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苦言

「セリーナ様! ここのクロワッサンを食べたことはありますか?」

「え、ええ。もちろん……」

「すっごく美味しいですよね! 今日もクロワッサンにしちゃおっかなぁ……。セリーナ様は何を注文されますぅ?」

「私は紅茶を……」

「せっかくだから一緒に食べましょうよ! あ、半分ことかどうです?」

「マーガレット、それはマナー違反よ?」

「えへへ、そうでしたね」


放課後。

シリウスとの約束まで少し時間が空いたので、時間を潰そうと一人カフェテリアに立ち寄る。


すると、そこに見覚えのあるピンク髪が……。


(あれは……マーガレットと姉さんと……アルバート殿下!?)


思わぬ組み合わせに驚き、そのまま目を離せないでいると、マーガレットが俺に気づいた。


「……リアム? わあ、久しぶり!」

「あ、ああ。久しぶり……」


こうなると、アルバートに挨拶をしないわけにはいかず、俺はしぶしぶマーガレットたちに近づく。


「リアムは誰かとここで待ち合わせかい?」

「いえ、少し時間を潰そうかと……」


挨拶を終えたあと、アルバートの質問に正直に答えたのが失敗だった。

そのまま同席を勧められ、断れずにカフェテリアの特別席へ案内されてしまう。


そして現在、仲睦まじいマーガレットとセリーナのやり取りを、俺とアルバートが見つめているという奇妙な空間が出来上がっていた。


本来ならセリーナが気を利かせてアルバートに話題を振るべきだが、いかんせん恋する乙女セリーナはアルバートを前にするとポンコツになってしまうのだ。


そのため、アルバートは完全に放置されている。


(これは………)


なんだかアルバートは機嫌が悪そうだし、こんな時に限って今日の護衛はヒューゴではなく俺の知らない上級生。

しかも、壁際に立ったまま空気に徹しているので、こちらの会話に加わる気は全くなさそうだ。


仕方なく、俺がフォロー役になることを決める。


「殿下、今日はヒューゴ様とご一緒ではないのですか?」

「ああ。ヒューゴは昨日まで騎士科の遠征訓練に参加していたからね」


アルバートによると、騎士科の三年生は遠征訓練のために二週間程前から学園に来ていなかったという。

その話を聞いて、そういえばここ最近はヒューゴを見かけていなかったことに気がついた。


正直なところ、マーガレットやシリウスのことで頭がいっぱいになっており、そこまで気が回っていなかったのだ。

そして、ヒューゴは今日から学園に来ているが、疲れているだろうからとアルバートの護衛役は免除されたらしい。


そんな俺とアルバートの会話に、甘ったるい声が割り込んだ。


「へぇ……アルバート殿下はとっても気が利くんですね」


そう言ったマーガレットは笑顔だった。

だけど、その口調には怒りがにじんでいる。


「そんなに気が利くのに、どうして婚約者のことは放っておくんです?」


そして、マーガレットの翠の瞳がアルバートを見据える。


「マーガレット! なんてことを! 殿下、申し訳ございません! この子はまだマナーを学んでいる最中で……」


慌ててセリーナがマーガレットを庇う。

だが、マーガレットは止まらない。


「私、最近ずっとセリーナ様とご一緒させてもらって、いろいろ気付いちゃったんですよ。セリーナ様はアルバート殿下のことが大好きで、健気に努力をしているのに、殿下はそれに応える気はないんだなって。てっきりセリーナ様の想いに気づいていないのかなって思ったんですけど……違いますよね? ちゃんとわかっててそんな態度なんですよね?」


マーガレットの言葉に、アルバートが動揺を見せる。


「そんなつもりは……」

「じゃあ、どんなつもりだったんです? 私と一緒だった南地区への視察だって、事前にセリーナ様に伝えていなかったって聞きましたよ?」

「…………」

「そんなことを後から聞かされたらセリーナ様が不安になるってわかりませんか? それに、私はあの時めちゃくちゃ殿下に下心があったんですよ? そんな女を側に置いてどういうつもりです?」 


まあ、別に殿下の婚約者になりたいとかじゃなかったですけど……と、マーガレットは付け足した。


「マーガレット、いいのよ。わたくしはもう気にしていないのだから」

「セリーナ様のその態度もダメなんですよ」

「え?」

「そうやってアルバート殿下を甘やかすからつけ上がるんです」


きっぱりと言い切るマーガレットに、セリーナは目を白黒させている。


「きっと殿下は、セリーナ様の気持ちの上にあぐらをかいているんですよ。何をしてもセリーナ様は離れていかないと思ってる。もしかしたら、それで愛情を確認しているのかもしれません」


その言葉に、いつも余裕たっぷりなはずのアルバートが俯いてしまっていた。


「殿下。大切にする気がないのなら婚約を解消するなりしてセリーナ様を解放してあげてください。殿下よりも相応しい男を見つけて、私がセリーナ様を幸せにしますので!」


そこまで言ったところで、ようやくマーガレットの言葉が止まる。


そのあとに続くのは沈黙……。

そんな重苦しい空気の中、俺は意を決して口を開いた。


「あ、あの……この際、お二人でゆっくり話をするのはいかがでしょう? その、思っていることをちゃんと言葉にして……」

「……たしかに、そうだな」


俺の提案に、アルバートはぽつりと呟くように答える。 


そして、アルバートとセリーナは場所を移動して二人きりで話し合いをすることになった。

マーガレットが着いて行こうとするのを、俺が必死に引き留める。


これまで、セリーナはアルバートのことが好き過ぎて、アルバートに別の令嬢が近づこうとすると烈火の如く怒っていた。

ただし、その怒りをアルバートにぶつける前に俺がセリーナを止めていたのだ。


そんな俺とセリーナのやり取りをアルバートは見ていた。

そう、マーガレットの言う通り、それでもアルバートは何も言わず、似たような行動を繰り返していた……。


「愛情の確認かぁ……」

「あんなことを続けてたらこじれるに決まってるじゃない」


俺の呟きに、マーガレットが反応する。


「あんなに素敵なセリーナ様にあれだけ愛されてるくせに……殿下は贅沢なのよ」


マーガレットの表情は酷く苦々しい。


そのあとマーガレットが語ったのは彼女の両親のこと。

どうやら、平民だったマーガレットの母親は盲目的にデシャン男爵を愛していたらしい。

しかし、デシャン男爵は……。


「だから私は、誰かを盲目的に愛するつもりはないし、愛されることを当たり前のように受け取る奴も大嫌いなの」


平民から貴族の令嬢になり、自身の風避けに高位貴族の子息を使おうとするマーガレット。

彼女のしたたかさの根源が何であるかがわかった気がする。


それと同時に、俺の頭にはシリウスの顔が浮かぶのだった。


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