第十八話 現在の状況
しかし、よりよい人生を目指すという活動は、今からすぐにしなければならない。
今日この後は、世話をしてくれる侍女や執事と話す機会がある。
そして、休日の夕食時は、家族団欒と称し、父親と継母と異母妹と一緒に食事をとらなければならない。
参加するのは苦痛だったので、最近は断ることが続いていた。
しかし、今日は、その席で父親の誕生日祝いをする。
さすがに今日は参加をしなければならないので、仕方がなく参加することを決めていたところだった。
今日からそれらの人たちに対して、わたしは印象を変えていく必要がある。
明日からでは遅いのだ。
そして、今思い出した前世の記憶をもとに、今の状況と比較して、今日の内にある程度は、今後の人生についての方針を決める必要がある。
わたしはそう思った。
それは、わたしリランドティーヌが、既に前世と同じように「悪役令嬢」として扱われていることを認識したからだ。
わたしはリランドティーヌとして生きてきた幼い頃から今までのことを思い出してきた。
しかし……。
嫌な記憶がたくさんあった。
わたしにも継母と異母妹がいて、いつも嫌味の言い合いをしている間柄だったのだけれど、この前世のわたしであるルナディアーヌも、継母とルゼリアという二人を相手にいつも言い合いしていた間柄だった。
コルヴィテーヌはわたしに懐いていた時期があり、その時はかわいい妹だと思っていた。
しかし、五歳を過ぎて頃からわたしに懐かなくなってしまい、あっと言う間に、わたしに対して嫌味を言う人間になってしまった。
残念でならない。
ルナディアーヌも苦労したのだけれど、わたしも同じ苦労をしている。
継母やコルヴィテーヌが、一方的にわたしからイジメられていると主張しているところも同じだ。
嫌味を言い合ってはいる。
継母や異母妹のコルヴィテーヌが、
「あなたよりもコルヴィテーヌの方がはるかに素敵です。ああ、なぜこんなに性格が悪くて魅力のない子がわたしの子供になったのかしら!」
「わたしはあなたよりも美しいし、魅力もありますし、性格もいいのです。あなたのような人をお姉様と呼びたくはありませんし、わたしの姉だと思いたくはありません!」
と言ってくるのに対して、わたしは、
「あなたなど、絶対に母親などとは認めません。こんなに性格が悪くて、たいした魅力もないというのに、なんで大きな顔をしているんですか!」
「あなたのように魅力というものがなく、性格の悪い人がなんで、わたしの妹としてここにいるんですか! あなたはわたしのことを『お姉様と呼びたくはありません!』と言っていますが、わたしの方こそあなたなど妹だと思いたくはありませんわ。なんでこんな子が異母妹とはいうものの、わたしの妹として存在しているんでしょう。腹が立ってしょうがありませんわ!」
と言って反撃する。
だいたいにおいて、言い争いでは、いつもわたしの方が押し気味。
しかし、この二人は劣勢であることを逆手にとり、
「リランドティーヌがわたしたちをイジメた」
と吹聴するのである。
それがフィリシャール公爵家の中にも広がっていて、それがわたしの「悪役令嬢」的イメージを作ることにおおいに貢献している。
ここでわたしの父親である公爵家当主がわたしの味方であればまだましだ。
しかし、父親は継母を溺愛している。
そして、わたしよりもはるかにコルヴィテーヌを溺愛している。
二人の言うことをなんでも信じており、それがわたしへの厳しい言葉につながっていく。
「リランドティーヌよ、お前はなぜお母さんと妹を大切にしないのだ。それどころか、二人をイジメているという。言語道断な振る舞いだ。父はお前が品行方正に育ってくれないことを心から悲しんでいる」
