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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第二章

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高校生活⑰ 新宿デート

1981年(昭和56年)12月28日


「へぇ…ここが新宿かぁ…」


私は大根役者だ。今のは完全な棒読みだった。小学校の演劇会程度であっても、主役交替を宣告されるレベルだ。

それでも優しい寧音さんは、気にせずフォローしてくれた。


「そっか。藤一郎君は退院してから初めて新宿に来たんだよね?」


私は頷いた。


「そ、そう。こんなに大きな駅や街だとは思わなかった。

たまにテレビで見てたけど、想像以上だ」


実際、退院してから1年以上経ったが、新宿に来るのは初めてだ。ゆえに、新宿に詳しいとバレたら、話の辻褄が合わなくなる。


「じゃあ、迷子にならないようにね」


そう言って寧音さんがそっと私の袖を掴んだ。その柔らかな手の感触に、一瞬、演技を忘れそうになって焦った。


それにしても…全体的に西口側のビルが少ない。

新宿センタービルや三井ビル、住友ビルに野村ビル、安田海上火災ビル、京王プラザホテルといった超高層ビルは既に建っているが、令和の西新宿と比べるとちょっと寂しい感じだ。

だがそれを口にはできないし、ましてや地下街をスイスイ歩くのなんて言語道断だ。


”エピソード記憶を失っている”という設定の私は、初めて新宿に来た“お上りさん”を演じねばならない。

だから故意に周囲をキョロキョロと見渡して、物珍しそうな風情を醸し出さねばならないのだ。


今までは、自宅の周囲と学校以外を、寧音さんと一緒に行動するのは危険だからずっと避けてきた。

新宿なんてもってのほかなのだ。

だが今回は映画を観る約束をしてしまった…


“話題の新作映画が面白いらしいから一緒に観ようよぉ”と、潤んだ天使の目で言われて、断ることができる男はこの世にいない!

これは不可抗力なのだと、自分に言い聞かせてここに来たのだ。


こういった事態に陥るのであれば、事前のフリを仕込んでおけばよかったと後悔する。

「昨日、新宿へ行ってきたよ」とか、「表参道と原宿ってほとんど一緒の場所なんだね。知らなかったよ」などと、さりげなくぶっ込んでおけば、こんな苦労をしなくても済んだのだ。


まあキョロキョロしたおかげで、周囲の観察はよくできた。クリスマスを終えた世間は、一気に正月を迎えるモードに突入したのがよくわかる。

地下街の商店も飾り付けが全て変更されて、ポスターやのぼりも正月っぽい。


この辺りの切り替えの速さが日本人の特徴であり、特技なのだと思う。一瞬で全員が切り替わるさまは、外国人から見たら恐怖だろう。

なんでこんなに、整然と一糸乱れぬ団体行動が取れるのかと不思議に思うはずだ。


前世で学んだ歴史を思い出す。


1945年8月15日にそれは発揮された。

前日までの”鬼畜米英“から、”進駐軍“へと劇的に表現と態度が変化したのだ。

アメリカ人から見たら「日本人は態度がコロコロ変わって一貫性がない。信用できない民族だ」と感じただろう。

季節が変わればすべてが変わる。それがこの国の生き方なのだ。


「藤一郎君。何を考えているの?」


寧音さんの声で我に返った。

ああ何を考えている…今は楽しいデートの最中だ。映画だ。映画に集中しよう。

私は気持ちを切り替えて、寧音さんに話しかけた。


「今から見る映画は、“インディ・ジョーンズ/失われたアーク”だったね?」


「そう!とっても面白いらしいわ」


「そうね。ちょっとラストは怖い……か…な?」


あっマズい!


