高校生活⑱ ファミコン売り込み 前編
本話は、後の日本ゲーム史に小さな波紋を投げる出来事の記録となる?
1982年(昭和57年)3月上旬
3学期の期末テストが終わった今日、私は竹中の部屋にお邪魔している。
任天堂に売り込むファミコンソフトの企画書を作成中なのだ。ただし、「ファミコン」は来年夏の発売だから、この名前を口にするのはまだダメだ。
だから「新しいゲームのソフト」としか表現できないのがもどかしい。
とにかくまずは任天堂にアポを取って、春休み中には売り込みに行きたいと考えている。
しかし、改めて思うがこの部屋には変わったものが多い。その多くは、竹中が秋葉原でかき集めた電子部品を基に作成した工作物だった。
目の前にあるこれは、「自動スイッチ」なのだという。といっても普通のスイッチではなく、入・切を音センサーで判断する手製の回路らしい。
竹中が嬉しそうに説明を始めた。
「こうやって手をパンパンと二回叩けばスイッチが入る。ただし、その間隔が大切で、音センサーに反応させるタイミングが大事だ」
と言いながら実際にやってみると、確かに机の上のライトが点灯した。そしてもう一度、手をパンパンと二回叩くとライトが切れた。
いちいちスイッチを入れるのが面倒な時は便利そうだ。
そして…こっちは木製の神棚のようなもの…いや、これを神棚と表現してはいけない予感がする。
そうだ。これは神棚ではない!
竹中の表情は今までと違って、少しニヤついたものへと変わった。
「こっちは二段階回路だ。これも同様に二拍手すると扉が開き、中から『ありがたいもの』が前にスライドして出てくる。そして……もう一回二拍手すると…パカーンと…開く!」
そう言って竹中が嬉しそうに二拍手すると、いや二拍手は神聖な動作表現だから、二回手を叩くと、女神(いや絶対に神ではない)のような人形の足が左右に開いた。これは…なんて罰当たりなんだ。それに…
「………お前は俺に3回連続で下ネタを披露させたいのか?」
「3回連続?よく分からん。何の話だ?」
そうだった。過去2回はそれぞれ小二郎と寧音さんが一緒だったから、こいつは無罪だ。
ともかく、ここに寧音さんがいなくてよかった…
なんでこんな低俗なモノに興味を持つのか不思議だが、アレの影響だろうか?
「そういえば、お前は最近『スネークマンショー』にハマっているって言ってたな?」
スネークマンショー。徹底的なナンセンス&お下品な内容で、前世で最初に聴いた時にはのけぞったのを覚えている。私が生きてきた中で、あれほど振り切った内容にはそうそう巡りあえないのではないか。考えた人は天才だ。
竹中はさらに目尻を下げながら言った。
「そうだ。特に素晴らしかったのが『た●つぼ小僧』だな。あり得ないくらい面白い」
なんということを言うのだ。食事中でなくてよかった!
確かにデスラ●総統でお馴染みの、あの名優によるダンディでシリアスなナレーションは最高だが。
「そ、そうか。同じ声優なら俺は越谷のやつが好きだな。越谷といえばレイクタウンじゃない。ホテルだ」
「レイクタウン?なんだそれ?
前から気になってたんだが、お前ってたまに変なこと言うよな?記憶喪失の影響なのか?」
あっ!またやってしまった。しかも下ネタにも触れてしまった!
慌てて咳払いをしてごまかし、話題を強引に変えた。
「い、いや、何でもない。それよりゲームソフトの話だ。このパソコンで再現できる内容なんだな?」
竹中は趣味の悪い工作物を片付けると真面目な顔になった。
いつものオタク顔で安心する。
「そうだ。一言で表現すれば迷路で遊ぶ内容となる」
そう言いながら画面を操作する。
なるほど。単純だが画面に迷路が表示され、敵を避けつつ宝物を集めるゲームか。
「う~ん。これだと主人公を、例えば小さなロボットに設定して、敵を避けつつ…電池を集めるというような設定で提案できそうだな。このクリア条件は獲得したモノの数だな?」
「その通りだ」
かわいらしいキャラクターにする前提なら、任天堂であれば受け入れてくれるんじゃないかな?
