28歳、ドキドキのディナー②
フルートグラスに注がれたスパークリングワインと、
赤ワインのグラスとボトルが運ばれてきた。
ソムリエはフルートグラスを渚の前へ、
赤ワインはグラスに少量注ぐと、薫子の前にそっと差し出した。
薫子は空気を含ませるように赤ワインを舌の上で転がすと
ゴクリと飲み込んだ。
その様子を見ていたソムリエが笑顔で「こちらで、よろしかったでしょうか?」と聞いてくる。
余程口に合わない限り、ここでチェンジすることはまずない。
「大丈夫です。とても美味しいです。」と薫子は答える。
事実トスカーナ地方のワインはフルボディかつ芳醇でとても美味しかった。
ソムリエはグラスの6割程度、ワインを注ぐと、一礼してテーブルを去った。
これで本格的なディナータイムが始まる。
薫子は緊張感から多弁になっていたが、
ワインを飲んで少しリラックスしてきた。
対して渚は笑顔を絶やさず、特別変わった様子もない。
「乾杯しない?」
折角、2人だけでのディナー、ちょっとカッコつけてみたかった。
「そうですね!」
「じゃあ。」
「「かんぱーい」」カチーン。
グラスが当たる繊細な音が響く。
「赤ワイン美味しかったですか?」
渚が話しのキッカケを作ってくれた。
「うん。とっても美味しい。渚ちゃんがアドバイスくれたお蔭だね。あとで味見してみてよ。」
「ありがとうございます。でも、喜んでもらえてよかったー。」
ふぅ。と軽く息を吐く渚。
「そんなに、気を使っていたの? 私、お酒ならまぁまぁなんでも好きな方よ。」
「私、料理が趣味って言ったじゃないですか?だから自分でおススメ
しておいて、美味しくなかったらどうしようと思っていて。」
渚がこんなに気を使っているなんて、やっぱり料理を大切にしているのね。
「それに、美味しそうにご飯食べる人、大好きなんです。
だから、お酒も料理も沢山たのんでくれたの、すごく嬉しくて。」
えっっ!?大好きって言った!
いま、大好きって言ったよね。
勝手に1人浮かれる薫子。自然と、とびきりの笑顔になる。
「そうなのねー。今日は楽しいディナーにしましょうね。」
「はい!楽しいディナーにしましょう!」
渚ちゃん、前向きでなんて優しいんだろう。と感動に浸っている場合ではない。
薫子はここで最初の約束だった、渚の旅行話について聞くことにする。
「ねえ、温泉どうだったの?話聞かせて?」
「そうですね。3人で九州大分県の湯布院に行ったんですけど、
にごり湯がすごく良かったです。
お肌ツルツルになりました!
お料理もその土地の特産物を使ったものが多くてよかったですね。
あとはやっぱり友達とワチャワチャしながら楽しめてリフレッシュできました。」
薫子はスマホでメモを取っていた。
「若い子には、にごり湯が人気なんだね。」
「ふふふっ。若い子。そうですね。裸になるのはそこまで嫌ではないですけど、
湯船でお互いの裸が見えないのがいいですね。
透明だとちょっと恥ずかしいというか。私だけかもしれませんが。。。」
「なるほど、なるほど。(メモを取る薫子)」
その時、ちょうど前菜が運ばれてきた。
「わあー美味しそう!写真撮ってもいいですか?」
渚のテンションが一気に上がった。
本当に料理好きなんだなぁ。
薫子は渚が写真を撮り終えるのを待ってから、
自分の皿にカルパッチョとサラミソーセージを取り分ける。
カルパッチョから一口食べると、白身魚特有の淡白な風味と脂が乗ってとても美味しい。
続けて、サラミソーセージを半分に切ってから一口大にクルリと巻いて
そのまま頬張る。そしてワインをグラス半分飲む。
「うーん。美味しい!どっちもすごく美味しい。ワインにも合う!」
「ですね!さすが、薫子さんのお店のチョイス抜群ですね!」
「私は検索しただけよ。渚ちゃんの選んだ料理が良かったのよ。あぁーワインも本当に美味しい。」
そう言って、もう半分も飲み干す。
「あっ、薫子さん、ワインお注ぎしますね。」
「えっ、いいよそんな事。自分で注ぐよ。さすがに年下の女の子に注がせられないよー。」
「そういうものですか? でも、薫子さんが言うなら、止めておきますね。」
「うん。物分かりが良くてよろしい!」
薫子がさらに饒舌になった。というか態度が砕けてきた。
人見知りの薫子にとってワインの力は絶大だった。
薫子の顔は渚とのデートで嬉し恥ずかしさとワインで頬を赤く染めていた。
「あれっ、薫子さん酔ってきました?」
「酔ってないよ。でも、緊張がほぐれてきたかも。
わたしこう見えて、口下手なんだ。だから普段多くの人と
関わらないような仕事を選んだの。」
「そうなんですか?「ソル」では
若干テンション高い人だなと思っていました。ふふふっ。
人見知りな薫子さんも見てみたいなぁ。」
薫子はグラスに赤ワインを注いだ。そして一口ワインを飲む。
「そうねぇ。そのうちかなぁ。
なんて、渚ちゃんには見せられないよ。」
「え~。残念。私が「ソル」をお休みの日とかはどんな感じ何ですか?」
「う~ん。マスターには人見知りはしないかな。
美味しいコーヒー飲みながら、ひたすら好きな小説読んでる。みたいな?
