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誰が私を殺した? 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を変える!  作者: 織田雪村


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13/20

高校生活② 記憶喪失認定

1980年(昭和55年)11月下旬となった。


結局、目が覚めてからひと月近く入院している。

身体の傷は、ほぼ日常生活を送るのに問題ない程度まで回復したが、心の傷は回復するどころか、悪化するばかりだ。


命を奪われた無念さや、敵に敗れた悔しさはまだ少しあるが、徐々に諦めつつある。

その一方で、あれからは『父母』と『弟』に説教される毎日だったのだ。

いったいなぜ連日にわたり年下の人たちから罵詈雑言を浴び続けなければならない?

私が何をしたのだ?と思ったら、『父母』によれば、私は盗んだバイクを運転した末に、自損事故を起こしたのだという…


盗んだバイクで、走り出す…どこかで聞いたことのある歌詞だが、最悪だな。笑えない…


どんな経緯でそうなったのかは私が教えてほしいくらいだが、『母』は「せっかくいい高校に入ったのに台無しになってしまったわ…」と毎日ずっと愚痴を言い続けている。


どうも親子の関係性、信頼関係は破綻していたらしい。藤一郎は反抗期だったのか?


当然だが、学校にもバレて謹慎処分を食らった。

だが、未成年に対する見方が比較的緩やかな時代だったのが幸いしたのかどうかわからないが、退学処分にならなかったのはラッキーと思うしかない。

しかも、入院しているから謹慎期間は入院期間とまるかぶりになるそうだ。それって謹慎処分の意味がある…のか?


しかしだ。私にすれば直接関係していない事案で非難されるのは理不尽だ。

まるで、職掌外の問題を国会の場で追及されている気分で、全くもって納得がいかない。


確か最初は「命が助かっただけでも有り難いことだわ」などと言っていたはずだが。

初心を忘れないでいただきたいものだ。政治家は発言のブレを厳しく指弾されるのだ。不公平だろう。


ともかく…どうも、私の身体の持ち主は、ちょっと不良っぽい仲間とつるんでいたらしい。

というのも、目が覚めてというか、この世界に来て最初の頃に、同級生と名乗る若者が何人か見舞いに来てくれたが、みんな揃って不良っぽい格好をしていたからだ。


『母』の言う“いい高校”とのギャップを感じるのもそうだが、私にしても、彼らにどう対応すればいいのか困る。

とにかく『母』は迷惑そうに対応していたし、私にしても当たり前だが知らない人たちだったから、記憶喪失を言い訳にして乗り切った。


こういった場合は、記憶喪失というのは都合がいいな。いつまで引っ張れるか分からないけれど。

だが少なくとも見舞いに来てくれた若者たちは、私の状況を信じてくれたみたいで、「なんかドラマみたいだな」と妙なテンションで話していたのには笑ってしまったが。


しかもみんな”元気”だ。


令和の若者は大人しいイメージだったが、この若者たちのヘアスタイルは懐かしいリーゼントだ。ファッションもヤンキーっぽく、ツバを吐きながら道端でうんこ座りをしていそうだ。

ともかく、この人たちの顔と名前を覚えたから、付き合いを続けていいのか判断に迷うが、付き合いの輪を少しずつ拡げていくことにしよう。


そう思っていたのだが、『母』は彼らに対して「もう藤一郎とは付き合わないでほしい。見舞いにも来ないでほしい」とはっきり告げていた。

いきなり友人を失うのか?それはこの世界で生きていく手段を奪われてしまうのでは…


そこも気になったが、実は他にも確認せねばならないことがあった。

まず最初の問題だが、過去の人物に憑依したといっても、この世界は私が生きてきた世界と同じなのだろうかという疑問だ。

「パラレルワールド」って言葉があるじゃないか。

同じように見えても、違う世界だというアレだ。


そこで、入院中に『母』にお願いして、新聞を取り寄せてもらい読んでみたが、結論を言えばどうも同じ世界らしい。


紙面によれば、現在の内閣総理大臣は「鈴木 善幸」と書いてあるし、イギリス首相はマーガレット・サッチャー、フランス大統領はジスカール・デスタン、アメリカの大統領はジミー・カーターだそうだから、同じ世界だ。

