答え合わせ
俺が名前を呼ぶと、シリウスの身体がビクリと跳ねる。
そんな彼の背に手を回し、宥めるようにポンポンと優しく叩いてやった。
「師匠……記憶があるって言ってくれたらよかったのに……」
「さすがに生まれ変わったなんて話は信じてもらえないと思ったんだよ」
名前も容姿も年齢も……今の俺は何もかもがウィリアムと似ても似つかない。
「なあ、どうして俺がウィリアムだってわかった?」
「それは………」
そのままシリウスは黙り込んでしまう。
このようにシリウスが口籠るのは、俺に怒られるんじゃないかと不安になっている時だ。
(別に今の俺が怒ったところで、たいして怖くもないだろうに……)
そう思いながらも、昔のように優しく声をかけてやる。
「怒ったりしないから」
そう告げると、シリウスの喉がゴクリと動く。
それにしても、いつまで抱き合ったままなのか……。
俺の身体を抱きしめる力が強すぎて、抜け出せる気が全くしない。
「本当に怒らない?」
「ああ」
「師匠をこの世界に転生させたのは俺なんだ」
「んん?」
予想よりぶっ飛んだ答えが返ってきた。
「師匠が地竜に喰われたあと、魔法で魂を引き戻して……」
「待て待て待て待て!」
あまりに物騒な話に思わず待ったをかける。
「ちょっと……お互い腰を落ち着けてゆっくり話し合おう。……な?」
抱き合ったまま話す内容じゃない。
すると、シリウスは渋々といった様子で俺の身体をようやく離してくれた。
そのまま適当な椅子に座り、向かい合って話を続ける。
そして、シリウスから聞かされたのは、神から死者の魂を奪い取る魔法のこと……明らかに禁術だった。
「どうしてそんな危ない魔法を使ったんだ!? 下手をすれば死んでいたかもしれないんだぞ!」
「怒らないって言ったくせに」
「それとこれとは話は別だ! シリウスに死んでほしくなかったから俺は……」
「俺だって師匠を死なせたくなかった。あんたのいない世界なんて何の意味もないからな」
「…………っ!」
声を荒げる俺に対して、シリウスは当たり前のことのように淡々と告げる。
「それでも俺は生き残って、師匠はこの世界に生まれ変わった。それで……今は、俺の目の前にいる」
そう言って、シリウスは幸せそうに笑った。
「シリウス……」
その笑顔を見た瞬間、俺の怒りがゆるゆると溶けていく。
「そう……だよな……」
シリウスを助けるために俺が自爆を選んだように、シリウスだって俺を救おうと必死だったんだ。
「怒鳴ったりして悪かった。俺も……シリウスにもう一度会えて嬉しいよ」
そう言って、シリウスに笑顔を返した。
途端に、目を見開いたシリウスが椅子から勢いよく立ち上がる。
そして、座ったままの俺を再びぎゅっと抱きしめた。
「おい!」
困惑の声を上げるも、シリウスの腕は全く緩まない。
(こんなに感激屋だったっけ……?)
シリウスの胸板に顔を押し付けられ、身体に力強く巻き付いた腕のせいで少々苦しい思いをする。
その時、魂だけの姿になった俺に紅い鎖が巻き付いたことを思い出す。
(もしかして、あれが禁術か……?)
見習い神様を名乗る球体があんなにも慌てていた理由をようやく知ることができた。
「シリウス……話の続きを……」
「…………」
「まだ話は終わってないだろ?」
「だって……師匠があんな顔を見せるから……」
「どんな顔だよ。とにかく、再会の抱擁はあとでゆっくり……な?」
その言葉に、シリウスはのろのろと俺を腕の中から解放する。
しかし、向かいの席に戻ることはなく、俺の側から離れようとしない。
会話をするのに不自由はないからいいかと、俺は再び口を開いた。
「どうしてシリウスは禁術なんてものを使えたんだ? どこで学んだ?」
「魔術書に書いてあった通りに魔法を使っただけ」
「魔術書?」
「覚えてない? 俺が古書店で買ってきた落書きみたいなやつ」
そう言われ、前世の記憶を紐解いていくと、でたらめな魔法ばかりが書かれていた一冊の魔術書を思い出す。
俺も中身を軽く読んでみたが、どの魔法も威力が桁外れで、まるで現実味のないものばかりだった。
だから、偽物……いや、前前世のオカルト本のようなものだろうと思ったのだ。
「まさか、アレが……?」
「そう。本物だった」
「…………」
だとしたら、あの魔術書に書かれていた魔法全てが本物だということに……。
(あんなものが発動したら世界が簡単に滅びるぞ?)
呆然とする俺を安心させるように、シリウスが言葉を続ける。
「でも、発動させるには化物並みの魔力が必要になるし、誰もが簡単に使える代物じゃないから心配はいらない」
「そ、そうか……」
俺はホッと安堵の息を吐こうとして……ピタリと動きを止めた。
(ん? 待てよ?)
魔法を発動させようとしても魔力が足りなければ何も起こらず、下手をしたら術者の魔力が根こそぎ奪われて死を迎える。
そんなリスクの高い禁術を発動しようとする者も、発動できる者も滅多にいないはず……。
しかし、実際に目の前のシリウスが発動させ、俺はこの世界に転生している。
(シリウスならあの禁術を全て使いこなせるんじゃ……)
その可能性に思い至った瞬間、俺はゲームのエンディングを語る前前世の姉の言葉を思い出してしまった。
『シリウスルートのバッドエンドは世界が滅びちゃうからねぇ』
他の攻略キャラのバッドエンドは、ヒロインを妃に迎え入れるために王位簒奪を企んだり、ヒロインを自分のものにしようと心中したり、監禁したり……どれも碌でもない終わり方だが、それでも世界規模の被害が出るようなものではなかったはずだ。
それに、あの見習い神様もシリウスが世界を滅ぼす程の力を持つと明言していた。
(もし、マーガレットがシリウスルートに入ったら……)
これまで、セリーナを救いたい気持ちはあっても、自分はゲーム本編に関わりがなく、どこか他人事というか……俯瞰して物事を見ている感覚だった。
しかし、世界滅亡の危機は思ったよりも身近なところに転がっていて、俺もこの世界の一員だったのだと強く実感してしまう。
「し、シリウス……もう二度と禁術は使っちゃダメだ! あの魔術書も処分したほうがいい!」
「それならすでに処分してある」
「え?」
さすがシリウスだ。
これで万が一にも魔術書が他の者の手に渡ることも、シリウスが世界を滅ぼすこともない。
「書いてあった術式は全部俺の頭に入ってるし」
「…………」
滅亡の危機はそう簡単に去ってはくれないようだ。
「そんな不安そうな顔しなくても、もう禁術を使ったりしないから」
「…………」
「心配なら、師匠がずっと俺の側で見張っていればいい」
そう告げるシリウスの声と視線は、なぜか熱を帯びていた。




