薫子の心情変化
薫子の次の仕事は3月中旬にある、道後温泉のレビュー記事だ。
事前に、地元の公式サイトや他雑誌を読んで、簡単にまとめた文章を
薄型のノートPCに入れて持っていく。
実際に旅館に泊まって温泉に浸かり、食事をしてから、きちんとした記事を書く予定だ。
現地で書く方が臨場感ある文章に仕上がる。
なので、なるべく軽い薄型のノートPCを持っていく。
Wi-Fiに繋げば、現地の詳しい調査もできるのでモバイルWi-Fiも持っていく。
最近は機内でも新幹線でも宿泊施設でもフリーWi-Fiが使えるので、
モバイルWi-Fiはほとんど使わないけど、仕事なので、念のために持っていく。
渚ちゃんと約束した食事会のために連絡先を交換させてもらった。
こうして出張で「ソル」に顔を出せない時は、
「お元気ですか? お仕事で旅行されているんですか?」
などと他愛のないメッセージを送ってきてくれる。
薫子にとってはそれも嬉しかった。
友達がいないことを指摘されたが、高校時代から親しくしている遠野 冬子という親友が居る。もちろん、これまで薫子が付き合ってきた彼氏の話もしているし、
冬子の恋愛事情も聞いたりしている。どっちも似たり寄ったりだ。
2人とも30歳を目前にした今、「恋愛=結婚」の話に結びつきがちなので、お互い恋愛の話より、仕事や老後の資金また健康の話などババ臭い話に偏りがちだ。
そんな冬子に渚の話はしていない。
別に話してもいいのだが、何をどう話していいのか薫子の中で整理が付いていないのだ。
薫子は渚に「元気だよ!メッセありがと!そう、仕事で愛媛県の道後温泉。お土産何欲しい?」
などとちゃっかり渚の好みを調査したりしている。大人ってやっぱりズルい。
友達とまではいかないけれど、やり取りするメッセージが嬉しかったり元気がもらえたりするのは自分でも説明つかない感情だなと感じ始めていた。
「お仕事頑張ってください!「ソル」で土産話してもらえたら十分です!お気遣いありがとうございます。」
今どきの大学生にしてはしっかりした文章を書ける子だな。
と、ついつい仕事モードの目線でみてしまうクセもどうにかしたいものだ。
とはいえ、こういうクセは一度、身についてしまうと一生抜けないと相場が決まっている。
職業病とはうまく表現したものだ。
そうこうしている間に、薫子の道後温泉取材の仕事はつつがなく終わり、東京行の飛行機に乗って機内でノートPCを開き仕事を少ししていた。
ふぅ、やっと概要は書けたわね。あとはこれに旅館の魅力なんかを書き足して編集者からOKがもらえたらひと段落だわ。”あぁータバコ吸いたい ”けど我慢と言い聞かせつつも、
ちゃっかり、機内でサーブしてもらった赤ワインを一口飲んで、心身リラックスさせる。
あぁ、早く「ソル」に行って、渚ちゃんの顔が見たい。
そう思った瞬間、薫子は自分の気持ちに気づいた。
私、渚ちゃんに、恋してる?
どうしよう?
あれっ、おかしいなあ。渚ちゃんには先月あったし、メッセももらったしそれだけだったはず。
と考えてみたものの、会いたいもの、会いたいのだから、
自分の力では、どうしようもなくなっているのだ。
はぁ、帰ったら冬子に相談してみよ…。
もう一口、今度は多めにワインを飲み、ため息をついてしまった。
「恋なのね。」独りごちた。