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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾話 諫早駅 (長崎県)
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拾之弐


 敦賀駅構内の散策を満喫した旅寝駅夫と星路羅針は、33番線の特急列車専用ホームへと降りてきた。この敦賀駅の特急専用ホームは、現在降車ホームと乗車ホームが別れていて、名古屋から来た特急しらさぎと、大阪から来た特急サンダーバードの降車には31番と32番ホームが使用され、乗車は33番ホームがサンダーバード、34番ホームがしらさぎ専用となっている


 二人がホームで待っていると、折り返しのサンダーバードが入線してきた。カマキリ顔とも言われる683系の流線型先頭車である。二人が予約したのは7号車、6Aと6Bで、今回は進行方向右側の山側である。列車に乗り込むと、二人は荷物を降ろし、席に着いて列車の発車を待った。

 時間になると、滑り出すように、列車は大阪へ向けて出発した。

 駅夫は早速窓にかぶりついて車窓を眺め、羅針は背もたれに寄りかかって、一息ついていた。


 敦賀駅を出ると、車窓はすぐに山間部に差し掛かり、トンネルが続いていく。

 駅夫は車窓への興味よりも、空腹を満たす方に興味が移り、羅針に駅弁を食べようと誘う。羅針は、目を瞑って夢の世界へ旅立ちかけていたが、すんでの所で現実に引き戻された。

「弁当か。ああ、食べようか。」

 少し眠そうな声で羅針が応えて、袋から二人分の弁当を取り出し、一つを駅夫に渡す。

「ありがと。」

 駅夫は礼を言って受け取り、早速包みを開けた。

 中は丸い容器に、半分が蟹脚の酢漬けが載り、半分は蟹のそぼろがかかり、下には蟹のエキスたっぷりの蟹飯が詰められていた。付け合わせには椎茸煮があった。

「この時期だから、仕方ないけど、やはり生の蟹には敵わないか。」

 駅夫が一口蟹を摘まんで頬張り、呟く。

「そりゃそうだよ。11月からだろ蟹の解禁は。今出回ってるのは多分冷凍ものだから、どうしたって生の蟹には敵わないよ。でも、この味が出せるんだから充分だって。ましてやこの時期に食べられるっていうのもありがたいと思わなきゃ。」

 羅針も一口蟹脚を頬張って、応える。

「もちろんそうなんだけど、やっぱり美味い蟹が食べたいじゃん。」

 駅夫がそんな贅沢なことを言いながらも、美味そうに蟹飯を掻き込んでいる。

「そう言って、本当は美味いんだろ。」

 羅針が駅夫の本心を暴く。

「まあね。こんな美味い蟹弁当は食べたことない。」

 駅夫がさっきまでの渋い顔を、破顔して笑った。

「まったく。」

 そう言って苦笑いしながら、羅針も美味そうに蟹飯を食べ進めた。


「ちょっと量が少なかったな。」

 駅夫が物足りなさそうに、お茶を飲みながら呟く。

「ああ、ちょっと少なかったな。こんなことなら、敦賀であの魚のハンバーガー買ってくるんだったな。時間なかったからしょうがないけど。」

 羅針もお茶を飲みながら、失敗したとばかりに言う。

「新大阪で例の肉まん買っていこうぜ。買う時間あるだろ。」

 駅夫が一昨日新大阪で買った豚まんを買おうという。

「ああ、あの豚まんな。30分位はあるから、人が並んでなければ充分買えるな。でも、それより、まだ行動食のお菓子が残ってるだろ。それ食べちゃおうぜ。」

「ああ、山登りの残りか。」

「そう、それ。まだ結構残ってるだろ。」

「ああ、残ってるのは、一口カステラと、スティックのポテトと、グミだな。それに栄養調整食品のブロックとゼリータイプのがいくつか残ってる。」

「取り敢えずそれを食べようぜ。」

「ああ、そうだな。でも、豚まんは買うぞ。」

 駅夫は何か決意のように宣言した。

「分かった。ちゃんと寄るから。取り敢えず小腹は満たしとけ。この勢いだと、お前店の豚まんを全部買いそうだからな。」

 羅針にそう言われた駅夫は、「おっ、それも良いな。」と冗談を真に受けたフリをして、バッグからスティックのジャガイモを取り出して、パクついた。


 列車は既に山間部を抜け、田園地帯を走り抜けていた。右手に標高1214.4mの武奈ヶ岳(ぶながたけ)を有する比良山地ひらさんちの山々が連なっている。北は野坂山地のさかさんち、南は延暦寺えんりゃくじがある比叡山ひえいざんへと連なる。

 この比良山地は、琵琶湖畔と丹波地方を分断し、比良颪と呼ばれる強風が吹くことでも有名で、特に春先に吹くものは比良八荒ひらはっこうとも呼ばれる。全線高架で遮るものがないこの湖西線こせいせんは、この強風の影響をもろに受けるため、運休となることも多い。幸い今日は良い天候で、強風で止まるということはなさそうだ。


