表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が私を殺した? 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を変える!  作者: 織田雪村


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/21

高校生活④ いきなり失敗 後編

1980年(昭和55年)12月8日


あれから一週間、私は通院以外は朝から晩まで自宅で勉強を続けていた。

高台寺さんは学校を終えてから毎日、私の家に来てくれている。彼女はとても親切に教えてくれており、母も喜んで迎えている。


ただし、以前の私たち二人の関係が、いまだによく分からない。

この人は私のことを「藤一郎君」とファーストネームで呼び、言葉も表情も私に好意を持っているのは疑いようがない。それは恋愛経験の乏しい私でも理解できる。

そもそも、毎日わざわざ我が家に通ってくれている時点で、それは明らかだろう。


普通なら恋人同士と判断しても良さそうなのだが、最初に会った日の「無視はしないで欲しい」という一言がどうにも引っかかっている。ケンカでもしていたのだろうか?

彼女が時折見せる影のある表情も気になるし、どんな関係だったのか、尋ねられる雰囲気ではない。

変なことを言って機嫌を損ね、勉強を教えてもらえなくなるのが不安で、結局、未だに質問できずにいる。


幸いなことに、この頭脳の持ち主の記憶力は悪くない。それは若さのお陰かもしれないが、とにかく、学んだことがよく身につき始めていると実感できている。

それと前世の記憶が呼び覚まされる感覚があったから、意外と何とかなるかもしれない。


事実、優等生と思われる高台寺さんが驚いているのだから。


「藤一郎君がこんなに勉強が得意だったなんて意外だわ。今まではわざと隠していたんでしょ?

仲間の手前、悪ぶっていたというわけね?」


いやぁそれは違いますよとは言えないから、曖昧な笑顔で誤魔化した。

実際にどうだったのかは分からないし。

ただ、最近の私は、よくこの手の曖昧な表情でその場をやり過ごしている自覚がある。


勉強についてだが、数学は時代が変われどそれほど違和感はなかったが、英語は別の意味で難しかった。

私はネイティブレベルではないが、外交や交渉の場で使う国際英語、いわば英国式に近い表現と、アメリカの実務で使われる米語の双方には慣れていた。


だが、日本の英語教育における和文英訳は、意味は合っていても「指定の構文で書かないと不正解」にされたり、単語や語順が「教科書の模範解答とズレたら減点」というルールで運営されている。

例えば『私は彼が部屋に入るのを見た』という日本語と同等の英文は『I saw him enter the room.』が正解とされており、ネイティブが普通に使用する『I saw that he entered the room.』や『I saw him entering the room.』は不正解とされてしまう。


間違いなく完全なネイティブ表現でも、現在の日本では不正解になるのだ。

令和でもそうだったが、文法教育がメインのこの時代は、もっと徹底しているから慣れるしかない。

そもそも、中高で6年も英語を学んでいるのに、英語話者が少なすぎる日本の英語教育は最低で厄介だ。


社会科系はもっと厄介だ。

まずは地名だ。

1980年の現在「さいたま市」なんて都市名はまだ存在していない。

細かい話だと大阪市も区名が微妙に違う。

だから日常会話であっても、発言には気を付けないといけない。


最も大きな変化が市町村の数だ。

令和では全国で1700前後の市町村の数は、この時代には3300も存在している。

よって地名を用いた会話は可能な限り避けるようにしている。


地図はもっと露骨で、新幹線や高速道路はまだ完成していない場所がたくさんある。

逆に令和では廃線になった鉄道もあるから、うっかり会話すると危険だ。

駅名も同じく危険で、「東京スカイツリー駅」などと、うっかり言ってはいけない。「業平橋(なりひらばし)駅」と、意識を切り替えて正しく言わないと疑われる。


もちろん、新宿その他のビル名なんて絶対に禁句で、どの建物がいつ完成したかなんて覚えているはずがない。かろうじて都庁の第一本庁舎だけは、日本一の高さだった時期があるから覚えているが、あれが完成するのは約10年先だ。


教科書に載っている人物に関する記述も、令和とは違う場合が複数ある。

代表的なのが、昭和時代は定説だった源頼朝と足利尊氏の肖像画だろう。武田信玄もそうだ。令和では別人説が有力になっていた。


また聖徳太子についても定説は大きく変わったし、鎌倉幕府が成立したのは『いい国つくろうキャバクラ幕府』ではなくなっている。

これは東大入試における過去問で出たやつでもある。


科学の世界も同様だ。

代表的な事例は惑星の数で、冥王星は令和において惑星にカウントされていない。


元素記号もそうだ。この時代には自然界に存在するとされていた元素は92番(ウラン)までだった。令和では、118番(オガネソン)までが周期表に載り、新しい元素が合成・認定されていた。


恐竜の体温も同様で、現時点で恐竜は変温動物、つまり爬虫類の仲間という見方が支配的だ。これが令和では、羽毛を持つ恐竜の発見や骨の構造研究から、多くの恐竜が恒温性を持っていたという説が有力になり、教科書の記述も変わった。


