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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第二章

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高校生活⑮ 半導体の岐路

1981年(昭和56年)9月


高校2年の2学期になった。


竹中の新たなゲーム開発は順調に進んでいるらしい。 ただし、ドラゴンの出てくる冒険ゲームではない。あれは今の竹中家のパソコンでは能力不足だ。あのRPGのアイデアは、いずれ任天堂のファミコンのような、より高性能なハードウェアが出てくるまで温存しておくことになった。


「今回は、今の技術で最高の面白さを実現できるものを目指す」というのが、竹中の新しいテーマだった。


彼のターゲットは、ゲームセンターや喫茶店で流行している「固定画面型のアクションパズル」だった。シンプルながら中毒性の高い『パックマン』のようなゲームが世界的にヒットしている時代だ。

少し前にインベーダーゲームが大流行したのは竹中の記憶に新しいみたいだ。


「複雑なストーリーや世界観はいらない。純粋な操作技術とパズル要素で勝負する」


竹中が考えたのは、迷路を作り、主人公が少しずつ得点を重ねてゴールを目指すという、シンプルながらも配置の工夫によって無限のバリエーションを生み出せる、非常に洗練されたアクションゲームだった。

完成まではまだもう少し時間がかかるだろうが、楽しみに待つことにしよう。

余計な口は出さず、竹中の才能を開花させたほうが我々の将来のためだと判断した。



ところで、最近まで私には悩んでいることがあった。

私の『夢予言』を、どのレベルまで寧音さんに開示するのかという点だ。


幸いなことに、比較的この一年は平穏だった気がするが、これからの日本には大小さまざまな事件や事故が発生する。

正確な日時は覚えてはいないが、来年早々に発生するホテルニュージャパンの火災と、羽田沖の日航機逆噴射事件の発生日がどちらが先だったかはともかく、極めて近かったはずなのだ。


これを『予言』するのかという話なのだが、どちらも死傷者が発生するという痛ましい事件だった。


それにイギリスとアルゼンチンの間で発生した、フォークランド紛争という戦争もあった。


あまり社会的な出来事を寧音さんに言っても意味がない気がする。

何より、この未来の知識は、私に巨額の富をもたらすだけでなく、大きな責任も負わせる。もし誰かの命を救えたとしたら?しかし、その介入が、予期せぬ大きな混乱を引き起こす可能性もある。

彼女の精神にも悪影響を与えるだろう。


だから、すべての事象を彼女に話す必要はない。

「そんな夢は見なかった」で済む話だからだ。


そもそも、さっきの二つの事件にしても、来年の寒い時期に連続して発生したという以上の記憶がない。

たまたま、日をおかず大きな事件が発生したから覚えているだけなのだ。

それもリアルタイムの記憶というより、後日の資料で詳しく見たというものではなかったか。


人間の記憶なんていい加減なもので、何か別の事案と混同することもあるだろう。

阪神淡路大震災や、東日本大震災レベルなら記憶もはっきりしているが、それ以外は断片的で自信がない。

大まかな時期と、だいたいの概要、そしてそれがもたらした影響を知っている。

政治・経済以外の記憶なんてそんな程度だ。


寧音さんの身に危険が迫りそうな事柄ならともかく、身近な平穏と安全を最優先に考え、未来の知識の扱いについて、私の中で無理のない範囲で線引きをしていくことが大切だと思う。

救える命もあるかもしれないが、正直な話、そこまで責任はとれない。まずは私の野心を第一に行動しようか。何となくだが、そんなふうに自己解決した。


そういった社会的な事件も影響が大きいが、経済的な問題も、長く影響が尾を引くことに繋がるから目が離せない。


先月に感じた、日本の半導体産業が衰退した要因などまさにそうだろう。

これは私の所管する問題でもあったから、記憶している内容は事件や事故に比べても明確なものだ。


日本の半導体産業がどうして衰退していったのか。

これは、1980年代を生きる私にとって“未来の悲劇”として最も象徴的で、なおかつ最も避けたい失策のひとつだ。なにしろ、この1981年の今、日本は世界最先端を走っているのだ。

東芝、日立、NEC、富士通、三菱電機、沖電気などなど、名だたる巨大企業がメモリーのシェアを奪い合い、技術者は寝る間も惜しんで開発に没頭していた。

この時代の日本にとって半導体産業は、後の“自動車”と肩を並べる国家の柱になりつつある。


だが、未来を知る私には、ここから40年後の失速がはっきり見えている。


理由はひとつではない。

むしろ、複数の要因が絡み合って、ジワジワと日本企業の体力を奪っていった。

私はそれらを順に整理しながら、どうすべきかを考えている。


第一にして最大の原因は、日本企業の組織文化の問題だ。

1980年代の日本企業は、家電も自動車も金融も「縦割り」「系列」「終身雇用」の枠が絶対だった。

それぞれが自前主義を掲げ、外部の技術は“余計なもの”とみなす傾向が強かった。


半導体のような超高速で研究が進み、技術革新が必要な産業において、自前主義は致命的に非効率だった。研究者が新規プロセスを提案しても、部門長が「前例がない」「今の利益に繋がらない」と退ける例も多かった。しかも現場の技術者は優秀なのに、意思決定層の判断が遅い。

