高校生活⑯ 小二郎の進路
1981年(昭和56年)10月
さっきまで『Dr.スランプ アラレちゃん』を観ていた弟の小二郎が、私に相談があると言ってきた。
何かと思ったら今後の進路についてだという。
彼の学校は私の高校と同じく、2年生から文系と理系に分かれるシステムらしい。
私は30年以上前の記憶を呼び起こし、自分自身が悩んでいたのを思い出した。
「確かに、道がどちらかに分かれてしまうからな。
どっちを選ぶのも自由だが、だからこそ悩ましい。まあ自分が何をしたいかというのがあれば別だし、俺の身近では寧音さんがそうだ。しかし、すべての人間がそうであるとは限らないし、むしろ漠然としているのが普通じゃないかな?
それで…例えば将来は何を目指したいんだ?」
小二郎は少し考えて言った。
「国家公務員かな。安定しているイメージもあるし、他人に対しても職業を言いやすいような気がする。
だから法学部を目指そうと思うけど、実は…理系も捨てがたいんだ」
「国家公務員?
上級甲種採用試験合格者。いわゆる『キャリア採用組』を目指すのか?具体的な志望先はどこかあるのか?」
奇しくも、私の前世と同じ道を歩みたいとはね。
そう思ったが、彼の次の言葉で周囲の景色が変化して見えた。
「大蔵省なんて、かっこいいかなと単純に思っている。計算も得意だし…いいかなって」
それを聞いた瞬間、私は脊髄反射で言い放ってしまっていた。
「それはやめておきなさい」と。
他にも省庁はいろいろある。なんでよりにもよって大蔵省なんだ。
だが、ちょっと今のは声のトーンが鋭かったらしく、小二郎はビクッとしたが当然疑問に思っただろう。
「なぜ大蔵省はダメなの?」と聞いてきた。
「朱に交われば赤くなる。あんな国民生活を顧みない…い、いやなんでもない」
あまり余計なことは話せない。
だが……大蔵省・財務省をお勧めしない理由は、前世の体験に基づく、私のトラウマ・嫌悪感だけにとどまる話じゃないのだ。
その当時、私は既に地方に飛ばされていたから直接の被害は受けなかったが、90年代末の大蔵省は激震に見舞われた。赤字国債への批判?巨額の不良債権といったバブルの後始末?それもあるだろうが、あれは政治が主導したことだ。
もっとセンセーショナルで、世間を大騒ぎさせた特異な事件が発生した。
その名も『大蔵省接待汚職事件』だ。ありきたりな名前だから、この正式事件名を覚えている人は少ないだろう。
しかし…名前はそうでも、結果はありきたりではなかったし、連日報道されて大騒ぎになった。
そして『大蔵省接待汚職事件』のような漢字を使用した名称以外にも、カタカナとひらがなで構成され、”別名”として扱われた事件名も同時に存在し、世間での認知度はこちらが圧倒的に上となった。
ふと視線を落とすと、小二郎は膝の上で指を組み、少し緊張した顔をしていた。
いけない。これは、まだ早すぎる。口には出せない。
子供に聞かせられないその別名とは…
『ノーパンしゃぶしゃぶ事件』
何もかも台無しにする圧倒的な語彙力。性欲と食欲を同時に刺激し、本能へ直接語りかける稀有なキャッチコピー。
この言葉があったがゆえにメディアは熱狂して取り上げ、多くの国民の耳目をも集めた。
これが「ゴルフ」とか「麻雀」なら、歴史に残らなかったかもしれない。
「金銭等による欲望の充足」という汚職の本質と、「公僕の倫理観の崩壊」という衝撃性を、たった10文字で国民に伝えたのだ。
青少年の健全な育成方針と、公序良俗の双方に反するので、「女性がアレをするために立ち上がったら、ナニがなかった」とか、「大蔵官僚がコタツの中に潜り込んで、ペンライトでソレを照らした」や、「女性従業員にご祝儀を渡して拝み倒したら、コレがモニターに映った」などの具体的内容には触れない。
そして当時の日本国民なら、嫌になるぐらい耳にしただろう『MOF担』という業界用語。
MOFとはMinistry of Financeつまり大蔵省の英訳で、こう略称で呼ばれていた。
当時の大手金融機関内に存在した、大蔵省対策の担当者のことだが、彼らと大蔵省幹部が裏で繋がっていたと批判された重大事件だ。
事件名はどこまでも軽く、低俗なワイセツ感全開で、なんなら明るいイメージすら抱くかもしれない。だが、結果は悲惨で、死者も逮捕者も複数名出てしまったし、影響は当然ながら人事に及んだ。
当時の大蔵大臣と大蔵事務次官、そして日銀総裁の首が飛んだのだ。これだけでも未曾有の不祥事だと言えるだろう。
民間企業において、社員が「ノーパンしゃぶしゃぶ」に行ったとて、それだけで社長と専務と常務が引責辞任していたら、日本国内に会社は存在しなくなってしまうだろう。
この問題点は、どこでどう遊んだかよりも、結果として機密情報をステークホルダーに漏らした点にあるわけだ。それが最終的に日本の金融に対する信頼を揺るがしたのだ。
そして彼ら3名を始め、大蔵省と日銀双方で200名以上の処分者と、多くの引責辞任者が続出してしまったという、まったく、1ミリも笑えない事件だ。
