグ② 論戦 前編
片市 早由紀は日本にとっての最後の希望だと言ったが、これは嘘偽りのない本音だ。
なぜなら、先ほど挙げた財務省の様々な問題に対して、正面からメスを入れた政治家が存在しないからだ。
それどころか財務省と結託して甘い汁を吸ってさえいたのだ。
本当であれば政治家がしっかりと財務省をコントロールし、国民目線での政策・監視を実行しなくてはいけないのだが、残念ながらそうなっていない。
まず、当然かもしれないが財務省幹部は数字に極めて強い。
普通の政治家なら丸め込まれてしまう。
有名な話としては、昔、主民党という政党が存在していた時に三人の総理大臣を輩出したことがあったが、この三人に対して財務省幹部は日参して「状況のご説明」を行った。
結果、最初の佐々総理は三ヶ月、次の蜂須賀総理は三週間、最後の柴田総理は三日で財務省の言いなりになったという噂を耳にした。
別バージョンでは蜂須賀に三日、柴田に三時間、財務大臣だった村井に三分という異説もある。
それほど彼ら財務省の洗脳力は凄まじいのだ。
それともう一つ問題がある。
有力な政治家の多くは世襲であり、”家業として政治を営んでいる“という表現がぴったりだという点だ。
その弊害の一つは理念の問題で、本気で国民のために奉仕するという、政治家として持っていて当然の基本的思考や哲学を本当に持っているのか、疑いたくなる人物を私は複数知っている。
もちろん、それでも中には立派な人物も存在してはいる。
また英才教育の賜物なのか、理知的で敵を作らず、父祖の人脈まで使えるから、永田町を渡り歩くには有利だろう。
だが結果的にそういった議員たちは、政治家としての芯が無く、本気で財務省と対決しようなどという危険は犯さない。
自分の子供への世襲の障害になるし、得るものが少ないからだ。
片市はそうではない。
数字で誤魔化されるほど軟弱ではない。
いや、彼女ほど勉強熱心な政治家を私は知らないから、その知識や見識の深さにおいて財務官僚といえども歯が立たないだろう。
官僚が丸め込もうとしても不可能なのだ。
また、彼女の両親や親族に政治家はいない。
出身校も東京ではない。
地元の公立高校を卒業した後は、同じく地元の国立大学にて経営学を学び、学費を稼ぐためにアルバイトに明け暮れたという苦労人だ。
大学卒業後は一般の会社に就職したが、私と同じように社会に疑念を抱き、政治家に転身した人物でもある。
そして鋼鉄の国家観と意志を持っており、これは政治家として絶対に保持していなければならない要素だろう。
一方で酒豪であるのも有名で、衆議院本会議に何度も遅刻した過去があるが、どうやら二日酔いであったとの噂がまことしやかに流れ、当時の民自党幹事長から「お前はいつも酒臭い!」と叱責されたとも言われた。
政治の世界においては、常に翻弄され続けてきた苦い経験も持っている。
かつて大泉政権下での郵政民営化に反対したのだ。
日本国民にとって民営化は利益にならないとの信念に基づいた反乱だったが、この際には、同じ民自党から民営化賛成を訴える対立候補、いわゆる”刺客”を民自党本部から差し向けられ、奮闘したがあえなく落選した。
それでも何とかその後の総選挙で復活したのだが、その後に襲った彼女にとって最大の危機は、後ろ盾となっていた総理経験もある超大物議員の球磨慎司が、突然死去してしまったことだろう。
彼は事あるごとに「私の後継者は片市だ」と公言し続けていたし、彼女が総裁選へ出馬した際にも積極的に後押しし、派閥を挙げて応援してきたのだ。
球磨の死を待っていたかのような党内の暗闘にも巻き込まれた。
片市の選挙区の県知事は、同じ民自党系だったが高齢を理由に引退を宣言した。
それに合わせて行われた知事選に、片市は自身の腹心とも言える候補を擁立し、民自党県連もこれを承認した。
ところが…東京の民自党本部はこれを承認せず、現職知事を無理やり立候補させた。
結果として保守分裂選挙という醜態に至り、双方は共倒れとなって野党候補が漁夫の利を得た。
これを仕掛けたのは当時の民事党幹事長代行だった明智議員だと言われた。
結局このゴタゴタの責任を取らされる形で、片市は党の県連会長を辞めざるを得なかった。
明智としては球磨ー片市ラインを潰し、自らが主導権を握ろうとしたのだと解釈されたが、これによって『片市は終わった』、『これで二度と浮上できないだろう』そう政界では囁かれた時期もあったが、それでも彼女は全国を地道に行脚し、支持者を固めていった。
そして今月行われた総裁選において圧倒的な党員と党友の支持票を集め、ほとんどのメディアが議員票目線で行なっていた予測を覆して総理の座を射止めた。
彼女は様々な障害と苦難を乗り越えて、遂に頂点に至ったわけだ。
そして手に入れた権力と権限を使って日本を正しい道へと戻す。自身が財務相を兼任したのもその布石の一つだ。
私はこの人物に協力して、国のあり方を変えるのだ。
所信表明演説において、彼女は高らかに宣言した。
「“Japan will rise”日本は再び立ち上がる。
