玖之肆
朝6時。寝心地の良いベッドで目が覚めた星路羅針は、相も変わらず隣で寝息を立てている旅寝駅夫を横目に、朝の支度を始める。
洗面台で顔を洗ってると、珍しくベッドの方からゴソゴソ起きる音がする。
「おはよ。珍しく早いな。どうした。」
羅針が洗面所から出て、ベッドの上に起き上がり、項垂れて座っている駅夫に声を掛けた。
「ん~お~は~よ~。温泉にぃ、行きたいからぁ、早起きしたぁ。」
大きな欠伸をして、眠そうな声で駅夫が応える。
「ああ、朝風呂か。たまにはそれも良いな。今の時間ならもうやってるか。それじゃ、風呂行って、そのまま飯食ってこようか。」
羅針が了承し、風呂に行く支度を始める。
湯籠にタオルと洗面用具を詰めて、大浴場に向かう。
朝風呂の先客は3人程いた。二人は洗い場で軽く汗を流し、湯船に浸かる。
「朝からのんびり温泉というのも、良いもんだな。」
羅針が、琥珀色の湯を手で掬って肩に掛けながら、気持ちよさそうに呟く。
「だろ。温泉に来たら、朝風呂は必須だよ。」
駅夫も同じように、肩に湯を掛けながら応える。
「いつもは、ひっぱたいても起きないくせにな。」
羅針が、そう言って駅夫をからかう。
「そうなのか。そんなことないだろ。」
駅夫が否定しようとするが、どうやら寝起きが悪いのは自覚があるらしく、自信を持って否定出来ないでいる。
「ああ。本当はフライパンでも耳元で叩いてやろうかって思うぐらいには寝起きが悪いな。」
羅針が追い打ちを掛ける。
「まじかよ。フライパンは勘弁だけど、いつも起こしてくれてありがとうな。」
駅夫が殊勝にもお礼を言っている。冗談が冗談でなくなってきたので、冗談だとネタばらしし損ねた羅針は話題を変える。
「それはいいんだよ。ところで、今日の予定だけど、午前中に昨日言ってた例の宇宙科学博物館に行って、その後車を借りて、市内をドライブするからそのつもりでな。免許証持ってきてるだろ。」
羅針は肩透かしを喰らったのを誤魔化すように、今日の予定を話す。
「ああ、もちろん持ってきてるよ。
ドライブか。お前とドライブなんて随分久々だな。前回行ったのどこだっけ。」
駅夫は懐かしそうな目で天井を見上げた。
その後二人は、露天風呂に移り、開放感たっぷりの温泉を堪能した。
温泉で火照った身体に、朝の空気は心地よく、結局長湯をしてしまった。
温泉をたっぷりと堪能した二人は、その足でレストランへと向かう。
昨晩と同じ席に案内された二人の目の前に運ばれてきた朝食は、二段重ねの御重に、メカブや白和え、漬物などの小鉢と、魚の干物、厚揚げ豆腐や椎茸などの焼き物が入っていた。他にはアラとすり身の団子が入った味噌汁に御飯、それと温泉卵にサラダ、そしてヨーグルトがついていた。
まずは、焼き物をコンロで焼いていく。すぐに、魚の焼けるジュゥという音と共に、良い匂いが漂ってくる。また、味噌汁も席で温めて熱々を頂けるようになっている。なんとも贅沢な朝食である。
「まるで、殿様みたいな朝食だな。」
駅夫が、テーブルに並べられた品々を見て、呟く。
「まあな。でも、こんなに贅沢をしたら、今夜からもやしだな。」
羅針が冗談半分で言う。
「今夜ももここに泊まるんだろ。もやし定食をお願いしとくか。」
駅夫が笑いながら応じる。
「だな。そうすれば、少しは宿代節約出来るかもな。」
羅針もそう言って笑う。
「まわりがこんな食事をしてる中で、俺たちだけもやしで飯食うのは、色んな意味で地獄だけどな。」
駅夫もそう言って笑った。
朝食も昨日の夕食同様、能登の美味いものづくしで、素材の味が良いのはもちろんのこと、味付けも絶妙で、二人とも腹一杯堪能した。
昨晩は気付かなかったが、レストランから見渡せる中庭の眺めも素晴らしく、二人は腹ごなしに朝食を済ませた後、散歩することにした。
緑豊かな中庭は、広大な敷地で、海に近いためか、爽やかな潮風を感じることが出来る。庭内には離れやコテージ、キャンプ場なども隣接していて、家族やグループ客が何組か朝の運動を楽しんでいた。就学前の子供だろうか、父親に見守られながら、一生懸命アスレチックを楽しむ姿もあった。
