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魔法の壺が転がりて初恋は成就す

レイナはこれでもかと言うほど酔っ払っていた。

何が悲しくて騎士団長に群がる令嬢たちからラブレターやら貢ぎ物やら取り継ぎを頼まれなけらばならぬのか。

それも叶うはずのない片思い相手の取り継ぎである。

彼女の片思い相手であるルイス・アンブラーは見目麗しい騎士団長であり、まだ29歳の優良物件である。婚約者もおらず、おまけに爵位持ちであるとくればモテない訳がないのである。女が毎日のように群がるその様子は有名で、それを見かける度にレイナの心臓は冷たく凍るのだ。早く嫁を迎えてくれたら諦められるのに、と彼女は消化しきれないその想いに蓋をするので精一杯であった。


毎日毎日繰り返されるそれに、彼女の堪忍袋の尾はブチギレた。同僚を巻き込み酒場で酒を浴びる様に呑んだレイナは泥酔した後、同僚に置き去りにされ酒場の店主に叩き起こされた。


「もう閉店だよ、出てってくれ」

「うー、吐きそ…」

「吐くなら店から離れた所で頼むよ」


同僚は冷たいし店主も冷たい。レイナは泥酔しつつものっそりと酒場を後にした。酒の匂いを撒き散らしながらフラフラと歩く女性の姿に、深夜の道行く酔っぱらい達も遠巻きに彼女の姿を見送った。

不意にレイナに向け軽快な声が掛けられた。


「そこの可愛いお嬢さん!鬱憤が溜まってたりしないかい?この壺は幸運を呼び込む魔法の壺だよ!3000ユークのところ今なら何と無料でお譲りしようじゃないか!」


真っ暗な路地裏から、怪しげな露天商の男にそんな言葉を投げかけられたレイナはその足を止めた。フードを深く被った男は怪しげな見た目にそぐわぬ良い声をしていた。シラフのレイナならば無視一択だが、何処かで聞いたような心地良い声に思わず足を止めてしまったのだ。


「そうなのよ、毎日毎日毎日、ウンザリしてるのよ!」

「そうかいそうかい、じゃあこの壺はお嬢さんにピッタリの品だよ。防音効果の付いた魔法の壺だからね!愚痴や普段言えない事をこの中に吐き出すには丁度いい」

「うん、貰うわ!」


レイナは酒にヤられた頭で怪しげな露天商から、手のひらに乗るサイズの壺を受け取るとフラフラと家路につく。

彼女が去った後に残された露天商の男はフードから覗く唇を上機嫌に歪ませたのであった。



*****



さて、自宅まで帰ったレイナは頭痛と吐き気に襲われながら眠りにつき、そして朝を迎えた。酒を呑んでも記憶が残るタイプの彼女は、怪しげな露天商から受け取った壺の事もしっかり覚えており頭を抱えた。レイナは壺を抱き締めながら寝ていたのだ。青色の壺が朝日を反射して彼女のベッドの上に鎮座している。その色は片思い相手の瞳の色に良く似ていた。


「いや私馬鹿なの?胡散臭いにも程があるわよ」


レイナは時計を見て手早く身支度をする。鏡に映った実年齢より幼く見える女は平凡で色味も地味だった。肌は白いものの貴族令嬢達と比べれば日焼けしており、よくある茶髪はふわふわとしているが珍しさも無い。若草色の瞳を彼女の両親は綺麗だと言うが平民に多いよくある色味である。何処までも平凡な己の容姿にレイナは嫌気が差した。

レイナは己に自信がないが、実際のところ騎士団ではそれなりに人気があるのを彼女は知らない。幼げに見える顔に反して体付きは女らしい。大き過ぎる胸は彼女のコンプレックスだが、それが良いという騎士団の者が少なからず居た。それを彼女が知らないのには理由があったが_________。


「私がもし美人だったら…あの人は振り向いてくれるかな」


レイナは壺をバッグに入れると騎士団の詰所へと向かった。あの露天商を見つけたら突き返すつもりであった。捨てれば良いだけなのだが、彼の瞳の色の壺を捨てる事ができずレイナはこれは相当重症だなと独りごちた。


