表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/44

高校生活⑬ 夏休み 前編

正月早々、夏休みの話題ですみません。

他意はありませんので、読んでいただければ幸いです。

1981年(昭和56年)8月初旬


私にとって久しぶりの夏休みだ!

前にも触れたが、令和と違って東京の夏は過ごしやすい。

あくまでも比較だが、気温は違和感のある低い数値が天気予報に並んでいて、湿度は変わらず高いが、おかげでまだ我慢できている。


恋も順調だが、株取引も順調だ。

既に1月に10万円で購入した企業の株価は、上下を行き来しながらも着実に上がり続け、現在は13万円にまで成長を続けている。もう少ししたら一旦利確、つまり利益確定して株数を増やすか別の株を買うつもりだ。元手は父が口座を開設するときに振り込んだ10万円。これ以上は突っ込まず、確実に資産を増やしていこう。


そう考えていたのだが、業績に気を良くした父は、夏のボーナスからも10万円を株取引に充てた。

正直、のめり込んでほしくないと思う一方、これで株取引における「雪だるま」の形成速度は上がるだろうとも思う。


数年経てば、驚くような金額まで膨らませることは容易だろう。経済官僚と政治家を経験しておいて良かったと、心底思える部分ではある。

まあ、それ以前に目的があるから、株を持ち続けるかは分からないが。


今日は寧音さんのお宅にお邪魔して、一緒に夏休みの宿題を片付けている。

家には中学生の弟もいたが、私たちには干渉してこない。

宿題に区切りがついた寧音さんが、思い出したように言った。


「私も最近では新聞をよく読むようになったのよね。

それで改めて知ったけれど、最近は預金の金利が高くなりつつあるんでしょう?」


そうか。そんなところまで興味を示すようになってきたのか。まあ進路を考えたら当たり前かな。

彼女の言う預金金利だが、令和と比較したら天文学的に高い!

銀行の普通預金の金利は、現在年2.0%前後と比較的安定した高水準で、これが1981年の現実だ。しかもこれは普通預金での話だ!


「確かに高くなってきているね。この先はどうなるかは不透明だけれど、なんとなく、まだ高い水準が続きそうな気がする」


1980年代の後半になると、預金金利はむしろ低下していく。

これはもちろんバブル経済期の影響だ。プラザ合意後に景気後退を懸念した日銀は、わずか1年半で公定歩合を5.0% → 2.5%へと下げた。預金金利もスライドして下がり、これの目的は景気を刺激しようとしたのだ。


だが刺激し過ぎた。


結果はバブルが発生してインフレ懸念が起こった。

インフレといっても土地や酒や絵画といった分野が中心で、一般消費財のインフレは起きていなかったのだが、当時の日銀は何をとち狂ったか金融引き締め、つまり金利引き上げが行われて公定歩合は高水準に戻った。

1989年からの約1年3か月で 2.5% → 6.0%へと急上昇させたのだ。


これ、人間の血圧として考えてみてほしいが、急激な上下は健康を害する原因になる。

血圧だったら医者は必ず徐々に下げろと言う。だが、当時の日銀総裁のやり方は、まるで薬を一気に注射するようなものだった。

倍の時間をかけたら影響は軽微だったろうが、一気にやり過ぎたのだ。

ああ…そういえば羽柴秀樹としての実母も高血圧が原因で命を落とすのだった。

それは心の奥底にチクリと刺さったが、それを封印して寧音さんに言った。


「まあ金利が上がると、貸したり預けたりする側にとっては良いことだろうね。特にリスク無しで勝手に資産が増えるのだから。だけど、金利が高いということは、資金を借りるときは大変困るよね。

住宅ローンなど、その典型じゃないかな」


そうなのだ。住宅ローンの金利は平成末期から令和の日本と比較したら全く違う。

現在は固定ローン金利は8%以上もあるから、「頭金は最低これくらいは必要」というのが常識で、バブル期はいったん金利は下がったものの、バブル崩壊後は金利が下がっても不動産価格と債務だけが重く残った。


私の目論見としては、バブル崩壊での損を回避するためにピーク直前で株や土地を売り抜けて、金利が高いうちに定期預金や債券にまわすのが、確実に資産を増やせるテクニックだろうと思っている。

