結末
※流血描写があります。苦手な方はご注意ください。
「あれ……おっかしいなぁ?」
岩山を探索し始めて二時間が経過していた。
今回引き受けたのは、メリア山に住み着いたバジリスクの討伐依頼。
バジリスクとは蛇とトカゲが合わさったような姿で、その皮膚の硬さから魔法攻撃が有効だとされる魔物だ。
メリア山は魔石の採掘場でもあり、バジリスクのせいで作業員が近づけない事態となっている。
しかし、巣があるとされる場所にも、その付近にも、バジリスクの姿は見えなかった。
「とっくに他の冒険者が討伐したんじゃねぇの?」
後ろを付いて歩くシリウスが溜息混じりに答える。
冒険者ギルドの魔物討伐依頼は、複数人でしか受けることができないというルールがあった。
そのため、他の冒険者に声を掛けるつもりだったところ、シリウスが同行を申し出てくれたのだ。
実戦経験の少ない俺が引き受ける依頼は低ランクのものばかりで、それほど危険もないかと思い、シリウスの優しさに甘えることにする。
それからは、毎回シリウスが魔物討伐に同行してくれるようになった。
反抗的な態度は相変わらずだが、やはりシリウスは優しい子だと思う。
「討伐依頼の重複はないはずなんだけど……」
そう言いながらも、バジリスクどころか他の生物の気配すら感じない静か過ぎる状況に、妙な胸騒ぎを覚えた。
「仕方ない。一旦ギルドに戻ろう」
可能性としては低いが、シリウスの言う通り他の冒険者がすでに討伐してしまったのかもしれない。
もしくは、バジリスクがメリア山から移動したことも考えられる。
どちらにしても、討伐対象が見つからないのだから、ギルドに事情を説明するしかないだろう。
そう思い、振り向いてシリウスに声を掛けたのだが、彼は立ち止まったまま動かない。
「シリウス……?」
なぜだか思い詰めた表情のシリウスに、ドキリと心臓が跳ね上がる。
「なあ、このままじゃダメなのか?」
「このまま……?」
何の話かわからず、俺は戸惑いながらシリウスの言葉をそのまま繰り返した。
「そう、このまま二人でさ……冒険者になって金を稼いで暮らしたらいいじゃん」
「それは…………」
もう何度目かの説得の言葉を口にしようとするが、それを遮ってシリウスは話を続ける。
「師匠は俺の才能が勿体無いって言うけど、俺はそんなものどうだっていいんだ。魔法もマナーも、師匠が褒めてくれるから学んでただけで」
そう言って、シリウスの瞳がひたりと俺を見据える。
「俺は師匠さえ側にいてくれたら……」
その時、視界がぐらりと揺れた。
いや、視界ではなく地面が揺れたのだと理解し、シリウスの足元が崩れ落ちるのを見た瞬間、全身の毛が逆立つ感覚に陥る。
気づけば、全力で風魔法を纏ってシリウスにタックルをし、その勢いのまま二人で地面を転がっていた。
「ぐぅぅっ!」
「師匠!?」
俺のうめき声と、シリウスの悲痛な声が重なる。
「足……足が……」
震えるシリウスの声。
痛みを堪えながら目を遣ると、俺の左足の膝から下が無くなり、地面には血が広がり始めている。
揺れと共に、シリウスの足元が崩れ落ち……彼を飲み込もうとする巨大な口に気付き、無我夢中で風魔法を纏った。
だが、相手のスピードのほうが早く、俺の左足が食い千切られてしまったのだ。
このように、地面に潜り捕食行為をする魔物に心当たりは一つしかない。
「地竜だ……シリウス、逃げろ……」
竜種の中では下位クラスだが、討伐には一個師団が必要になる魔物だ。
つまり、俺たち二人でどうにかなる相手ではない。
「師匠っ!師匠っ!」
しかし、シリウスは泣きじゃくりながら俺の名を呼び、俺にしがみついている。
(まずい……)
このままシリウスを抱えて風魔法で逃げたとしても、地竜は血の匂いを追いかけてくるだろう。
それに、尋常じゃないぐらいの脂汗が吹き出しているのに、身体はひどく冷え、全身の震えが止まらない。
すると、再び地面が激しく揺れ動いた。
(ここまでだな)
震え続ける身体とは裏腹に、頭の中はどこまでも冷静に状況を把握している。
泣きじゃくるシリウスの頬に右手でそっと触れると、彼は顔を上げてこちらを見つめる。
安心させるように微笑んでみせ、そのまま左手に風魔法を纏わせてシリウスに向けて放つ。
「うわぁぁぁっ!!」
風魔法によって無理矢理シリウスを引き剥がし、少しでも遠くへ飛ばした。
自身で突き放したはずなのに、シリウスの温もりをなくした身体はさらに冷たくなって……。
足元が崩れ落ち、地竜の口腔内が目前に迫る。
その鮮やかなピンク色がやけにグロテスクだ。
そんなくだらないことを考えながら、身体中に巡る魔力をフル稼働させる。
今度は燃えるように身体が熱くなり、そのまま全てを手放すかのように魔力を弾けさせた。
俺の視界は真っ白な光に染まる。
「あぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ギャアァァァァァァっ!!」
自身の叫びか、地竜のものか……耳をつんざくような声を最後に、俺の意識はぶつりと途絶えてしまった。