「おはようレイナ、昨日は酒癖酷かったな?」


レイナの肩を軽く叩き声を掛ける男が一人。昨日レイナに居酒屋へ強制連行された同僚の一人である。

マーク・ワーグナーはレイナと同じ事務官であり、幼馴染である。


「マーク…おはよう、っていうか昨日はよくも置いて帰ったわね?!普通女の子を置いて帰る?」

「あー悪い、お前って女の子っていうかレイナだし?」

「マークなんかマリアちゃんに振られてしまえ」

「おい、ひっでえな八つ当たりは良くないぜ?あ、ホラ見ろよ。今日も団長はモテモテだな!」


マークの指し示す方をレイナが見れば、女性に囲まれた騎士団長の姿がレイナの目に映った。厚みのある筋肉に覆われた逞しい体躯、真っ赤な髪を緩く結え、青色の瞳はゆるりと細められ優しげな眼差しに見える。レイナの目には彼だけがキラキラと輝いて見えるのだ。

嗚呼なんて羨ましい。レイナは素直に彼に好意を伝える女性達を羨み、胸を掻きむしりたい衝動に駆られた。


「ねえマーク、今日も酒場に付き合ってくれない?」

「昨日もあんなに飲んで、飲み過ぎじゃないか?まぁ奢りだったら付き合ってやってもいいけど?」

「二杯まで奢る…」

「…ほんとお前どうしたんだ?」

「ちょっと飲みたい気分なの!」


マークは騎士団長から目を逸らしたレイナを見て首を傾げた。そして女性に囲まれている騎士団長から己が見られている事に気付く。マークはその瞳の中に不穏な色を見つけ、無意識に息を詰めた。俺、何かしたかな?


レイナはそっと溜息をついた。好意を伝える勇気も輝く美貌も持ち得ないレイナは遠くから彼を見つめるしか無いのだ。それでも_____。


「お嬢さん方、少々失礼するよ」


女性に囲まれた騎士団長がレイナの姿をみつけ、彼女らを掻き分けてレイナの方へ向かって行く瞬間は彼女の心を高揚させるのである。綺麗な青色の瞳が細められ、彼女の名を呼ぶ。

団長は狡い、レイナは笑顔の裏で彼を詰った。そんな優しい笑顔を向けられたら、諦められないじゃない。


「おはようレイナ、良い朝だな」

「団長、おはようございます」

「ははは硬いぞ、俺の事はルイスと呼べといつも言っているだろう?」

「規律が乱れますのでご容赦下さい」


その調子で何人の女性を口説いたのですか、レイナはルイスから不自然でないように目を逸らした。

女性関係に奔放であると噂されるルイスは事あるごとにレイナに名を呼ばせたがる。

上下関係の厳しい職場でそんな事出来やしないのに、とレイナはいつも断った。


「ワーグナーもおはよう。そういえばグレゴリーが探していたぞ。早く行ったほうがいい」

「お知らせ頂きありがとうございます団長!じゃあな、レイナ」


マークは駆け足で駆けて行き、残されたレイナはそっとルイスを伺い見た。

レイナは騎士団長専属事務官を務めている。ルイスの側にいるうちにレイナは彼に恋した。側に居られる事に喜んでいたが、最近では叶わぬ恋心に押し潰されそうで側にいるのがレイナには辛かった。


「さて、今日も宜しく頼むよ」

「はい、団長」


レイナは余計な事を考えない様に仕事に集中した。


*****


「はぁ…今日も無事に終わった」


騎士団長室にて、レイナはげっそりとした表情で己のデスクを片付ける。書類の整理、その他事務作業など団長のサポートをするのが彼女の主な仕事だ。書類を持って各所に走り回る事もある。それなりに仕事に慣れたな、とレイナは凝った肩に手を置きながら思った。

まさか三年目の若輩者のレイナが騎士団長専属事務官に選ばれるなど、当時の彼女は非常に驚いたものである。着任当時は妬みによる嫌がらせもあったが、それもいつに間にかパタリと止んだ。


「レイナ、帰るのか?俺も帰るところなんだが、途中まで一緒に帰らないか?」


ルイスがレイナのすぐ背後に立ち、椅子の背もたれに手を掛けている。レイナは急に背後からルイスの声が聞こえた為に肩を跳ねさせた。レイナはすぐ後ろに想い人が居ると思うだけで頬が熱を持つのを感じた。