ぐるりと中庭を廻り、綺麗に手入れされた自然を満喫した二人は、部屋に戻って出かける準備をした。
羅針は、今朝のルーティンをしていなかったので、30分程掛けて写真の整理と、昨日のことについてパソコンで纏める。隣で駅夫が同様にパソコンを開いて、ブログを更新していた。
9時を回り、昨日予約しておいた宿の送迎車で羽咋駅まで送って貰う。昨日30分も掛けて歩いてきた道程を、10分も掛からずに到着する。
「あっという間だな。」
駅夫が送迎車を降りて、運転手に礼を言った後、羅針に向かって言った。
「そうだな。やっぱ車は楽だよな。」
羅針も運転手に礼を言った後、駅夫の言葉に応える。
二人は、バスの待合室奥にある、駅の下を潜る地下通路を通って、東口側へと出る。西口と違って、小さな駅舎とロータリーがあるだけの簡素な東口に出ると、二人は折角ならとこちらの駅舎も写真に収めたり、記念撮影をしたりした。
駅を後にし、住宅街を抜けて歩く。途中、変電所があったり、子浦川の雁田橋を渡ったりして、10分程で宇宙科学博物館に到着した。
二人は到着したと思っていた。
雁田橋に差し掛かると、緑色の屋根が特徴的な建物が出てきて、その近未来的な佇まいに、ここが博物館の建物かと思ったのだ。しかしながら、入り口に回ると〔保育園〕とあって、勘違いであったことが分かった。どうやら、その更に奥が目的の宇宙科学博物館だったようだ。
「ずいぶん、格好良い保育園だな。ここが博物館かと思ったよ。」
駅夫が感心したように呟く。
「ああ、まさか保育園だとは思わないよな。宇宙基地みたいな佇まいしてさ。」
羅針も勘違いした照れくささを誤魔化すように言う。
路地を更に奥へと進み、宇宙科学博物館の駐車場へ向かう案内に従って、保育園の裏手に回ると、漸くロケットが聳え建つ、宇宙科学博物館の入り口が見えた。
保育園の建物で、宇宙への期待を高められていた二人は、目の前に聳え建つロケットを見上げ、テンションが更に上がった。
敷地に入ってすぐ目に付くのが、この見上げる程に高く聳え建つ白いロケットである。
説明書きによると、25.41mの高さがあるこのロケットは〔マーキュリー・レッドストーン・ロケット〕で、1961年に2回の有人弾道飛行打ち上げで使用されたもので、15分程の弾道飛行をおこなったらしい。またこのロケットは、NASAから入手した本物の機体で、マグネシウム合金が使用されているため、ほぼ錆びていないという。
このロケットは、旧ソ連のヴォストーク1号でガガーリンが有人宇宙飛行を成功させた、1961年4月12日から、遅れること約一月後の5月5日にアメリカの有人宇宙飛行を成功させた立役者でもある。
「これ本物のロケットらしいぞ。」
羅針が、ロケットを見上げている駅夫を興奮気味に呼んで、説明書きを指差す。
「マジで。どうせ作りもんだろと思ったら、本物なのかよ。なんでこんな所にNASAのロケットがあるんだよ。いくら年数経ってるとはいっても、機密扱いじゃないのかよ。」
駅夫が羅針の言葉を聞いて驚いている。
「だよな。こんな所にあるような代物じゃないだろ。アメリカ国内で展示するならまだしも、同盟国とはいっても他国だからな。まあ機密の部材なんかは取り外してるだろうけど、それにしたって、良く持ってこれたよな。」
羅針も、驚きを隠せないでいた。
そのロケットに並び建つ博物館の建物は、UFOの形状をしていた。
この地が宇宙の出島であるというコンセプトがあるようで、UFOがこの地に着陸したことを表しているそうだ。確かに良く見ると、アダムスキー型UFOの形をしていて、地図アプリで見る衛星写真に写っている姿は、まさにUFOである。
実際目の前にある建物は、地中にあるエンジンを吹かせば、そのまま飛び立ちそうな形状をしていたが、細部を見ると、当然のことだが、UFOとは言い難い部分が散見する。
また、この施設には図書館と公共ホールが併設され、宇宙に関する展示だけでなく、市民にとって、知の宝庫としての役割も担っているので、もしUFOとして飛び立ってしまったら、市民にとっては痛手だろう。