 二人が弁当を食べ終わった頃には、既に堅田かただ駅を通過していた。駅夫がお菓子を摘まみながら車窓を眺め、羅針はタブレットで小説を読んでいると、やがて列車は全長3㎞強の長等山ながらトンネルと、全長2㎞弱の東山ひがしやまトンネルを通り抜け、京都駅に滑り込んでいった。

 京都駅では多くの乗客が降りていき、車内はだいぶ空いた。

 すぐに列車は京都駅を後にし、次の新大阪へと向かう。二人は、降車準備を始めた。


 京都、新大阪間は所々緑はあるものの、住宅街や市街地を通り抜けていき、一時間余りのサンダーバードの旅は終わりに近づいていた。やがて大きなビルが建ち並んでくると、新大阪の駅は間もなくである。


 新大阪駅に到着し、ホームに降り立った二人は、早速豚まんを販売している階上の駅ナカエリアへと向かう。今日は土曜日ということもあって、一昨日よりも列は倍ぐらいの長さがあった。

 新幹線の時間までは既に25分を切っている。とにかく二人は列に並んで順番を待った。一人捌け、二人捌け、刻一刻捌けてはいくのだが、そのスピードはまるでスローモーションを見ているようだ。

 当然買い慣れていない観光客がほとんどのため、注文ももたつき、店員との遣り取りもスムーズではない。しかし、そんなことに怒ってもしょうがない。一昨日の自分たちがまさにそうだったし、後ろの人に迷惑を掛けたばかりである。二人は、急ぐ心をぐっと堪えて、時計と睨めっこしながら、購入のシミュレーションをし、支払いアプリもちゃんと準備しておく。

 タイムリミットが10分と迫り、漸く二人の順番になった。

「次の方、ご注文をどうぞ。」と言う店員の声を聞き終わらないうちに、豚まん6個入りを注文する。会計もなんとかスムーズに済ませ、商品を受け取ると、店員にお礼を言って、新幹線ホームへ()()()にダッシュである。


 乗換え改札口を抜け、22番ホームに上がるエスカレーターに乗ろうとして、奥に先程並んだ豚まん屋がここにもあったことに駅夫が気付いた。こちらは並んでいるとはいえ、列が短く、どうやらすぐ買えたみたいだ。

「なんだよ、こっちにもあったのかよ。」

 駅夫がエスカレーターに乗り込みながら憤慨する。

「あっ、ホントだ。こっちに並べば良かったな。」

 羅針も気が付いて、自分たちが失敗したことに嘆く。


 二人はエスカレーターで22番ホームに上がってくると、丁度のぞみ29号博多行きのN700Sが入線してくるところだった。自由席の1から3号車へ二人は急いだ。

 3号車から列車に乗り込み、空いている席を探す。やはり土曜日のためか、二人分の席はなかなか空いていなかった。しかし、2号車に移ると、漸く一箇所空いている2列シートを見付けた。


 二人が席に着いた時には、既に列車は新大阪を出て、新神戸を通過しようとしていた。このまま後は、博多まで2時間半程の新幹線の旅である。

 二人は、一息つくと早速豚まんの袋から箱を取り出して、開ける。まだ暖かい湯気がもわっと上がる。

 駅夫が待ちきれないとばかりに、付属の手拭きで手を拭くのももどかしそうに、1つ目を頬張った。

「これだよ。この味。」

 そのまま昇天してしまうんじゃないかというような、恍惚とした表情で、駅夫は満足そうに、豚まんを味わって噛みしめていた。

「何だろうな、このクセになる味。まさか変なもん入ってないよな。」

 羅針も1つ目を頬張り、冗談めかして言う。

 こうして、二人は心行くまで豚まんを堪能した。


 6個入りの豚まんを、二人が2つ目の豚まんに齧り付いていた頃、列車は姫路駅に差し掛かっていた。すると、駅夫が羅針に、窓の外を指差して、姫路城が見えてきたことを教えた。ビルの隙間から、姫路城の天守閣が見え隠れしていたのだ。

「見えた?」

「見えた。」

 それだけの会話を交わし、二人は目を合わせて頷いた。そして、再び豚まんとの格闘に専念した。


 姫路駅を過ぎ、数日前に降り立った岡山駅を過ぎ、二人が乗った列車は、更に九州へと向けて爆走する。

 時折上がる「ママ、海。」と言う子供の声が静かな車内に響くと、皆が一斉に左側を向き、二人も釣られて向いてしまう。海が見えなくなると、二人は互いに目を合わせて、クスリと笑い、駅夫は右側の車窓に目を戻し、羅針はタブレットの小説に目を落とした。


 午後の穏やかな時間が車内に流れ、まるで現実とは切り離された夢か幻の世界にいるような錯覚に陥るが、時折掛かる車内放送の到着アナウンスが、現実に引き戻してくれるのだ。