日常生活では電話番号もそうだ。

携帯電話が無いから「スマホ」が禁句なのは当たり前だけど、固定電話の番号も違う。

多くの地域で市外局番を含めて8桁や9桁が主流だ。これが全国で市外局番を含む10桁が基本となるのは随分先の話なのだ。


とにかく、家族を含めて話す内容には気をつけており、それは高台寺さんに対しても同じだったから会話も途切れがちで、自然と勉強に打ち込む格好になっている。


そんな私たちの様子を、一歳歳下の弟が興味深そうに見ている。

彼の名前は小二郎(こじろう)

私と違って成績はトップクラスで、有名私立高校を目指しての受験を目前にしている。


「兄さんがそんな熱心に勉強するのは1年ぶりだね。高校に入学してからは見たことがなかった。記憶喪失になるのも、悪いことばっかりじゃないんだね」


などと、妙に感心していた。

以前の話を聞くと、私たち兄弟の仲はとても良かったそうだ。

それに、彼の性格はとても素直で、兄である私を盛り立ててくれそうな、そんな存在になりそうだった。

前世の私は参謀役を務めることが多かったが、私なんかより参謀向きだな。

そう感じた。



12月9日。


家族が外出し、静まり返った家にてひとりで勉強していたところへ、今日も学校帰りの高台寺さんがやってきた。


しかし、なぜか今日は最初から空気がおかしい。昨日までと違う。

その顔は、まるで裁判所に向かう検察官のように固い。


「藤一郎君……さっきニュースで聞いたのだけど」


椅子に座ると、すぐに彼女は切り出した。


「ジョン・レノン、暗殺されたらしいわ。

しかも犯人、チャップマンって名前で、“ミスター・レノン?”って聞いてから撃ったって」


えっ…今日だったのか。

ただ、その感想を口に出す前に、彼女の視線がまっすぐ刺さった。


「ねえ、藤一郎君。これ…先週、私が初めてこの家に来た時に聞いた話と、全部同じなの。

どうなっているのか、説明してくれない?」


息が止まった。

やばい。本当に、やばい。発言には気を付けていたはずだが、あの時は女子高生を前に緊張してしまい、いや…舞い上がってしまって思わぬ墓穴を掘ってしまった。


私は失言を取り繕う政治家みたいな言い訳を、必死に捻り出した。


「ふ、不思議に思うだろ?この前も言ったけど、記憶が錯綜してしまうんだ。

その…夢と現実がごっちゃになる感じでさ。

入院している時に、急にそんな状態になっちゃったんだけど、ジョン・レノンの話も、たぶん入院中の夢で見たような…そんな気がするんだ」


苦しい。

自分でも分かるくらい苦しい言い訳だ。

彼女はしばらく黙ったまま、じっとこちらを見つめていた。

そのまま疑いの色が濃くなるかと思ったが。


「夢で、…ね」


小さくつぶやいた後、彼女の表情がわずかに揺れた。

ほんの一瞬だけ迷うような顔をして、そして。


「でも、当たってるのよね?その夢」


そう言いながら椅子の背にもたれ、うつむいてため息をつくような仕草をした。

疑わしいが、私のことを信じたい。

女心はよく分からないが、長年、政治の世界で人の表情を読み続けてきた私には、そんなふうにも見えた。


「夢で見たことが、こうして現実になるなんて、そんなこと、普通ありえないわよね?」


小さく笑ってみせるが、目は笑っていない。

彼女の眼差しは、ゆっくりと確信へと変わっているように思えた。


だめだ。やっぱりここで来る。

絶対に来る。

“あなた、未来から来たの?”という恐るべきセリフが。


「ねえ藤一郎君。もし…もしよ? 本当に未来のことが“見える”としたら?」


一度そこで言葉を区切る。

考えを整理しているみたいだった。


「そう考えれば、全部説明がつくわよね?」


もう目は真剣そのものだ。

これは、もはや万事休すだ。

転生者だと発覚してしまった場合のペナルティは何だろう?家族への暴露、学校への報告、世間から受ける好奇の眼。そして最後は社会的な抹殺。

落選議員より悲惨な光景が目に浮かび、暑くもないのに額から汗が流れるのを自覚した。


そして彼女は黙り込む私に対して、ついに“その言葉”を告げた。


「もしかして藤一郎君…予知能力、持っちゃったの?ちょっと…すごすぎない? やだっ、ノストラダムスみたいじゃないの!」


吉本新喜劇だったら、ここで盛大にズッコケただろう。

何でや。何でそないな展開になんねん?

ご都合主義にもほどがあるだろう。この小説の作者は何を考えているのだ!


