紅い鎖
そこは、いつぞやの何もない真っ白な空間だった。
(あー、また死んだのか……)
さすがに二回目ともなると、前回より状況を把握するのが早くなる。
そもそも、今回は事故ではなく、死を覚悟しての行動だったから余計にだろう。
地竜に飲み込まれた瞬間、俺はわざと自身の体内魔力を暴走させ、そのまま力任せに解き放った。
簡単にいえば自爆だ。
いくら地竜といえども、体内に直接攻撃を喰らえばそれなりのダメージを負ったはず……。
(シリウスを逃がす時間稼ぎになったかな?)
そんなことを考えていると、目の前に光輝く球体が現れた。
「よくやってくれたね!」
その声は相変わらず幼い子供のようだ。
「君なら彼を庇って死んでくれると思ったんだぁ!これで、予定通りに彼は最強魔術師になれるはずだよ」
そう言って、球体はくるくると辺りを飛び回った。
どうやら、喜んでいるらしい。
「庇って死んでくれる……?」
しかし、喜ぶ球体とは対照的に、俺はその言葉に愕然とする。
「まさか、俺が死ぬことも予定通りだったの?」
「そうだよ」
悪びれた様子もなく、あっさりと球体は答えた。
「彼は世界を滅ぼす程の力を持っている。そんな彼に正しい力の使い方を教え、命の尊さを伝えるのが君の役割だからね」
「…………」
どうやら、俺の死はこの世界の予定調和であったらしい。
(ああ、そういうことか……)
ゲームの設定資料集にシリウスの師匠の名前も姿も載っていなかったのは、俺が王都から追い出されたせいで、シリウスが師匠の名前を出せなかったからだと思っていた。
だが、本当の理由は、ゲーム本編に関係のないすでに亡くなっているキャラクターだったからなのだろう。
それに、俺がウィリアムへと転生する直前、この球体が言っていた言葉……。
『君のような、他人を守るために自身の命を差し出せる魂がたまたま見つかってよかったよ』
『次の世界でも彼の命を救ってあげて』
つまり、ウィリアムはシリウスを保護し、育て上げ、最期は彼を庇って死ぬキャラクターだったのだ。
そんなウィリアムにぴったりだったのが、トラックから親子を庇って死んだ俺の魂……。
「はぁ……」
自身がなぜ選ばれたのかを悟り、結局、その通りの死に方をしてしまったことに思わず溜息が出てしまう。
「ふふふっ!あとは愛する人と結ばれれば、彼が世界を滅ぼすことはなくなって、この世界は安泰!ボクの課題は成功だ!」
俺の溜息なんて意に介さず、球体は嬉しそうに再びくるくると飛び回る。
やはり、この世界はゲームの通りにハッピーエンドを迎え、世界を救うことを目的としているらしい。
(まあ、これでシリウスが幸せになれるなら……)
たとえ予定調和であったとしても、命を懸けてシリウスを守ることを選んだのは俺だ。
そこにあったのは神の意志ではなく、完全なる俺の意志……。
いつの間にか、俺の中でシリウスがそれぐらい大切な存在になっていたことに気付かされる。
「さあ、そろそろ時間だね。約束通り次の転生先を選ばせてあげる」
「次………?」
そういえば、役目を果たせば次の転生先は俺の望む人生を約束すると球体が言っていた。
前世の記憶を取り戻してすぐの頃は覚えていたが、まさかこんなにも早くに死ぬとは思っておらず……。
具体的にどんな来世を希望するか考えていなかった。
「どんな人生でもいいの?」
「もちろん!」
「…………」
しかし、いざ言われてみるとコレといったものが出てこない。
それでも何か言わなければと、必死になって希望を捻り出す。
「それじゃあ、お金持ちで……容姿端麗で……えっと、そうだな、あとは可愛い……」
婚約者を……と続けようとしたところで、同じ世界へ転生しなくてもいいことに気が付く。
裕福だったとしても貴族社会は何かと不自由で大変だったし、魔法は便利だが決して万能なものではなかった。
それに比べて、俺が元いた世界……日本に階級制度はなく、魔法はないが便利な道具は多々あって、特に不満もなかったのに大人になる前に死んでしまった。
だったら、日本で新たな人生をスタートさせるのもいいのではないかと思い、そのままを口にする。
「俺が元いた世界の日本へ……」
その時、身体にずしりと重みを感じた。
「え?」
反射的に自身の身体に目を遣ると、紅い鎖が幾重にも巻き付いている。
「な、なんだこれ?」
すると、今度はぐいっと後ろへ引っ張られ、俺の身体はずるずると引き摺られていく。
「おい!」
慌てて目の前の球体に声を掛けるが、球体は引き摺られていく俺の周りを飛び回りながら、明らかに動揺した声を出している。
「うわぁぁ!この世界に干渉するなんて!」
「干渉?」
「これは……執着?どうして、こんなにも魂に絡みついてるの!?」
球体は「どうして?なんで?」と叫び続けるが、引き摺られていく俺が止まることはない。
「ああっ、どうしよう!?これじゃあシナリオ通りじゃなくなっちゃう!失敗しちゃったんだ!」
「待って、俺はどうなんの!?」
慌てふためく球体の様子と失敗という不穏な言葉に、俺も必死に声をあげる。
「ボクにできることはもうないんだよぉ!」
「はあ!?」
「君の要望はあらかた叶えておいたから、あとは自分の力でどうにか逃げ切って!!」
一体何から逃げるんだと聞く前に、身体がふわりと一瞬の浮遊感を覚え、今度はそのまま落ちていく。
その時、目に映る紅い鎖が、まるでシリウスの瞳の色のようだと思い……そこで俺の意識は再び途絶えてしまったのだった。