その言葉に対して、わたしは、
「何を言っているのですか? お父様。この二人はわたしを攻撃してくるのです。攻撃をされたら反撃をするべきだと思っています。だいたいお父様は二人の肩を持ちすぎです。わたしとしては、もう少しわたしの話を聞いていただきたいと思っております」
というようなことを言って、反発をするので、ますます父親には嫌われるようになっていた。
ただ、わたしとしては、より一層嫌われようとも、言い争いには絶対負けたくはなかった。
というのも、継母がこの家に来てからは、わたしに対する待遇の面で、衣食住のすべてにおいて、かなり酷い扱いを受けるようになったからだ。
十二歳の四月から学校に通い出すことになったのだけれど、その直前に、自分の部屋を与えられた。
しかし、屋敷の中で一番端の部屋になり、父・継母、コルヴィテーヌからは遠ざけられることになった。
しかも、継母やコルヴィテーヌの部屋に比べて狭い。
食事も継母が来てからは、一人だけ粗末になった。
夕食でさえも硬めのパンとほんのわずかの野菜と薄いスープしかないという状態が長年続いている。
最初は耐えていたものの、次第に耐えられなくなったので、わたしは自分で料理を作るようになった。
お菓子作りもするようになった。
自分が望んでしたことではないのだけれど、するからにはおいしいものを作りたい。
しかし、これらのこともすぐに実現したわけではなかった。
父・継母・継母・わたしは王都の屋敷に住んでいる。
その屋敷にある厨房の一部を借りることになる為、料理長の許可の前に、まず父と継母に許可を取らなければならなかった。
王都の屋敷の厨房は二つある。
父や継母やコルヴィテーヌ、そして王室の人たちが食べる高級な料理を作るところと、使用人たちが食べる料理を作るとこる。
それぞれに料理長はいるのだけれど、高級な料理を作る料理長の方が地位は上。
わたしの料理は、使用人たちの料理を作る厨房から運ばれていた。
ところが、使用人たちの料理の方がはるかにましなレベルだったのだ。
そのことを知ったわたしは愕然とした。
わたしは王宮の中で一番粗末な食事をしていたことになる。
この際、高級な料理を作る厨房を借りようと思ったのだけれど、それは継母から、
「絶対にそれは認められません!」
と激しい口調で却下された。
従って使用人たちの料理を作る厨房の一部を借りることになる。
そこにはもともと使っていないスペースがあるので、嫌味は言われても認めてくれるだろうと思っていた。
しかし、継母には厨房のこと以前に、一か月もの間、
「フィリシャール公爵家の令嬢たるもの、学問やお稽古事に集中すべきです。それなのにあなたときたら、自ら料理やお菓子作りをしたいと言って、令嬢である自分のレベルを下げようとするとは、情けないとしか言いようがないわ」
と言って高らかに笑われ続けた。
そのことを継母のように、
「令嬢としてのレベルを下げる」
と思っている人は、確かに王室・貴族の中で多数を占めている。
しかし、貴族令嬢の中でも、そうしたことをしている人は少ないながらも存在はしている。
そうした人たちは、
「料理やお菓子作りは、むしろ令嬢としてのレベルを上げるもの」
と主張していた。
わたしもその意見に賛成だ。
レベルを上げるものではなかったとしても、笑われるほどのことはないと思っている。
継母のいうことは言いがかりでしかない。
もともと、レベルの話以前に、食生活に恵まれていたら、自分でする必要はなかったのだ。
このような境遇にしたのは、継母や父ではなかったのか?