偶然にも同じ年に起きた、別の某団体による、こちらは漢字以外での別名は存在しないが、同じく煩悩を刺激する言葉となった『旭川女体盛事件』とセットで、世間を大きく騒がせた破廉恥事件だった。
国民の批判にさらされた結果、ついに「財・金分離(財政と金融の分離)」と、「大蔵省解体」の決定的な引き金となったのだ。
伝統ある大蔵省の威信は地に堕ち、いや深海の奥底まで沈んだ。大蔵省は解体・分割され、名称の存続すら許されなかった。『財務省』として、贖罪の再スタートを切らざるを得なかったのだ。
これで彼らは弱くなるだろうと、政治家はもちろん、国民も考えた。しかし結果は逆で、財務省になっても権限は弱まるどころか強くなった。
そのカラクリは、金融破綻処理など当時の面倒な仕事を切り離し、最強の権限たる予算編成権だけが純粋に残ったからだ。
かつての大蔵省は、金融機関を絶対に潰さない「護送船団方式」をとっていたが、バブル崩壊後は不良債権処理や銀行の破綻処理など、泥をかぶる仕事が増えていた。
それが財・金分離によって、銀行監督という「責任が重く、批判されやすい仕事」を新設された金融庁に押し付けることに成功し、財務省は「予算と税」という、より純粋な権力行使に集中できるようになった。単純に言えば「余計な荷物を下ろして、より身軽に、より鋭利に予算権限を振りかざせるようになった」ということで、だからこそ以前より更に強大な存在として発展した。
メタボ体質を改めて、アスリートへと生まれ変わったのだ。
そこまで考えて、私ははっと我に返った。
小二郎は、私が反対する理由を理解できていないだろう。
ただ、兄がなぜか必死に止めている。それだけは伝わっているはずだ。
結論を言えば、『ノーパンしゃぶしゃぶ事件』は単なるスキャンダルではなく、日本の政治構造を根本から変えた「制度改革の引き金」だったわけだが、同時に財務省のしたたかさを知らしめる結果ともなった。
この意味で、以前に触れた「レーガン大統領暗殺未遂事件」と、結果においてどこか重なる部分があると私は思う。どちらも歴史の教訓だと私などは思うのだ。
また、個人的には大蔵省を辞めようと思ったきっかけになった事件でもあった。
ただし、辞めた時期が悪かったせいで、私まで「ノーパンしゃぶしゃぶ遊び」を疑われて閉口した。
私は無実だ!私が行きたかったのはノーパン喫茶だ!
とにかく! 小二郎は私みたいに、小さな正義感を振り回して上司に反抗するようなタイプではない。
上に言われたら従うタイプだ。
だからこそ、「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」に巻き込まれでもしたら目も当てられない。
そもそも、カッコ悪いし恥ずかしいじゃないか!
ここは憎まれてでも、大蔵省の官僚に進む道だけはやめさせよう。
「理系も捨てがたいと言ったよな?
具体的には何かあるのかい?」
私は努めて冷静に、優しい口調で小二郎に尋ねた。感情を露わにしてはいけない。この子の将来を、私のトラウマで歪めてはいけないのだ。
小二郎は先ほどの私の剣幕にまだ戸惑っているみたいだった。
だが、兄の落ち着いた表情を見て、徐々に平静を取り戻した。
「うん……理系に進んで、弁護士を目指すのも可能性はあるような気がしている」
「理系出身の弁護士か。
確かに不可能ではない。法学部出身者が圧倒的多数派だろうが、確かに可能性はある。
だけど、それは小二郎の考えなのか?」
「学校で面白い考え方をする先生がいて、これから日本は先端技術で勝負する時代に入るだろう。
当然、訴訟関係も多くなるが、技術的な知識が有れば仕事には困らないだろうって言うんだ」
ほう…なかなか面白い着眼点じゃないか。
公立と違って、私立の先生だから考え方が自由なのか?
「それは素晴らしい夢だ。とても良い選択肢だと思う」
私は本心からそう告げた。彼のタイプであれば、技術的背景を探究し、真面目に職務を全うする、良き弁護士になるだろう。組織の陰湿な権力闘争とは無縁な場所だ。
道は少し遠回りになるが、それでも十分可能だ。
「大蔵省は……ね。あの組織は、小二郎のような真面目な人間が、大きな正義を信じて入ると、かえって苦しむことになる。組織の論理と、君の優しさが、きっと衝突してしまうからだ。君の持つ素直さや誠実さは、もっと人の役に立つ、クリーンな分野で活かすべき…ま、まあこれは想像で言っているんだが、そんな気もしないではないんだ」
そう言って、私は小二郎の肩を軽く叩いた。
ちょっと最後は断定調が過ぎたことを同時に反省した。
彼はまだ大蔵省への憧れが捨てきれないみたいだが、同時に兄がこれほど真剣に、そして強く止める理由を測りかねているようにも見えた。
「じゃあ、兄さんは理系を勧めるの?」
「そうだな。もし小二郎が理系を選び、弁護士になったら俺は純粋に嬉しいね」
小二郎の知識が活きる分野で協力してもらうことになるかもしれないし。とは言えなかったので言葉を飲み込んだ。
私は青色LEDの研究と、その後の日本の産業再構築のプランを思い描いた。
最終的には、半導体の栄光を日本に留めた状態を死守したい。
出来るかどうかは分からないが、そう思った。