「あ…今日は約束がありまして…」

「…………デートか?」

「いえ、幼馴染とご食事をするだけです」


「ワーグナーか……忌々しい」


ルイスがボソリと呟いた言葉をレイナは拾えなかった。


「え?何か仰いましたか?」

「いや、何でもない。楽しんでくると良い。俺はやっぱり、あと少し仕事をしてから帰るよ」

「お疲れ様です…お先に失礼します…」

「また明日」


頭を下げ立ち去るレイナの後ろ姿を、ルイスは口元を歪めながら見送る。青色の瞳はドロリと暗い光を灯していた。

彼は己の椅子に座り直すと、耳に指先ほどの物体を装着した。

ルイスの表情は削ぎ落とされ、書類を捲る音だけが執務室に小さく響く。



*****



「うーん」

「おい、レイナ飲み過ぎだって。そろそろやめとけ」


酒の入ったグラスを片手にテーブルに突っ伏するレイナの姿があった。呆れた様子のマークがレイナのグラスを水の入った物に強制的に交換する。マークは酒を二杯しか飲んでいない。タダ酒バンザイ。


「だってえぇ…ぐすっ」

「俺、明日はマリアとデートだからもう帰るぞ。二日酔いなんざ勘弁だぜ」

「…うー。私も帰る…」

「そうしとけ。そんじゃぁ約束通り、ご馳走さん」

「デート楽しんできなー」

「おう、じゃあまたな」


ひらりと手を振って帰って行く幼馴染の背中をぼんやり見ていたレイナだったが、ノロノロと荷物を持つと会計を済ませて酒場を後にした。

フラフラと夜道を歩きながらレイナは今朝の女性に囲まれたルイスの事をまた思い返した。腹の中をぐるぐると黒い感情が這い回る。嫌な気持ちが涙となって溢れ出しレイナは家まで走り始めた。


家の中に入ると、レイナはバッグの中から件の青い壺を取り出しベッドに飛び乗った。そして壺の中に向かって渦巻く感情を吐き出す。


「団長のばーーーーか!女全員にいい顔ばっかして!さっさと誰でも良いから婚約してよ!諦められない私が馬鹿みたいじゃない!毎日毎日何で好きな人宛のプレゼントやらラブレターを預らないといけないわけ?女も女よ!自分で渡しなさいよ!」


レイナは最後に涙と共にポツリと溢す。


「…こんなに苦しい思いをするなら…違う人を好きになりたかった」


壺を握りしめながら、レイナは泣きじゃくりそのうちに泣き声は寝息に変わった。





「はは、そうか…レイナ…君は…」

男の耳にはめられた小さな器具は魔女が作った魔法の道具であった。

それと対になっている道具は魔法の小さな青い壺。壺を通して聞こえるレイナの本音に彼は表情を嬉しげに歪ませた。その瞳はギラギラと怪しく光っている。


男_____ルイスは舌舐めずりをする。

これからはもう我慢しない、とルイスの青色の瞳が獲物を狙う様に眇められた。


*****


ルイスがレイナと初めて顔を合わせたのは三年前である。会議に出席する事務官の面子の中に彼女はいた。まだ新人の彼女は年配の事務官に教えを乞うている時期だった。初めルイスのレイナに対する印象は、童顔の胸の大きな娘だけど己の好みの対象外だな、という酷い物である。ただ妙にルイスの目を引くのだ。己の見目を正しく理解しているルイスからするとまた言い寄って来られたら面倒だくらいに思っていた。

休憩時間、ルイスが一人で廊下を歩いているとレイナが彼に走り寄って行った。


「お待ちください、アンブラー団長」


ほら来たぞ、とルイスは面倒そうな表情を出さぬ様目を細めて優しげな顔を作った。

ところがレイナの用件が仕事であると知るとルイスは肩透かしを食らった。そのまま仕事の話しかせず最後に折り目正しくお辞儀をして去って行ったレイナにルイスは唖然とした。俺に全く興味が無いなんて、と。


その日からルイスの頭の端をレイナが常に居座る事となる。

用も無いのに事務官棟へ足を運んでみたり、食堂でレイナを無意識に探していたり。挙句の果てにレイナが一人暮らししている家まで尾行した。

ルイスの犯罪に片足突っ込んだ奇行に対し、友人のグレゴリーがはっきりとこう告げた。


「来るもの拒まず去る者追わずのお前が、とうとう恋をしたな」

「は?俺があの童顔娘に…恋?」

「そうとしか思えないだろう。でも自宅の特定はハッキリ言って気持ち悪いぞ。といか騎士団長とあろう者がやって良い事じゃないからな?自覚しろ?犯罪者になったら爵位返上だからな」