その時代、定期預金なら金利は6%を期待できるだろうから。


「この金利だけど、多くのローンや長期の金融商品における金利は、複利計算である場合が多いんだ。

複利は借りた場合は恐ろしい敵、預けた場合には強力な味方となる」


寧音さんは一瞬小首をかしげ、聞いたことはあるけど中身はよく知らないと言った。

やっぱり彼女でもよく知らないか。


「複利計算は怖いんだ。元金・元本だけでなく、すでに発生した利息も次の期間の元金・元本に組み入れて計算する方式だから。

簡単に言えば、『利息が利息を生む』仕組みで、お金を預けた・借りた場合で単純計算をするとこんな感じになる」


と言いながら、ノートに簡単な数式を書いて寧音さんに見せた。


『金利が1%の時 約70年で倍になる』


『金利が6%の時 12年で倍になる』


「どう?これだけの差が発生するんだ。計算式は簡単だ。

『70の法則』と『72の法則』を使う。目安として、金利が5%より低い時は『70の法則』、高い時は『72の法則』を使うと計算が合いやすい」


そして再び数式をノートに書いて寧音さんに見せた。


『・金利が5%以下の場合

  70÷金利=約2倍になる年数』


『・金利が5%より高い場合

  72÷金利=2倍になる年数』


「だから、金利が6%だと72÷6(%)=12(年)となる計算なんだよ」


寧音さんは、この複利計算の話に大変驚いておられる。


「概念としては知っていたけど、そんな差が生まれるとは初めて知ったわ」とおっしゃるのだ。


まあ私自身も学校で教わった記憶がない。なぜ日本人は複利計算を教わらないのだろう?不思議だ。

たぶんだが、戦後の日本人は“銀行に預けておけば勝手に増える”時代を生きてきたから、金利を使って人生設計をする習慣がそもそもないのだと想像する。


だが、複利計算は覚えておいて損のない考え方だと思う。


そんなことを考えていると、寧音さんが「難しい話で疲れたから、ちょっと休憩しよう?」と言ったので、お付き合いすることにした。彼女は赤く薄い横長のラジカセを、テーブルのところまで持ってきて言った。


「今週の”ザ・ベストテン”のチャート1位よ。この曲を聴くと…記憶を失う前の藤一郎君を思い出して胸が締め付けられるの。最近の私のお気に入り」


そう言いながら、カセットの再生ボタンを下に押し込んだ。

以前の私?非道な野郎が出てくる歌詞なのか?

どんな曲だろう。チャート1位の曲なら令和でも有名だろうし、私でも知っているはずだが、聴くのはちょっと怖い。


軽快なイントロと共に流れてきたこの曲は…松田聖子の『白いパラソル』だ。

先月発売された曲だと思ったが、私は昔から何度も聴いたことがある。

だが、そんな悪いやつが登場しただろうか?


寧音さんは一緒にハモっている。


♪なぁ~ぎさにぃ~白いぱぁ~らそるぅ~♪


結構上手で驚いた。

そういえば彼女の歌声を初めて聴いたが、とてもいい声だ。

松田聖子のように、クリアなハイトーンボイスではない。

もっとしっとりとした柔らかい歌声で、私は一発で気に入ってしまった。

なぜか懐かしさすら感じてしまうのは、どうしてなのか。


今まで気付かなかったが、彼女のこの髪型は「聖子ちゃんカット」なのだろうか?

街には似たような髪型の女性があふれている印象だ。

それにしても、この時代に確かまだカラオケボックスはなかったと思ったから、どこで練習しているんだろう?などと考えながらお茶を飲む。


…確かに冷たい印象の男が登場する歌詞だった。

歌詞の解釈は人それぞれだし、私と寧音さんの解釈が一致するとは限らない。

だが、寧音さんの熱い思いを無視する藤一郎に対して、「振り向いてほしい」、「藤一郎のことを愛したい」との気持ちが伝わってくると私には解釈できた。

寧音さんの思いが通じるかどうか、「答えは風の中」なのだと。

ちょっと苦しい気持ちになるが、寧音さんは既に懐かしむ余裕を持ってくれていると、こちらも解釈しよう。

悪い藤一郎はもういないのだ!

彼女は歌いながらときどき私の方を見てくる。その視線には、何か意味があるように感じられた。


だが、歌詞に反してメロディは軽やかで明るく、まるで『日本の将来は何の不安もない』と言わんばかりだ。


う〜ん。幸せを感じる夏の午後、今日の東京の最高気温は29℃だと天気予報で見た。

クーラーなしで過ごせるギリギリの温度で、扇風機が活躍中だ。そして窓は開け放たれ、夏の空気で部屋が満たされている。


前世に比べたらゆったりしていて、アナログな時代だ。

だけど、それでも何の不自由もない。ちょっと調べ物をするのが面倒だと感じるが、それも何とかなるし、便利に感じていたツールも、無ければ無いで慣れてしまう。


令和には必須だったスマホが無くても死ぬことはない。住所録は紙で管理しているし、駅で時刻表を確認するのも慣れた。


人間の順応性は案外高いかもしれないと思いつつ、そろそろ、この先やりたいことをまとめてみようと思った。


寧音さんの歌はもう少しで終わりそうだ。


♪あなたを〜知りたぁい〜愛のよぉかぁ〜ん〜〜♪


完璧だ。私は思わず拍手をしていた。


寧音さんはちょっと恥ずかしそうにしていたが、それも魅力的だ。寧音さんの歌うこの曲は、私の中で素晴らしい名曲へと昇華した。

これから私のお気に入りになりそうだ。


だが、この曲のエンディングの歌詞は、ちょっと意味深だ…

”愛の予感”の部分は問題ない。予感も何も、既に愛し合っているのだから。

問題はその前段だ。”あなたを知りたい”…これは転生者である私に、「いい加減に洗いざらい全てを話せ」と言われているような、そんな圧を感じるのは気のせいだろうか…


いや違うと思うことにしよう。気のせいだ。


秘密を明かせないお詫びとして、複利のように愛の雪だるまを作っていきたい。そう思った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