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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾話 諫早駅 (長崎県)
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拾之陸


 雲仙多良シーライン展望所で、諫早湾の未来に思いを馳せた旅寝駅夫と星路羅針の二人は、引き続き羅針の運転で、次の観光地に向かった。


「どこに向かっているんだ。」

 駅夫が次に向かう場所のことを聞いていなかったので、羅針が市街地とは逆方向に進路を取ったのを見て、驚いて聞いた。

 展望所で、てっきり運転を交代するものと思っていた駅夫は、羅針が交代しなかったので、何か企んでいるのではと怪しんではいたが、どうやら、予想は的中したようだ。


「ん、フルーツを見に行くよ。」

 羅針が意味深な言い方をする。

「フルーツを見るって、農園でも行くのか?フルーツ狩りとか。」

 駅夫が頭の上にクエスチョンマークを回転させながら聞いてくる。

「まあ、見てなって。……ほら、そこ、スイカ。」

 反対車線に突如現れた巨大なスイカを模した建物を、少し減速しながら羅針が指差した。

「ん、どれ、ってあれか。」

 駅夫もそれを見付け、羅針が何を言いたかったのか漸く理解した。


 一目でスイカと分かるその建物は、熟れたスイカの様に、特徴あるあの黒い縞模様が、緑色の球体に美しく描かれ、正面には大きなアーチ状の入り口があり、壁には小窓が控え目に取り付けられていた。この不思議な建物は、まるでおとぎの国から移設されたように、そこに存在していた。


「フルーツって、建物のことかよ。で、あれ何の建物だ。」

 駅夫が、通過していくスイカを模した建物について羅針に聞く。

「あれか、あれは、バス停だよ。」

 羅針はそう言って、このバス停の由来を教える。


 二人が見付けたのは、フルーツバス停である。

 フルーツバス停といっても、このスイカ一箇所だけではない。今二人が走っている、国道207号線を佐賀方面に向かう途中の、小長井こながい地域に点在するフルーツの形を模したバス停の待合所である。

 1990年に開催された長崎旅博覧会をきっかけに、当時の小長井町こながいちょうが整備したもので、グリム童話のシンデレラに登場するカボチャの馬車をヒントに、イチゴやミカン、メロンなど5種類16基を設置したという。

 そして、この国道207号を〔ときめきフルーツバス停通り〕と命名し、観光客を呼び込む誘い水としたのだ。


「じゃ、ここはフルーツバス停通りっていう、観光客誘致の場所なのか。」

 駅夫が合点がいったような、それでいて納得できないような声で言う。

「ときめきな。」

 羅針が訂正する。

「お、おう、ときめきフルーツバス停通りな。お前ホント細かいな。」

 駅夫が言うと、羅針が笑った。

「この通りもそうだけど、他にも旧小長井町に点在してるらしいよ。映えポイントとして、結構ネットでバズってる。」

 一頻り笑った後、羅針が追加で説明する。


 長里川ながさとがわを越えると右手に有明海が見えた。先程展望所から見たエメラルドグリーンの海が大きく広がる。

 そして現れたのが、右手にメロン、左手にイチゴのバス待合室である。

「おっ、今度はメロンとイチゴだ。これは楽しいな。」

 駅夫がスマホを取り出しながら、子供のように喜んでいる。

「だろ。こんなバス停、他じゃ見られないからな。」

 羅針が後ろに車が来ていないことを確認しながら、駅夫が写真を撮りやすいように減速する。駅夫は、窓を開けて、無邪気な子供のように、編み目の美しいメロンと、真っ赤に熟れて頭にちょこんと葉っぱを載せたイチゴを写真に収めた。


 この国道の魅力は、フルーツのバス停だけではない。有明海の海岸沿いをひたすら走っていくため、天気の良い今日は、青空とエメラルドグリーンの穏やかな海が、まるで風景画のように美しく、窓を開けた車内に流れ込んでくる潮風が、気持ちよく頬を撫でるのだ。


