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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾壱話 刈和野駅 (秋田県)
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拾壱之陸


 旅寝駅夫と星路羅針の二人を乗せた、新幹線こまち21号は、はやぶさ21号を引き連れて、盛岡駅に到着しようとしていた。

 北海道に次ぐ面積を誇る岩手県の県庁所在地にあるこの盛岡駅は、もちろん交通の要衝として重要な駅である。JRは東北新幹線を始め、秋田新幹線、東北本線、田沢湖線、山田線が乗り入れ、そして第三セクターのIGRいわて銀河鉄道も乗り入れている、巨大なターミナル駅である。


 車窓の奥、自然が残る盛岡の街の向こうには雲にけぶる岩手富士と呼ばれる標高2038mに及ぶ岩手山いわてさんが、二人の到着を歓迎するかのように鎮座していた。

「あれが、岩手富士かな。」

 駅夫が奥に見える富士山のような形をした山を指差して言う。

「多分な。位置からいって多分そうだろうな。」

 羅針も駅夫が指差す山を見て推察する。

 まるで一幅の絵画のように、車窓の向こうに聳え建つ岩手山は雄大で堂々としていた。雲が垂れ込めているせいか、夏に向けて緑が濃くなっていく季節であるはずなのに、生憎くすんだ色をしていたが、その山頂は天を突き刺すように高く感じ、より一層雄大に感じた。

 

 列車は盛岡駅に到着すると、解結作業に取りかかる。

「ここで、後ろのはやぶさを切り離す解結作業があるんだけど、こっちが先に出発だから、見に行きたいけど、置いていかれるからなぁ。」

 見に行くのを諦めた羅針が残念そうに言う。

「解結作業って、近江今津駅で見たあれか?」

 駅夫がこのルーレット旅で最初に訪れた近江今津駅から次の国府宮駅に移動する際に、新快速の車両が前の4両を切り離す解結作業をしたことを指して言った。

「そうそう。それと同じ。同じとは言っても新幹線の解結作業だから、珍しいんだよ。ここ盛岡と福島でしか見られないからね。」

 そう言って、羅針が残念そうに言う。

「どうせ、動画で何度も見てるんだろ。」

 駅夫が慰めるように言う。

「どうせって。動画で見るのと、実際の目で見るのとでは雲泥の違いだよ。」

 そう羅針は反論する。

「さっき、動画でも自分の体験のように感じるって言ってたじゃん。あれは嘘か?」

 駅夫がからかうように言う。

「あれはあれ、これはこれ、だよ。」

 羅針はそう言って恍けるが、表情は本当に残念そうだ。


 そうこうしているうちに、列車は再び走り出した。

 二人が乗った新幹線こまちは、ミニ新幹線として在来線の田沢湖線を走る秋田新幹線区間に入っていく。

 ミニ新幹線とは、1067㎜の狭軌である在来線の軌間きかん(線路の幅)を、標準軌と言われる1435㎜の軌間を持つ新幹線に合わせて改軌した上で、新幹線車両を直通運転させる、いわゆる新在直通運転ができるようにした方式のことで、西九州新幹線が導入しようとしていた、車両を改造して狭軌、標準軌両方を走らせることが出来るようにするフリーゲージ方式とは異なり、軌間を変更し、電気方式を新幹線に合わせることで直通出来るため、技術的なハードルがないというのが利点となる。


 しかし高速で走る新幹線が在来線の線路を走ることはメリットばかりではない。

 導入車両はフル規格の新幹線の線路と、在来線の線路を両方走るために必要な設備を搭載しなければならないため、通常の新幹線車両の1.6倍はコスト高になると言われている。更に、高速化といっても在来線の線形に依存するため、導入したコストに見合わないという問題もある。その上、当然だが、踏切事故や動物との衝突事故、バラストの跳ね上げなど、フル規格では考えられない事故も発生する可能性はある。そして、一番大きいのは、線路幅を広げても、車体幅は広げられないため、輸送人数が増やせないという問題もある。


 以前、長崎に行く西九州新幹線に乗車した時に、羅針が駅夫へ佐賀県にフル規格の新幹線導入が進まない理由を説明した際、駅夫が在来線に新幹線を通せば良いと言っていたが、そう簡単にいかない理由は、この秋田新幹線導入の歴史を振り返ってみれば良く理解出来るだろう。


