変化
読んでいただきありがとうございます。
※今話からリアム視点に戻ります。
よろしくお願いします。
先日、シリウスに俺の前世がウィリアムだとバレてしまい、ずっと好きだったと告白をされた。
そして、マーガレットは別の誰かに任せて、二人きりの時間を作って欲しいと言われてしまったのだ………。
ヒロインのマーガレットを野放しにして、またアルバートととの距離が近づき、セリーナが悪役令嬢になってしまったら……。
そう考えると、俺が風避けとして側にいることが一番の解決策だと思っていた。
だが、シリウスの熱意に負け、風避け役を他の誰かに頼もうと思案する。
(アルバート殿下に頼むのは端から無しだし、シリウスは……うん。それこそあり得ないよな)
告白してきた相手に頼むのはダメだと、さすがに俺でもわかる。
(あとは……やっぱりヒューゴ様しかいないか)
攻略キャラはもう一人……宰相の子息グレイソンがいるのだが、残念ながら彼とはこれまで交流がなかった。
そのような相手にマーガレットの風避けを俺からお願いすることは難しい。
そんなわけで、消去法でヒューゴを選んだのだが、シリウスには猛反対をされてしまった。
「あんな奴に借りを作る必要はない!」
前世の事情を知っているシリウスにそう言われてしまうと、強く言い返すことはできない。
再び悩み始めた俺に、シリウスは不思議そうな顔で口を開いた。
「どうして男にばかり頼もうとするんだ?」
「え?」
「風避けにするなら、どこかの派閥に入れてもらうのが手っ取り早いだろう?」
「…………」
言われてみると、確かにそうだった。
シリウスの言う派閥とは、学園の令嬢たちが作るグループのこと。
卒業後もこの派閥が社交界での重要な立ち位置となる。
前前世の記憶がある俺はゲーム知識が基盤となってしまい、マーガレットに関わるのは攻略キャラだと勝手に思い込んでしまっていた。
「それに、師匠だったら頼みやすいんじゃないか?」
そう言ってシリウスが口にした令嬢の名前は……なんと、俺の姉セリーナだった。
第二王子アルバートの婚約者であるセリーナは、当然ながら自身を中心とした派閥を作っている。
「でも、姉さんはアルバート殿下とマーガレットの仲を疑ってたこともあって……」
「だったら余計にセリーナ嬢の派閥に入れるべきだ。そうすれば、ピンク髪がアルバート殿下に近づくこともなくなるだろうし」
たしかに、同じ派閥のリーダーの婚約者にわざわざ近づくような真似はしないだろう。
マーガレットがアルバートに近づかなければ、セリーナがマーガレットを攻撃することもなく、同じ派閥の仲間としていい関係を築くことができるかもしれない。
(なるほど……)
それなら、シリウスの提案は理にかなったものだと思えた。
(悪役令嬢とヒロインを近づけさせるなんて考えもしなかったな……)
そして現在、セリーナを中心とした派閥グループにピンク髪の女子生徒が混ざっている。
セリーナにはマーガレットの事情……風避けの件を正直に伝え、派閥に入れてやって欲しいと頼んだ。
マーガレットには、派閥に入ったほうが卒業後も守ってもらえるメリットを伝え、男に言い寄る真似はやめるよう念を押した。
特にアルバートとは距離を取るように、しつこいくらい念を押した。
すると、思ったよりすんなりと事が運び、マーガレットが攻略キャラに近づくことはなくなった。
むしろ、マーガレットはセリーナによく懐いているようで、セリーナもそれを悪くは思っていないらしい。
(まあ、セリーナはチョロいところがあるからなぁ)
見た目は近寄りがたい雰囲気のある美人だが、実際は情にもろく、マーガレットが素直に頼れば力を貸してくれるだろう。
(意外と悪くない組み合わせなのかもしれない)
リアムに転生してから、セリーナが悪役令嬢として断罪されないよう支え続けてきた。
そんな長年の懸念事項が解消され、ようやく緊張から解放された心地になる。
だが、そんな俺に新たな問題が立ち塞がる……。
◇◇◇◇◇
「師匠……」
「あの、そろそろ離れても……」
「あと少しだけ……」
ここは学園内にあるシリウスに与えられた部屋。
さすが国の英雄で最強魔術師のシリウス。
おそらく学園長室と同等かそれ以上の広さがあり、置かれた調度品も全てが最高級品だった。
そんな部屋に招かれた俺は……後ろからシリウスに抱きしめられている。
マーガレットの件が解決し、俺は約束通りシリウスと二人で過ごすための時間を作った。
といっても、学生である俺の自由時間は放課後か休日のみ。
そして、シリウスは学園の特別講師と魔術師団を兼任しているため、俺が思っているよりも忙しかった。
ようやくシリウスの時間が取れたのは、告白されてから実に半月振り。
放課後、この部屋に来てほしいと言われ、対面したシリウスの顔には疲労が色濃く残っている。
どうやら魔術師団関連のトラブルが起きたせいで、この半月はそちらの対応にかかりきりだったらしい。
そんな彼の体調を心配する俺に、シリウスは切実そうな表情と声で「癒やしてほしい」と懇願する。
何か甘いものでも買ってきてやろうと了承の返事をし、部屋から出ようとシリウスに背を向けると、なぜか後ろから抱きしめられたのだ。
「シリウス!?」
「はぁ……癒される……」
突然のことに驚く俺の背後から、甘い溜息を吐くシリウスの声。
(これが癒される……?)
どうやら俺が思っていた癒やしと、シリウスが求めていた癒やしは違ったようだ。
「しばらくこのままで……」
だが、その縋りつくような声と俺の身体に巻き付いた腕に、仕方なくシリウスが満足するまで身を任せようと決意する。
シリウスは俺を抱きしめながらじっとしていたのだが、しばらくすると背後から荒い鼻息が……。
「おい! 匂いを嗅ぐな!」
「この前は必死で……ゆっくり師匠を堪能できなかったから」
そんなシリウスの言葉に、半月前のこと……シリウスにキスされたことを思い出してしまう。
途端に、羞恥の感情が膨れ上がり、顔が熱くなるのを自覚する。
「もしかして、この前のこと思い出した?」
「なっ!?」
まるで心の中を見透かされたようなシリウスの言葉。
「今の師匠は肌が白いから、赤くなるとすぐわかる」
そして、俺の項に柔らかな感触が……。
「ひっ!?」
「師匠、耳も赤くなってる」
続いて耳にも柔らかく分厚い何かが触れ、それがシリウスの唇であると遅れて理解した。
「こ、こら! シリウス!」
「俺、こうやって師匠を抱きしめるのが夢だったんだ」
「え?」
「いつか師匠の背を抜かして、抱きしめられるんじゃなくて抱きしめてやろうって……」
「…………」
正直なところ、この半月はシリウスからの好意をどう受け止めればいいのか悩み続けていた。
そもそも、前前世から俺は自分が異性愛者だと信じて疑わなかった。
だが、一度目の転生で婚約者に陥れられ、軽く女性不審になってしまったのも事実……。
むしろ、恋愛そのものから遠ざかっていた。
リアムに転生してからはセリーナの面倒ばかりみて、やはり恋愛どころではなく……。
だからだろうか。
シリウスからあんなにも強く求められ、戸惑う気持ちと同時に、熱い何かが胸から沸き上がったのも確かで……。
(それに……嫌悪感もなかった)
シリウスに触れられてキスをされても……それに、今だって……。
それが、前世からの俺とシリウスの関係性によるものなのか、それとも新たな関係を築くきっかけになるのかはわからない。
ただ、俺の心臓はうるさいくらいに高鳴るのだった。




