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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾話 諫早駅 (長崎県)
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拾之伍


 ホテルに戻ってきた旅寝駅夫と星路羅針の二人は、ほろ酔い気分であったが、部屋に入ると、順番にシャワーを浴びる。

 駅夫が先にシャワーを浴び、続いて羅針が浴び終わると、寛いだ時間を過ごしていた駅夫が、「次の行き先決めるだろ。」と言って、スマホを掲げた。


「ああ、決めようぜ。」

 そう言って羅針は、頷いた。

「それじゃ、ルーレットスタート。ドゥルドゥルドゥルドゥル……ジャン。刈和野かりわの駅って読むのかな。秋田県の駅だ。」

「刈り取るの刈るに、和平の和に、野原の野なら、かりわのだな。確か奥羽本線おううほんせんの駅だ。また随分遠くを引いたな。」

 駅夫のスマホ画面を見て確認した。

「秋田新幹線で行くのか。」

「そうだな。移動はほとんど新幹線で、大曲おおまがりから在来線に乗換えって感じかな。大体11時間前後かかるみたいだな。」

 スマホで経路検索を掛けた羅針が、ざっと経路を説明する。

「それは大移動だな。それならさ、フェリー使おうぜ。九州から秋田ならフェリーぐらいあるんだろ。お前も言ってた、満天の星ってのも見てみたいし。」

 駅夫が、昨日羅針に言われて気になっていた、フェリーから見る満天の星を見たくて、提案した。

「残念ながら、九州から日本海側を通る長距離フェリーはまったく出てないんだ。秋田行きに乗るには敦賀に行くしかないんだよ。」

「マジか。」

「マジだよ。ほらこれ。」

 羅針がスマホに表示した長距離フェリーの航路図を駅夫に見せる。

「なんだよこれ、どのフェリー航路も接続されてないじゃん。一番長距離でも門司から横須賀までか。その先に行くには大洗おおあらいまで移動する必要があるし、ずいぶん不便だな。」

 駅夫が羅針のスマホを奪い取って、そこに表示された航路図を見て驚いた。

「そりゃそうだよ。今時トラック輸送以外でフェリーを使う人なんてほとんどいないだろうし、フェリー旅を利用するような人は、基本自動車移動だから、俺たちみたいな徒歩移動の客には当然不便なんだよ。それに、大型のフェリーが接岸出来る港だって限られてるから、どうしたって不便なところに乗り場が造られる。しょうがないことだよ。」

「そんなもんなのか。」

「ああ、そんなもんだよ。」

「じゃ、この門司から横須賀までってのに乗ってみようぜ。横須賀からなら、秋田まで後は陸路でも不便はないだろ。」

「ああ、お前がそれで良いならそうするけど。」

「もちろん、それが良い。フェリー旅ってしたことないから、楽しみだし。それに、満天の星ってのも、めっちゃ楽しみだし。」

 羅針にスマホを返しながら、そう言う。

「天気が良ければ良いけどな。……ってちょっと待て。残念ながら月曜日は雨の予報だ。翌日まで残るみたいだから、満天の星は無理だな。」

 返して貰ったスマホで天気予報を確認した羅針は、残念そうに言う。

「マジかよ。ついてねぇな。まあ、もうすぐ梅雨の時期だから仕方ないか。じゃ、楽しみは取っておくと言うことで、次の機会にしようぜ。今回は新幹線移動って事で頼むわ。」

「しょうがないな。残念だけど満天の星は次の機会だな。じゃ、新幹線経由ってことで手配するよ。ただ、夜中の到着になるだろうから、それだけは覚悟しておいてくれよ。」

「了解。まあ、無理そうなら、手前で宿泊してから現地入りでも全然構わないからな。そこら辺の調整はお前に任せる。それにしても、フェリーは残念だったな。また九州出すか。」

