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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第玖話 羽咋駅 (石川県)
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玖之参


 駅前の鼓門で写真を撮った旅寝駅夫と星路羅針の二人は、慌てて戻ってきて、IRいしかわ鉄道の改札口を潜り、7番ホームに上がる。

 ホームには、金沢駅始発の七尾ななお行き521系100番台が停まって、出発の時刻を待っていた。この車両の側面に引かれた茜色のラインは、輪島塗の漆をイメージしているそうだ。


 二人が列車に乗り込むと、待ってましたとばかりに出発のベルが鳴った。二人はいつもの定位置に陣取り、それぞれ車窓の景色を楽しむ準備を整えた。

 金沢駅を出ると、すぐに右手には西日本旅客鉄道金沢総合車両所が見えてきた。そこには、なぜか寂しげに佇む683系サンダーバードの車両が一編成だけ停車していた。ここにサンダーバードが留置されているのはおかしいので、おそらく七尾線で特急運用されるために流用された車両なのだろう。解体を待っているわけではないはずだが、その姿にはどこか哀愁が漂っていた。

 さらに視線を巡らせると、雪国特有のDE15形ラッセル式除雪車が目に入る。更にはDE10形ディーゼル機関車や貨車も整然と並び、空き地には貨物用コンテナが積み上げられていた。普段目にすることのない光景に、二人は窓の外に目を奪われ、あちこちキョロキョロと見渡していた。


 何本も線路が併走する中を、列車はひたすら東へと進み、やがて東金沢駅に滑り込んだ。駅を出発すると、北陸新幹線の高架が近づき、暫く併走する。

 このIRいしかわ鉄道は、2015年3月14日、北陸新幹線の長野駅から金沢駅間の延伸開業に伴い、元々北陸本線だった、石川県内の金沢駅から倶利伽羅くりから駅までの区間を運営する第三セクターとして経営分離した鉄道事業者である。

 ちなみに、倶利伽羅駅から先の富山県側はあいの風とやま鉄道が、新潟県の市振いちぶり駅までを管轄している。

 更に、2024年3月16日に北陸新幹線が敦賀駅まで延伸した際には、福井県との県境まで運営範囲が拡大し、福井県側を運営するハピラインふくいとの境界駅である大聖寺だいしょうじ駅まで延伸された。これにより、現在は全長64.2㎞の営業距離を持つ鉄道となっている。

 また、七尾線との乗り入れ運転もおこなっており、今二人が乗っているこの列車も七尾線へ直通するが、この七尾線は、全国的にも珍しく、他のJR路線と直接接続しない路線として、鉄道マニアの間では有名だ。

 ちなみに、他のJR路線と直接接続しない路線には、ここ七尾線の他に、九州の香椎かしい線、青森の大湊おおみなと線、そして七尾線同様北陸新幹線延伸に伴い他路線と接続が切れた、福井県を走る越美北えつみほく線がある。


 森本もりもと駅を出て暫くすると、北陸新幹線とは分かれ、左へ緩やかにカーブを描く。住宅地を抜け、やがて右側に山が迫ってくると、列車は七尾線の起点である津幡つばた駅に到着した。

 2面4線のこの津幡駅は、かつて特急や急行、寝台特急も停車していた程の中核駅であったが、それが今や特急の能登かがり火が一日二本停車するだけとなった。

 それほど、需要がなくなって、寂れてしまったのかと思えば、統計を見ると、一日の乗降人員は毎年右肩上がりで、ここ10年で2倍、最高1万4千人を超えるまでになっているようだ。


 中核駅とはいえ、ローカル感漂う津幡駅を出ると、ここからはJR西日本の孤立線である七尾線となる。暫く走ると、列車はIRいしかわ鉄道の本線と分かれ、左側に延びる単線に導かれていった。車窓の風景は住宅街に混じって田畑が広がり、一気に長閑な田園風景へと変わり、ローカル線の雰囲気が高まっていく。


 本津幡ほんつばた駅を過ぎると、列車は国道8号線と交差する。この国道8号線は新潟市から京都市まで延び、全国第七位の総延長である598.2kmを誇る北陸の大動脈である。しかし、冬季には大雪によって数十㎞に渡る車の立ち往生を引き起こし、北陸の物流を停止させてしまうことでも有名である。


 その後、国道8号線と分岐した国道159号と249号が併走する区間を列車は進み、能瀬のせ駅を過ぎる頃には、国土交通省の区分では津幡駅ですでに足を踏み入れていた能登半島の付け根が、車窓右手奥の方に聳えている宝達丘陵ほうだつきゅうりょうを見ることで、強く感じられるのだ。


