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無意識

そんな敵意剥き出しのヒューゴに対して、シリウスは軽く首を傾げた。


「君は……?」

「ヒューゴ・トリフォノフ」


挑発するような口調でヒューゴが自身の名を告げると、途端にシリウスの紅い瞳がすぅっと細められる。


「ああ、君がトリフォノフ公爵のご子息様か」


その冷ややかな声と表情には嘲りが多分に含まれており、俺はゴクリと喉を鳴らす。 


ゲームの設定資料集に名前すら載らなかったウィリアムは、シリウスのおかげでずいぶん有名になってしまった。

きっと、シリウスなりにウィリアムの名誉を回復しようと考えてくれたのだろう。


(その気持ちは嬉しいけど、公爵家に喧嘩を売るのはやめてくれ!)


すでに死んでいるウィリアムのために、シリウスがいらぬ火の粉までかぶる必要はないのだ。


しかし、今の俺がそんなことを言えるはずもなく、シリウスとヒューゴは一触即発の空気となる。

そんな状況をなんとかしようと、俺はおそるおそる口を挟んだ。


「シ……いえ、バートランド先生はどうしてこちらに?」


シリウスを先生呼びすることに若干の違和感を感じつつ、無理矢理こちらに意識を向けさせた。


「……先生。そうか、俺が先生か……」


ヒューゴから視線を外したシリウスが、今度は何やらブツブツと呟いている。


「あの………?」

「ああ、すまない。リアムに用があったんだ」

「俺に?」

「頼みたいことがあって……よければ場所を変えて話さないか?」

「え?」


途端に、ヒューゴから怒りの声が飛ぶ。


「リアムは俺と二人の時間を楽しんでいるんです。勝手な真似はやめていただきたい!」

「楽しんでいる? リアム、そうなのか?」


シリウスが何とも答えづらい質問を俺に投げかける。


「え?……ええ、そうですね」


もちろんヒューゴとの時間が楽しいわけではないが、俺にも立場というものがあるのだ。

俺の返事を聞いたヒューゴは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、シリウスは面白くなさそうな表情になる。


その時、注文していたクロワッサンがセットのスープとともに運ばれてくる。

食欲をそそる匂いと、思っていたよりも大きいクロワッサンに気を取られているうちに、シリウスが店員に椅子を用意するよう頼んでいた。

そして、しれっと俺の隣に椅子を置いて座る。


あまりにも予想外かつ大胆な行動に、ヒューゴでさえも呆気にとられてしまっている。

  

貴族ならば、相手の許可を得ずに椅子を持ち込んで相席なんてあり得ない。

そんなあり得ないことを、貴族のようななりをしてやってのけるのだからたちが悪い。


(相変わらずだな……)


シリウスは昔から我が強いタイプだ。

意見を通すために、相手を自分のペースに引き込もうとする。


案の定、ヒューゴは怒るタイミングをのがし、それに構うことなく、まるで始めからここに座っていたかのような気安さでシリウスが俺に話しかける。


「リアムはクロワッサンが好き?」

「そうですね。このお店のものを食べるのは初めてですけど」

「へぇ……美味しそうだな」


そう言って、シリウスは俺の手元にあるクロワッサンに視線を向けた。

昔より声はずいぶん低くなったが、その口調と仕草はあの頃のままで……。


「ほら……」


気付けば、ちぎったクロワッサンをシリウスの口元に差し出している俺がいた。


(あ………)


それは、完全に無意識での行動。


あの頃、育ち盛りだったシリウスは、食事が足りない時は俺に分けて欲しいと強請ねだって口をパカリと開けていた。

そんな雛鳥のような仕草が可愛くて、俺は幾度となく口へ運んでやったのだが……。 


シリウスが驚いたように俺を見つめている。 


「す、すみません!」


俺は謝罪の言葉とともに、慌てて差し出した手を引っ込めようとする。

そんな俺の手首をシリウスが素早く掴み、ちぎったクロワッサンをパクリと自身の口に入れてしまった。


(えっ? 食べた……!?)


そして、もぐもぐと口を動かすシリウスの紅い瞳が、何かを探るようにじっと俺を見つめる。


(ヤバい………)


どうして俺は当たり前のように食べさせてしまったのか……。

昨日出会ったばかり……しかも、今や英雄となったシリウス相手にやることじゃない。


自分でも気づかないうちに、意識や行動が前世に引っ張られてしまっているみたいだ。


何か言い訳を……と考えるより先に、ヒューゴが席から立ち上がる。


「リアムから離れてくれ!」


そう言って、俺とシリウスの間にヒューゴが身体を割り込ませた。 


「教師が生徒に対して過剰なスキンシップをする必要はないだろう!」

「俺から手を出したわけじゃない。俺は応じただけだが?」

「くっ……! それだけじゃない。特定の生徒と仲を深めるような真似は公平性に欠ける!」

「残念だけど、俺は魔術専任の特別講師だからな。リアムの成績に関わることはない」


俺が魔術を専攻していないことを、どうしてシリウスが知っているのだろう。


疑問を口にしたくとも、シリウスとヒューゴの口論は続いていく。


「君こそ、自分の地位を笠に着てリアムを困らせているんじゃないかのか?」

「俺とリアムはそんな関係じゃない!」

「じゃあ、どんな関係なんだ?」


今度はシリウスが挑発するようにヒューゴへ問いかける。


「俺とリアムは……」


ヒューゴが振り向き、俺の顔をじっと見つめる。

そのギラギラとした熱い視線に、俺は思わず身構えてしまう。


その時だった。


「あれ? ここにも席があるんだぁ」


甘ったるい声が聞こえたかと思うと、ピンク髪の女子生徒がひょっこりと顔を出す。


「あ、ヒューゴ先輩!」


そう言って、翠の瞳を輝かせたのは、このゲーム世界のヒロイン……マーガレットだった。


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