二人が建物へ入ると、すぐ正面にルナ・ローバーが展示されていた。
「この車見たことあるよ。子供の頃さ、宇宙ものの番組とかやると必ずこれが出てくるんだよ。懐かしいなぁ。こんな小さかったんだな。」
子供の頃親しんだ玩具にでも出会したような、懐かしくも、驚いたような表情で、駅夫はローバーに近づいていった。
この車はいわゆる月面車である。アポロ15号、16号、17号のミッションで使用された、全長3m、横幅1.8m、重量200kgで、乗員2名の電動車である。展示されているのはNASAから借用しているアポロ17号の時のテスト機だそうで、実機は月面上にあるそうだ。
「ああ、俺ももっと大きいもんだと思ってた。宇宙服着た人がここに座って操縦するんだよな。大きさは軽より一回り小さいぐらいか。……あれ、ハンドルがマスコンみたいじゃん。円形ハンドルじゃないんだ。へぇ、こうなってたんだ。」
後から来た羅針も、懐かしそうにローバーを眺めていたが、ハンドルに目が行くと、驚いたような顔をしていた。
「宇宙服を着て運転するから、この方が運転しやすいんだろうな。」
駅夫が想像で言う。
「だろうな。あんなモコモコの服で普通の自動車運転しろっていったら無理だもんな。」
羅針も宇宙服を着た宇宙飛行士が、普通の自動車を運転している姿を想像し、そのあまりの窮屈そうな絵面に、思わず笑ってしまった。
二人は左手にある売店でチケットを購入した。チケットは、展示室とシアターの見学が別料金になっていたので、若干割引になっていたセットのものを購入した。
シアターが10時からだと言うので、まずはシアターへ向かい、後10分程で開始される上映を待つことにした。
上に向かうエレベーターは、動き出すと照明が消えた。二人は驚いたが、壁面に宇宙を模した絵が浮かび上がってきたのを見て、もう一度驚いた。おそらく蓄光塗料で描かれたものなのだろう。宇宙への扉を開いたそんな演出が、二人の気分を否が応でも高めてくれる。
シアターにはプラネタリウム型のドームスクリーンが設置されていて、子供の頃訪れた渋谷にあったプラネタリウムのような広さはないが、本格的なシアターだった。
上映内容は、星空を解説するだけでなく、宇宙のこと、科学のことなどをテーマに上映してくれるというので、非常に楽しみである。
上映が始まると、パラパラと入っていたお客さんが静かになった。
上映されたのは、人類が辿った宇宙探査の歴史と、月や火星を探査したその軌跡を綴った物語の二本立てだった。
ドームスクリーンならではの迫力ある映像は、映画とは違ってとっても新鮮で、内容も知的好奇心を満たしてくれる、見応えのある作品だった。二人が子供の頃ニュースとかで見た宇宙探査の映像などもあったので、懐かしさもありながら、尚且つその裏側を見ることができたのは、とても勉強になったし、感動した。
「本物を展示するって標榜するだけあるよな。ああ言うのって、子供だましの映像で済ましたりするのがほとんどだけど、ちゃんと取材して本物の映像を使用していて、CGもクォリティ高かったし、見応え充分だったな。没入感半端なかったし。」
駅夫が興奮気味に羅針に言う。
「だよな。子供向けのちゃちなものだったら、がっかりだなと思ってたけど、完全に裏切られたな。俺でも充分楽しめた。月面とか火星の映像なんかは探査機で撮影した実際の映像も使ってたみたいだし、インタビューなんかもロシアやアメリカに行って本人に直接取材したんだろうな、相当金かかってるよ。久々に見た懐かしい映像もあったし、子供の頃のあの宇宙に憧れたワクワク感を思い出したよ。」
羅針も興奮気味に応える。
「ああ、確かにあの頃宇宙っていえば未知の世界でさ、宇宙人だのUFOだのはもちろん、戦艦とか機関車とか、ロボットが飛び回る世界を本当に夢想したもんだよな。なんか懐かしいなぁ。」
映画やアニメで描かれてきた宇宙の世界を、駅夫も懐かしそうに言う。
「でも、これだけの映像資料を集めるって、この博物館ただもんじゃないぞ。これだけのことしていながら国立でも県立でも、市立でもないんだぜ。」