「九州出すのは良いけど、その次に東京以北の場所を出さないと、フェリーに乗る意味はないぞ。」

「やはり、ルーレットの神様の御心次第って事か。」

「そういうことだ。それに、晴れてないと満天の星は見られないからな。天気の神様の御心も味方につけないとな。」

「そうだよな。二柱の神様の御心次第か。ハードル高いな。」

「ま、日頃のおこない次第って事だな。」

 羅針はそう言って笑う。

「なんだよ、俺の日頃のおこないが悪いっていうのかよ。」

 駅夫が食って掛かる。

「いや、誰もそんなこと言ってないよ。それともそういう自覚があるのか?」

 羅針が恍けたように言って笑う。

「こいつ。また嵌めやがった。」

 駅夫は拳を振り上げるが、その顔は笑っていた。


 翌朝6時。

 昨日少し飲み過ぎたのか、星路羅針は異常に喉が渇いていた。冷蔵庫に冷やして置いた水を取り出し、一気に飲む。

 喉の渇きを癒やした羅針は、洗面台に行き、洗顔をして、いつものように朝のルーティンを始める。

 カメラ内の写真の内、昨日トラブルになった時の証拠写真は別ファイルに保存し、念のためクラウドにも上げておく。それから、保険会社から届いていたメールを確認し、返信をした。


 6時半を過ぎた頃、旅寝駅夫を起こす。

「ん~お~は~よ~。」

 駅夫はいつもの通りだ。駅夫を洗面台に追い遣ると、羅針はルーティンの続きをする。

 昨日の纏めを終えた後、地元の電器店に行くことを、今日の予定に組み込むかどうか、悩んでいた。本来の予定は、朝からレンタカーで各観光地を廻るつもりだった。しかし、昨日のトラブルでタブレットの修理をしなければならなくなったので、電器店に寄る必要が生じたのだ。


 いつも利用している電器店は、一応全国展開をしてはいるが、残念ながら諫早には出店していないため、一番近い博多まで片道130㎞を移動する必要があるのだ。

 次の目的地に行く間に、博多に寄るということも可能なのだが、次の目的地が秋田の刈和野と決まり、移動時間が丸一日かかるため、もし途中で寄れば、修理手続きに数時間は取られるので、その日のうちに到着することは完全に不可能となる。

 もちろん、途中一泊するというのはルールとして認めているので、何の問題もないのだが、出来ることなら目的地までの移動は一日ですませたい。

 それならば、今日これから諫早に店舗がある別の全国展開している電器店に行って、修理依頼をすれば良いということになるが、それだと、今度は観光する予定だった場所がいくつか廻れないということになる。もちろん延泊することも可能だが、諫早で見て廻る予定の観光地は然程多くないため、結局時間を持て余してしまう可能性がある。じっくり見て廻ることも出来るし、ゆっくりすることも出来るが、やはりそこは貧乏性、時間は有効に使いたいのだ。

 いずれにしても、修理はいつも使っている店の方が安心出来るし、新しい店でストレスは感じたくない。反面、長距離移動のストレスもやはり考慮する必要がある。特に羅針一人で移動しているわけではない。駅夫も一緒なのだから、そこはいくら二人の仲とはいえ、気を遣うべきだろう。

 そう考えた羅針は、一人で決めることは出来ないと思い、葛藤しながらも、結局、駅夫の意見を確認することにした。


 駅夫が洗面所から戻ってくると、今日の予定についてどうするか、駅夫の意見を求めた。

「羅針はどうしたいんだ。どっちにしたって、予定なんてどうとでもなるんだから、お前がしたいようにすれば良いよ。もし、諫早の電器店に寄って観光する時間がないなら、もう一泊すれば良いし、いつも使っている電器店の方が良いって言うなら、そうすれば良い。東京でも、盛岡でも、都合の良い場所で一泊してから秋田に行けば良いだけの話じゃん。だから、お前の好きなようにすれば良いよ。俺はお前の選択に従うよ。」

 駅夫が、そう言ってくれたので、羅針は結局諫早では電器店に寄ることなく、観光に専念し、電器店には博多で寄ることにした。


 そうなれば話は早い。組み直す必要がなくなった元々の予定通りに、行動することになる。羅針はこれからの予定を駅夫に伝えた。

「一応、今日はレンタカーを予約してあるから。店が諫早駅の西口、すなわち反対側に朝9時になるから、飯食って8時半過ぎにここを出るよ。そのつもりでな。もちろん免許証も忘れないように。」