 続いて現れたのは、トマトとミカンだ。

「なあ、あの右にある赤いのって何のフルーツだ。」

 駅夫が指を指して聞いてくる。

「あれはトマトだろうな。」

 羅針が答える。

「トマトってフルーツなのか。」

「一応日本では野菜に分類されるな。でも、国によっては果物に分類されてる。木になって、花が咲いた後の実を食べるというなら果物だけど、トマトはナス科の多年草だから分類的には野菜だろうな。昔アメリカではトマトを巡って野菜か果物かって裁判がおこなわれたらしいよ。」

「なにそれ。で、その裁判どうなったんだよ。」

「元々輸入野菜の課税で、トマトに課税するか、しないかで、国と業者が最高裁まで争ったんだけど、トマトは畑でつくり、食事の時に食べるし、デザートとしては食べないということで、業者が敗訴したって話だ。」

「マジかよ。そんな簡単な理由で結審したのかよ。とても最高裁の判決とは思えねぇけど、アメリカらしいっていったら、らしいのか。

 まあそれは良いとして、フルーツバス停通りに、トマトがあるのはおかしくないか。」

 駅夫が、我が意を得たりって顔で言う。

「ときめきな。」羅針はさらっと訂正して続ける。「まあ、良いんじゃねぇか、可愛いし。一応これは芸術作品だから、芸術の国フランスはフルーツだって言ってるんだし、ありなんじゃねぇの。」

 羅針はそんなことを言って、茶化すように返す。

「なんだそれ、まあ、フルーツと思えばフルーツなんだってことか。」

 駅夫が何だかなって顔で、渋々納得する。

「まあ、そういうことだよ。見方は人それぞれだってことだ。」

 羅針がそう言うと、駅夫は渋々納得したようだったが、腑には落ちていないようだ。羅針は、そんな駅夫の様子に肩を竦めて、次のバス停に向けてアクセルを踏む。


 次に現れたのはミカンだ。少し手前で羅針は左に寄り、後続車を先に行かせる。駅夫はその間スマホで、黄色く映えるこのミカンを写真に収めていた。

 二人はフルーツバス停を捜して更に先へと進む。

 右手に長崎本線の線路が現れ、絵本に出てきそうな駅舎の小長井駅前を通過する。その長崎本線を跨線橋で越えると、すぐにイチゴが現れた。

 更に進むと海の上を渡る橋を通り過ぎ、イチゴとメロンが登場し、更にトマト、スイカ、メロンと現れ、そして最後にスイカとミカンが出てくると、その先は佐賀県との県境になった。


「ここまでだな。」

 羅針はそう言って、県境にあるコンビニで、ちょっと休憩をすることにした。

 駐車場に入れ、薄暗い店内に一歩足を踏み入れると涼しい風が二人を包み込んだ。お手洗いを借りた二人は、缶コーヒーを購入し、店員に礼を言って、再び車に戻ってきた。


 今度は運転を交代し、羅針は助手席へ、駅夫が運転席に座った。走り出す前に、缶コーヒーを開けて、二人は一息入れた。

 開け放した窓を、時折抜けていく潮風が、やはり心地よい。


「そろそろ、行こうか。」

 そう言って駅夫が、エンジンを掛けた。

「ああ。」

 羅針がそう言うと、二人が乗った車は、コンビニの駐車場から出て、今来た道を折り返す。復路は羅針が写真撮影をする番だ。羅針は一眼を持って、フルーツバス停や、目に付いた景色を撮影していく。

 途中、井崎バス停の近くに、〔フルーツバス停 フラワーゾーン駐車場〕と書いたカラフルな立て看板を見付け、そこへ車を停める。


「ここ、ホントに停めて良いのか。」

 駅夫が心配そうに言う。

「ちょっと待って、公式ホームページで確認してみるから。」そう言って、スマホで羅針が検索を掛けた。「……多分大丈夫みたいだな。駐車場の案内にこの場所があるから。もし、何か言われたら、謝ってすぐどかそう。」