羅針は興奮しながらも、この宇宙科学博物館のポテンシャルに驚きを隠せないでいた。
「そうなんだよな。展示物も本物を取り寄せたって言うんだから、館長は切れ者で、担当者は相当交渉上手なんだよ。きっと。」
駅夫がそう言って勝手に感心している。
「だな。もっと若い頃に館長やその担当者の爪の垢を煎じて飲んでれば、俺の人生も変わったかもな。」
羅針も同意し、冗談半分でそう言って笑った。
シアターを見終わった二人は、2階の展示室の方に移動してきた。
回転バーの入り口を入ると、そこは照明の光量が落とされた薄暗い室内で、一挙に宇宙の世界へと誘ってくれる。
まず目に入ったのは、著名な学者たちの紹介コーナーである。
ここには、1959年に科学雑誌で初めて地球外生命体に言及する論文を発表し、「地球外に文明社会が存在すれば、我々は既にその文明と通信するだけの技術的能力を持っている」と指摘し、地球外生命体の探査が本格的に始まるきっかけを作ったとされる人物であるフィリップ・モリソン博士を始め、SETI(地球外知的生命体探索)、UFO、宇宙開発の専門家が名を連ねており、この博物館を造る時に様々な助力を得た、錚々たる人物たちを紹介していた。
しかし、門外漢の二人にとっては、只の偉い人たちが紹介されているパネルとしか感じなかった。ノーベル賞を受賞した学者とか、世界的な発見をしてニュースになった人物とかならまだしも、駅夫はもちろん、流石の羅針も、宇宙分野の学者の名前までは把握していない。宇宙分野ではかなり名の通った、権威のある人物が名を連ねていたにも関わらず、この中に誰一人として二人が知る人物はいなかった。
続けて、展示されていたのは、アメリカ初の有人宇宙船である、マーキュリー宇宙船である。内部にはマネキンが宇宙服を着て乗船していたが、かなり窮屈な造りで、帰還する際の減速効率を考えて、円錐状にしたと言われている。この宇宙船が、博物館の表にあったマーキュリー・レッドストーン・ロケットに搭載されて、打ち上げられたのだそうだ。
「これが、表にあったあのロケットで打ち上げられたのか。」
駅夫が、マーキュリー宇宙船を隅々まで眺めていた。
「こんな狭いところに閉じ込められて、宇宙まで行って返ってくるんだぜ。めっちゃ怖くないか。」
羅針がこの小さな宇宙船で、打ち上げられて、宇宙から落下してくることを想像して、身震いした。
「確かに、それを想像したらちょっと怖いかも。翼とかあれば、多少の安心感はあるだろうけど、何にもないのは流石に怖いな。」
駅夫も羅針の言葉を聞いて、想像したのか、身震いしていた。
先に進むと、旧ソ連のヴォストーク宇宙船カプセルが展示されていた。「地球は青かった」と言った、人類初の有人宇宙飛行に成功したガガーリンを始め、旧ソ連の歴代宇宙飛行士が帰還した時に使用した宇宙船である。船体を見ると、実際に使用されたと分かる、大気圏に突入した際の焼けた跡や、地上に着地した際の傷跡や罅割れが生々しく残っていた。
「ほら、こんなんで宇宙から落ちてくるんだぜ。絶対怖いって。」
羅針は、想像が止まらないのか、まだ言っている。
「流石に怖がりすぎだって。」
いつも冷静沈着な羅針が滅多に見せない一面を見せていることに気付いた。そういえば羅針は高所を怖がることはないが、落下することに対して異常な程の恐怖心を抱いていたことを駅夫は思い出し、思わずにやりと笑ったのだった。
「知ってるか、ガガーリンが宇宙に行った最初の人だって言ってるけど、本当はその前にも行った人がいて、実は着陸に失敗して亡くなったから、最初の宇宙飛行士にはなれなかったって話があるんだよ。」
「また、そんな都市伝説みたいな話をする。」
羅針が捲し立てた話を、駅夫が呆れたように聞き流す。
「もし、それが本当だとして、お前が怖がる理由にはならないだろ。」
駅夫はそう言いながらも、何かを企んでいるような顔つきになる。
「なんだよ。怖がっちゃ悪いかよ。」
羅針が、駅夫の表情を見て、何か企んでると勘ぐり、強がった。