「了解。じゃ、今日はたっぷり観光で良いんだな。」

「ああ。たっぷり観光しよう。」

 駅夫の言葉に、羅針は頷いた。羅針の顔は気持ちが晴れたように、すっきりした表情になっていた。


 二人は出かける支度をして、7時過ぎに階下へ降りてレストランに入った。朝食のメニューは焼き魚に卵と納豆、小鉢が付いた、普通の和朝食だった。レストランの入り口には米も味噌も卵も、こだわりを持って仕入れていると宣伝があった。確かに言うだけはあり、どれも普通に美味しかった。


 朝食を済ませ、部屋に一旦戻って、8時半まで時間を潰す。

 駅夫はブログの更新をしていたが、羅針はタブレットがないので、小説を読むこともできず、テレビでローカルニュースを見ていた。交通事故以外は、特に大きなニュースもなく、平和な長崎県の長閑な日常が報道されていた。


「そろそろ行こうか。」

 羅針がテレビ画面に表示されていた時間を見て、駅夫に告げる。

「もう、そんな時間か。」

 駅夫はパソコンを片付けて、出かける時用のリュックを担ぐ。羅針も自分の荷物を担いで、部屋を出る。

 フロントで鍵を預け、そのままレンタカー屋へと向かう。


 諫早の朝の空気が本明川の川面から吹く風と相まって、少しずつ上がる気温に薄らと汗を滲ませる二人にとっては、非常に心地よい。

 駅まで歩いてきた二人は、島原鉄道とJRの駅スタンプを押す。島原鉄道の方は新駅舎が描かれ、JRの方は西九州新幹線が描かれていた。羅針は自分のスタンプ帳を取り出し、駅夫はひとまず、羅針のスタンプ帳に押させて貰い、後でルーズリーフを調達した時に移し替えることにした。


 駅スタンプを押した二人は、西口から出て、レンタカー屋へと向かう。

 諫早駅の西口は、東口程大きな駅舎もロータリーもないが、昔ながらの地方都市といった様相を呈し、どこか懐かしい雰囲気を漂わせていた。

 二人は駅舎をバックに写真を撮ったり、周囲の様子を写真に収めていった。


 レンタカー屋に着いた二人は、羽咋のトゥクトゥク屋でやった時のように、羅針が持ってきたアルコールチェッカーでチェックをし、問題なしとなってから入店した。

 どうやら昨日の酒はちゃんと抜けたようだ。


 今回レンタルしたのは軽の今一番人気のある車種だ。大の男が軽に収まるのかといっても、最近の軽は車内が広く作られていて、180㎝近い駅夫でも余裕である。

 手続きを終えた二人は、早速最初の目的地に向かうことにする。

「で、どこに向かうんだ。」

 ハンドルを握る羅針に、駅夫が助手席から聞いてきた。

「まずは、雲仙多良うんぜんたらシーライン展望所だよ。ちょっとここから距離あるけど、30分もかからないと思う。」

 羅針は、こともなげにそう言って、ナビも使わず走り出す。

「お前、ホントに車乗る時はナビ使わないよな。」

 駅夫が呆れ半分、感心半分で言う。

「ああ、ナビって信用出来ないし、融通が利かないからな。あんまり好きじゃないんだよな。徒歩の時はどうにでもなるし、近道を教えて貰えるのは便利だから使うけど、車の時はできるだけ使わない。

 今のナビはどうだか知らないけど、車が入れないような細い道を案内されたり、一通の出口なのに行けって言われたり、ナビは道案内じゃなくて死に神の案内だと俺は思ってる。」

 羅針は、もの凄く真剣な眼差しで、そう言った。

「お前、ホントそういう所あるよな。信用出来ないものは、とことん信用しない。道具も機械も、もちろん人間も。」

「信用するだけ無駄じゃん。騙されるって分かってるのに、信用する馬鹿はいないよ。その代わり、そういうやつでも利用出来るならするよ。だから徒歩の時はナビを利用するんだから。」