 駅夫は「そう言えば」と言って、西九州新幹線が分断されている問題を思い出し、再び羅針に聞いてきたのだ。羅針はそれに対し、西九州新幹線で説明したことを改めて繰り返し、更に秋田新幹線で起こっている問題点についても説明した。


「やっぱり、佐賀県の新幹線導入は一筋縄ではいかないってことだな。佐賀県内だけミニ新幹線方式にすれば良いとか考えてたけど、ミニ新幹線も色々問題があるんだな。」

 駅夫が納得したように言う。

「これで納得しただろ。結局費用対効果、コストの問題なんだよ。確執云々はまた別の話。佐賀県に観光客が来ないなら、新幹線を導入する意味はないって話に帰結するんだよ。」

「でも、新幹線を通せばそれなりに来訪者も増えると思うんだけど、そうはならないってことなんだろ。」

「そう。快速然り、特急然り、新幹線然り、今まで色んな場所で途中駅が恩恵を得られずに衰退した過去があるから、尚更ね。」

 羅針が腕を組みながら、どうしようもないんだと言いたげに溜め息をついた。

「歴史が証明しちゃってるなら、どうしようもないのか。佐賀県頑張って欲しいな。」

 駅夫がそう言って車窓に目をやり、遠くを見つめた。


 盛岡駅を出発した列車は、アプローチ線を降りて、田沢湖線に入り、一路秋田へと向けて進路を取る。先程見えていた岩手山は右手の車窓に移り、今度は二人を見送っているかのようだった。


 列車は高架線から地上に降り、住宅街を抜けていく。早速踏切もいくつか通過し、在来線に降りてきたことを、否が応でも認識せざるを得なかった。

 車窓は田園風景に変わり、秋田の米所としての真骨頂である、青々とした稲が一面に広がっていく。


 列車は大釜おおがま駅で、上りのこまちと列車交換をするために運転停車をした。田沢湖線は単線であるため、途中で擦れ違いが出来ず、駅で交換作業が必要になるのだ。この駅ではもちろん乗降は出来ない。暫くして上りのこまちが通過して行くと、再び列車は走り出した。


「駅夫、今通過した小岩井こいわい駅は、あの有名な農場がある小岩井だよ。」

 羅針が大釜駅を出て次の駅を通過した時、駅夫に教える。

「あの農場って、良く牛乳のパッケージとかで見るあの農場か。」

 駅夫が羅針の方を見て聞く。

「ああ、その農場だよ。」

 羅針が頷く。

「へぇ、こんな所にあったんだな。」

「ちなみに、この小岩井って駅名、その農場から取ってるんだけど、元々は創業に関わった三人の名前から一文字ずつ拝借して作られた言葉だって知ってた?」

「マジで。それは知らなかった。」

「保証人の小野おのさん、出資者の岩崎いわさきさん、農場主の井上いのうえさんの三名の頭文字を取ったらしいよ。読み方は〔おいわい〕じゃなくて〔こいわい〕にしたその理由は知らないけど、そういうことらしいね。」

「へぇ、それにしても、駅名にまでなるって凄いことだよな。」

「確かにな。」

 二人は感心したように、歴史的な農場に思いを馳せた。


 小岩井駅を通過してから徐々に奥羽山脈の山々が迫ってきて、駅を一つ通過する度に、周囲はドンドン山間部の様相を増していく。

 赤渕あかぶち駅を通過すると、いよいよ列車は、岩手県と秋田県の県境に横たわる仙岩峠せんがんとうげをぶち抜いた、全長3915mの仙岩トンネルに突入していく。


「このトンネル、仙岩トンネルって言うんだけど、実は新仙岩トンネルってのが計画されてるんだよ。」

 車窓が真っ暗になり、視線を車内に戻した駅夫に、羅針が話しかける。

「へぇ。新しいのを掘るんだ。」

 駅夫が然程興味なさそうに聞く。

「そう、実はこのトンネル、線形は直線で4㎞近くあるんだけど、前後の線形にカーブが多いから、最高速度の130㎞が出せないんだよ。それと老朽化もあって、新しいトンネルを掘ろうってことらしい。」

