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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第二章

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高校生活⑭ 夏休み 後編

1981年(昭和56年)8月下旬


寧音(ねね)ちゃんいらっしゃい」


「お邪魔します。藤一郎君のお母さん」


「寧音ちゃん、もう“お母さん”でいいのよ?」


今日は私の家で寧々さんと一緒に勉強している。


家には母がいて、いつも通りに寧音さんをにこやかに迎え入れた。

さっきのやり取りでわかるように、この二人はもうすっかり打ち解けていて、見ようによっては本当の母娘に見えるかもしれない。

母としては娘が欲しかったとか言っていたが。

おそらくだが、この心理は以前の藤一郎に対する引け目、あるいは贖罪の気持ちがあるのではないのか?と推測している。

事故に遭う前の藤一郎が寧音さんを連れてきていたら、全く違う反応をしたのではないのかと思うのだ。まあ、結局は両親揃って反省したのであれば良かったのではないかと思うし、家庭内の空気が良くなったのであれば、小二郎が最も得をしたような気もする。

まあ、とにかく今日は、夏休みの宿題の仕上げを二人で行う約束だったのだ。


文系に進んだ寧音さんと、生前の藤一郎に理系を選択されていた私では宿題の内容が若干違うが、共通する部分も当然ある。

その部分は2人でやったほうが効率的なのだ。


彼女は志望の大学を絞り込んだらしい。

商学部で有名な一橋大学に進学希望だと言っていた。

やはり税理士か、公認会計士を目指す方向は変わっていない。

宿題の合間に、私は先日調べておいたことを寧音さんに教えてあげた。


「ちょっと興味があったから、現在の税理士登録をしている人数を調べたんだけどね、全国で4万人強だったよ」


「4万人かあ。じゃあその中の女性比率ってどんな感じか分かった?」


それね。それは資料がなくて分からなかったが、私の経験談を言えば、この時代ならせいぜい5%程度ではないだろうか?もしかしたら、もっと少ないかもしれない。

なぜなら、令和の時代ですら、女性比率は2割に遠く及ばなかったのだから。

だから私は推測を交えながら言った。


「めちゃくちゃ少ないのは間違いないだろうね。だからこそ挑戦する価値があるんじゃないかな。

それと、公認会計士のほうは、もっと全体の人数が少なくて全国で6000人ちょっとだった。

こちらは更に女性比率が少ないと思うよ」


私も仕事上でお付き合いのあった公認会計士が複数いたが、とにかく長時間労働になりがちで、待遇はいいだろうが仕事はきつい印象だった。


「なるほど…極めて難しい資格なのね。6000人しかいないのかあ…」


公認会計士の顧客は大企業であるケースが多く、監査法人に属している人が多いだろう。

企業の財務諸表をチェックして「不正がないか」、「会計処理が正しいか」 を保証する。よって責任も同時に重い。

公認会計士は、登録すれば税理業務にも携わることが可能だ。


一方で税理士は、公認会計士と比較すればという意味で、そこまで長時間労働ではない。これは時期にもよるが。

顧客はどちらかと言えば、中小企業や自営業者が多いだろう。

税理士は「税務の専門家」 として、様々な顧客の要望に応えたり相談を受けたりするのが業務で、小規模の事務所も全国に多数あるから、地域密着型と言えるだろう。


一方で、税理士は公認会計士の業務に踏み込むことはできない。

そんな事実も併せて説明しつつ、寧音さんの意見を聞いてみた。


「どっちの資格が良いかは言えないし、どっちも資格は一生モノだ。

ただ税理士のほうが出産や子育てで一旦社会から離れたとしても、復帰はしやすいだろうね」


ただし、ここは寧音さんの考え次第だ。

ついでに触れると、現在は女性の総合職というものは一般化されていないし、男女別労働時間にも制約があるから税理士のほうが融通は利くだろう。


現在は「男女雇用機会均等法」もまだ施行されていない時代で、一般企業だと「お茶くみ」とか「腰掛け入社」、「寿退社」などの言葉が世間で認知されている時代だ。

だからこそ、彼女の挑戦は意味があると思う。


宿題が一区切りついたところで、母がアイスコーヒーを二人に出してくれたから休憩だ。

うん。とても美味しい。日本の夏の飲み物といった趣だ。


それにしても、アイスコーヒーは日本人の発明だということは知っていたが、既に一般家庭で当たり前のように出されているとは知らなかった。

まあ東京都内なのだから、その辺の文化の受け入れは比較的早いのかもと思った。

こういったことは世情に疎かった私の弱点だ。


ここで母が「じゃあ寧音ちゃん。ゆっくりしていってね。」と言い残し買い物に外出したから、二人きりになった。


すかさず寧音さんがモードを切り替えて、私の「夢予言」について質問してきた。


「ところで、最近はどんな夢を見てるの?」と。


そうだねえ。どこまで話をしようか…

上手く言葉では表現出来ないが、彼女と一緒だと良いアイデアが出てくるし、的確なアドバイスももらえるから有り難い。

ある程度の話までは「夢予言」で乗り切れるし!