 羅針は、そう言ってドヤ顔をしている。

「まったく、効率的というか、無慈悲というか、そんなお前に信用されてて嬉しいよ。俺は。」

 駅夫はどこか複雑な表情で言う。

「お前、信用されてると思ってるのか。おめでたいな。」

 羅針がまた駅夫をからかう。

「おい。まさかお前、俺を利用しているだけだったのか。」

 駅夫が芝居じみた声色を上げる。

「ああ、そうだよ。」

 羅針はあっさりと肯定する

「星路羅針、お前もかぁ。」

 駅夫がまだ小芝居を続けている。

「ふっ、これでこの国は俺様のものだ。」

 羅針は、その小芝居に乗って、ガハハと声を上げて笑う。


 一頻り茶番をした二人が乗る軽は、諫早の市街地を抜け、田園地帯へと入ってきた。

 ここ諫早は、有明海の恵みを存分に受け、漁業と農業で発展してきた地域である。その一端を担う農業が、こうして広大な土地から恵みを得ている様は、まさに圧感と言える。


 二人が乗る軽は、本明川に沿って走る国道207号線のバイパスを走り抜け、諫早湾干拓堤防道路へと入っていく。堤防道路の外洋側は背の高いつつみが出来ており、見えるのは干潟側の内海だけだ。それでも真っ直ぐ走る道路は、ドライブするには最高なのだが、運転する羅針は少し表情が重苦しい。

「なあ、ここってもしかして、あのギロチンがあったところか。」

 駅夫が水門を見て、当時のニュース映像を思い出したのか、羅針に尋ねる。


 ギロチンとは、1997年4月14日、僅か45秒で293枚の鋼板が次々に海底に落とされた出来事である。全長7キロの潮受け堤防のうち、最後の1.2キロが締め切られた瞬間である。

 鋼板が次々に落とされ、水しぶきを上げる海と、そこから響く轟音を撮影した映像は、日本中に衝撃をもたらし、諫早の海を守れ、自然破壊を許すなという一大ムーブメントを引き起こした。数多くの報道陣が連日押し寄せ、人々はその行く末を固唾を呑んで見守っていた。あの出来事である。


「ああ、そうだよ。今じゃすっかり様変わりして、こうして道路が出来てしまってるけど、当時ニュースで何度も見た、あのギロチンがおこなわれた場所だよ。」

 羅針がそう説明する。

「マジか。あれが、こんな風になってたなんて、全然知らなかった。」

「だよな。俺も、今回調べてみるまでは、こんな風になってるなんて思いもよらなかったよ。時が忘れさせてしまうってよく言うけど、まさにそのとおりだった。」

「じゃ、ここに来るまでに見てきたあの田園風景は、この堤防のお陰で守られているってことか。」

「一応そう言うことになるな。農地は守られたけど、漁場は守られなかった。そういうことだ。」


 羅針は、雲仙多良シーライン展望所と呼ばれる、堤防道路の途中に造られた、駐車場兼展望施設のある場所に軽を停めた。車から降りた二人は、駐車場から内海を見渡した。

「綺麗な海だよな。この堤防がこの綺麗な海を守ってきたのか、それとも破壊したのか、結論って出たのか。」

 駅夫が羅針に聞く。

「ああ、まだ裁判で争ってるみたいだな。学術的調査も続けられてるみたいだけど、影響があるとも、ないとも言っていて、裁判的にも、学術的にも、両方とも結論は出ていないみたいだね。本腰を入れて調査をしていない、とかっていう意見もあるみたいだけど、真相は分からない。」

 羅針が答える。

「そうなんだ。農業と漁業で手を取り合って発展してきただろうに、このまま仲違いを続けていたら、お互いに困るだろうと思うけど、生活がかかってるんだから、妥協は出来ないんだな。」

「まあ、そうだろうな。根深い怨恨が積もりに積もっているんだ、そう簡単に解決出来ないんだろうな。」


 二人は、歩道橋に上がり堤の上の展望所に移動する。そこは外洋が一望出来、内海ももちろん見渡すことが出来る。更に遠くにはあの雲仙岳も見ることができた。

「あれって雲仙岳か。」

 駅夫が海の向こうに聳える山を指差す。

「ああ、そうだな。あの大規模火砕流があった雲仙普賢岳のある場所だな。」

 羅針が答える。


 羅針が言う大規模火砕流とは、1991年6月3日雲仙普賢岳で発生し、報道関係者16人を含む43名が犠牲になった災害で、避難勧告を無視した取材のあり方に一石を投じた事故でもあった。