 高松たかまつ駅という、四国に来たのかと勘違いしそうな駅には、DE15形ラッセル式除雪車が2両も停車していて、間違いなくここが雪国であることが分かる。

 その先にも、租税を免除されたという歴史を感じさせる免田めんでん駅であったり、能登半島最高峰である637.1mの宝達山ほうだつさんの名を冠した宝達ほうだつ駅があったりと、沿線には見所が多い。


 免田駅から宝達駅のあたりでは、宝達山が見えるはずなのだが、小高い丘陵が続いていて、どれが山頂なのか見分けがつかず、結局特定出来なかった。しかし、田園風景とその奥に連なる山々が広がり、雄大な景色が旅に彩りを添えていた。

 一方、進行方向左側には日本海が広がっているはずだが、海岸線から離れているためか、結局海を見ることはできなかった。


 金沢駅からおよそ1時間で、今回の目的地である羽咋はくい駅に到着した。

 この羽咋駅は特急も停車する駅で、2面3線の地上駅である。1898年七尾鉄道の駅として開業したが、1907年に帝国鉄道庁に接収、国有化された。その後国鉄、JRの所属駅として変遷し、今に至っている。現在の乗車人員は千人強で、年々減少傾向にあるようだ。


 ちなみに、羽咋という地名は、垂仁すいにん天皇の皇子である磐衝別命いわつくわけのみことが退治した怪鳥の羽を、皇子が連れていた3匹の犬が食い破ったという伝説がもとになって、〔羽喰〕という地名が起こり、現在の「羽咋」になったと伝えられている。


 1番線に到着した列車を降りた二人は、レトロな趣のある駅舎に思わず目を奪われた。

「なんとも風情のある駅だな。」

 駅夫が降り立って最初に口にした言葉だった。

「ああ、ノスタルジックで良い雰囲気だな。」

 羅針も感心しながら、駅舎をじっと見つめている。

「よし、記念写真を撮ろうか。」

 駅夫はそう言うと、羅針を駅名標の横に立たせ、スマホを構えた。

「次は、二人で一緒に。」

 今度は自撮りモードに切り替え、駅夫が二人並んでの写真を撮る。

「最後は俺一人で撮ってくれ。」

 駅夫は笑いながら、羅針にスマホを渡した。


 記念撮影を終えた二人は、風情のある駅舎を始め、〔ようこそ羽咋へ〕と書かれた横断幕、UFOのまちをアピールする宇宙人をモデルにしたキャラクター、駅員が立って切符の改札をおこなっている、いまだ現役の鮮やかな青色のラッチなど、他にも目につく物を写真に収めていった。


 いくら古い駅とは言え、修繕の跡が少し目立ちすぎるため、駅夫が写真を撮る手を止めて羅針に聞いた。

「なぁ、羅針、この修繕の跡って、正月にあった地震の跡だよな。」

 そう言って、ホームに施された罅割れや陥没を直したような跡を駅夫が指差した。


 2024年1月1日16時10分に珠洲すず市で、M7.6、最大震度7を記録した令和6年能登半島地震が発生した。日本海沿岸では津波が観測され、正月だったこともあり、帰省者の増加で人的被害も大きかった。ここ羽咋市でも震度5強を観測した。

 関東にいた二人も有感地震を感じた程で、駅夫はこの地震のことを言っているのだ。


「おそらく、そうだろうな。修繕の跡がまだ新しいし。改修工事にしては応急処置感があるし。」

 そう羅針が応える。

「なら、こんな大変な時期に、俺たち遊びに来て良かったのかな。」

 駅夫が気を遣って言う。

「確かにな。でも、奥能登の方は、まだまだ復旧が進んでないって言うから、厳しいだろうけど、このあたりは奥能登に比べたら被害も少なかったっていうし、宿も予約を受け付けてくれたから、問題ないんじゃないかな。むしろここで俺たちが多少でもお金を落として、生活の足しにでもして貰えれば、活きた支援になるんじゃないか。」

「それもそうか。」

「復旧が遅れている場所とか、危険な場所には立ち入らない、近寄らないってことと、当たり前のことだけど、被災者の神経を逆なでするような真似だけしなければ、多少は歓迎してくれるはずだよ。きっと。」

「ああ、そうだな。肝に銘じておこう。」

 そう言って、二人は改札口を潜る。

 出てくるのが遅かった二人は、先程までラッチに立っていた駅員さんが、今は窓口に座っていて、二人はお礼を言って使用済み切符を手渡した。


 1966年に竣工したという駅舎の中は、ホームから見たようなレトロ感はなかったが、それでも、昔懐かしい窓口の他に、随分年季の入った券売機が一台と、新しく導入されたとおぼしき券売機がもう一台、そして観光案内を流すモニターが一台設置されていた。反対側には結構広い待合室があり、小さなテレビが置かれ、地元のニュースを放送していた。


