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誰が私を殺した? 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を変える!  作者: 織田雪村


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19/22

高校生活⑧ バレンタイン

1981年2月14日(土)


今日はバレンタインデーだ。


男の祭日。

女による男のための日。

女が男の矜持をたたえ、その価値を見つめ直す日。

男が男である事を再認識する、厳かな儀式が行われる日。

すべての男が固唾を飲んで過ごす神聖で、同時に現実を思い知らされる冷酷で残念な日。

チョコの数で男同士の無言のヒエラルキーが形成される、命のやり取りを伴わない弱肉強食の具現。


それはその日だけにとどまらず、その後の学生生活において有形無形の圧となって、成績・運動神経に加えて序列形成の要素となるのだ。

我ら男子高校生は、この日だけは何度も下駄箱の確認を行い、お互い顔を見合わせた後にため息をつく特別な日でもある。


以上、令和において、政治家が発言したら一発退場になりそうなパワーワードを並べてみた。

もちろん、私も政治家時代には恐ろしくて、とても言えなかった言葉ばかりだ。


しかし、昭和の現在はフリーダムで、冒頭から述べたような善悪美醜、悲喜こもごもの物語が生まれた。

この牧歌的な熱狂も、もう十数年後、つまり平成には“義理チョコ地獄”と“経費精算問題”で社会問題扱いされるのだから、時代の空気の変遷というのは本当に面白い。


また、令和においてはLGBTQ視点で、「差別」、「性差の断定」、「時代錯誤」と袋叩きにあう危険をはらんだ物騒な日なのか?


…今回は余裕をぶっこいた、しかも、かなりなメタ的要素を盛り込んだ内容で始まったが、もちろんそれには理由がある。


私にとっては、寧音(ねね)さんから初めてチョコを貰える特別な日なのだ。


そしてどうやら私は『売約済み』と、多くの女子に認定されているらしい。

記憶喪失男子として有名だから目立つのだろう。


つまり、「チョコの数による無言のヒエラルキー」という残酷な世界観の中で、チョコの数を超越した「特異点」として存在しているのだ。


結論を言えば、私は先ほど触れた穢れた世界、弱肉強食の世界から抜け出した。

仏教の用語で言えば、煩悩から解き放たれ『解脱』したのだ。もう汚い下駄箱を、用事もないのに何度も開ける必要はない。


南無阿弥陀仏。往生安楽国。


というわけで、休み時間に教室内にて寧音さんからの待ちに待った、期待の逸品の神聖なる贈呈式を厳かに済ませた。


二人の関係は隠す必要などない。堂々とお天道様に見ていただくのだ。

彼女は恥ずかしそうに、だがしっかりとした言葉で、「藤一郎君、はいこれどうぞ」と綺麗な包装で飾られた宝物を渡してくれた。

これを見ていた周囲の女子は全員無反応だが、オスたちからの羨望の眼差しが痛い。


私は椅子から立ち上がり、頭を下げて宝物を押しいただく。今すぐ包装紙を解いて中身を取り出し、高らかに「獲ったどぉ~!」と雄叫びを上げ、オスたちを威嚇したいがここは自重だ。「開封の儀」は、清められた自室で、照明、BGM、精神状態を完璧に整えた、厳かな環境でなければならない。


ふふふ。下界の者たちよ、私は旅立つのだ。


ここのところ私は浮かれている。

前世でも余り経験したことのない新鮮な体験なのだ。

浮かれるのは許して欲しい。


3学期の初日に恋人の関係になって以来、私の秘密を除けば、なんでも話せるようになってきている。

そもそも、二人の関係は最初はとても上手くいっていて、恋人同士になる寸前だったらしい。


だが…私と例の3人組との関係が深まるにつれて、ギクシャクし始めたらしい。

彼女にしてみたら、あの3人とつるむのは危なっかしく見えただろう。

忠告が仇になった。

藤一郎が彼女を無視し始めたのはそういった経緯らしい。


しかし、それは過去の話だ。

彼はもう遠い場所へ行ってしまった。だから、その胸の内は永遠に謎のままだ。


現在の彼女の気持ちとしては、未来に向かって着実に進むことのほうが大切で、今ではもうそんな以前の藤一郎を許せるようになったらしい。


ならば、私もようやく心が軽くなった。煩悩から解き放たれ解脱した。あとは入滅を待つのみか?