 羅針がどこか熱のこもった口調で説明をする。

「なるほどね。でも、老朽化で新しいトンネルを掘るなんて、そう珍しい話ではないだろ。」

 駅夫はなんで羅針がそこまでこの話に熱意を持ってるのか疑問に思い、聞いた。

「確かに、以前ならトンネルの一本や二本簡単に掘ってたけど、時代は変わったからね。今やそんなに右から左にポンポン、ポンポン掘る訳にはいかないんだよ。それでもそんな計画が持ち上がっているのには、秋田新幹線にとってそれが大きなメリットになるからなんだよ。」

「どういうメリットがあるんだよ。」

「まずは、制限速度を上げられるってことだ。今、秋田新幹線の最高速度の設定は毎時130㎞だけど、それが出せる場所は限られていて、結局新幹線の恩恵が半減している状態なんだ。ここに来る迄だって、殆ど130㎞出してなかっただろ。」

「確かに、随分ゆっくり走ってるなとは思ったけど、320㎞で走ってきたんだから、遅く感じるもんだろって思ってた。そうじゃなかったのか。」

「もちろん、相対的に遅く感じるって部分はあるだろうけど、線形が悪くてスピードが出せないってのが一番の要因なんだよ。」

「なるほどね。でも新しいトンネル掘ったところで、たいして変わらないんじゃないのか。」

「ところが、今度の新仙岩トンネルは、最高速度160㎞で通過出来る設計にするらしいんだよ。もしそれが実現すれば、秋田まで7分短縮出来る計算らしいんだ。7分だぜ、すげぇと思わねぇか。」

「ええ、たった7分かよ。そりゃ、急いでいる人には7分は大きいかも知れないけど、オリンピック記録を争ってるんじゃないんだし、7分短くなったところで意味はないと思うけど。秋田駅に着いて、バス待ち、タクシー待ちなんてしてたら7分なんてアッという間に過ぎちゃうぜ。」

「確かに7分というのは些細な短縮に思うかも知れないけど、これが結構重要なんだぜ。現在東京、秋田間の最速所要時間が3時間37分なんだけど、もし7分短縮して3時間30分になったって考えてみろ、3時間30分以上っていうのと、3時間30分以内っていうのは、どれだけの印象が違うか。その差は7分以上の印象差が産まれるんだよ。」

「だから躍起になって、所要時間短縮を図るのか。たった7分の印象のために。もっと安全のためにとか、利用客の便利のためにとかそっちを考えるべきじゃねぇのかよ。単に印象のためなんて、乗客を馬鹿にしてないか。」

「もちろん、安全も利便性もあっての印象改善だよ。それだけで何百億も使う工事をやったりしないよ。」

「なんか、後付けのような気がするけどな。まあ、便利になるなら利用者にとっては嬉しいだろうから、1分1秒でも早いに越したことはないんだろうけどさ。で、いつ頃開通するんだ。」

「まだ、計画段階だから、いつになるかは分からないけど、周辺自治体の同意を得て、環境調査をして、それから着工だから、だいたい2030年代後半からそれ以降になるだろうって言われてる。」

「なんだよ、まだ15年も20年も先の話かよ。」

「そうだよ。」

「てっきり、もうすぐ完成するのかと思った。まだ計画段階だったのかよ。」

「そうだよ、最初に言ったじゃん、計画してるって。お前人の話、適当に聞いてたな。」

「あれ、そんなことないぞ。」

 話半分で聞いていたことがバレてしまい、駅夫は恍けながらもちょっと焦った。


 仙岩トンネルを抜けると、列車は風光明媚な生保内川おぼないがわに差し掛かる。

 この生保内川は雄物川おものがわ水系に属する河川で、朝日岳あさひだけにその源流を有し、仙北せんぼく市内で玉川たまがわに流れ込む。

 列車はこの生保内川を行ったり来たり交差しながら、仙北市内へと降りてくる。民家が見え始めたら田沢湖たざわこ駅はもう間もなくである。


 日本で最も深い湖として知られる田沢湖は、日本百景にも選出されている風光明媚な景勝地である。その深さは最大423.4mに及び、180万年前から140万年前頃に起こった火山噴火によるカルデラ湖であるという説が、湖底にある溶岩ドームの発見で、有力視されているらしい。