「敵役の設定は何を想定しているんだ?」
「いや。それはまだ考えていない」
「であれば、パックマンみたいな感じにしたらどうだ?」
そして電池を一定数集めれば次のステージへ進む。
ステージごとに迷路が変わる設定だが、ファミコンなら多分だが容量的にも問題ないだろう。
もっと複雑なゲームもたくさんあったのだし。
頭を振りながら竹中が質問してきた。
「俺ではこのゲームタイトルが思い浮かばない。なんか思いつくか?」
そう言われてもな…ただ、どんなゲームかパッケージで分かりやすいほうがいいだろう。
「ゲームをやった感想で命名するとすれば、ストレートに《迷路アクション『パニック・ラビリンス』》でいいんじゃないか?」
まあ、単純にファミコンっぽい名前を考えただけで、適当なのだけれど。
それでも竹中は感心したように言った。
「…よくそんな簡単に思いつくな。よし。それにしよう」
こうして簡単な企画書を紙ベースで作成し、任天堂へ持ち込むのだ。
ただし…注意点がある。
私は彼にそこを説明した。
「この企画書の最終ページに、今日の日付と名前を署名する。そして学校でコピーを取り、それを郵便で“自分宛て”に送付して、封を切らずに保管しておこう」
この意味を竹中は理解できないらしい。
怪訝な表情で聞いてきた。
「なんでそんな面倒なことをするんだ?」
まあそういう反応になるだろうが、ここは大事なことでもある。
「自分たちの権利を守るためだ。相手は企業で、こっちは個人だ。どっちが有利かは言うまでもない。俺たちの考えたものは権利として通用するからな。これはタイムスタンプとして証拠になるんだ」
これは簡易的な内容証明郵便みたいなもので、クリエーターたちはよく使っていたという話を前世で聞いていたからな。
竹中は感心したように言った。
「やっぱりお前はすごいな。
俺じゃそこまでは絶対に頭が回らない。まるで老練な政治家みたいなやり方だな」
痛いところを突いてくるじゃないか。
その通りだよ。
とにかく、まずは簡単で単純なゲームを企画して売り込み、任天堂とのパイプを繋ぐ。
そして徐々にそのパイプを太くしていくのだ。
ただし、3年生になったら受験勉強に注力せねばならないから、本格的に始めるのは1年後、大学に入ってからだな。
そして3月中旬。京都市。
今日は任天堂本社を訪問する日だ。
前世で見たことがある近鉄京都線沿いには、まだ移転していないらしく、新幹線で京都駅まで行き、国鉄奈良線に乗り換えて、次の駅で今度は京阪電車に乗り換えて一駅目で降りた。
社屋を前に、私は軽く深呼吸をした。久しぶりの企業との交渉なのだ。昔を思い出し、意識を切り替えよう。
隣の竹中は、もう完全に逃げ腰で声を震わせて言った。
「おい…木下。本当に大丈夫か?俺はもう帰りたくなってきたよ」
「大丈夫だ。東京支店から連絡してもらっている。向こうは期待せずに待っていてくれる」
そう。いきなりアポなしで本社に突撃するわけじゃない。政治家はそんなことはしない。手続きの重要性を嫌というほど知っているのだ。
「それに、相手と話すのは全部俺に任せろ。お前は技術的な内容についてだけ、聞かれたら答えればいい」
私たちは本社の構内に入り、入り口で受付を済ませた。
東京支店では「来るべき次世代の家庭用ゲーム機を見据えた、普遍的なキャラクターゲームの企画を提案したい」と、抽象的だが目を引く表現を使って本社に繋いでもらった。
受付からは会議室までは社員に案内してもらった。
会議室は簡素だったが、壁には見慣れた『ドンキーコング』や『ゲーム&ウオッチ』のポスターが貼られており、私は内心、歴史の分岐点にできればいいなと期待した。
そして、対応してくれたのは、開発部門で新規開発担当の毛利輝明係長と、島津義和主任だった。
島津主任は20代後半、理知的な感じのする痩身の切れ者といった印象だ。
一方の毛利係長は30過ぎだろうか?少し全体に肉付きが良い印象で穏やかなイメージを抱いた。
島津主任が口を開いた。
眼光がちょっと鋭く、既に竹中はヘビににらまれたカエルみたいになっている。
「普通なら高校生とは会わないんだけどね。東京支店の社員が『面白そうだから対応よろしく』って言うし、わざわざ遠いところまできてもらったから、とりあえず話だけは聞くけどね」
まったく素っ気ない対応だが、これは想定内で、しかも当たり前だろう。
会ってくれるだけでもすごいのだ。現時点ではそれで十分だ。
とはいえ、二人はまず企画書に目を通している。
《迷路アクション 『パニック・ラビリンス』》。電池を集めるロボットのイラストは、寧音さんに描いてもらった、かわいらしいデザインだ。
企画書を読んだ島津主任が口を開いた。
「…なるほど。『パックマン』みたいな要素を取り入れつつ、家庭で長く遊べるシンプルさがある。敵を避けてアイテムを集めるという基本ルールも分かりやすい。キャラクターも悪くない」
島津主任は我々を交互に見て続けた。
「しかし、木下君と竹中君だったね?君たちは高校生だよね?