それにしても、久しぶりに聞いたぞノストラダムス。1999年第7の月に人類は滅びる。って言い散らかしていたアレだ。


この時代には大ブームになっていたため、信じてしまった人もいたことだろう。しかし結果はご存じのとおり、人類は滅亡することなく生き延びた。


ノストラダムスという呼び方は、フランス語の「ノートルダム」をラテン語風に綴ったもので、「我らが淑女」、つまり聖母マリアを表す語だ。って、そんなことはどうでも良かった…この話に全力で乗るしかない!


私は汗だくになりながらも必死で聞いた。


「そ、そう。そんな感じかもね。信じてくれる?」


「だって、偶然にしては出来すぎてるもの。同じ犯人、同じ状況。夢にしても、ここまで一致するなんておかしいわ。UFOとか超能力の番組だってあるし、予知夢くらい本当にあってもおかしくないよね?」


顔を紅潮させて続けて言った。


「すごいっ!頭を打って記憶喪失になった代わりに、そんな能力を手にしていたなんて凄いわ!

ノストラダムスっていうより、エドガー・ケイシーのほうが近いかもね?どっちにしてもこれから先の未来はお見通しってことね?

じゃあ、今年のレコード大賞は誰が取りそうか分かる?」


彼女はもう大はしゃぎだ。


おいおい、レコード大賞?い、いや?そんな細かいことまで覚えているはずがないし、そもそも芸能ネタは弱い。とりあえず彼女は記憶喪失と絡めて、都合よく解釈してくれているから助かるけれど。

オカルトに理解があるのは都合いいが、あまり頻繁に聞かれてもこれはこれで困る。

ここは全力で修正しておかねばならない。


「あ、あのね?全部が全部、夢に出てくるわけじゃないし外れることもあると思うよ?

実際にジョン・レノンの日付は外しただろう?」


彼女はまだ私から視線を外してくれない。


「そうなのね?でも、大事件なら夢で見る確率も上がるんじゃない?

例えばこれからどんな大事件が起こりそう?」


「えっ?そ、そうだねえ…」


一難去ってまた一難。

これはドツボにはまりそうな予感がする。

だが、何か言わないと彼女は納得してくれそうにない。だが、あまりに身近な話だと後で困りそうだ。

ここは外国の話で誤魔化そう!


「アメリカの大統領が、年明けに民主党のカーターから共和党のロナルド・レーガンに替わるっていうのは当然知っているよね?だったら…就任直後にレーガン銃撃事件が起こりそうだね。たぶん4月になる直前、3月末だと思う」


ジョン・レノンの日付は外したが、こっちは政治家についてだから日付は間違いない。


だけど、つい勢いで言ってしまったが、これもちょっとまずかったかな。

少し断定し過ぎた気がする。もっとぼかしたほうが良かった。

しかし彼女はようやく表情を緩めてくれた。


「そうなのね!来年3月末まで楽しみに待ってるわ」


ふぅ~何とかピンチを脱したみたいだ。

もう本当に発言には気を付けないといけないな。


12月10日


だが、この話はこれで終わらなかった。

翌日も私の家に来てくれた高台寺さんは、勉強の合間にこう言ったのだ。


「夢で未来が見えるって凄くロマンがある話よね?

でも、そうなると、例えば株式相場とか、かなり正確に当てられるんじゃないの?」


こっちの世界に来てからは考えたこともなかった言葉。

女子高生が持ち出す話題としてはズレてないか?


「えっ?株式相場?なんでそう思うの?」


「私のお父さんが、新聞の株式欄を見て”未来が見えたらいいのに”っていつも言ってて、今朝もそんな話をしていたから、ちょっと気になったのよね」


株式相場?そう言われると、確かにそうだ。

もっとも、個別銘柄の細かい値動きまで覚えていない。

そんな都合のいい話なんてあるはずがなく、この小説の作者だってそこまではやらないだろう。

だから、ピンポイントで銘柄を指定した取り引きはできないが、市場全体の大きな流れは知っている。


なにしろ、これから日本経済はバブルに向かうのだ。

未来知識をフル活用すれば確実に儲けられそうだ。それに、世間の流行といったものも先取りできるんじゃないか?


彼女に指摘されるまで気付かなかったが、これから世界は驚くほど変化を続ける!

この波に乗って新しい人生を謳歌する!

新たな目標が出来た私は一層勉強に励もうと思った。

だけど問題はある。


私は高台寺さんにお願いした。


「この話が拡がると困るから…二人だけの秘密にしてくれないか?もちろん俺の家族も含めてね」


その申し出を彼女は嬉しそうに受け止めてくれた。

“秘密の共有”というワードに反応したみたいだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
何故記憶喪失(という事になっている)なのに、仲間の為に悪ぶってたのね?と過去の事を本人に質問したのかが気になりました。 銃撃事件そのものに対して言っている訳ではないのは何となく判るけど、楽しみって………
何か未来知識で天下人にも成れそうな予感! とりあえず針売りでもして金を稼いでいこうか 1980年頃なら釣りキチ三平とかの影響で釣りブームで、きっと針もよく売れるだろう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