「初めて観るのになんで分かるの?」


「い、いや…なんか原作を読んだ気がする…

あっ!クラスの誰か、竹中だったかな?誰かがもう観たとか言っていたのかもしれない」


ダメだ。余計なことを考えていたばかりに、過ちを犯すところだった。

当然この映画はリアルタイムでは観ていない。いつだったか忘れたが、DVDで観たのだ。

それも何回も繰り返し観たから、今さら映画館で観たいとは思わないが、この映画は今月日本で公開されたばかりの話題作なのだ。

純粋に映画館の大画面を楽しもう。


暗闇の中、スクリーンに映るインディ・ジョーンズが駆け抜ける。

フィルムのざらつき、観客のどよめき、隣に座る寧音さんの息遣い。

すべてが、デジタル全盛の令和では失われたものだった。


「怖かった…」


エンドロールが流れる中、寧音さんが小声で言った。

その声が少し震えている。


「寧音さん大丈夫?」


「うん。でも、やっぱり最後のシーンは怖かったわ」


映画館を出ると、冷たい冬の風が頬を撫でた。

寧音さんは少し顔を赤らめながら、私の隣を歩いている。


「ねえ。お腹空かない?」


「そうだね。どこかで食事しようか」


何でもない時間が、どうしてこれほど大切なものに思えるのだろうか。


ファミリーレストランで、二人でハンバーグセットを頼んだ。

寧音さんは嬉しそうにコーラを飲みながら、映画の感想を話している。


「インディ先生、かっこよかったわね」


「うん。でも最後のシーン、寧音さんは目を閉じてたよね?」


「え! バレてた?」


彼女が顔を赤らめて笑った。

こんな何でもない会話が、なぜこれほど愛おしいのだろう。

前世では、こんな時間を持つことができなかった。


「ごちそうさま。じゃあ、もう少し歩こうか」


食事の後、彼女に誘われるまま午後の新宿の街をぶらぶら歩く。

懐かしい。今度は演技じゃなくて、自然にキョロキョロしてしまう。ああこの店はこの時代からあったのかなどと思いながら、表現が変だけれど、未来を懐かしみつつ歩く。


議員秘書時代はゴールデン街とか、西口の思い出横丁を含め、新宿界隈で秘書仲間と飲むのが好きだった。だが、それゆえに今は最も危険な時間。要注意だ。できるだけ喋らないように気をつけねばならぬ。


と…新宿コマ劇場の前に出た。

あらら、これまた懐かしい。令和では新宿東宝ビルが建っていて、その近辺は「トー横」と呼ばれていた場所だ。

自然に声が出てしまう。


「へえ。ここがコマ劇場なんだね」


これは棒読みではなかった。よかった。寧音さんはここを知っているらしい。


「そう。私は一回しか入ったことがないけど、豪華なショーとスターの殿堂って感じ」


なるほど…この程度の会話ならセーフだ。


さらにぶらぶらしていると、前方左側にキラキラしたネオンの店が見えたが、ここは…


…これはたぶんソープランドだ。


寧音さんと、ソープランドが共存する世界は考えられない。

私は王女を護る騎士のように、彼女を護らねばならないのだ。まずは寧音さんの右側に位置を変更し、彼女の目をしっかり見て、彼女の視線がソープランドに向かないよう、必死に会話を続けるのだ。


作戦は成功した。彼女の精神は守られた。

店の前を通り過ぎる直前にチラリと店を見る。しかし派手な電飾の眩しい店だ。

店の名前は「大使館」…。


あっ!これって国際問題に発展しかけた店じゃないか。書類でしか見たことがなかったが、ここかぁ…

現時点では「トルコ風呂」と呼ばれているこの業態が、数年後、トルコ大使館の抗議を受けて「ソープランド」に改名される。

電話帳に「トルコ 大使館」と載ったせいで、本物の大使館に「アケミちゃん今日出勤?」という問い合わせが殺到したという、笑えない事件だ。


日本人の「一斉切り替え能力」は、こんなところでも発揮される。


「ゲームのプログラムは順調なの?」


寧音さんの声に、我に返った。


「う、うん。竹中がプログラム作りに熱中している。

あと少しで概要というか、全体的な構成は固まるんじゃないかな」


「へえ。竹中君ってやっぱりすごいじゃない!」


ただし、欠点というか限界がある。

それは竹中重治個人ではなく、竹中家のパソコン性能が低すぎるのだ。

あくまでも私のイメージだとお断りを入れておくが、現時点のパソコンが自転車だとしたら、ファミコンは大型バイクくらいの性能差があるように感じるのだ。


任天堂が発売するだろうファミコンは、一見するとパソコンより処理速度・容量などすべての面で劣っているように感じるかもしれない。

それが一般人の感覚だろうし、正直な話、現時点で電子機器の詳細な知識がないから、性能は語れないし理由もわからない。


だが、未来のファミコンで遊んだ記憶がある私にとっては、現在の竹中家にあるパソコンより性能は上だと感じる。


処理速度もグラフィック能力も、そして音質も。

一方は汎用のパソコン、もう一方はゲームに特化した専用機。

結論から言えばファミコンのほうが動きが速く優秀だと感じる。


音だって、ちゃんとオーケストラっぽく聴こえるし、初期のゲーム音楽としてはそれで十分だと思う。

これは私の印象でしかないが、日本のゲーム機は徐々に段階を経て発展したというより、いきなり完成品が登場したイメージだ。


「来年早々には京都のゲーム会社へ、竹中と一緒に売り込んでみようと思ってる」


「京都? 任天堂?」


「うん。高校生が持ち込む話をどこまで真剣に聞いてくれるかは未知数だけど」


寧音さんは、真剣な顔で私を見た。


「絶対うまくいくわよ。だって、藤一郎君と竹中君が作るゲームなんだもの」


その言葉に、胸が熱くなった。


門前払いかもしれない。だがチャレンジしたい。私と竹中と、そして寧音さんとの未来のために

彼女の笑顔を見ながら、そう心に誓った。


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