独りで悩んでいるより、思い切って寧音さんに相談したほうが良い場合も多いのだ。


最初はここまでのプランを再確認だ。

本来であれば短期・中期・長期で分けて考えるべきなのだろうが、とりあえずはバブル崩壊までの戦略を固めたほうが良い。あっ、バブル景気のことも、それが弾けて崩壊することも現時点では彼女に話してはいないので念のため。


「まずは金融関係だね。

株式取引を堅実に行い、着実に資産を増やしていくのがベースと考えていて、時間を追うごとに資産が資産を産む状態に持っていけるだろう」


当然だが、バブル崩壊前には全て手仕舞ったうえで、複利の高い金融資産に乗り換えるのはまだ秘密だ。

私は続けた。


「あと、竹中と協力してゲーム会社を立ち上げたい。俺が経営と営業をして竹中が開発責任者だ。

きっと面白いものが作れそうな気がする」


こちらは既定路線だ。

ある程度、中身が固まったら京都の任天堂本社に竹中と共に訪問してみよう。


任天堂がまだ気づいていないと思われる「サードパーティの重要性」をいち早く予見し、強力なサードパーティとして任天堂を支える側に回る。結果的に、両社ともに史実以上の成功を収める。

それまでに竹中の背中を押し続けなくてはならない。


それとLED研究は焦らなくてもいいが、継続してプランを練り続けよう。

具体的に動き始めるのは、大学に入ってからとなりそうだ。

こちらも私一人では荷が重いから、誰か適任者・協力者を探さねばならないだろう。


「十分な資金ができたら将来性のある企業への投資、あるいは企業買収などもやってみたいと思っている。これはその時の資金次第だけどね」


だが、以前も触れたようにゲーム会社に投資、あるいは出資するのは悪くない。


「資産が順調に増えていったら、いよいよ土地関係だね。

ただし、株と違って良い条件の土地を個人で抑えるのが難しく、課題も多いんだ」


「そうよね。お店で買うわけにいかないし」


そう。だから無理なく進めてみよう。

今のところはこんな感じで、一部を除きほぼ寧音さんとも共有している内容だ。

ここで寧音さんが言った。


「これからはどんなものが流行しそうなの?」


そうだね。これからは様々なものが形になっていくだろうが、私が覚えていて、なおかつ将来有望な電子機器だと何だろうか?


「そうだねえ。持ち運び可能な電話の話は以前にしたから、それ以外だと何を夢で見たかなあ…」


などと、曖昧に答えつつ思い出してみよう。


1980年代は、間違いなく「パーソナル化」と「デジタル」の黎明期だ。

コンピューターが巨大な計算機室から一般家庭へと降りてきて、エンターテイメントが「個人の手」に収まるようになった時代。


ソニーのウォークマンが若者のスタイルを変え、音楽は屋外へ持ち出された。

続いて任天堂のファミリーコンピュータ。これが子供たちを熱狂させ、社会現象にまでなったのに加えて、大人ですら夢中になったものだ。


映像や音響も劇的に変わる。

レコードはCDへ、ビデオデッキは一家に一台の必需品となり、ワープロ専用機がオフィスの机を占領し始めた。

さらには、今はまだ重たい「ショルダーホン」が、手のひらサイズの携帯電話へと進化し、軍事技術の転用によってカーナビゲーションシステムさえ実用化されるだろう。


まさに、電子機器世界における『カンブリア爆発』だ。


そして、これらすべてのイノベーションを根底で支えていたのが、世界に冠たる日本の製造業だ。


中でも特筆すべきは、半導体メモリにおける「1Mb DRAM」の開発だろう。

これは単なる技術進歩ではない。産業史における革命的ブレークスルーだった。

集積度の劇的な向上は、ビット当たりのコストを極限まで引き下げた。これにより、一般消費者向けの家電に高性能なメモリを湯水のように搭載できるようになったのだ。


日本メーカーが世界市場で圧倒的なシェアを獲得し、ジャパン・アズ・ナンバーワンを不動のものにした「電子立国・日本」の心臓部。

あの時、日本人は疑いもしなかっただろう。日本の半導体産業が、この先も永遠に世界を牽引し続けるだろうと。まさか令和の世において、見る影もなく凋落しているなどとは、当時の誰が想像できるだろうか。


いや、こんな不景気な話はいったん忘れよう。

それにさっき挙げた製品は、いずれも個人で開発できるレベルを超越している。


私は寧音さんに言った。とても大切なことだと思った。

「寧音さんがもし、税理士や公認会計士の資格取得を目指すなら、俺が作る会社や事業の相談相手になって欲しいと思っている。俺じゃ詳しくは分からない節税方法とか、法人化のタイミング、減価償却のやり方とかお願いしたいことは無限と言ってもいい。

これって、どんな事業をやるかと同じくらい、とても大切なことだと考えているんだ」


これは本音だ。政治家の立場とは逆の思考なのだから。


他にも会社設立の登記手続きや契約書のチェック、あの忌まわしき消費税(1989年導入)への先読み設計から、助成金・補助金の申請、研究費の税務処理、共同研究契約の条件チェックなどなどだ。


寧音さんは目を輝かせて言った。


「ありがとう。なんかやる気になって来たわ。

絶対資格を取って見せるからその時はよろしくね」


うん。一緒に頑張ろう。


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