「恋…そうか。つい姿を探すのも、部下が馴れ馴れしく彼女に話しかけるのを見て不快に思うのも、彼女に似た女ばかり無意識に抱いていたのも…彼女を組み敷いて舐め回したいと思うのも全部…」

「うっわ気持ち悪い。このガワだけ紳士め…中身はケダモノだからな…うん。残念な男だ」


己の想いを自覚してからのルイスの行動は早かった。レイナを騎士団長専属事務官に任命し、己の側から離さない様に仕組んだ。彼女に対する嫌がらせの首謀者を秘密裏に罰し、彼女に好意を抱く男は全て潰した。彼女の前では常に紳士の皮を被り接している内にレイナからの眼差しの中に熱を見た。

だが、ルイスはレイナが己を好いているという絶対的な自信が持てなかった。レイナに迫って嫌われたら?そう考えた瞬間敵対勢力と対峙した時など比にならないほどの恐怖に身がすくんだ。

己がこんな臆病な人間だったとルイスは思っていなかった。

そして魔女の魔法の道具についての話を聞いたのだ。ありとあらゆる伝手や権力を使い魔女に辿り着いた彼は、魔女に懇願した。


「片思い中の女性の本心が知りたい」

「根性の無い男だねぇ、まぁいいさ金はたんまり貰うよ」


魔女は呆れた様に魔法の壺と小さな器具をルイスに手渡した。


「意中の女性に渡しな。女が言った言葉がコレから聞こえるから。小さいから無くすんじゃないよ。二つで一つの道具だ」

「もっと心がそのまま見える様な物を想像していたんだが」

「そんな面倒なもん作らないよ。プライバシーの侵害だからね」

「それもそうだな」


この壺も充分プライバシーを侵害しているのだが、意中の女性を尾行するような男と魔女には若干倫理が欠けていた。



*****



レイナは困惑していた。ここ暫くルイスのレイナに対する身体的接触が多いのだ。おかげで始終心臓は煩いし気もそぞろになる。そしてなぜか毎日帰宅時に家まで送られるようになってしまった。多くの人間がそれを目撃している為、騎士団の中でレイナとルイスが付き合っているという噂まで流れ出した。こんな地味な女が選ばれる筈が無いと、レイナはもしかしたらという浮ついた気持ちを必至に押さえ付けた。

因みに噂の出どころはルイスである。外堀をガンガン埋め出したルイスは加減を知らない。


「レイナ、帰りにディナーを一緒にどうだ?」

「いや、でも私なんかと…」

「仕事の話も少ししたいんだ」


仕事と言われたらレイナは頷くしかない。毎日のルイスの猛攻により神経を擦り減らしていたレイナは考えるのを放棄し、彼女は仕事なら団長室で良いのではという当たり前の事に思い至らず彼の言葉に頷いていた。最も共に居られるのは彼女としても嬉しかったのもある。


レストランで食事をする物だと思っていたレイナは何故か彼の屋敷にいた。レイナの記憶違いで無ければルイスは伯爵。つまりお貴族様のお屋敷に平民であるレイナが居る事になる。普通は有り得ない。

レイナは戦慄した。何か粗相をして連れて来られ秘密裏に消されるのでは、と。

そしてメイドに回収されたレイナは全身を磨かれ綺麗なドレスを身に纏い、豪華な食事の乗ったダイニングテーブルの前に座らせられていた。何が何だかわからない。レイナは固まったまま向かいに座るルイスに助けを求める視線を向けたが、彼が元凶である。


「あの…団長」

「ルイスと呼んで欲しいな。それにしても、ドレス似合っているよ。とても綺麗だ」

「あ、りがとうございます」


レイナの瞳の色に合わせてドレスは若草色である。レイナのサイズにピッタリなドレスが用意されていた事に、彼女は疑問を抱く事なくルイスに褒められ顔を赤らめた。

ルイスは上機嫌にワインを口に運んでいる。

平民が滅多に目にすることの無い豪華な食事と高価そうな食器に、レイナは緊張から唾を飲み込むと静かに手を付けた。

暫しカチャカチャとカトラリーと食器の擦れる音だけがその場を支配する。

レイナは静かなルイスを盗み見て心臓が止まりそうになった。ルイスはレイナの一挙一動を見逃すまいと瞳孔をガン開きにして彼女の事を凝視していたのである。その眼差しは熱く蕩け、口元は機嫌良さそうに優美な曲線を描いていた。