「やっぱり、あの山か。良く覚えてるよ。報道陣が逃げ惑う映像は今でも脳裏に焼き付いてる。それにしても、こんなに近いんだな。片や自然の驚異、片や人間の驚異、なんかすげぇ対比だな。」

 駅夫が何とも言えない表情で言う。

「ああ、そうだな。こうやってこの堤とあの山を一緒に見ると、何とも言えない気持ちになるな。ホントに自分がいかに小さな存在かを思い知らされるよ。」

 羅針は感慨深そうに呟いた。

 

「それしにしても、こうしてみると、若干内海の方が茶色味がかっているんだな。」

 駅夫が雲仙岳から海の方に目を移して、二つの海を見比べた。

「言われてみれば、確かに。内海の方は陸からの土砂がドンドン堆積しているから当然だとしても、見比べてみないと感じないとはいえ、ここまではっきりと色の違いって出るんだな。こんな風になってしまうんだな。たった30年で。」

 羅針も海の色の違いに驚き、その茶色とエメラルドグリーンの色の対比が、余りにも美しく、そしてどこかもの悲しい雰囲気を感じた。


「もうこの堤防を取り払うことは出来ないだろうし、漁業者の生活は苦しいんじゃないのか。」

 駅夫が心配そうに言う。

「もちろん苦しいだろうな。でも、一次産業が苦しいのは全国的にも言えることだから、この諫早に限った問題ではないし、漁獲高が落ち込んでいるのも、堤防も一因ではあるだろうけど、温暖化も大きく関わっているだろうしな。

 だから、余計難しい問題なんだよ。簡単に言ってしまえば政府の無策って所だろうけど、それで片付くんなら、誰も苦労はしない。

 ここまで揉めに揉めてるんだし、部外者の俺たちがああだこうだ言っても、地元の人たちが納得する形で解決しなければ意味がないからな。」

「確かにそうか。この堤防は漁業者からは悪、農業者からは善であることは明らかであっても、どちらか一方の言い分だけで解決できるほど単純な話ではなくなってしまっているってことか。」

「そう言うこと。もう、ギロチンがおこなわれてから30年近くが経つんだ。それでも解決しないってことは、それだけ根深いってことだよ。」

「確かにね。それにしても、もうあれから、そんなに経つのか。あの映像は今でも鮮明に覚えてるよ。余りにも衝撃的で、心が痛くなった覚えがある。でも、あれを歓喜の中で迎えた人々もいたってことだよな。」

「そうだな。ギロチンなんて言われているけど、まさに首を切られるような思いをした人がいる反面、悪を断罪する処刑台としてとらえた人も多くいたんじゃないかな。」

「そうか。ギロチンと言っても首を切られる側と、首を切る側で印象ががらりと変わる訳か。そう考えたら、あのギロチンの二面性が良く分かるな。」

「まあ、とにもかくにも、この綺麗な海がいつまでも綺麗であり続け、恵みをもたらしてくれることを俺たちは祈ることしか出来ないけどな。」

「そうだな。この堤防が悪になるのか、善になるのかは、まだまだ時間が掛かるだろうな。」

「そう言うことだ。人間が生活すると言うことは大なり小なり自然を破壊していくことなんだと思う。

 結局持続可能な自然の恵みを得ながら、自然と共存していくという、微妙なバランスの上でしか成り立たない文明というものを、俺たちが営んでいるってことだからな。

 今更、洞窟の中で暮らすなんて生活は出来ないけど、自然を破壊し尽くして言い訳ではない。そんなことは多分誰でも分かっている。その上で、こうして自然の一部を破壊して、自分たちの生活向上を図ってきたんだ。

 自然がいずれ答えを寄越すよ。その時になって分かるんだ。自分たちがやり過ぎだったのか、それとも正解だったのかってね。自然から答えを貰った時に手遅れでないと良いけどね。」


 一見穏やかに見えるこの海は、抉られたような痛みを抱えている。二人は、この美しくも怨嗟に満ちた景色を写真に収め、これまでの干拓の歴史を羅針の解説で振り返った。



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