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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第二章

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高校生活⑪ 将来への布石

1981年(昭和56年)6月


「おい木下。今日お前の家に行ってもいいか?

ビートルズを聴かせてくれよ。お前の持っているレコードは輸入盤だし、音が良いような気がする。それにコンポの質も高いからな。

高台寺さんとのデートの邪魔にならないようにするから」


「構わないよ。じゃあ3人で一緒に帰ろう」


私は高校2年生になった。


進路は“生前”の藤一郎が勝手に指定していた理系クラス。必然的に男子の割合が高い。

そのせいか、教室に入るといつも空気がどこか重たい。

表現が難しいが、汗と皮脂がゆっくりと混ざり合って、壁や机に薄く染み込んだような、あの独特の“理系男子教室”の匂いが漂っている。


別に彼らが悪いわけじゃない。

みんな真面目で、チャイムが鳴れば一斉にノートを開き、数式を追う鉛筆の音だけが規則正しく響く。

ただ、青春ドラマで見たような、爽やかな風が吹き抜けるようなそんな雰囲気とは、少し違う。


そういえば。

前世でも女子ばかりの教室に通った時期があったが、あの教室はあの教室で、妙に甘くて湿った“女の匂い”で満ちていた。

男女の割合がちょうど良かった頃は何も感じなかったから、あれはいったいどういう原理だったのだろう。人間という生き物には、人数構成によって生まれる空気の“匂い”というものがあるのかもしれない。


なんとも不思議なものだ。


ともあれ、私は日々勉強に励んでいる。

発言には気をつけているつもりでも、受け止めるほうは私の期待通りに感じてくれるわけもなく、思考がちょっと大人びているのは、既に皆に知れ渡っている。


そのおかげで、案外私はこのクラスで人気者だ。

しかし少々浮いている。その反省もあって、最近の私は政治家だった記憶は無理にでも押入れの奥深くにしまい込み、この時代の高校生らしい思考・行動を取ろうと努力を続けている。


寧音さんにも最近では「夢の話を聞かせて」とせがまれる機会も減った。


その寧音さんとは針路は分かれたものの、すぐ隣の教室だからいつでも会えるし、私はこの環境を気に入っている。


そんな中でも特に打ち解け始めた級友がいる。

名前は竹中重治(しげじ)

さっき私に話しかけてきたやつで、メガネをかけて長身の絵に描いたようなガリ勉タイプだ。

だが不思議とウマが合うから、頻繁に寧音さんを入れて3人で遊ぶことも多い。


きっと将来はオタクと呼ばれそうな雰囲気を醸し出しているが、彼は科学や電子工学に特別の興味があるらしく、中途半端な理解しか持っていない私にとって、良い刺激を与えてくれる人物でもある。

もしかしたら、この先の人生においても、私の良き相談相手になってくれるかもしれない。


成績も優秀だ。

いや学校でもトップ3の一角を占めるだろう。私と寧音さんはトップ10に入るから、この3人で歩いていると否応なく目立つ。

成績順のヒエラルキーというものは厳然としてあるから、これは仕方ない部分だろう。

竹中はそんな風潮が嫌らしく、オタク顔を歪ませて迷惑そうにしているが。


ちなみに、まだこの世界で「オタク」という言葉は一般化していない。

アレの語源は、相手のお宅にお邪魔して趣味を共有する意味だったと記憶している。

要するにインドアの趣味であるのは間違いないだろう。

後にアウトドアを含む趣味などに没頭する姿、その全般を指すようになったと思うが、最初の意味は違ったと思う。

思うとしか言えないし、個人の感想だが。


それと、よく考えたら私たちの世代は「新人類」と呼ばれ、団塊の世代からは異物扱いされるようになるはずだ。

つまり、戦前生まれの親世代の価値観に反発し、個性や趣味を重視。バブル期に20代を迎えたこともあり、積極的に新しい文化を取り入れ、消費にも前向きな世代だ。そんな余裕ある状況で生まれたサブカルチャーの流行も相まって、“オタク第一世代”と呼ばれる集団なのだ。