日本の経済成長を促し、活気ある社会を取り戻す。
その目的達成のためにはありとあらゆる常識を壊し、徹底した改革を視野に入れます。」
革命とも言える船出だ。
2025年(令和7年)10月23日
衆議院代表質問にて
総理の所信表明演説を受けた国会では、各党の代表質問が行われ、最初に民自党と連立を組む与党、日本国民党の棒葉幹事長が総理の所信演説内容に切り込む質問を行った。
「内閣総理大臣就任おめでとうございます。
ここまでの数年間、政治はその責任を果たすことが出来ていないと私は感じております。
そんな中で国民は物価高に苦しんでいるのは総理もよくご存じでしょう。
にもかかわらず…前政権において自動車に対して”走行距離税”という名の、新たな税の導入が検討されていたとの話を耳にしました。
私の地元では皆さん心配されておりまして、私に実際どうなっているのか確認して欲しいとの要望が多数来ております。
私も心配でよく眠れない日々が続いています…そこで総理にお尋ねします。
前政権が走行距離税を検討していたというのは事実ですか?」
議長が重々しく総理を指名する発言を行った。
「片市内閣総理大臣」
片市総理は立ち上がり、棒葉幹事長の質問に対して答弁をした。
「簡潔に申し上げます。前政権において、自動車に対して走行距離税が検討されていたというのは…事実です。」
それに対して棒葉幹事長は、恰幅ある体を揺すりながら総理の考えを問いただした。
「総理は今、検討されていたという表現を使われました。
それはつまり、現在総理は検討していないという理解で間違いありませんか?」
総理が答えた。
「クルマは走ってなんぼですからねぇ…いくら将来的にEVが普及し、ガソリン関連の税収が減ることが予想されるとはいえ、走行距離に応じて課税することは…考えておりません!」
この総理の答弁は本音だし、個人的な意思も含まれていると想像できる。
なぜなら新車登録から13年後には、自動車税と自動車重量税負担が重くなるし、18年後にはさらに重くなるのが現状だ。
政府としては燃費の良い新車に買い替えさせようとの思惑があるのだろうが、片市総理は新車で買ったスポーツカーを20年以上乗った経験があるから、こんな税金も廃止するのではないかな?
ともかく棒葉幹事長は総理に向かって安堵したように言った。
「ありがとうございます。
これで今夜はよく眠れそうです!
…次にお尋ねします。
先ほども申しあげた通り、昨今の物価高は極めて大きな問題で、国民は日々苦しんでおります。
一方で、我が党は消費税の廃止を党是としております。
総理。
是非、国民の苦しみを救うためにも消費税の即時廃止を宣言していただきたい。
いかがでしょう?お答えください。」
議長が再び総理を指名する発言を行った。
「片市内閣総理大臣」
片市総理は立ち上がり、堂々と質問に答えた。
「棒葉幹事長もご理解いただいていると存じますが、私の信念は消費税の廃止であることは現在でも変わりありません。
特に食料品については…即時廃止したいと考えております。
巷間言われている店頭におけるレジの設定問題も、やろうと思えばすぐに対応出来るのです。
もちろん、財源の問題は避けては通れません。
ですがこれも贅沢品に対する物品税を復活し、消費税以上の税率とすれば、ある程度は吸収可能です。」
議場は大きなざわめきに包まれ、減税反対の立場を取る野党席からは「夢みたいなことを言うな!!」、「年金はどうするんだよ!」、「福祉を犠牲にするつもりなのか!」といった大きなヤジが飛んだ。
総理は議場を見渡し、議員たちを見ながら…私の目には睨みつけるように見える態度を取った後に続けた。
「思い出してください。日本が失われた10年、20年、更には失われた30年と呼ばれるようになった元凶の一因は消費税の導入だったのです。
これにより、現実問題として贅沢品は物品税の廃止に伴って相対的に安くなり、日用品は逆に消費税の導入により高くなってしまうことで庶民の生活を直撃しました。
“景気”という言葉は、つまるところ気分の問題なのです。
消費税を廃止するといっても、国民の皆様に直接お金を配るわけではないのですから、直ちに財源不足には陥りません。
つまり…少なくとも国民の皆様におかれては、進んで消費活動をしない限り、減税の恩恵には浴しません。
国民の皆様はこれによって消費を活発に行ってくれるようになるでしょうから、GDPを5%ほど押し上げる効果が期待できます。
これがまわりまわって、最終的に政府の財源となるのです。」
棒葉幹事長は破顔して言った。
「ありがとうございます!
我ら日本国民党は、少人数の弱小政党ではありますが、これからも総理と共に国民の視点に立った改善案を提案させていただきます。」
まあ棒葉幹事長は半分身内みたいなものだし、質疑内容も事前に打ち合わせ済みだから、芝居を見る感覚で私としても気楽に見ていられる。
だが、ここから先は野党が続くから油断がならない。




