独占欲(Side.シリウス)
読んでいただきありがとうございます。
※今話はシリウス視点になります。
よろしくお願いいたします。
「どうしてそんな危ない魔法を使ったんだ!? 下手をすれば死んでいたかもしれないんだぞ!」
リアムが真剣な表情で声を荒げている。
傍から見れば、明らかに学生のリアムが俺に説教している様子を不審に思うだろう。
「怒らないって言ったくせに」
そう答えながらも、俺の心は歓喜に震える。
禁術を使い転生させたと伝えると、リアムは一番に俺の身を案じて怒ってくれたからだ。
(やっぱり師匠は変わらない……)
普段は穏やかなウィリアムだったが、俺が危ないことをした時だけは烈火のごとく怒られた。
(まさか、あの頃のようなやり取りができるなんて……)
きっかけは、カフェテリアでリアムがクロワッサンを俺の口元に運んだこと。
ウィリアムだった頃と変わらない俺への態度に、とある疑念が生じる。
(もしかして、前世の記憶が………?)
生まれ変わりとは、前世の記憶もリセットされた状態で新たな人生を歩むものだと思い込んでいた。
だが、そのまま記憶が引き継がれているのだとしたら……。
(俺と二人で過ごした時間も覚えてくれている?)
だとしたら、それはどれだけ幸せなことだろう……。
森の外れ、小さな家に二人きり。
魔法を初めて使えた時の喜びも、料理の味付けに失敗し無言で咀嚼を続けた苦しい時間も、雨が降り続ける夜に互いの体温に包まれながら眠りについた夜も……。
ウィリアムがいなくなってからは、二人の思い出を一人で反芻することしかできなかった。
だから、リアムに前世の記憶があるのかどうかを、どうしても確かめたかったのだ。
「それでも俺は生き残って、師匠はこの世界に生まれ変わった。それで……今は、俺の目の前にいる」
そう本音を告げると、リアムは怒りのトーンを落としていく。
相変わらず、師匠は弟子に甘くて弱い。
「怒鳴ったりして悪かった。俺も……シリウスにもう一度会えて嬉しいよ」
そして、リアムは花がほころぶような笑みを浮かべる。
そんな彼の表情を見た途端、自分の内側から熱い何かが湧き上がり、気づけば衝動的にリアムを抱きしめていた。
(………師匠っ!)
生まれ変わったリアムに、あの頃と変わらぬ恋情を自覚する。
それと同時に、モヤモヤとした不安が内側で渦巻いた。
ウィリアムはお人好しで面倒見のいい性格だった。
だから、同じ魂を持つリアムも彼の性格をそのまま引き継いでいる。
そこに前世の記憶が加わると、リアムの精神年齢は実際よりもかなり上になるだろう。
だからなのか、リアムは今世でもずっと誰かの面倒を見ている。
ウィリアムの生まれ変わりがリアムだと気づき、すぐに俺はリアム・カールソンがどういう人物なのかを調べた。
そして一番に出てきたのが、重度のシスコンであるという話。
幼い頃から姉セリーナの後を付いて回り、入学してからもそれは変わらないらしい。
しかし、前世の記憶があるとするならば、それはシスコンではなくセリーナの世話を焼いているのだろう。
セリーナは実の家族だから、それは仕方ないと我慢することができた。
(だけど、あの女は……)
最近、リアムの周りをウロチョロしているピンク髪の男爵令嬢。
甘ったるい喋り方がやけに鼻につく。
「何年も一緒に暮らして、やっと再会できた俺よりも……あの女のほうが大事?」
あの頃、ウィリアムの側には俺しかいなかった。
街へ出かける時は一緒だったし、ギルドの討伐依頼もパーティに入らなくて済むように俺が付き添っていた。
(だから、師匠からの愛情……たとえ恋情でなくても、それは俺にだけ向けられていたものだったに……!)
