出会い(Side.シリウス)
※今話はシリウス視点になります。
よろしくお願いいたします。
(ああ、ようやく見つけた………)
歓喜が俺の心を震わせ、満たしていく。
この黒髪の少年に触れた瞬間、俺があの人の魂に刻んだ印が反応したのだ。
(今すぐ抱きしめて、このままどこか安全な場所へ閉じ込めて……)
逸る気持ちと湧き上がる激情を必死に押さえつけ、無理やり表情を作る。
感情を全て表に出してはいけない。
これもあの人に教わったこと。
当時は、孤児の俺になぜこんなことを教えるのか、何か意味があるのかと不思議だった。
だが、実際はあの人の教えが生きていく上での糧となったのだ。
そう、あの人を失ってから……。
◇◇◇◇◇
俺には生まれた時から父がいなかった。
母は一人で必死に働いて俺を育ててくれたが、無理がたたったせいなのか、俺が八歳の時に病気で呆気なく死んでしまう。
母以外に身寄りのなかった俺は、そのまま孤児院で生活を送ることになった。
しかし、他はどうだか知らないが、俺が暮らすことになった孤児院は厄介な場所だった。
不衛生で粗末で最低限のものしか与えられない環境。
だから子供たちはいつも飢えている。
そこへ、寄付や視察と称して着飾った大人が時折訪れ、それを見た子供たちは一斉に目を輝かせるのだ。
あの大人に気に入られればこの飢えが満たされる、この環境から抜け出すことができるのだと、必死になって媚を売り自身をアピールする。
そこに現れた目立つ容姿を持つ俺という存在は、子供たちにとってよほど邪魔だったのだろう。
自分たちが選ばれたいがために、俺に暴力を振るい、髪や服を汚され、着飾った大人の目に触れさせないようにどこかへ閉じ込める。
十五歳になれば、子供たちは何の後ろ盾もないまま、この孤児院から出て行かなければならない。
早く選ばれなければという焦りからか、年齢が上の子供になるほど俺に対する反応は過剰だった。
だが、俺はたいした反抗もせずにそれを受け入れていた。
夜の仕事をしていた母から、着飾った大人たち……貴族の裏の顔というものを聞いていたからだ。
子供の支援や温かく家族として迎え入れるために、貴族たちがこの孤児院を訪れているわけではないと俺は気付いていた。
(早く大人になりたい………)
他の子供たちとは違い、俺は十五歳になってここを出ていくことを目標に、なるべく目立たないように過ごしていた。
しかし、気配を消すように孤児院で過ごして三年が経った頃、ついに俺はそんな貴族の男の目に留まってしまう……。
「おお、ずいぶんと痩せて……可哀想に……」
憐れむような言葉を口にしながら、男は無遠慮に俺の両肩を掴んだ。
「よしよし。これからは何も心配はいらない。美味しい食事を用意して、綺麗な服を着せてあげよう。欲しいものがあれば私に言いなさい」
顔に笑顔を貼り付けながら、男のギラついた瞳に宿る情欲に寒気を覚える。
すぐ側にいた孤児院の院長は、満面の笑みを浮かべながら何度も頷いていた。
(クソッ………)
こうして、あっという間に商談は成立してしまい、翌日には男が孤児院に迎えの馬車を寄越した。
(このままじゃ、俺は………)
男の屋敷に向かう馬車の中、逃げるなら今しかないと覚悟を決める。
俺は腹が痛いと嘘をついて御者に扉を開けさせ、隙をついて外に飛び出した。
そして、すぐ側の森の中へ逃げ込み、追いかけてきた御者をなんとかやり過ごす。
それからしばらく森の中を歩き続け、すっかりくたびれてしまった俺は適当な木の根元に座り込んだ。
(もう、孤児院には戻れないな。どこか別の町に行って、そこで……そこで……)
そこで、どうすればいいのだろう。
何も考えが浮かんでこない。
(俺が大人だったら、自分だけで生きていけるのに)
誰かの手を借りなければ生きていけない、何もできない子供であることが無性に腹立たしかった。
それなのに、助け守ってくれるような存在なんて俺の側にはいないのだ。
なんだか頭に靄がかかり、全身にだるさを覚えた。
そこへ、地面に落ちた小枝をパキリと踏みつける音が響く。
「ねえ、君どうしたの?」
現れたのは、明るい茶髪に焦げ茶の瞳を持つ細身の青年。
反射的に敵意と警戒心を剥き出した俺に、あろうことかその青年は自分の武器であるナイフを差し出した。
「何のつもりだ!」
「目の前に怪我をした子供がいれば、誰だって助けたいと思うさ」
当たり前のように告げられた言葉に、なぜか胸が苦しくなった。
「近くに俺の家があるんだ。そこで手当てをしてあげるから、ナイフを持って付いておいで」
そして、青年はくるりと俺に背中を向けると、そのまま歩き出す。
この青年にどんな意図があるのかを探るように、俺は離れていくその無防備な背中を見つめた。
(このまま逃げてしまえば……。でも、一体どこに………?)
結局、俺は立ち上がり、ゆっくりと青年の背中を追いかけ……そこで記憶は途絶えてしまったのだった。
◇
熱を出し、倒れてしまった見ず知らずの俺を助けた青年はウィリアムと名乗った。
朝食を食べる時の美しい所作、当たり前のように食後の紅茶を用意する姿、どこをどう見ても庶民だとは思えず、指摘をすれば勘当された貴族の子息だと明かされる。
しかも、勘当された理由が……何とも可哀想なものだった。
(たしかにお人好しそうだもんなぁ……)
女にコロッと騙されて、手玉に取られそうな顔をしている。
だが、ウィリアムが有能な魔術師であると聞き、再び警戒心を露わにしたが、よく考えると俺をどうにかしたいならばこんな回りくどいことをする必要はないのだと思い直す。
そして、お人好しなウィリアムの提案により、二人の生活が始まった。
(眠れねぇ………)
ウィリアムは俺に個室を与え、ドアに鍵まで付けてくれた。
それでも、魔法でドアをぶち破って、ウィリアムが俺を襲いにくるんじゃないかと不安に駆られてうまく眠れない。
ようやく眠ることができても、夜中に何度も目を覚ましてしまうのだ。
自身の不安を解消するために、俺はナイフを握りしめてウィリアムが眠る部屋の前に立つ。
おかしなことに、ウィリアムの部屋には鍵が付いていなかった。
「…………」
そっと部屋に忍び込むと、ベッドから体を半分飛び出しながら、ヨダレを垂らして眠りこけているウィリアムの姿が………。
拍子抜けると同時に、ホッと胸を撫でおろす。
(それにしても、こいつ寝相悪いな)
そんなことを何度か繰り返すうちに虚しい気持ちになり、いつの間にか朝まで目覚めることなく眠れるようになったのだった。




