進め
前回、伊零は自身に起きた「奇妙な既視感」に翻弄されながらも、ついにそれが単なる気のせいではないことを確信する。そして白衣の男との遭遇をきっかけに、旭と共に現実の裏に潜む“異変”の正体へと踏み出すことに。新たな協力者との出会いが描かれます。
白衣の男から逃れた伊零と旭は、住宅地から五ブロック離れたカフェに辿り着いた。
伊零はすぐに旭に事情を説明した。
旭は手をテーブルに置いたまま、どこか緊張した表情で信じがたい様子を見せながら言った。
「つまり……お前、同じ日を二回経験したってことか……?」
伊零は首を横に振る。
「分からない……まだ確認できてないことが多すぎる。心霊現象?幻覚?それともタイムリープ? 何一つ分からない。でも、もしそれが本当なら……どう説明すればいいんだ。正直、もうそっちの方向には考えたくない。もし本当だったら……怖すぎるだろ。」
うつむく伊零に、旭は注文したサンドイッチを置きながら口を開いた。
「なあ伊零、俺はバカだけどさ、もしお前の言ってることが全部事実だとしたら──さっき逃げなかったら終わってたんじゃね?」
伊零は目を見開き、ゆっくりと顔を上げる。旭は続けた。
「今俺たちがやるべきことは、考えるだけじゃないよな。もしこれが本当に超常現象みたいなもんだったらさ、その原因を突き止めなきゃダメだろ?」
伊零はしばらく呆然とし、それから突然笑い出した。
驚いた旭が立ち上がる。
「な、なんだよ!?何がそんなにおかしいんだよ!」
伊零は笑いながら答える。
「いや……なんか、想像できなかったんだ。お前が、そんなに真面目なこと言う日が来るなんて。でも……そうだな。ちょっと考えすぎて、空回りしてたかもな。」
伊零はコーヒーを一口飲み、質問を投げかけた。
「まずは、いくつか確認しよう。旭、お前は4月27日、試験当日を二度経験した記憶ってあるか?」
「ないな。その日で覚えてるのは、試験が終わった直後に、お前が急に焦った顔してたことくらいだよ。」
「さっきの白衣の男に見覚えとか、デジャヴみたいな感覚は?」
「いや、ないな。白雨町ってこんな田舎だし、住んでる人も少ないだろ? 学校も幼・小・中それぞれ2校しかないし、外部の人間はすぐ分かるよ。」
「じゃあ最後の質問。……お前、俺のこと信じてくれるか?旭。」
一瞬、空気が静まり返った。
「正直に言うとさ……この二日間のお前、ちょっと変だった。で、今日いきなり超常現象とか言い出すし、いつものお前なら信じるけど……今の状況だと、正直ちょっと……」
伊零は言葉を失うが、旭は笑ってこう続けた。
「でも、だからこそ信じなきゃって思ったんだよな。」
微かな風が伊零の髪を撫でる。伊零は感慨深く呟いた。
「もしこれが嘘だったら……お前、めちゃくちゃな被害者だな。」
旭はサンドイッチをかじりながら返す。
「……は!?何それ!」
「もう思いついた。行こう。協力してもらう人が何人か必要だ。」
カフェを出た伊零と旭は、街の反対方向へ走り出した。
「おい伊零!協力って誰のことだよ?」
「この通りに、俺の知り合いがいる。あいつなら、たとえ謎が解けなくても、真相に一歩近づけるはずだ。」
「なんか……誰のことか分かる気がする。」
「かもな。」
二人は暗くて人通りのない裏路地へと入る。そこはまるで、誰も住んでいないかのような静けさだった。
伊零は古びた家の前で足を止め、インターホンのボタンを押す。
横のスピーカーから声が聞こえた。
「暗号は?」
「116105109101」
「入って。」
家の中は外の明るさとは正反対で、薄暗く静まり返っていた。
「わっ……意外と中は綺麗なんだな。外見と全然違う。」
「こいつ、変なところで潔癖なんだよ。ちょっとの汚れも許せないタイプの変人だ。」
二人は木造の階段を一歩一歩上がっていく。踏むたびに、年季の入った木がきしむ音がした。
二階にたどり着いた伊零は、ある一室のドアを開けた。だが、部屋には誰もいなかった。
中には高性能なパソコンが置かれており、壁際には本棚が並んでいる。
その時──
ドアが突然「バタン」と閉まり、二人は驚いて振り返った。
「な、なんだ!?ここ、もしかして……罠か?」
その時、憂鬱そうな声が旭の耳元で囁いた。
「勝手に他人の部屋に入るのは、良くないよ……?」
旭は悲鳴を上げて飛びのいた。
「う、幽霊ぃぃぃ!?」
伊零は呆れたように言う。
「お前、何をそんなにビビってんだよ……」
「だ、だって!そこに白髪の幽霊が立ってるんだぞ!」
「うるさいな!そいつが俺の知り合いだって言っただろ!神谷透だ。」
旭はしばらく黙って考える。
「神谷透……ああ!あの神谷夫妻の息子か!そっか、お前、神谷と知り合いだったのか……」
「こいつがゲーム借りたがるから、自然とそうなっただけだよ。」
神谷は椅子に腰掛けながら言った。
「そういう話はどうでもいい。本題に入れよ。お前から来るなんて珍しいじゃないか。」
伊零は真剣な顔で頷き、この二日間に起きた奇妙な出来事について、神谷に語り始めた──
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
日常のすぐ隣にある、見えない歪み。
伊零の違和感は徐々に他者へと波及し、やがて第三者──神谷透を巻き込むことで、物語は「個人の錯覚」から「観測されうる現象」へと変わっていきます。
それが真実なのか、虚構なのか。次回、彼らは最初の“検証”に踏み込みます。