 田沢湖駅で多くの観光客が下車していくと、列車は次の角館かくのだて駅へ向けて出発する。車窓は再び田圃が広がる田園風景へと変わる。まだ所々山の斜面が迫ってくる場所はあるが、徐々に開けてきて、山を降りてきたことを実感する。


 次の角館は、国の重要伝統的建造物群保存地区を有する、〔みちのくの小京都〕とも呼ばれる観光地で、江戸時代の武家屋敷を数多く残していることで有名である。

 再び建物が増え、住宅地が広がると角館に到着する。ここで殆どの乗客が降りて行き、車内は、観光客らしき人よりもビジネス客らしき人の方が多く残っている印象となる。


 角館を出ると、列車はグングンスピードを上げ、マックスの時速130㎞を出していく。沿道には再び田圃が広がっていた。


「次の大曲おおまがりで乗り換えるから。降りる準備な。」

 沿線の解説をしていた羅針が、駅夫に乗換えの準備を促す。

「了解。なんか、あっという間って感じだな。」

 駅夫が、テーブルに散らかっていたゴミを片付け、忘れ物がないか点検している。

「ああ、そうだな。3時間以上乗ってるんだけどな。」

「3時間以上か。確かにこれが3時間以内とか言われたら、早ってなるわな。」

「何の話だ。って、ああ、さっきのトンネルの話か。まあ、3時間以上と言われるより、3時間以内って言われた方が早い気はするよな。」

「お前の言わんとしていることが、何となく実感出来たよ。」

 駅夫はそう言って何度も頭を縦に振って頷いていてた。

「そうか、それは良かった。」

 羅針は、実感が湧いたと言う駅夫の横顔を、微笑ましく見た。


 列車は再び住宅街に入ると減速し、大きく左にカーブしながら、大曲の駅へと入っていく。車内放送では、大曲から進行方向が逆向きになることを何度も説明していた。


 降車客は然程多くはなかったが、二人は列車が大曲駅に到着すると、前の降車客に続いて列車を降りた。

 大曲は山間やまあいに拓けた街なのだろう、周囲にぐるっと山が見えるのは、海沿いの街で育った二人にとって、やはり新鮮である。

 大曲と言えば、花火が有名な街であり、構内の至る所に花火のポスターが貼られ、足元にも花火の絵が描かれていて、花火を全面に推しているのが良く分かる。


 大曲の花火は1910年から始まり、100年以上の歴史がある花火大会で、現在では日本最高峰の花火大会とも言われ、毎年季節毎に開催されている。今年は春、夏、そして秋に開催され、冬の分は春に同時開催したようだ。これから開催される夏は、全国花火競技大会として開催され、全国から選り抜かれた一流の花火師が参加するため、その技術の高さを目の当たりにすることが出来るという。