「食事は口に合っているか?」

「はい…とても美味しいです」

「それは良かった。レイナが俺の屋敷で食事をしているだけで幸せな気持ちになるよ」

「……そうですか?」


レイナの心の中で恥ずかしさと、期待、期待したく無い気持ちと、困惑が混じり合った。何とも言えない表情のレイナを気にするでもなくルイスは楽しげに会話を続けた。



食事が終わりルイスと歓談している内に夜は深まった。

何か粗相の咎を受ける訳でもなくレイナにとって幸せな時間を過ごせた事に彼女は安堵していた。その為かついついワインが進み。レイナはだいぶ酔っており思考もふわふわとしている。

レイナがそろそろ帰宅する旨を伝えよう、と口を開きかけたところにルイスが先に口を開く。


「今日はもう遅い。夜道も危険だろう。屋敷に泊まっていくと良い」

「いえ…そんな訳には…」

「だいぶ酔っているだろ?ここから君の家まで遠い。遠慮せず泊まりなさい」

「…わかりました」

「そうだその前にこの書類にサインしておいてくれ。明日必要な物だ」


レイナはふわふわとしたまま書類を読みもせずそれにサインした。

サインされた書類をさっさと回収したルイスは蕩ける様な笑顔で、側に控えていた執事に書類を預けるとレイナを部屋に案内したのであった。


「おやすみレイナ、良い夢を」



*****



小鳥の声と柔らかな日差しにレイナの意識がほんのり浮上する。ふかふかの気持ちの良い肌触りのベッドの上でレイナは未だ微睡んでいる。安らぎを与えるハーブの香りがレイナの鼻腔を擽り、彼女は薄らと瞳を開いた。ぼんやりする思考が次第に鮮明になり、彼女は己が居る場所を思い出した。


「どどどどどどどどうしよう!?私ったらお泊まりしちゃったの!?」


青ざめたり赤くなったりしていた彼女はサイドテーブルに置かれた時計を見て悲鳴を飲み込んだ。

時計の針は正午を指しており、外は明るい。

完全なる寝坊である。


「泊まった挙句に寝坊して無断欠勤…?終わった…クビかしら…」


レイナはうんうんと唸りながらベッドの上で突っ伏した。ガチャリとドアの開閉音が彼女の耳に届き、そっと顔を上げるとメイドが立っていた。


「おはようございます奥様。お食事のご用意が出来ておりますので支度をさせて頂きます」

「ん…?」


違和感のある挨拶にレイナは理解出来ずに固まった。彼女が固まっている間に有能なメイド達がレイナの身なりを整えていく。メイドの手によって桶に入った温かな湯で顔を洗われ、髪を梳かされ化粧を施されていく。あれよあれよと言う間にレイナは貴婦人の姿にさせられいつの間にかダイニングテーブルを挟んでルイスと向き合っていた。


どゆこと?


「おはようレイナ。今日も綺麗だな」

「あの…団長…」

「はは、俺の事はルイスと呼ばないと。夫婦なのだから」

「え?今なんと?」


レイナは聞き間違いかと思い聞き直した。

ルイスは見る者全てを虜にしそうな輝かんばかりの笑顔で言った。


「昨日婚姻届にサインしたじゃないか。受理されたから俺たちは夫婦だろう?」


レイナは信じられない目でルイスを凝視した。瞳が溢れそうな程目を見開くレイナにルイスは上機嫌に目を細めた。

レイナの脳裏に様々な出来事が甦る。毎日必ずふとした時に重なる視線、それも一回ではない。

ある日を境にルイスから髪や手に指を絡められる様になった。自宅まで送られ、そして今回は屋敷に泊まった。妙にサイズがピッタリのドレス。今日着ている物は昨日と違うドレスである。そもそも婚約者も姉妹も居ない筈のルイスの屋敷にドレスがある不自然さ。


青い壺を貰ってから変わった日常。


青い壺を渡してきた露天商の声は誰に似ていた_____?

レイナは初めてルイスに対して恋心ではなく恐怖を感じた。


私ってとんでもない人に惚れたんじゃない?

レイナの心臓は煩く鳴り響いている。


「レイナ、三年前から愛してるよ」


_____絶対に逃がさない。


麗しの騎士団長は初恋相手を無事に絡め取り、満面の笑みを浮かべた。



レイナの家のベッドの上で、青い小さな壺は転がっている。

こんなんフィクションだから許されるやつ


続くかもしれないし、続かないかもしれない。

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