「了解。それにしてもありがたいな。こうやって駐車場を用意してくれてるのは。」

「だよな。こういう気遣いに触れると、旅をして良かったって思えるんだよな。」

 そう言って二人は、駐車場を用意してくれた見ず知らずの人に感謝した。


 バス停に移動し、バス停をバックに記念撮影をしたり、良いアングルを探して、色々と撮影していく。

「多分このアングルだろうな。」

 羅針が一箇所、これと思うアングルを見付けたようだ。メロンとイチゴのバス停が入り、遠方に雲仙岳が見える。広角で撮ればこの三つが入った、広大な写真になりそうだ。

「なるほどね。確かに良いかも。俺もここで撮る。」

 駅夫も羅針の真似をして、何枚かシャッターを切った。


「そろそろ、バスが来る時間だから。バスも一緒に入れると更に良い感じになると思うぜ。」

 羅針がアドバイスする。

「おっ、それは良いね。どっちから来るんだ。」

 駅夫がアドバイスに乗る。

「多分後ろから来るのが先だな。」

 羅針が時刻表を確認して答える。


 そうこうしているうちに、諫早方面行きのバスが到着した。乗る人はもちろん、降りる人もいなかったのか、バスはそのまま通過していく。

 二人はタイミングを合わせて、シャッターを切った。

「どう、上手く撮れた。」

 駅夫が聞いてくる。

「タイミングはバッチリ。光の具合がちょっと気になるけど、モニターで見る限りは合格点かな。後で修正掛ければ問題ないでしょ。次、反対側が来るからな。」

 羅針が撮ったばかりの写真をモニターで確認して言う。

「了解。」

 駅夫が巫山戯て敬礼している。


 暫くすると、諫早の方から真っ赤なバスが現れた。

「来たぞ。」

 羅針が、駅夫に声を掛ける。

「了解。準備万端。」

 駅夫が応じる。

 二人は、先程同様タイミングを見計らってシャッターを切った。

 到着したバスに乗る人はいなかったが、観光客らしき女性が三人降りてきた。どうやらグループで、キャッキャッとお喋りしながら、早速バス停をバックに写真を撮りだした。

 車のエンジン音と、波の音しかしていなかったこの場所が、いきなり賑やかになった。


「どうよ。」

 羅針が駅夫に聞く。

「良い感じ。ほら。」

 駅夫が撮ったばかりの写真を見せる。

 接近する真っ赤なバスと、イチゴとメロンのバス停に雲仙岳が良い感じに写っている。タイミングはバッチリだ。

「確かに良い感じじゃん。タイミングも良いし、光の加減も申し分ないし。これはブログでバズるぞ。」

 羅針が褒める。

「そうか。公開するのが楽しみだな。」

 駅夫は嬉しそうだ。


 女性たちは、まだキャッキャッと楽しそうに盛り上がって撮影をしていた。彼女たちが写真を撮っている後ろから自分たちが撮影していると、まるで盗撮しているおじさんの図が出来上がるので、これ以上写真を撮るのを諦めて、車に戻ろうとした。

 すると、写真を撮っていた女性の一人が、二人に声を掛けてきた。


「すみません。写真を撮って貰えますか。」

「あ、はい。良いですよ。」

 駅夫が勝手に応じて、羅針に撮るよう促す。

「俺が撮るのかよ。」と羅針は駅夫を小声で詰ると、「お前の方が上手く撮れるだろ。」と駅夫に言い返され、渋々承諾する。


「シャッターは画面のここになりますので、こうして構えて、そのまま押してください。」

 羅針が初老のためか、スマホの使い方をちゃんと教えてくれた。

 羅針は内心、こういうのを釈迦に説法って言うんだけどなと思いながらも、おそらく気遣いの出来る優しい女性なのだろうと感心し、言うとおりにした。

 女性たちは、三人で色々とポーズを考えてきたのだろう、同じ恰好でバスを待ち侘びる仕草をしたり、アイドルのように手を広げたり、色々とポーズをとった。一枚撮り終わる度に写りを確認して貰い、さながらアイドルグループの撮影会のようだった。