とにかく彼は最近、一般に知られる存在となったパーソナルコンピュータ。

パソコンに没頭しているのだ。

まあ、強いて言えば、パソコンオタクというやつだろう。

ただし、現時点では「パソコン」とは呼ばれておらず「マイコン」と呼ばれている。

パーソナルではなくマイクロコンピュータと呼ばれていて、最初にパソコンと発言した時に怪訝な顔で訂正されたのだった。

そんな彼は、私にとってはこの時代の空気を知るための、良き教師であったりもするわけだ。


「俺はほら。記憶をなくしているからよくわからないんだが、マイコンの普及具合とかはどんな感じなんだ?」


と聞くと、竹中は眼鏡をかけ直して話し始めた。なんだか目が光ったみたいに見えたが気のせいか。


「今はまだマイコンのある家庭なんて極めて珍しいだろう。なんといっても、国産初のマイコンが発売されたのはたったの3年前だからな。

日立製作所が日本語対応の『ベーシックマスターMB-6880』、そしてシャープがBASICが使える『MZ-80K』を発売したんだ。その後は2年前にNECの『PC-8001』が出たし、富士通、松下電器産業などが参入して、市場競争が一気に激しくなってきている」


ほう。話を聞くかぎりパソコン黎明期といった感じだ。

実際に竹中家のパソコンを触らせてもらったのだが、令和のパソコンを知っている私からすると、これってコンピュータなのかと思うくらいの性能の低さで、正直な話、自分でパソコンにのめり込もうとは思わなかった。


だが竹中はそんな私の心など分かるはずもない。


「パソコンを使えば、テキストエディタで文章作成が可能なんだぜ!」


などと胸を張って自慢するのだ。

だが、テキストエディタが1行スクロールする、そのタイミングが微妙に遅れるのは何ともショボい。

しかも全角と半角、大文字と小文字の区別はできず、ひらがなも漢字も表示できない。


例文を紹介すると、「我々は宇宙人だ」という文章は、「ワレワレハウチユウジンダ」としか表記できない。もっと正確に表現すれば、全部半角カタカナになる。

日本語に対応しているだけで立派だと評価される時代なのだ。


それでも、竹中に対して「ショボすぎる」や、「何が凄いんだ?」などと発言するのは駄目だ。


「そ、そうか。なるほど…いや俺には理解できない高度な世界だ。さすがは電子工学のオーソリティーは違うな。大したものだ」


私は、彼のプライドを決して傷つけないよう、慎重な物言いと態度を心がけるようにしている。


こんなショボい状態は、やがて解消するはずだ。

NECが16ビットCPUを搭載した「PC-9801」シリーズを発売し、漢字ROMやフロッピーディスクドライブ内蔵などの特徴が受け入れられ、市場で大きな存在感を示すのは、確か来年あたりではなかったかと思うからだ。


まだノートパソコンは誕生しておらず、パソコン本体は結構な大きさがあるから、竹中の勉強部屋内での自己主張度合いや存在感は令和とは比較にならないだろう。

もちろん、モニター画面は薄型の液晶なんて影も形もない時代だ。

彼の部屋に鎮座しているのは、無駄に奥行きのあるブラウン管モニターで、使用中はパチパチと静電気が走り、しかも文字がにじんで見えるし発熱も凄い。

とまあ散々けなしてきたが、これは私の感覚が狂っているだけだ。現時点では最先端なのだから。


それと、彼が所有しているパソコンには一応「BASIC」が標準搭載されており、起動後すぐにプログラミングできるのも良い点だろう。

よって自分でゲームやツールを作るのは普通の話で、得意だと言っていた。

ちょっとした家計簿ソフトや簡易ゲームを自作できるわけだ。


彼の家に行った際には、未来知識を使って彼を誘導するのを忘れなかった。


「お前の作ったこの海戦シミュレーションゲームは面白いな!」


「だろう!?

おい木下…お前はやり方が下手だなあ」


「お前が凄すぎるだけで、俺は世界標準だ」


「そ、そうなのか?

そうか…じゃあもっと頑張らないとな!」


などと彼をおだて続けている。

だが彼の家で音楽のカセットテープを何本か借りたのだが、その中にプログラムデータを記録したものが混じっていたのには閉口した。


フロッピーディスクすら存在しない時代なのだ。

よってカセットテープに記録するしか手段がない。

しかも、せっかく作ったプログラムを、カセットテープに保存するのにも10分近くかかる上に、読み込みエラーで全て消えることも当たり前らしい。


それはともかく、私としては彼にゲームソフトの世界へと誘導している毎日だ。

なぜなら、まだ彼には言えないが、ファミコンソフトを設計してもらいたいのだ。

そして私は会社を興して任天堂に売り込み、徐々に資産を増やしていく戦略を考えている。


その布石として、現時点では寧音さんを含めて三人で竹中の自作ゲームで遊ぶこともよくあるし、具体的な一歩として、非常に重要なことでもあると考えている。


遊びを通じて竹中と寧音さんの意識を少しずつでも変えていくのだ。



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こんにちはマイコン!@すがやみつる
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