「駅夫、そこの線路とこっちの線路の幅を見比べてみ。」

 秋田行きのこまちが出発した後、駅夫に聞かれるままに、花火のことを説明していた羅針が、駅夫に線路を見ろと言う。

「幅?……って、確かに結構違うな。」

 駅夫が、怪訝に思いながらも言われたとおり、奥の車庫に敷かれた線路幅と、今乗ってきたこまちが停車していた線路幅を見比べてみて、明らかに違うことに驚いた。

「だろ、これがさっき言ってた狭軌と標準軌の違いなんだよ。368㎜違うから見た目にも違いが良く分かるだろ。」

「ああ、368㎜ってことは約37㎝、40㎝弱か、そんだけ違うと、確かに簡単に乗り入れはできないな。」

「そう言うこと。これで、ミニ新幹線が如何に特別な仕様であるか分かるだろ。」

「確かに、こんだけ線路幅が異なってたら、色々不都合が起きることは素人の俺でも分かるよ。」

「だろ、そう言うことだから。……じゃ、乗り換えようか。ホームは1番ホームだから。」

 駅夫が納得したことに満足したようで、羅針はそう言って頭端式ホームの先端へ向けて歩き出す。

「了解。」

 駅夫は、そう言って、慌てて羅針の後をついていく。乗り換え時間は14分程あり、まったく焦る必要はないが、羅針は相変わらず足早に移動していく。

 乗換え改札口を抜けて、2番ホームからエスカレーターを上がり、跨線橋を通り、1番ホームへと降りる。


 あちこち写真を撮りながら、1番ホームに降りてきた二人は、ベンチに座って次の列車を待つ。

「なんか、のんびりしてるな。」

 駅夫が水筒を取り出して、水を飲んでいる。

「ああ、こういうマッタリした時間が良いよな。」

 羅針も自分の水筒を取り出して、水を飲む。

「なあ、刈和野では何するんだ。また山登りとか。ハイキングか。」

 駅夫が尋ねる。

「ああ、いわゆる観光地って場所じゃないからな。街並みを散策して、神社仏閣と旧家を見たりするぐらいかな。車を借りて足を伸ばしても良いけど、それでも見られるのは滝とか、神社仏閣ぐらいだからな。それなら、町中を散策した方が何倍も良いだろ。とにかく山登りをするつもりはないから安心しな。」

「そうか。山登りしないなら取り敢えず良いか。ところで、平櫻さんとは何時に待ち合わせしてるんだ。」

「平櫻さんとは宿で合流することになってる。本当は刈和野駅で合流するつもりだったんだけど、彼女が予約した宿と、俺が予約した宿が一緒だったから、そこで合流ということになった。それに、空港から直接送迎して貰えるんだそうだ。メール入ってたと思うけど、見てないのか。」

「ああ、そのメールだったのか。予定が熟々書いてあったから、ネタバレになると思って途中で閉じた。」

「あのな、ネタバレって。……まあ良いか。彼女にも後で言っとくよ、緊急以外のメールは全部俺の方だけに送ってくれって、CCも付ける必要ないって。」

「ああ、そうしてくれるとありがたい。」

「その代わり、今後は絶対見てくれよ。必要なメールになるはずだからな。」

「分かった。分かった。」

 駅夫はそう言って手をプラプラさせた。


 そうこうしているうちに、奥羽本線の列車が到着した。701系の2両編成で、秋田色と言われる赤みのやや強いピンクの帯がステンレス車両に施されていた。

 二人は乗り込むと、いつもの定位置である、駅夫は前面展望のかぶりつきへ、羅針は一番前の席へと座る。

 二人が乗り込むと、ホームに秋田おばこ節の笛と太鼓のメロディが鳴り響き、列車は秋田へ向けて走り出した。ちなみに、おばことは娘や少女を意味する方言で、秋田おばこ節とは大曲発祥の民謡で、秋田や山形で広く唄われている〔おばこ節〕の一つである。


 列車はゆっくりと加速すると、新幹線とは異なるかなり大きな走行音が車内に響きわたっていた。大曲から秋田までは、奥羽本線と秋田新幹線が併走する区間となるため、線路も奥羽本線は狭軌、秋田新幹線は標準軌という、軌間の違う線路が奇妙にも併走している。


 5分程走っただろうか、神宮寺じんぐうじ駅到着前に、突然標準軌の方から渡り線が伸び、三線軌条になった。要は線路が三本設置されている状態である。

 それを見た駅夫が何か言いたそうに、羅針を振り返ったが、車内の乗客の多さに声を掛けるのを止めた。

 羅針は、後で聞かれるなと思いながらも、分かったという意思表示に軽く手を挙げて、駅夫に前を向くように促した。


 車窓は、田園地帯の中を駆け抜けていく。防風林のつもりなのか沿線に木が植えられた場所もあり、視界が遮られることもあるが、豪雪地帯のこの地域には欠かせないのだろう。

 列車はあっという間に、刈和野駅へと滑り込んでいく。金属の噛み合うブレーキ音が掛かり、到着すると、ピコンピコンという警告音とともにドアが開く。


 車内で改札を済ませ、下車した二人は、漸く目的地である刈和野駅に到着したことを、全身の伸びで喜んだ。

「漸く到着したな。」

 駅夫が呟く。

「ああ、お疲れさん。」

 羅針もホッと一息ついたように応える。


 刈和野駅は島式ホーム1面2線の地上駅で、1番線は三線軌条、2番線は狭軌、今は使っていない短いホームのある通過線は標準軌になっている。簡易委託駅であるこの駅は、1904年に開設された。以前は急行や特急も停まっていたが、現在は普通列車が停車するだけである。一日平均乗車人員も、年々右肩下がりで、2000年初頭は600人台を数えていた乗車人員も現在では200人台まで落ち込んでいる。