まるで戦前・戦中の政府や、大日本帝国陸海軍の組織みたいだ。


つまり、民族的問題とも言えるのではないか。

戦争も経済戦争も、上層部の判断ミスで全てが瓦解する。現場が優秀だからこそ、それは悲劇的とさえ言える。


有名なジョークで、『世界最強の軍隊とはどのような構成の組織か?』というものがあるが、それはこういうものだ。


・日本人で構成された兵と下士官。勤勉・規律・忍耐強い。


・ドイツ人の士官。緻密・論理的・戦術が巧み。


・アメリカ人の将軍。大胆・資源動員・戦略規模が桁違い。


これが世界最強の組み合わせだそうだ。

では、世界最弱の軍隊は何かといえば下記のジョークが存在している。


・ドイツ人で構成された兵と下士官。頑迷・命令が絶対で自発性がない。


・アメリカ人の士官。理論先行・机上の空論になりがち。


・日本人の将軍。現場任せ・判断や決断が遅い。


世界中で流布されているジョークだそうだから、本当に笑えない。

要するに、日本人はトップとして相応しくないと烙印を押されたようなものなのだから。だからこそ、片市首相のような女性指導者を日本人は待ち望んでいたのではなかったか。



第二に、アメリカとの貿易摩擦だ。

1980年代後半、DRAMメモリー市場で日本は圧倒的なシェアを占めて、アメリカの企業を壊滅状態に追い込んだ。

するとアメリカは報復に動く。それが「日米半導体協定」だ。


この協定こそが、日本の半導体産業にとって最大の“見えない毒”だった。

表向きは「日本市場を外国企業に開放せよ」という内容だが、実質的には日本企業に不利な価格監視や、生産能力の制限を迫る内容だった。


日本政府はアメリカの圧力に屈し、政治的な妥協を繰り返した。するとどうなったか。

日本企業は価格競争力を失い、アメリカは息を吹き返し、その隙に韓国勢が大量投資で追い抜いていった。

未来を知ってしまった私から見れば、これは“政策の敗北”としか言いようがない。



第三に、製造装置と設計の分業化の波に乗れなかったことだ。

1980年代までは、「設計も製造も自社で行う」のが当たり前だった。

だが、90年代以降、世界の潮流は一変する。


・設計=ファブレス企業(クアルコムやNVIDIAなど)

・製造=ファウンドリ(TSMCなど)


こうした分業モデルが登場すると、莫大な投資が必要な製造部門を分離し、設計に集中する企業が一気に増える。抑えめな設備投資でも、高性能な製品をつくれるようになった。


しかし日本企業はこの分業化を拒み続ける。

「ウチの工場でウチの技術者が作ったものでなければダメだ」そうした“ものづくり信仰”が、コスト競争で世界から取り残される要因となった。

対してTSMCは、最新鋭プロセスへの投資を集中し、世界の設計企業を全部取り込んでいく。

未来ではTSMCは世界最強の半導体製造企業になるが、日本はこの変化を理解できず、数十年遅れることになる。



第四に、政府の戦略が曖昧だったことだ。

資源の乏しい日本にとって、半導体は“第二の石油”と呼べるほどの戦略資源だったはずだ。

だが日本の政治は、高度成長の惰性で「自動車を守ればいい」という発想にとらわれ、IT産業を国家戦略として扱わなかった。


補助金政策も中途半端で、五年ごとに組織が作られては消え、作られては消えた。

あるべき長期ビジョンが欠けていた。私は財務省にいた未来の記憶から知っている。政治の関心は常に“短期的な票になるもの”に集中し、半導体のような長期計画が必要な分野は後回しにされた。

頻繁な首相の交代がそれに追い討ちをかけ、その結果が悲しい未来として現れる。



第五に、バブル崩壊後の投資停滞だ。

1990年代、日本はバブル崩壊と不良債権処理で疲弊する。企業はリストラと投資削減に追われ、数千億単位の投資が必要な半導体製造から撤退していく。

一方で韓国勢は国家主導で巨額の設備投資を続け、性能とコストで日本を完全に引き離す。やがてアメリカは設計で、台湾は製造で、韓国はメモリーで勝者となる。



第六に優秀な技術者に対する待遇面だ。

成果を出しても給与差が小さく、年功序列で、30代の天才が意思決定できない状況だった。

また自社株のストックオプション文化がない点も挙げられる。


結果、優秀な設計者が米国企業へ、後年は台湾・中国へ流れ、「人はいるが、尖った人がいない」状態に陥った。



第七に標準化・国際政治への鈍感さを挙げる。

日本は「良いものさえ作れば勝てる」思考に対して、アメリカは「標準を取った者が勝つ」という認識差があった。


結果としてDRAMは勝ったが、CPU・GPU・通信規格は取れなかった。

これは日米摩擦を「貿易」だけでなく、覇権戦争として理解できなかった結果だ。



第八に成功体験の呪いを挙げておく。

1960〜70年代の成功体験に基づき、「我々のやり方は正しい」と思い込んでしまった。

改革=敗北宣言、という空気に支配され世界から取り残された。


結果は、引き返せない、小さな敗北を認められないという負のループに陥って、気づいた時には致命傷。

実はこれ、戦前・戦中の日本と同じだった。



これらを要因として、日本は優秀な技術者を抱えながらも、産業構造の変化に対応できず市場から退場していく。私はこの悲劇を、ただ「未来」として知っているだけでは済まされないと感じている。


克服はどれも簡単ではない。だが、もし私が何らかの影響力を持てる立場になれるのなら、なんとかしたい。


とは言いつつ、まずは私自身が力をつけないと何もできないから、介入するタイミングはかなり遅くなるだろう。前世ではそのために政治家になったが、今世では資本家として介入したい。

ということは、今世紀中は無理かもしれない。

だがいつの時点かはわからないが、未来の悲劇を少しでも軌道修正したい。


日本の半導体は、世界を獲れる力を本当に持っているのだから。

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