これはどの機器での使用を想定しているんだい?」
私は相手の目を見てゆっくり堂々と話す。
「はい。日本ではまだ少ないですが、海外メーカーからは既に発売されている、テレビに接続して遊ぶカセット交換式の家庭用ゲーム機を想定しています」
ファミコン発売まであと1年半だ。既に開発の途中で、まだ形にはなっていないだろうが、企画は始まっているはずだ。
「ほう…カセット交換式か…なぜそう思うんだい?」
ここからが本当の勝負だ。相手の心に響けばよいが。
「これからはこの方式が主流になるでしょう。
本体となる機器が一台あれば、様々なソフトを入れ替えて遊べますから、長く愛されるでしょう」
「なるほどね。そうかもしれないね」
「しかも、コントローラーが複数あれば友人や家族と一緒に楽しめますから、間違いなく大人気となるでしょう」
島津主任の表情が変化した。毛利係長もだ。
「今回ご提案するのはこの内容のみですが、私たちはまだ様々なアイデアを温めています。従いまして今後とも御社と継続的な協力関係になりたいと希望します」
毛利係長と島津主任は、顔を見合わせて目配せをし、今度は毛利係長が口を開いた。
毛利係長は、企画書を軽く閉じると、穏やかな声音で、だが慎重な口調で言った。
「正直に言えばね、ここまで整理された企画書を高校生が持ってくるとは思わなかった。…だが、ひとつだけ確認させてほしい。これは君たちだけで作ったものなんだね?」
「はい。技術担当は竹中、企画と構成と営業は私です」
そう答えると、毛利係長は「ふむ」と頷き、今度は少し書類を指先で叩いた。
「ゲームの基礎アイデアは悪くない。だが…世の中には似たような企画も多い。どの会社も“分かりやすく、長く遊べる”を狙っている。だからこそ、差別化が必須なんだ」
言いながら毛利係長は、寧音さんの描いたロボットのイラストのページを開き、そこを指で押さえた。
「このキャラクターは良い。愛嬌がある。任天堂の方針としてね、“遊ぶ人がすぐ覚えられる顔”というのはとても大事なんだ。ゲームに興味がない人でも、雑誌やテレビで見れば『あ、あれか』と認識できる。それが強いブランドになる」
寧音さんのデザインを褒めてくれた!
…なるほど。この人は、単に目の前のゲームだけでなく、将来の“商品としての在り方”を見ているわけだな。
毛利係長は補足するように続けた。
「ただし、これを今すぐ採用するとは言えない。実のところ新しい家庭用ゲーム機の方向性を探って内部で大きく動いている最中でね。外部からの企画を扱う余裕が、今の開発ラインにあるかどうか…」
やはり簡単ではない。だが、私は表情に出さないように気を付けて深く頷き、今日ここに来た本当の用件を伝えた。
「理解しております。ただ、今日は採用・不採用の判断をいただくために来たのではありません。御社の開発方針を伺い、私たちが目指すべき方向を知るために参りました」
我々を印象付けるのが目的の一つなのは言うまでもない。
その言葉に、毛利係長はゆっくりと椅子に背を預けた。
「…随分と落ち着いているね。高校生とは思えない」
政治家時代に外交交渉を含め、さまざまな対応をしてきたのだ。この程度の商談で動揺するわけがない。
落ち着いて見えるのは、慣れているだけだろう。成功と失敗を何度も経験してきたのだから。
毛利係長は、柔らかく笑いながら言った。
「こうしよう。今回の企画書は預からせてもらう。その上で、本社で検討する“外部協力者リスト”に、君たちの名前を加えておく。…これは約束できる」
竹中が思わず声を上げそうになったので、私は膝の上でそっと袖を引っ張った。ここは落ち着いて礼を言う場面だ。
「ありがとうございます。今後も精進してまいります」
「うん。期待しているよ」
席を立ち、深くお辞儀をして会議室を後にした。
受付を出て外に出た瞬間、竹中が小声で叫んだ。
「お、おい木下!すげぇじゃないか!俺たち、任天堂に“リスト入り”したんだぞ!」
竹中の顔は、年相応に無邪気だった。ああ、そうだ。
俺たちは、まだ高校生だったな。
「フフッ…まあ、まだスタート地点に立っただけだよ。ここからが本番だ」
外へ出ると、京都の風がまだ冷たかった。だが胸の内は、春を先取りしたように温かい高揚で満ちていた。
この瞬間から、歴史がほんの少しだけ、私の知る“元の世界線”から外れたのを感じた。
そして私は確信していた。この世界の任天堂は、きっと想像以上に面白い未来へ進む。その一端に、自分が指をかけることになるのかもしれないと。