「羅針、あのさ、……。」

 駅夫が羅針に何かを聞こうとした。

「ああ、3本の線路のことだろ。」

 羅針が、駅夫の言葉を遮って聞く。

「そう、それ。あれは何だ。」

「あれは三線軌条さんせんきじょうって言って、軌間の違う線路を敷設する時に利用される方式だね。ここみたいに狭軌と標準軌の両方に対応するためにああしているんだよ。」

「なるほどね。でさ、こんな便利な方式があるなら、なんで佐賀県はこれを取り入れないんだって思ってさ。なんか、取り入れられない事情でもあるのか。」

「そこに、辿り着いたか。偉いな。」羅針は駅夫がドンドン鉄道通になっていくのを喜ばしく感じながら、話を続ける。「三線軌条は確かに良いアイディアなんだよ。技術的にも建設コストも、フル規格やフリーゲージ方式に比べたら、格段に導入しやすいんだ。」

「じゃ、なんで導入を検討しないんだ。」

「まあ、例の確執の問題は別にして、技術的問題はまったくないんだけど、問題は運用コストだな。」

「運用コスト?」

「そう、要は保守点検と維持費が掛かるってことなんだよ。三線軌条にするってことは、線路が複雑な構造になるから、保守点検も工数が増えるし、もし線路交換となれば、それだけ高コストの線路を入れ換える必要がある。つまり、三線軌条は金食い虫ってことだな。それに見合った収入がなければ導入は難しいってことだ。」

「じゃ、ここはそれに見合った収入があるってことか。」

「そう言うことだな。元々、秋田新幹線は狭軌と標準軌の併走だったんだ。それが、コスト回収が出来たって言うんで三線軌条を導入して、所要時間の短縮を図った上、乗車率も確保してきたんだ。その代わり三線軌条は全線に導入出来てないのは、そういうことなんだよ。」

「なるほど、だから、その次の段階で、さっきの新トンネル開削の話が浮上してるってことか。」

「そういうこと。秋田新幹線は秋田県内の問題だから、上手くいってるんだ。これがもし、延伸して青森まで行ってたら、もしかしたら佐賀県と同じ運命を辿っていたかも知れない。」

「マジか。確かに考えてみれば、その可能性も考えられるのか。」

「まあ、青森までは東北新幹線経由の方が早いから、佐賀県とはまた違った問題があるだろうけど、そう言う想像は成り立つってことだ。」

「なるほどね。……色々聞いたけど、ますます佐賀県に頑張って欲しくなったよ。」


「前から思ってたんだけど、その佐賀県応援は、新幹線反対を頑張って欲しいのか、観光客誘致を頑張って欲しいのか、別のことを応援しているのか、どういう意味の頑張ってなんだ。」

「もちろん、観光客誘致を頑張って欲しいんだよ。観光客さえ来てくれるようになれば、新幹線が通ろうが、何が通ろうが、どんなことあっても皆佐賀県に行くだろ。そうすれば、佐賀県の人たちも便利になるし、益々観光客が増えるじゃん。」

「確かにな。ところで、お前のブログで佐賀県観光客誘致するプロジェクトはどうなんだ、1人ぐらいは誘致出来そうか。」

「1人ぐらいなら。……ほら、一昨日バス停で会った三人の女の子たちは佐賀に行くって言ってただろ、既に三人ご案内済みだ。」

 駅夫が思い出したように、取って付けたことを言う。

「おいおい、あれは、既に彼女たちの目的地になっていたんであって、お前が誘致した訳じゃねぇだろ。」

「そうか?」

 そう言って駅夫は恍けて笑い、つられて羅針も声を上げて笑った。



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