「いや、悪くはないよ。ただ、今度バンジーかフリーフォールをやりたいなぁとか思ってさ。ジェットコースターに乗るのも良いよなとか、色々思ってさ。」
駅夫が意地悪く言う。
「おい、待てよ、分かったから、それだけはなしな。それだけは勘弁してくれ。」
羅針の顔が一瞬で青ざめた。
「じゃ、次の諫早で珍味食うの勘弁するか?」
駅夫が交換条件を出してきた。
「上等じゃねぇか、飛んでやろうじゃないか。こうなったら、絶対お前にワラスボとムツゴロウ食わせるんだからな。」
羅針は恐怖に震えながらも、駅夫に〔地元の珍味〕を食わせることに異常な使命感を見せた。
「なんだよ、この手を使っても無理か。こうなったら約束だからな。絶対飛べよ。」
駅夫が、打つ手なしと諦めたが、交換条件が出来たことで少し溜飲を下げ、青ざめた顔をしている羅針を見て、笑った。
そんな遣り取りをしながら見学をしていく二人の前には、外壁やスイッチ類など、実際に使用されたものと同一の部品や素材を用いて組み上げられたモックアップのアポロ司令船や、実物大模型のアポロ月面着陸船、NASAから借用している、アポロ17号が持ち帰ったとされる月の土サンプルなど、月探査に関するものが展示されていた。
また、実際に使用された宇宙服や、旧ソ連の通信衛星、ボイジャーに搭載されたゴールデンレコードなど、宇宙探査、宇宙研究で使用されてきた、各国の様々な実物資料が数多く展示されていた。
展示室は博物館として見れば然程広くはないが、見応えのある内容で、二人とも本物の展示物の迫力に圧倒されていた。
最初は、UFOのまちと称して造ったなんちゃって博物館だと思っていた二人は、駅夫の質問に羅針が答え、分からないところ、興味のあるものはネットで補足するという、いつものスタイルで館内の資料を一つ一つじっくりと見ていく過程で、そのどれもこれもが、歴史的価値の高い資料であり、テレビや新聞で画質の悪い映像を通して見ていたものが、ノイズのないクリアな映像、いや実物として目の前にあるのだから、興奮するなと言う方が無理である。
ネットの記述によっても、その歴史的価値を裏付けされたことで、二人の資料を見る目には、ドンドン真剣味が増していった。
「まさかここまで本格的だとは思わなかったよ。」
駅夫がまた感心したように呟いた。
「ホントに、こんなに凄いとは思わなかったよ。大体こういうのって出来の悪い作り物が並んでて、がっかりすることがほとんどなんだけどな。」
羅針も本物が持つ圧倒的な迫力に感心頻りだった。
「そうそう、B級博物館な。資料もどっかからの受け売りでさ、見るに堪えないってヤツな。でもさ、これだけの資料を集めるのは、相当大変だったと思うぜ。資金調達もすげぇ苦労したんじゃないかな。」
駅夫も感心頻りで言った。
「ああ、ホームページには、この博物館の設立秘話が載っていて、まずは市議会を動かすところから始めたらしい。誰も注目しないような地方の市議会にマスコミを呼んで、市長が断れない状態にして予算確保の確約をとったらしい。
更に、資金調達に訪れた企業では、ペラ紙一枚の企画書と手土産の饅頭を持って行ったら、先方の担当者に溜め息をつかれ、他の持ち込まれた企画書を見せられて、その分厚さに圧倒されて帰って来たが、その企画書を参考に一から企画書を作り直して、再びアタックして無事資金調達出来たらしい。
資金が出来たら、今度はNASAに直接乗り込んで、香港が100年借用されたんだから、自分たちも100年貸してくれという謎理論で借用を決めてきたとか、旧ソ連との交渉では、予定額に1桁上乗せしてぼったくってきた先方に対し、その値段なら買わないと突っぱねたところ、翌日には予定額で購入出来たとか、とにかく、武勇伝がかなり詰まってるんだよ。」
羅針が、ホームページにあった情報を駅夫に教える。
「何にでも歴史ありか。この施設があるのも、スタッフが影で血の滲むような努力を重ねてきたってことだよな。一つ一つのエピソードがどれもこれも桁違いで、映画にでもなりそうだよな。」
駅夫はますます感心している。
こうして展示を楽しんだ二人は、展示室を後にし、1階の土産物屋へと向かった。