西ドイツ首相はヘルムート・シュミットで、東西ドイツはまだ統一される前だ。


それに…ソ連という国がまだある。あるどころか、この存在感は圧倒的で、米ソ冷戦の真っ只中という雰囲気が紙面を通じて伝わってくる。

指導者はレオニード・ブレジネフ書記長だ。


ほかにも今年は日本の自動車生産台数が、ついに世界一になりそうだとの記事を見つけた。


そうだった。


日本経済は絶好調で、将来の不安など感じない時代なのだ。

ついでに言えば、アメリカの社会学者が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という本を書き、これからは日本の時代がやってくると言ったのだが、それは確か去年だったはずだ。


世の中のことは順次思い出すとして…


その次の問題は記憶喪失を装っている問題だ。

要するに医者の診断が厄介で、見破られるかもしれないという点だ。

この世界で生きていくために記憶喪失を装うというのは大変便利で、表面的にはそれを押し通す必要がある。それには『医師の診断』という、厳格で信頼性の高いお墨付きが必須だ。


いわば通貨の裏付けを国家が行うに等しい行為で、国家が認めない通貨など紙切れと同じなのだ。

よって、医師の問診やテストのようなものには慎重に対応した。

その結果を今日、母に伝えているが、私も交えて説明するのだという。


こういうのって、患者と家族で個別にやるもんじゃないのか?

2回に分けるのが面倒なのか?それは判然としないが、医者が重々しく宣告した。


「記憶喪失といっても様々な症状や段階があり、ひとくくりにするのは難しいのです。

また、その記憶が失われている期間も個人差が激しく、一概には断言できません。

ただし、一般的に多い症状としては、“エピソード記憶”、分かりやすく言えば個人的な出来事の記憶なんですが、こちらは失われやすいのですが、“意味記憶”と言われる一般的な知識や、学習で得られた能力、そして“手続き記憶”と呼ばれる、まあ自転車の乗り方や水泳の能力などは比較的保たれることが多いです」


ほう…それは私も知らなかった。

母親は藁にもすがるような表情で聞いていたが、医者に質問した。


「では息子の場合はどうなんでしょうか?」


医者は私を見ながら告げた。


「木下君の場合は、先ほど申し上げた意味記憶と言われる、一般的な知識は問題無いように見受けられます。高校生程度の学習問題なら記憶は保たれているといって良いでしょう。

数式や英語のテストも何とか回答できていますから。そして手続き記憶と呼ばれる、身体が一度覚えた記憶のほうですが、笛などの楽器も普通に使えていましたから、こちらも正常でしょう」


母はもう泣きそうな顔になって言った。


「それでは…ウチの藤一郎は高校生活に戻れそうなんでしょうか?」


医者は頷きながら、母を安心させるような優しい声で言った。


「はい。そこは大丈夫でしょう。

ただし、友人関係などのエピソード記憶は失われていますので、そこは時間をかけてやり直すしかないでしょうね。

つまり1+1=2という数式は覚えていても、それをいつ覚えたのかという記憶は失われている状態です。

家庭生活においても、箸は普通に使えますが、自分の箸がどれかは判別できないでしょう。

これは家族関係も同様で、ご両親との関係も一度ゼロになりますから、新たに構築する必要があります」


…これは私にとっては、素晴らしく都合のいい状況ではないだろうか?

さらに都合のいいことに、私の記憶が戻るかどうか判断できないと医者は言った。


やった!これで国家の信任は得られた!私は認められたのだ。選挙で当選した時と同じくらい嬉しい!

そう内心で喜んでいたら、母が私に言った。


「最初から…私たちとの親子関係も含めて、全て…やり直しましょう。だから、やっぱりあの不良高校生とは二度と遊んじゃ駄目よ!」


分かってますって…


それよりもだ!


同じ世界線であるということを前提とすると、これからの私はどんな人生を歩めばいいのだ?

もう一度、政治家を目指すか?

まあ、それもいいだろう。今度は失敗しないように頑張るしかない。


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