 羅針が気が付いた時には、既に小倉こくらを過ぎていた。

「おはよ。よく眠れたか。」

 駅夫が声を掛けてくる。先程まで手に持って読んでいたタブレットは、テーブルの上に置かれていた。結局、羅針は睡魔に勝てず、夢の世界に陥っていた。

「おはよ。いつの間にか寝てたんだな。今どの辺。」

 羅針は、タブレットをテーブルの上に置いてくれたことを駅夫に感謝しつつも、現在位置を確認する。

「今は、小倉を過ぎたところ。もうすぐ博多だよ。そろそろ降りる準備な。」

 駅夫が答えた。

「了解。」

 羅針は慌てて、身支度を始めた。

 総延長8,488mの福岡トンネルを過ぎると、博多駅は間もなくである。


 博多駅に到着し、ホームに降り立った二人は、一週間ぶり三度目の博多駅に、またかという失望感と、今度はどんな旅になるのかという期待感が綯い交ぜになった気持ちで、あたりを見渡した。

「ホームは4番線で自由席だから4号車より後ろの方な。長崎に行った時に乗ったリレーかもめに乗るから。」

 羅針は駅夫に教える。

「了解。」

 駅夫はそう言うと、背中の巨大なリュックを担ぎ直し、歩き始めた。


 曇り空の博多は、16時を回っていることもあり、敦賀駅で感じたようなモアっと感はないものの、それでもまだまだ高めの気温に、冷房の効いた車内から出てきた二人にとっては暑く感じた。

  新幹線ホームからコンコースに降りてくると、大きな荷物を引き摺ったり、抱え込んだりしている、観光客たちやビジネスパーソンたちが右往左往していた。土産物屋へ向かう人、喫茶店に入っていく人、これから新幹線に乗ろうとする人や、二人と同様在来線に乗り換えようとする人、そしてこの博多駅を目的地として出口を目指す人、五者五様でコンコースはごった返していた。


「あれ、このひよこのお菓子って東京土産じゃないのか。」

 駅夫が、柱に掛けられた、ひよこの形をしたお菓子の看板を見て羅針に聞く。

「ああ、これね。元々は福岡県の確か飯塚市いいづかしにあったお菓子屋さんが製造販売してたんだよね。やがて福岡一帯で人気を博していって。昭和の東京五輪の時に、東京駅や羽田空港とかに出店したら、いつの間にか東京土産としても定着したらしいよ。だから、博多に来て東京土産を売ってるなんていうお前みたいな人もいて、中にはパクりかとクレームも入ったそうで、こっちのひよこには博多って名前を付けてるらしいよ。」

 羅針がおそらくネットで仕入れたのだろう、そんな知識を披露する。

「へぇ、無知って恐ろしいな。俺みたいに知らないのはしょうがないけど、知らないことを棚に上げて、クレーム入れるとかどんだけ自分の無知を世間に晒したいんだろうな。俺も気をつけよ。」

 駅夫はそう言って肝に銘じた。

「だな。人の無知は笑えるけど、自分の無知は笑い事で済まなくなるからな。」

 羅針はそう言って笑った。


 乗換え改札口を抜け、在来線のコンコースへと移動してくると、やはりこの博多駅も印象ががらりと変わる。まず、聞こえてくる声が違うのだ。以前はリズム感が違う様なことを感じたが、聞こえてくる言葉が違うというのも、やはりその地方の印象を決める重要な要素には違いない。

 新大阪では関西弁が飛び交い、喧嘩でも始まったのかと思うほどで、荒々しい印象があった。しかし、ここ博多駅で飛び交う博多弁は、どこか温かく、穏やかな、親しみやすさを感じ、一週間振り、それも長い時間聞いていたわけでもないのに、どこか懐かしくも感じた。関西のあの荒々しい、せかせかした言葉を耳にしてきたから、余計そう感じるのかも知れない。

 二人は、博多弁には関西弁程馴染みがないため、半分も何を言っているか理解出来なかったが、「~と」「~ばい」「~よ」といった、博多弁特有の語尾に、そんな感想を抱いた。


 どこからか漂ってくる博多ラーメンの豚骨の匂いを嗅ぎながら、二人は4番ホームに降りて来ると、6号車の乗車目標あたりが空いていたので、そこへ向かう。巨大なターミナル駅ではあるが、東京のようにひっきりなしに列車が入線してくることはなく、比較的落ち着いた雰囲気なのも、この駅に穏やかな印象を持つのかも知れない。


「あの豚骨の匂いを嗅いでると、博多ラーメン食べたくなるな。どこか寄ってかない?」

 駅夫が、乗車目標の列に並びながらも、物欲しそうな目で羅針を見る。

「食べていくのは良いけど、夕飯入らなくなるぞ。それに、さっき豚まん3個も食べただろ。大丈夫か。腹ん中の食欲計壊れてんじゃねぇの。」

 羅針が冗談半分、心配半分で言う。

「まあ、確かに食べすぎか。じゃ、次来た時に食べよう。うん、そうしよう。」

 駅夫が渋々諦め、勝手に次来た時の予定を決定した。



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