再会できた途端、今度は俺の中に独占欲という名のドス黒い感情が膨れ上がる。
あの頃とはお互い立場が違う。
年齢や環境もすっかり変わってしまった。
(そんなことわかってる。それでも俺は……師匠を独り占めしたい)
照れて俯いてしまったリアムの顎に手を添え、自分に顔を向けさせた。
耳まで赤くなり、大きな黒の瞳がわずかに潤んで……。
「師匠、可愛い……」
その瞳に映るのか俺だけだったらいいのに。
そんな独占欲が溢れ出る欲望と綯い交ぜになり、簡単に決壊してしまう。
「これからは思い出の中じゃない、今の俺を見てほしい」
そして、リアムの唇に自身の唇をそっと重ねる。
夢にまで見た瞬間、リアムを抱きしめる手と腕に力がこもった。
許可を得ずにキスをしたのは、衝動的な部分が大きい。
だが、これぐらいしないと、いつまでたっても俺を恋愛対象として見てくれないこともわかっていたから……。
「じゃあ、マーガレットは……?」
「はあ?」
それなのに、リアムはまたあの女の名前を出してきた。
しかも、俺があの女に気があるような勘違いまで……。
「俺は、師匠が死ぬ前から今までずっと一途に想ってきたんだ。今さら他の女に目移りするはずがないだろう?」
ここまで言ってようやくリアムは俺が本気であることを理解したようだ。
(鈍い……鈍すぎる……)
たしかに、ウィリアムだった頃も恋愛に積極的な様子はなかった。
それは婚約者に裏切られたせいだと思っていたが、本人の性格でもあったのだと今さらながらに気付く。
「師匠、俺が本気だってわかってくれた?」
「わ、わかった……」
「本当に?」
顔を真っ赤にしながらリアムはこくこくと頷いた。
「でも、シリウスのことをそんなふうに考えたことはなかったから……正直、混乱してる」
「うん。十五年振りの再会でいきなり過ぎたのは俺もわかってる。それでも、十五年間ずっと師匠を探して、師匠のことを想って生きてきたから……。返事は別として、二人きりで過ごす時間がほしい」
そう言うと、ようやくリアムが「わかった」と返事を、してくれた。
(あとは、師匠の意識を俺だけに向けさせないと……)
そうは言ってもリアムのことだ、あの女に何かトラブルでもあれば、また世話を焼きにいってしまうのだろう。
「あのピンク髪の女のこと、そんなに心配なら他の奴に風避けの役割を頼めないのか?」
「うーん………」
「師匠以外にも貴族はいくらだっているだろ?」
「…………」
少し悩んだあとにリアムは再び口を開く。
「じゃあヒューゴ様に……」
その名前に、俺は即座に反応してしまう。
「どうしてあんな奴に?」
「だって、俺より高位で婚約者のいない人ってなると限られてくるし……」
俺にはわかる。
ヒューゴがあの女の風避けになることはない。
(いや……それを引き受ける代わりに、師匠に何か要求する可能性もあるな)
ヒューゴ・トリフォノフ。
過去、ウィリアムを裏切って嵌めたトリフォノフ公爵夫妻の次男。
俺がウィリアムの名前を世に知らしめる前までは、『真実の愛の結晶』だなんて呼ばれていたらしい。
「師匠はどうしてあんな男と親しいんだ……?」
前世の記憶がないならともかく、自身を裏切った元婚約者の息子だとわかっているはずなのに。
「俺としても距離を置きたいんだけど、なんでか懐かれちゃって……」
「…………」
(あれは懐いてるんじゃなくて、惚れてるんだろ!)
呑気な態度のリアムを、思わず怒鳴りつけそうになってしまう。
あのカフェテリアで一目見た時からわかった。
リアムを見つめるヒューゴの視線には、明らかな好意が滲んでいることを。
だから、リアムに近づく俺に噛みついてきたのだ。
(もともと俺のことが気に食わないのもあったのだろうが……)
リアムの容姿は前世とまるで違う。
陶器のように白く美しい肌に、艶やかな黒髪と吸い込まれそうな大きな黒い瞳は、見る者を強く惹きつける。
俺は中身がウィリアムであれば何でもいいが、そんなリアムの外見に惹かれる者も多いだろうと思ったのも事実だ。
「ヒューゴ様といえば……」
そう切り出したリアムに視線を向ける。
「ウィリアムの汚名を晴らしてくれたんだな」
「あれは……事実を話しただけだ」
「だとしても、俺は嬉しかったし……それにイリック家のみんなも救われたと思う」
イリック男爵家はウィリアムの生家。
俺が公の場で自身の師匠がウィリアムだと明かしたあと、ウィリアムの父と兄から揃って感謝を告げられたことを思い出す。
「シリウス……ありがとう」
そう言って、リアムは微笑んだ。
「だけど、トリフォノフ公爵家を敵に回したのはマズイと思うんだ。いくらシリウスが英雄だからって、あちらのほうが爵位は上になるんだし……」
そしてまた俺の心配を始めたリアムをじっと見つめる。
(いいんだ。俺はあんたの為だったら何でもできるんだから)
例えば、世界を滅ぼすことだって。
次話は12/16(月)に投稿予定です。