それなのに、なぜ笑わなければならないのだろう。
腹が立って仕方がない。
しかし、一か月の間、耐え続けてきた結果、
「まあ、好きにしなさい。これであなたは令嬢として最低ラインにまで落ちたということね。わざわざ自分からそのラインにいくとは、物好きにもほどがあるわ」
と嘲笑はされたものの、継母の許可をもらうことはできた。
継母としては、粗末な食事を与え続けていたかったので、許可を与えない方針だった。
しかし、レベルを自ら下げることの方が周囲の笑いものになるので今よりも都合がいい、と思い始めたので、その後、いろいろ考えた結果、許可することにしたのだろう。
当時のわたしは悪役令嬢そのものだったので、継母の攻撃に対して、自分でもよく反撃をせずに耐えられたと思う。
それだけ食生活は厳しかったと言うことだ。
父は継母が許可を出したので、特に何も言うことはなく、そのまま許可をした。
しかし、残念ながら気持ちは継母と同じようだった。
次は食材についてということになる。
こちらは厨房を借りるところの料理長に提供してもらえることになった。
この料理長にも、わたしが悪役令嬢であることが伝わっていたので、決してわたしに好感は持っていないようだった。
この時のわたしはプライドの固まりで、料理長に頭を下げたくはなかったのだけれど、そんなことは言っていられないぐらい食生活が窮迫していたので、頭を下げざるをえなかった。
また、当時のわたしは料理の作り方など全く知らなかった。
周囲のほとんどの貴族令嬢がそのような状況だったので、別段おかしいことではないのだけれど……。
これについても、下げたくはない頭をわたしは下げた。
その結果、料理長から料理人を二人ほど紹介され、その指導に従うことにした。
指導はなかなか厳しいもので、プライドの高いわたしは、腹を立てることも多かった。
二人にとって、迷惑以外のなにものでもなかったと思う。
その度に険悪なムードが立ち込めたのだけれど、お互いに我慢をすることで何とか乗り切っていった。
その指導によって、料理もお菓子作りも今ではそれなりの腕前になっている。
ありがたいことだ。
ほとんど打ち解ける人がいなかった前世の記憶を思い出す前のわたしにとって、この二人とは、ある程度打ち解けるところまではきていた。
貴重な存在だったと言っていい。
ドレスは、さすがに持ってはいるものの、継母やコルヴィテーヌに比べると、問題にならない少なさ。
わたしがこうして酷い仕打ちを受けているのに対し、父・継母・コルヴィテーヌは、贅沢三昧の生活をしていた。
フィリシャール公爵家は王都と領地に屋敷を持っている。
父・継母・コルヴィテーヌ、そしてわたしは、一年のほとんどを王都の屋敷で過ごしていた。
わたしとコルヴィテーヌは王都にある学校に通っているので、ここに住む必要がある。
父と継母は、本来は領地経営の為、領地に一定の期間帰る必要があるはずだ。
しかし、現状は、冬と夏にほんのわずかの間、帰る程度。
というのも、王都で贅沢な暮らしをしているので、領地に一々帰って窮屈な生活をするのがだんだん面倒になってしまったからだ。
普通は領地の方がのびのびできそうなものだ。
しかし、この三人はそれほど贅沢のできなくなる領地の方を窮屈に思うようになっていた。
継母とコルヴィテーヌは、高価な宝石や豪華なドレスを買いあさり、毎日豪華な料理を食べる。
父も毎日豪華な料理を食べるとともに、高価な骨董品を集めていた。
父は、自分とこの二人の為に、それぞれの部屋を豪華なものに改築することも行っていた。
わたしとこの三人では、あまりにも格差がありすぎたと言っていい。
これらの費用は、最初の内は領民への臨時税によって調達していたのだけれど、それでも財政は赤字になっていたので、増税に踏み切ることになった。
これが領民にとっては大きな負担になり、困窮するもの続出していた。
そして、領民の間では、反乱の機運が高まってきていた。
当時のわたしは、領民の困窮のところまでは思いが到達していなかった。
わたしは父や継母に抗議をしていて、時には激しく抗議をしていた。
しかし、それは自分にたいする酷い仕打ちに対してのものだった。
わたしは前世のことを思い出す前から、領民の困窮のことを思うべきだったと反省をしているところだ。
二人に抗議はしたものの、わたしに対する酷い仕打ちは、改善される見込は全くなかった。
それがわたしに対して、
「言い争いだけは絶対に負けない!」
という思いを、さらに強くしていくのだった。
もともとわがままな面があったわたし。
父・継母・コルヴィテーヌに負けたくないという心は、
「他の誰にも負けたくない!」
「他の誰にも舐められたくない!」
という心に転換されていき、それが他者に対する傲慢な態度になって表れていく。
それは、フィリシャール公爵家の中だけではない。
学校入学後は学校の中で現れるようになったし、また、それ以外の人と接する場面でも表れるようになっていった。
こうしてわたしは、
「わがままで傲慢な女性」
という悪評をボランマクシドル王国の多くの人たちの中で立てられることになる。
「悪役令嬢」の誕生だ。
父や継母やコルヴィテーヌにとっては好都合なことだっただろう。
わたしの評判が悪くなるほど、相対的に三人の評判は好転するからだ。
そのことはわたしも理解はしていたものの、この評判に対して一々異議を唱えることはなかったし、自分の行動を改めようという気もなかった。
「面白い」
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