いや既に1回入滅したようなものだから2回目はないな。


冗談はさておき、今日の授業は午前中で終わった。

この時代、週休2日という概念はまだ一般化していない。

学生も“半ドン”という、令和から思えばどんな意味か分からず使っていた言葉だが、普通に使っている。


そしていつものように、寧音さんと一緒に歩いて下校しているが、道端のお店からは寺尾聰の「ルビーの指輪」が流れている。

そうか…この曲が流行るのは今年か。


さっきの贈呈式の余韻が残る中、チョコの照れ隠しなのか、ふと彼女が言った。


「そういえば株の話を最近聞かないけど、ちゃんと儲かっているの?」


そうそう。それがあったね。


「今はじっくり成長していくのを待っている感じだね。でも今年の夏くらいには状況を見ながら売って、また新しい株を買おうと思ってる」


売買手数料が高いから、令和のように気軽に頻繁な売り買いをするわけにはいかない。

それがこの時代の欠点だが、まあやむを得ないだろう。


実のところ、私は株の売買を本格的にやったことはない。ヒラの国会議員ならともかく、政府官庁の仕事に携わる立場だと御法度だったからだ。

財務省時代もインサイダー取引や利益相反、倫理規定の意味でも厳しい制限が付いていたから、やる意味を感じなかった。


とはいっても株式売買の基本原理は知っているし、指標の見方もほぼ完璧に理解していた。

財務官僚だったし、経済・財政分野専門の政治家だったのだから当然だ。


「だけど、株の売買って実際には難しいんでしょう?何を基準に売り買いするの?」


ああ、確かにそうだ。高校生で理解していたら逆に怪しい。

ここは新聞記事のお世話になったことにしておこうか。


「新聞によると、チャート分析というものは、多くの投資家にとって重要な手法らしい」


事実これは、コンピューターによる複雑な分析が一般的でない現在でも、もちろん有効な指標だ。


「最初に押さえる重要なポイントは“移動平均線”というものだね。

移動平均線とは、一定期間の株価を平均して線で結んだもので、株価の流れを視覚的にとらえるための最も基本的なツールだと書いてあった」


寧音さんは興味津々といった風情だが、理解してくれているだろうか?


「この株価チャートの土台となるのは、江戸時代に日本人が編み出した『ローソク足』と呼ばれるものだね。その上に、短期・中期・長期といった異なる期間の移動平均線を重ねていく。

業界用語では日足、週足、月足といった感じで表現するらしい」


「えっ日本人が考案したの?凄いじゃない!」


そう。それが世界で使われているのだから、凄い人物が日本にいたわけだ。


「そうね。まあ、それらの線の位置関係を読むことで、現在のトレンドや売買タイミングを判断する方法みたいだね」


これは令和においてもなお、最も広く使われ、信頼されている指標のひとつだった。


「次に見るべきは“信用取引残高”ていうものだ。

移動平均線と同じく、相場の力関係をつかむための重要な指標と言われている。

信用買い残が大きく積み上がると、売りの圧力の源泉となるため、天井圏を意識しやすくなるし、逆に信用売り残が膨らんでいれば、買い戻しが入ることで相場が急反発しやすいみたいだ」


信用残は、近い将来の“圧力”の向きを読むための、分かりやすくて強力な手がかりなのだ。


「それから、新聞や専門誌の情報も欠かせない。

日々の株価や相場観をつかむには日本経済新聞や、投資専門の週刊誌に載る解説記事・チャートが、ほぼ唯一の情報源だからね。俺も実際そうだから」


令和のようにネットでリアルタイム情報が手に入る時代ではない。

だからこそ、紙面の一行やグラフの傾きが、市場参加者の判断に大きな影響を与えていたはずだ。


「それから証券会社から提供される情報も大きいね。

特に、機関投資家。つまり大口の資金がどこに動いているか?

その手がかりを教えてくれるのは証券会社くらいのものだからね」


寧音さんは難しそうな表情で言った。


「そうかぁ。藤一郎君だったら、予知夢で簡単に儲けることが出来ると思ったけど、実際には大変なんだね」


そりゃそうですよ。全ての企業の株価が頭に入っているはずがない。

だけど、ここまで紹介したものがミクロの目、あるいは地上を歩きまわるしかない動物の目なのだとすれば、私には『鳥の目』がある。

下界の衆生を見下ろし、評論する能力があるとも言っていいだろう。


もちろんそれは未来知識というイカサマ。ズルだ。


この時代を含めた金利、為替のデータは頭の中に入っている。

もちろん、株価変動の要因となりそうな事故や事件を含めてだ。

芸能情報には疎いが。


だから現在保有している株を足掛かりにして、徐々に金額を大きくしていく予定だ。

私はあえて気楽な気持ちを込めて言った。


「まあでも、まずは10万円を13万円へ。次にこの13万円を18万円へ。

そして18万円を26万円へ。徐々に徐々に…雪だるまのように大きくしていく。

それが出来ればいいと思っているんだ」


それが現在の目標だ。


「やっぱり何事も地に足を付けて考えなくちゃダメってことかしらね?」


寧音さんは少し遠い目をしたあとで、私を見て呟いた。

そうだ。焦ってはいけない!少しずつ着実に前に進もう。


ああ良かった。何とか浮かれていた気持ちが鎮まったみたいだ。


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