二人の時間 ②
「ねぇ、ねぇ、今日の放課後って空いてる?」
「え?」
「この前のカフェテリアにまた行きたいんだけど」
昼休みの中庭、並んで昼食を食べていたマーガレットが俺に甘えた声を出す。
「あー………放課後は予定があって」
「えーっ!? それって私より優先する用事なの?」
「先に約束したほうが優先。当然だろ?」
するとマーガレットはわかりやすく拗ねた表情になる。
あの日、マーガレットと知り合ってから、彼女は俺に声をかけてくるようになった。
ゲームの進展を探ろうとしていた俺にとっても好都合で、こうして一緒に過ごす時間が増えている。
(ただ、攻略キャラとの関係はあまり進展してないみたいだけど……)
むしろ、攻略キャラたちと疎遠になっている気さえする。
理由は簡単。これまで攻略キャラと過ごしていた時間を俺と過ごしているから……。
(何でこうなるんだ?)
だからといって、俺とマーガレットが恋愛関係に発展しているかというと、そんなこともなく……。
それでも、攻略キャラたちからヒロインを奪ってしまったようで、何となく申し訳ない気分になった。
「じゃあ誰と何の約束をしているのか教えて!」
「まだこの話続いてた?」
「まだ終わってないし! あっ! もしかして恋人ができたとか?」
「違う違う。先生の手伝いをしてるだけ」
「先生?」
「そう。バートランド先生の手伝い」
「えーっ!! いいなぁ! それって私も参加しちゃダメ?」
大きな瞳をうるうるさせながら、上目遣いでマーガレットがおねだりをする。
「ダメ」
「ひどい! せめてもうちょっと悩んでから断ってよ! 普通なら頬を赤くするところだよ?」
「上目遣いのおねだりには慣れてるから」
「そうなの? まあ、セリーナ様みたいな美人には敵わないかぁ……」
マーガレットは、俺に上目遣いをする相手が姉のセリーナだと思ったようだ。
(シリウスとは思わないよな……)
マーガレットの愛らしい瞳より、あの紅い瞳のほうが俺の心は揺さぶられてしまう。
「どっちにしろ魔術を専攻してるマーガレットはダメだよ」
「そうなんだ……」
マーガレットはがっくりとその場に項垂れる。
「そんなにバートランド先生が好きなのか?」
「んー……そりゃあ、強くてカッコよくて地位とお金も持ってるし?」
「…………」
彼女の言葉に間違いはない。
ただ、こうもヒロインがあけすけに言ってしまうと、何とも言えない気持ちになる。
「まあ、今はリアムがいてくれるからいいけど」
「え? 俺?」
「リアムだって顔はカッコいい……いや、可愛いし、地位とお金も持ってるでしょ?」
顔立ちは置いておくとして、俺は侯爵子息で姉は第二王子の婚約者……攻略キャラに比べると見劣りするかもしれないが、元平民の男爵令嬢にとって十分な優良物件である。
「気づかなかった……」
俺の言葉にマーガレットはケラケラと笑い声を上げる。
「じゃあ、マーガレットは俺のことが……す、好きってこと?」
「あははっ、リアムは短絡的だね!」
そう言って、マーガレットはさらに笑い出す。
じゃあ、どういう意味で言ったのだと睨みつけると、彼女は笑顔のまま口を開いた。
「簡単に言うと、私を守ってくれる風避けが欲しかったの」
「風避け?」
「そう。リアムにはわからないだろうけど、平民上がりの令嬢なんて恰好の的なんだからね?」
この貴族だらけの学園で、マーガレットのような出自は攻撃対象になる。
だからといって、優秀さを認められた特待生の平民たちとも相容れない。
だから彼女は生き抜くために、王族を含めた高位貴族の子息たちに近づいたのだ。
彼らのお気に入りだと周知されれば、簡単に手出しされることはないだろうと考えて……。
「ほら、私って顔だけは可愛いじゃない? だったらそれを利用しない手はないし。だからリアムが側にいてくれて助かってるのよ」
「なるほど………」
(このまま俺が側にいれば、マーガレットがアルバートに言い寄ることもなくなるってことか……)
そうすれば、セリーナが悪役令嬢になる可能性も低くなり、全てが丸く治まることになる。
ようやく、俺はこのゲームの攻略法を見つけたような気がした。