 羅針は改めて思った、スマホの構え方まで教えてくれたのは、優しさではなく、アングルの指定だったのだ。それが証拠に、ポーズを変える度に構え方を指定されたからだ。やはり今時の子だなと、羅針は思いつつも、彼女たちが望むままにシャッターを切った。


 5種類程のポーズを撮り終わると、三人は満足したように、頭を下げて、お礼を言った。

 話によると、彼女たちは大学時代の友人で、社会人になってから、休みを合わせて旅行に来たそうだ。

 こんな若い娘たちに感謝されるなんてことは滅多にないので、羅針は戸惑っていたが、駅夫は若い娘でも臆することなく、話に花を咲かせていた。


 いつの間にか、二人も写真を撮ってあげるということになり、おじさん二人が可愛いイチゴのバス停の前で、棒立ちになって写真に収まった。

 しかし、女性の一人から物言いが入り、ポーズの指定がされた。駅夫はバス停の建物に寄りかかって鷹揚に待つ仕草で、羅針は歩道から身を乗り出すようにして、遠くを眺める様に、バスを待つ仕草だった。

 初老のおじさん二人のモデル撮影が、微調整を重ねておこなわれ。撮り終えた写真を見て、その出来映えに、全員で歓声を上げた。


 五人で最後に記念撮影をして、彼女たちのSNSアドレスを貰い、駅夫も自分のブログのアドレスを教え、顔を出さないことを条件に、互いに掲載することを了承し合った。

 駅夫のブログ内容を聞いた女性たちは、ルーレット旅に興味を持ち、羅針がどんな旅なのか説明をすると、羨ましそうに「自分たちも将来そんな気ままな旅が出来たら良いね。」と言い合っていた。


 一頻り世間話をした後、二人は駐車場の方に向かった。

「大きな車だったら、どこかにお送りすることも出来たんだけど、ごめんね。」

 駅夫がそう言って、見送りに来てくれた女性たちに謝る。

「お気になさらないでください。私たちこれから、佐賀方面にバスで抜けていく予定なので、お気持ちだけで充分です。ありがとうございます。」

 女性の一人がそう言って、三人が頭を下げた。


 車に乗り込んだ二人は、引き続き駅夫の運転で、諫早方面に向かう。

「それじゃ、気をつけて旅を楽しんでね。」

 駅夫が言う。

「お二人も、お気をつけて。旅を楽しんでください。」

 女性たちも口々に声を掛けてくれた。

 女性たちに別れを告げると、駅夫はアクセルを踏み、安全を確認しながら駐車場を出た。後ろで手を振っている彼女たちに、二人も手を振り反した。


「なんか、楽しかったな。」

 駅夫が鼻の下を伸ばして嬉しそうにしている。

「ホントお前はああいうのそつなく熟すよな。鼻の下伸ばして。」

 羅針は呆れ半分、感心半分でからかう。

「鼻の下伸ばすは余計だよ。でも、俺たちからしたら、孫みたいな歳の娘だぞ、なにも緊張することねえし、やましい気持ちなんかねぇよ。お前だってまんざらじゃなかっただろ。写真家のおじさま。」

 女性の一人が羅針に掛けていた呼び方を真似て、駅夫が遣り返して笑った。


 駐車場を出た二人は、引き続き駅夫の運転で、ときめきフルーツバス停通りを諫早方面に向かう。国道207号を走り、最初に見たスイカのバス停を過ぎたところで、

「この後、どこに向かうんだ。」

 駅夫がハンドルを握りながら、尋ねる。

「この後は、諫早神社だけど、市街地になるから、このまま車返しに行く。」

 羅針が答える

「もう返しちゃうのか。」

 駅夫が残念そうに言う。

「後、廻るのは諫早神社と諫早公園の二箇所だから、歩いて行けるし、乗ってる時間よりも降りてる時間の方が長いから、もったいないだろ。」

「それじゃしょうがねぇか。で、道は。」

 駅夫が諦めたように言う。

「このまま207号を真っ直ぐ市街地まで走って。後は都度教えるから。」

 羅針が答える。

「了解。」

 駅夫が、羅針のナビで車を走らせ、レンタカー屋へと向かった。



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