もう一つの因縁
※リアム視点に戻ります。
朝一番に学園の全生徒が大講堂へ集められた。
そして、特別講師に就任したシリウスが紹介されると、あちこちから感嘆の声が上がり、そのざわつきはなかなか治まることはない。
孤児でありながら、国一番の最強魔術師にまで上り詰めたシリウスは、民から英雄のように扱われている。
そして、それは貴族たちも例外ではなく、その麗しい美貌もあってか、特に令嬢から絶大な人気を誇っていると聞いた。
(すごいな………)
昨日、シリウスと思わぬ再会を果たしたが、改めて現在の彼の凄さを実感する。
それと同時に、幼いシリウスに基礎魔法を教えていた頃の懐かしい記憶が蘇った。
(今のシリウスに教えることなんて、もう何もないんだろうなぁ)
前世の俺が死ぬ原因になった地竜よりも、はるかに上位クラスの竜種……紅竜をシリウスがほぼ一人で討伐したと聞いた時は鳥肌が立った。
それに、前世の俺はシリウス程ではなくとも、王立魔術師団に推薦してもらえるくらいの魔法の才能があった。
だが、現在の俺……リアムは、並みの魔力量しか持たない。
(せめて、他の才能があればよかったんだけど……)
魔法がダメなら騎士はどうかと思ったこともあったが、残念ながらこちらの才能もなく、リアムは平凡な侯爵子息として過ごしてきたのだ。
そんなことを考えているうちに、朝の集会は終了し、俺も皆と同じように教室へと向かった。
◇
放課後になり、待ち合わせ場所であるカフェテリアに向かおうと教室を出た途端、俺の名を呼ぶ大きな声が廊下に響く。
「リアム! 迎えにきたぞ!」
声の主に目を遣ると、そこには満面の笑みを浮かべたヒューゴが……。
周りの生徒たちからの視線が痛い。
しかし、ヒューゴはそんな視線など全く気にしていない様子で俺のもとへやってくる。
「ヒューゴ様……わざわざ迎えに来ていただかなくても……」
待ち合わせの意味がないだろうという言葉は呑み込む。
「ああ。俺が早くリアムに会いたかったんだ」
ヒューゴが笑顔で告げた途端に、周りの女子生徒たちから悲鳴が上がった。
もちろん、恐怖ではなく歓喜の悲鳴だ。
鍛え抜かれた身体に精悍な顔立ちのヒューゴは、やはり女子生徒たちからの人気が高い。
(そういうのはヒロインちゃんにやってくれよ)
だが、そんな言葉を言えるはずもなく、俺は笑顔を貼り付けたままヒューゴに礼を述べる。
そして、そのまま二人並んで歩き出した。
カフェテリアに着くと、ヒューゴの名前で予約がされている特別席へと案内される。
生徒の大半が貴族であるため、学園内の様々な場所で、このような暗黙のルールがあちらこちらに存在するのだ。
「リアムは何が食べたい? 」
「ええっと、ヒューゴ様がおすすめだと言っていたクロワッサンを……」
「俺の言葉を覚えていてくれたんだな!」
向かいに座るヒューゴが、俺の言葉を聞いて嬉しそうに目を輝かせている。
対する俺は、経験はないが社会人の接待ってこんな感じなんだろうかと思ってしまう。
注文を終えると、ヒューゴはご機嫌な様子で最近の出来事を話し出した。
俺は相槌を打ちながらも、ゲームに関するヒントはないかと注意深く聞き入る。
苦手なヒューゴと二人きりになったのだから、せめて何か収穫が欲しかった。
それなのに、マーガレットの話題は全く出てこない。
仕方なく、自分から探りを入れることにした。
「あ、あの、ヒューゴ様は他の誰かとカフェテリアに来られたことは……?」
「ん? 殿下とは何度も来たことがあるぞ?」
「いえ、そういう意味ではなく。放課後に誰かを誘って食事に来られたりは……」
「…………」
すると、ヒューゴは無言のまま俺の顔をじっと見つめ、少し照れたように笑う。
「安心してくれ。俺がそんな誘いをするのはリアムにだけだ」
「そうですか………」
どうやらマーガレットとカフェテリアでデートを楽しんでいるわけではないらしい。
(じゃあ、どこで会ってるんだ?)
その時、店内がざわめき始めたことに気がついた。
何事だと思った瞬間、心地よい低い声が俺の名前を呼ぶ。
「ああ、リアム。こんなところにいたのか」
振り向くと、柔らかな笑顔を浮かべたシリウスが俺を見下ろしていた。
「え?」
「ようやく見つけた」
「…………」
思わぬ人物の登場に俺の思考は停止してしまう。
互いに沈黙したまま……だが、その紅い瞳から目を逸らせずに見つめていると、向かいの席から鋭い声がかかった。
「無粋な真似はやめていただけますか……バートランド先生?」
そんなヒューゴの口調と表情から、シリウスに対する明らかな敵意が見て取れる。
(………ヤバい!)
その時になって、ようやく俺はこの二人が近づくのは危険であったことに気がついたのだ。
攻略キャラであるヒューゴとシリウスは、いずれマーガレットを奪い合うライバルになる。
だが、それとは別に、この二人の関係には前世の俺絡みの厄介な問題があった。
ヒューゴの両親……トリフォノフ公爵夫妻は、前世の俺
ウィリアムをDV野郎に仕立て上げ、真実の愛で結ばれたという経緯を持つ。
二人は結婚し、男児を二人儲け、ウィリアムのことなどすっかり忘れて幸せに暮らしていたに違いない。
そんなある日、思わぬところから再びウィリアムの名前を聞くことになる。
『この栄誉は、幼き私の才能を見出し、高みへと引き上げてくださった我が師……ウィリアム・イリックへ捧げます』
爵位を賜る公式な場で、シリウスはあろうことかウィリアムの名前を出したのだ。
そのことがきっかけで、ウィリアムの名前が再び脚光を浴びることになる。
しかも、前回とは違い、最強魔術師シリウスの恩師として。
それと同時に、孤児であったシリウスの才能を見抜き、魔術師にまで育て上げた逸材をどうして逃してしまったのか……。
そんな話題が人々の口に上るタイミングを見計らったかのように、とある噂が駆け巡る。
──ウィリアム・イリックは、かつてトリフォノフ公爵夫妻に嵌められて王都を追放されたのだと……。
もちろん、あくまで噂だ。
何年も前の学園内での出来事で、当事者であるウィリアムはすでに死亡している。
だが、普段から礼節をわきまえるシリウスが、トリフォノフ公爵夫妻にだけは冷淡に振る舞う様子に、噂は真実味を増してしまう。
トリフォノフ公爵夫妻の『真実の愛』に、シリウスがケチを付けてしまった。
そんな真実の愛の結晶であるヒューゴが、シリウスに対していい感情を持つはずがなかったのだ。
次話は11/30(土)に投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