◇◇◇◇◇◇
放課後、魔術講義室の扉をノックした瞬間、間髪入れずに扉が開いてシリウスが顔を出す。
毎回のことだが、ずっと扉の内側にシリウスが待機して俺を待っているのかと思うと、つい吹き出してしまいそうになる。
「今日も来てくれたんだな」
「はい。約束ですから」
シリウスの授業は生徒たちに好評らしく、俺は望まれるまま彼の手伝いを続けている。
「そろそろ実技も増やしていきましょうか」
いくつかの資料に目を通しながら、授業内容の提案をするも、シリウスから返事はない。
「バートランド先生?」
不思議に思い、資料から顔を上げると、シリウスが俺の顔をじっと見つめていることに気が付く。
だが、それは何かを強請るようなものではなく、疑うような探るような視線で……。
(これは………)
前世でも、時々シリウスがこんな視線を俺に向けてくることがあった。
「何か俺に聞きたいことでもあるんですか?」
そう、これは聞きたいことかあるけれど、言い出せない時の顔だ。
そんな時、こちらから問いかけてやれば、シリウスは必ず口を開く。
「今日の昼休み……リアムを見かけたんだ」
「そうだったんですね。声をかけてくださったらよかったのに」
すると、シリウスは拗ねたような表情になる。
「あの、ピンク髪の甘ったるい喋り方の女と一緒だったろ?」
「………マーガレットですね」
たしかにマーガレットの特徴なのだが、ヒロインの名前くらい普通に呼んであげてほしい。
「どういった関係なんだ?」
「ええっと……」
俺はどう答えるべきか逡巡する。
攻略キャラのシリウスは、ヒロインと一緒だった俺に嫉妬しているのかもしれない。
(ただの友人ですよ……が無難か?)
だが、それだけだと俺とヒロインの仲が疑われたままになってしまう可能性がある。
何度も言うように、俺は攻略キャラとヒロインを取り合いするつもりはない。
「お互いが利用し合う関係……ですね」
「何だそれは?」
出自のせいで周りから攻撃を受けないよう、マーガレットの風避けの役割を果たしているのだと説明する。
「それをリアムが請け負う必要はないだろう?」
「それはそうなんですが……。しばらくは俺がマーガレットの側にいるほうが平和なので」
ついでに、姉のセリーナの暴走を防ぐためでもあると、こちらの事情を簡単に説明した。
「ご理解いただけましたか?」
すると、シリウスは大きな溜息を吐く。
「恋人ではないんだな?」
「それはないですよ。知り合ったばかりですし……」
「そんな知り合ったばかりの女の風避けになるなんて、師匠は相変わらずお人好しだな」
「別に俺はお人好しってわけじゃありませんよ。いろいろ考えて動いていますし……」
そう答えたところで、はたと気づく。
(あれ? 今、何て言った?)
おそるおそる顔を上げると、そこには惚けるような笑みを浮かべたシリウスが……。
「やっぱり、師匠には記憶があるんだな」
「いや、何を……」
「俺が師匠って呼ぶのはたった一人だけ。そして、その人を師匠と呼ぶのも俺だけだ」
「…………」
(まさか、俺がウィリアムだと気づいた?)
そんなはずはない。
それなのに、まるで確信を持っているかのように、シリウスは俺を師匠と呼んだ。
(いつから? どうして?)
しかし、俺がウィリアムだという証拠はどこにもない。
俺が認めない限り、俺はリアムのままのはずで……。
「バートランド先生、何か誤解を……」
そんな俺の言葉を遮るように、突然シリウスに抱きしめられる。
「師匠、会いたかった……!」
「………っ!」
「ずっと、ずっと、寂しかった。師匠がいなくなってから俺は……」
今にも泣き出しそうなシリウスの声。
そして、俺を決して離さないとでも言うように、シリウスの逞しい腕に力が込められていく。
(ああ、ダメだ……)
こんな状態のシリウスに嘘をついて、突き放すことなんて……俺にはできない。
「シリウス……」
ついに俺は、リアムの姿で彼の名前を呼んだ。
読んでいただきありがとうございます!
次回の投稿は12/9(月)の予定です。
土日はなかなか執筆時間が取れなくて……すみません。
よろしくお願いいたします。




