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国外追放お嬢様の素晴らしいジャンクフード生活!  作者: ジャンクフードお嬢様
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 ローズは戦慄した。

 この世にこれほど美しい食べ物があるのかと。

 彼女たちの眼前に出されたそれは、金色に光り輝き、生命の活力(カロリー)をひしひしと感じさせるものだった。


「こんな食べ物、見たことがないわ」

「私もです。こんな食べ物が、世界には存在するんですね……!」


 目をキラキラと輝かせながらそうつぶやく2人に、屋台の店主である壮年の男が話しかけてきた。

 

「お客さん、フリッツを見たことなかったのかい?」

「ええ、初めて見たわ」

「そうかぁ。……まぁ、たしかに、ここらじゃあ屋台の飯といえば魚のフライのが有名だもんなぁ」

「俺は何でできているんですか? 芋だというのは、なんとなくわかるのですが」

「こいつの材料は芋と(ラード)と塩、以上! レシピも単純明快で分かりやすいし、味もうまいのに、なぜか誰もやらねえんだよな、これが」

「そうなのね」

「おかげで俺は儲けさせてもらってるからな。別にいいんだけどよ。…………俺の故郷の料理をもうちょっと広めたいって気持ちはあるんだがな」

「――あなた、ご出身は?」


 ローズは皿の上に盛り付けられたフリッツと、立派な髭を持つ店主の顔の間で、視線を行ったり来たりさせながら問うと、店主は長い髭を撫でながら言う。


「俺の生まれはベルクアナっていう小国さ。聞いたことはあるかい?」

「私、知ってますよ。実は私、シュヴァルツヴィアの生まれなので」

「おぉ、ツヴィの生まれならほぼ同郷みたいなもんだな。そっちの嬢ちゃんはどうだい?」

「私はないわね。ずっーとこの国で暮らしていたし」

「そりゃそうだろうな。この国で普通に暮らしてる限りは、聞くことのない名前だろうさ」

 

 ガハハと笑いながら、店主は芋を切り、それらを油の中へダイブさせていく。

 まるで石畳に雨が打ち付けるような、油がはじける音と、芋の香ばしい香りが、二人の食欲を刺激する。


 気づけば2人とも口は半開きになり、目は今あげられているフリッツに釘付けになっていた。


 そんな2人の様子を見ていた店主は、少し苦笑いを浮かべながら、口を開く。


「ほら、嬢ちゃんたち。早く食べないと冷めちまうぞ。まあ冷めてもうまいが、やっぱり揚げたてが一番うまいからな。熱いうちに食べてやってくれ」

「……それもそうね。リリーいただきましょう」

「あ、ああ、わかりましたお嬢様」


店主の言葉に、なんとか我に帰った2人は、手を組んで食前の言葉を呟いた。


「私たちの糧となってくれた、全ての命に感謝して」


Amen(感謝を)

Mahlzeit(良い食事を)


 その言葉が終わった途端、2人の目クワッと開き、鉄砲水のような勢いでフリッツへと手が伸びる。

 そしてガシッと皿に盛られたソレを鷲掴みにして、大きく広げた口に詰め込んだ。


 噛み締めた瞬間、口いっぱいに広がるラードの香ばしい香りと、じゃがいもの甘味、そこにわずかな塩味が加わって、絶妙なハーモニーを奏でる。

 

 外はカリッと、中はホクホク。

 このギャップがたまらない。

  

 油×芋×塩の組み合わせなど、不味くする方が難しい。この完璧なハーモニーを破壊できるのは、それこそ、この国の上級料理人くらいだろう。


「美味しいですね、ローズ様!」

「ええ。……ねえリリー。これ、単体でも美味だけれど、この赤色とクリーム色のソースをつければ、さらに味が引き締まるわよ」

「本当ですか!? 試してみます!」

「うまそうに食べてくれるのは嬉しいが、喉に詰まらせないようにな」


 ちなみに、であるが。

 

 この場所に到着するまでの4日間、彼女たちが口にしたものは川の水とほんのわずかなベリー、そして美味しくもない野草のみである。


 気力体力共に、遠の昔に限界を迎えており、ここまで来れたのはただただ根性を振り絞った結果であり、彼女たち2人がフリッツを目にした瞬間、食欲に意識を持っていかれなかったのは奇跡とも言える。


 それほどまでに。彼女たちは追い詰められていた。

 飢餓状態となった獣が、驚異的な凶暴性を誇るように、彼女たちもまた、食に飢えていた。


 ハムスターのように頬を膨らませるリリーと、まるでベルトコンベアのように素早く滑らかにフリッツを口の中へ収納していくローズ。


 ある種の極限状態を迎えた2人が、このジャンクフードというカロリー爆弾に出会ったのは、もしかすると運命――神の導きだったのかもしれない。

 

 ジャンクフードの神がいるのかは不明だが。

 

「――ごちそうさまでしたぁ!」

「美味でしたわ。今日はありがとう、素敵なお髭のおじさま」

「照れちまうからよしてくれ! ――っと、いけねぇな。忘れちまうところだった」


そうして、あっという間に山盛りフリッツを完食した2人が、会計のために財布を出そうとすると、店主が何か取り出して注ぎ入れ、二人の前に置いた。


 透明なカクテルグラスに、オレンジ色の液体がなみなみと入っている。

 コッテリした油物を食した直後の二人の嗅覚を、とても強く刺激するそれは、どうやらオレンジジュースのようだ。


 しかも、見た所、街で売られているような果実水の類ではなく、100%生搾りのジュースに見える。

 そして、ストレートジュースの値段は、まあ高い。

 現状で手を出すことを躊躇する程度には、高い。

 

「…………これは?」

「私達、頼んでないわよ?」


 財布の中身を覗いて、平然を取り繕いながらも顔を青ざめさせたローズと、なにが起こったのかを理解できずに硬直しているリリーを見て、店主は少し笑いながら言った。

 

「サービスだよ、サービス。この異国の地で、ほぼ同郷に出会えた奇跡と、美味そうにコイツを食ってくれた嬢ちゃん達への気持ちさ」


 サービス。

 気持ち。


 その単語が、しばらく2人の頭の中を巡って。

 

「さ、サービス、でしたか。すみません、少し驚いてしまって」

「この国でそんなことしてくれるお店なんて、全く無いものだから驚いたわ。ありがとう、おじさま」

「良いってことよ!」


 どうにか落ち着きを取り戻し、ローズは静かに、大きく息を吐いた。

 もし、あのジュース代を請求されていたら、一人当たり3000Gの渡航費が払えなくなっていた。


 最も、その時にはリリーを先に行かせるつもりではあったが、そうならなかったのは僥倖である。


「…………国外追放をするのなら、船くらい出してくれれば良いのに」


 店主と同郷トークを繰り広げるリリーを流し見ながらボヤいた言葉は、誰に届くでもなく風に乗り、空で霧散して消えてゆく。


 口に含んだオレンジジュースの爽やかな香りが、今だけは自分を嘲笑っているように感じてしまう。


「……はぁ」

 

 この国を去るための費用や方法は、各自自由。

 どんな方法であっても、この国から出て行くならオールオーケー。


 それが、ケチなのかいい加減なのか良く分からない国、フィッチス王国の国外追放処分なのであった。


 


 〜本日の食事〜


 ①チップス(フライドポテト)300g

 ②トマトケチャップ25g

 ③マヨネーズ25g

 ④生搾りオレンジジュース100ml


 摂取カロリー:一人当たり約750kcal

 一人当たりの支払:250G

 ローズのお財布の中身:7000→6500G


 

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