あと仕事はほとんど決まった人としか話さないから、
同僚の間では。口下手とかではないと思うよ。」
「へぇ。小説。読書家なんですね。
今度、おススメの本、メッセしてください。」
「いいよー!」
ここで、肉料理とスパゲティが運ばれてきた。
薫子はワインをもう一口飲む。
お酒が趣味な薫子は美味しいワインを遠慮なくグビグビ飲んでいる。
「へぇ、そうなんですね!じゃあ、今度私の友達を
「ソル」に連れてきたら、人見知りな薫子さん見られますね!」
薫子は顔全体を赤くして
「なっ、そんな意地悪しないでよー。何も話せなくなっちゃうよ!」
「今日みたいに沢山お酒飲んだら、饒舌に話せるんじゃないですか?
様子見ていると、薫子さん、お酒好きなんですね!」
薫子の心にチクりと針が刺さったような鋭いツッコみだ。
「なっ、うぅぅぅ、そう。お酒好きなの。ちなみにタバコも吸う。ごめんね。」
「謝らなくてもいいですよ。嗜好品は人それぞれですから。」
「ありがとう。でも、お友達呼ばないでね。うぅぅぅ。」
「はい、はい。大学からは少し離れているので来ないと思いますけど、
呼ばなくても来ると気があるかもしれませんけどね。」
あぁ、神様、渚ちゃんのお友達が「ソル」に来ませんように。
ここに来て神頼みする大人げない薫子だ。
「その時は、私、渚ちゃんと知らない人の振りしよっと。」
薫子は子供みたいなことを言い始めた。
「なんですかそれっ。幼稚園児みたいですよ。ふふふっ。」
薫子さん、こんなに話が面白いとは思っていなかったなぁ。
今日はディナーに誘ってもらって良かった。凄い楽しいし。
「なんか今日は調子狂うなぁ。渚ちゃんに弄られている気がする。」
「だって、薫子さん、すぐ顔に出るから分かり易くて。反応も素直で面白いから。」
話している間に、渚がスペアリブとスパゲティを
別のお皿に取り分けてくれていた。
薫子はワインを飲む。もうボトルの半分を飲んだところだ。
お昼を軽めにしたこともあり、空腹に近かったから、良いが回ってきたなと思った。
今日の本来の目的に戻ろう。旅行の感想を聞かなければと
仕事モードの自分を引っ張り出す。
「ところで、温泉の料理は何がおススメ?」
「"千両なす"が有名で、ナス田楽がトロトロで美味しかったです。
他にも、桃太郎トマトやかぼすが有名らしく、
トマトは甘い事で有名なので、前菜として、
角切りしたマリネがワインビネガーでマリネにされていて、本当に美味しかったです。
かぼすは、1人鍋に絞り汁を少量入れて、皮を削ったものが上に乗せてあって、
風味が良かったですね。」
ワイン片手にスマホでメモを取る薫子。
本当は温泉の話はもう、どうでも良くなっていたけど、
土産話を聞くことを前提に今日は付き合ってもらったので、
形式的にでも聞いておかないと。
きっと後日、見返した時に、きっと役に立つ情報になっているだろう。
「渚ちゃんのお蔭でいい勉強になったわ。今度、湯布院の企画出してみようかなぁ?」
「すっかり、仕事スイッチ入っちゃいましたね。真面目な薫子さんも素敵です。
素敵ついでに、いいですか?」
仕事モード気づかれた。それは、そうか?
あんなに天然だったもんなぁ。
「気づいたら仕事モードになっちゃった。ここからは、プライベートタイムにしましょ!
で、素敵ついでって何かな?」
「今日のピアスとネックレス素敵ですね。彼氏さんからのプレゼントとか?」
「いやいや、全然、違う!違うから!!彼氏何ていないから!! 」
薫子はこれ以上ないってくらい、身振りをしながら、全力で必要以上に否定する。
その姿をみた渚は微笑ましいなと思いながら温かい眼差しで見ていた。
「そうなんですか?薫子さん、話面白いし、色々知っているから
彼氏さんもひっきりなしかと思いました。」
「わからないけど、渚ちゃんの前だとテンション高くなっちゃうんだよね。
彼氏なんてもう5年もいないんだから!あっ、うっかり本音が。しゅん...」
「5年!そうなんですか。意外。でも、薫子さんの話し聞けて嬉しいな!」
ちょっとおかしなテンションになっちゃったけど、
渚ちゃんにはウケが良かったみたいで一安心ね。
「そう?あとこのピアスとネックレスのセットは、自分へのご褒美。誕生石のセットなんだ。」
「何月生まれですか?それエメラルドですよね?たぶん…」
「そう。エメラルド。5月の誕生石。良くわかったね。」
「緑だったから。私、料理以外はさっぱりで。
でもとても素敵で、薫子さんにお似合いです。」
「そうなんだ!それ意外!お互いの意外な一面が知られて面白いね!
褒めてくれてありがとう!純粋に嬉しい。私も気に入っているの。」
渚ちゃんの料理以外はさっぱりっていうの、なんだか安心した。
あんまりにも完璧だからどっちが年上だか分からなくなりそうよ。
冬子が、この一連の会話を聞いていたら、
どっちが年上だかわからないと頭を抱えるだろう。
「あと、お誕生日5月なんですね!私は7月です。」
「7月の誕生石はルビーだね。エメラルドとの相性も良さそうな色合い。」
「それ、クリスマスカラーじゃないですか?」
「あれっ、ホントだ。またやらかしちゃった。」
額に手の甲を当てる。ここまでくると動きまでおばさんだ。
渚ちゃんに嫌われるかもー。。。うぅぅ。
「薫子さんて本当に天然ですよね。可愛いなぁ。」
「渚ちゃんがしっかりしすぎているのよ!!もう!」
「それじゃ、今度お誕生日お祝いしませんか?」
「いいけど、今は4月だから、私の方が先ね。」
先に祝ってもらうのは気が引けるなと薫子は考えていた。
できれば、人生の先輩である自分が先に祝ってあげたかった。