猫戦争(第150回記念作品)
〈道をしへなど云ふお嬢先生か 涙次〉
【ⅰ】
またしても猫の國から、話は始まる。
テオの「組」には、野良・家猫の區別なく、猫なら誰でも入る事が出來る。
元は野良専門の一團だつたのだが、テオが「交流は大事」と、制度を改めたのだ。今では皆仲良くやつてゐる。
だが流石に見た目(人間の)、野良と家猫の違ひは明らかだ。餌を漁る必要のない、そして毛づくろひの余裕ある家猫は、野良と完全に入り混じる、と云ふ事はない。
で、野良だけを攫ふ、「猫獲り屋」が暗躍する羽目になる。彼らはいつぱしの【魔】でありながら、人間(役所)の方針で動く、【魔】のプライドさへも忘れた、最下層の者らなのだ。そして、野良と見間違へたと偽り、テオを誘拐してしまへと云ふ、魔界の要請をも、懐に抱いてゐた。
【ⅱ】
テオには「組」を守る義務がある。尠なくとも、自分ではさう信じてゐる。「猫獲り屋」の件、さる穏健で信用の置ける、動物愛護團體に、陳情してみた-「あなた、有名なテオさん? こちらこそ、カンテラさんの事務所に、仕事を依頼したいと思つてゐたんですよ」。仕事、と云ふのは、云ふ迄もなく、中野區役所の、【魔】を使つた野良猫狩りを潰す事。期せずして、カンテラ一味に仕事が轉がり込んで來た。
だが... 現在の中野區長、角﨑省は、カンテラの戸籍取得に奔走してくれた、と云ふ事もあるし、大體、役所の意向にそぐはぬ事をしでかしたら、いかなカンテラ事務所でも、退去命令が下るだらう- テオは悩んだ。
【ⅲ】
だが、カンテラはきつぱりと云ひ切つた。「何をか云はんや、だ。我々は與へられた任務を全うすれば、いゝ。テオくん、お仲間を救はうよ」-これでこそ、カンテラだ。テオは明るい光明を見た氣がした。
カンテラとテオが待ち伏せる。と、【魔】が現れた。野良を吟味してゐる。そこを「しええええええいつ!」、カンテラ斬り伏せた。
これにて一件落着だな、呆氣ないもんだ。退去命令は無視するつもりなんだらうか、カンテラ兄貴は。と思ひきや、カンテラ、「さて、人間界にも成敗すべき奸物が、ゐる」もしや...
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈初夏きみを連れ去りたくつて適当な緑蔭探す姿隠す為 平手みき〉
【ⅳ】
その夜、カンテラは牧野を誘つて、「フル、ドライヴと洒落込もう」-「???」-「じろさんが待つてる」。カンテラは牧野に、導眠剤と酒を呑ませてゐた(良い子の皆さんは眞似しない事!)。クルマ(トヨタ・コロナ改)に乘ると、導眠剤など嚥んだ事ない牧野、すぐにぐうぐう寢息を立て始めた。同乘者は他に金尾。
牧野の眠りの調子を見て、カンテラ語り掛ける。「遷姫さん、出番だ」クルマの窓を開ける。直ぐに「龍」が、中野の虛空に立ち昇つた。じろさん、コロナを停める。金尾が下車し、ゴーレムに變身した。
カンテラ、「さあ思ふ存分暴れてくれ。相手は中野區役所ビルだ」-テオの予感が的中した。「龍」はビルに巻き付き、締め上げ、ゴーレムが渾身の力を振り絞り、ビルにパンチを喰らはす。立ちどころにビルは、無殘な殘骸となつてしまつた...
【ⅴ】
翌朝、區役所近邊は騒然となつた。更にテオの「カンテラ一燈齋事務所」名義の、SNSでの聲明發表が、輪を掛けて中野區役所に襲ひ掛かつた。
「區長・角﨑氏は、か弱い野良猫たちの命を奪つてゐる。そんな人物に、政治の大局に立ち向かふ事が出來るのだらうか。政治とは仁術ではないのか?」
聞けば、角﨑は、家ではチンチラ猫(血統書付き)を飼つてゐて、猫好きで通つてゐる、と云ふ。憎いのは町を汚してゐる、野良たちなのだ- その偏向ぶり。
恐らく、次の選挙で、角﨑は落選するだらう。怒り心頭の彼- 警官に付き添はれ、直ぐに用意された假の執務室で、その聲明を讀んだ。啞然- 更に、警官たちは、じろさんが通ると、角﨑の護衛どころか、「此井先生、ご足勞様です」と敬禮して通らせる有り様。
カンテラ、角﨑に拔き身を突き付けた。「命慾しくば、カネ、出して貰はう」。「正義の味方が、そんな追ひ剥ぎ同然の振舞ひ、いゝのかね」-「俺は自分の事を、出來合ひの正義に奉仕してゐると思つた事はない。たゞ、己れの『正義』を貫き通すだけだ」
【ⅵ】
角﨑はポケットマネーから、250萬(圓)出した。「安い命だな、區長さんよ」。だが、先の動物愛護團體からの入金もある。相應な「入り」とはなつた。
で、猫の国に、安泰な日々がまた、訪れた。テオは(心の中で)カンテラに手を合はせた。
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〈知らぬより知つかぶりの定斎賣 涙次〉
つー事で、カンテラ一味、派手な活躍、久し振りにしました。じろさん、警察顔パスなんですよ。稽古つけてるから。あ、さうさう。お蔭さまでカンテラ、第4ピリオドも150回を迎へる事となりました。皆様に(別に誰の世話にもなつてゐないが)感謝致します。つて譯で、お仕舞ひ。ぢやまた。