 駅舎から出てくると、そこには駅前ロータリーが広がり、ロータリーの真ん中には奇妙なオブジェクトが鎮座していた。

 そのオブジェクトとは、時計台の隣にあるUFOのオブジェクトである。そして、なぜかその手前には〔ジャーン!〕の文字が形取られた石碑もあった。


「なんでUFOなんだ。さっきも宇宙人のキャラクターがいたけど。」

 駅夫がアダムスキー型UFOのオブジェクトを見上げながら呟く。

「その理由はこれだろうな。」

 羅針が指さしたのは、近くに立っていた〔UFOのまち羽咋〕と書かれた説明書きだ。そこには、羽咋市が〔UFOのまち〕として地域活性化を図った背景が記されていた。

 説明書きによると、理由の一つは〔そうはちぼん〕という仏具に似た形をした怪火かいかが、眉丈山びじょうざんの中腹を飛び回ったという〔そうはちぼん伝説〕に由来しているという。その他にも、眉丈山には空から鍋が降ってきて人をさらうという神隠しの伝説があったり、正覚院しょうがくいんに伝わる〔気田古縁起けたこえんぎ〕には、神力で空を自在に飛ぶ物体の話が記されていたりするなど、UFOにまつわる伝説が数多く残っているためだ、と書かれていた。


「なるほどね。で、地域活性化のUFOか。」

 羅針が説明書きを読み上げてやると、駅夫が納得したように頷いて、説明書きを覗いてくる。

「この宇宙科学博物館っていうの、行ってみたいな。ていうか、行こうぜ。」

 地域活性化の背景が書かれた説明の下に、宇宙科学博物館の宣伝があり、駅夫は興味を示し、散歩に行きたがるワンチャンのように、尻尾でも振りそうな勢いで羅針を見ていた。

「分かった、分かった。一応明日行く予定だから、安心しな。」

 羅針が一応予定に組み込んであることを伝えると、漸く駅夫が落ち着いた。

「で、これからどうするんだ。」

 駅夫が尋ねる。

「宿に向かう。以上。」

 羅針が真顔で応える。

「以上って、それだけ?」

 駅夫がキョトンとしている。

「そう、それだけ、宿行って、飯食って、風呂入って、寝る。」

 羅針が堪えきれなくなって、笑い出した。

「何笑ってるんだよ。何か企んでるだろ。」

 駅夫がまた羅針が何かを企んでると踏んで、訝しげに聞く。

「マジで文字通り宿に行くだけだよ。今日はゆっくり休んで、観光は明日。ただ、ここから2㎞ぐらい歩くから。羽咋観光しながらってことになるけどね。」

 羅針が笑いながらそう告げる。

「また、歩くのか。」

 駅夫が溜め息をついて言う。

「タクシー使っても良いけど、どうせなら街並みを見て歩きたいだろ。」

「まあな。それは同意する。」

「じゃ、写真撮ったら行こうぜ。」

 羅針がそう言うと、二人はUFOのオブジェクトを撮ったり、羽咋駅の駅舎を撮ったり、記念撮影をしたり、一通り撮影を満喫すると、宿に向かって歩き出した。


 途中、最近建てられたばかりと思われる真新しい公民館や、立派な佇まいの市役所の前を通り、住宅街を抜けていく。

 ここ羽咋市は液状化現象の被害が酷かったというが、やはり所々地震の爪痕が見て取れる。倒壊家屋は見受けられないが、罅が入ったり、塀が壊れていたりと、見た目は大した被害でなくても、確実に爪痕は残っており、危険な状態にありそうな家屋が散見された。

 それでも、日常は戻っているようで、テレビの音や家族団欒の声が住宅の中から漏れ聞こえてくると、どこか温かい気持ちになる。


 住宅街の細い通りを抜けると、やがて道の駅のそばの交差点に出てきた。その目の前にあるのが目的の宿である。

 かなり大きなフロントロータリーを通って、砂像が飾ってある入り口のドアを開け、廊下を抜けると広いロビーがあった。

 ロビーに入ると、まず目を引いたのは華やかな柄の〔花嫁のれん〕である。幕末から明治時代にかけて加賀藩の領地内で広まった婚礼の風習の一つで、花嫁が嫁入りの時に花婿の家の仏間の入り口に掛けられ、両家の挨拶を交わした後、花嫁はのれんをくぐり、先祖のご仏前に座ってお参りをしてから結婚式が始まるというもので、更に三日間夫婦の部屋の入り口に掛けられ、来客を迎えるのが、この暖簾であり、嫁入りには欠かせない品である。加賀友禅で作られるこの花嫁道具は色鮮やかな吉祥柄が用いられ、上部に花嫁の実家の家紋があしらわれているのが特徴である。

しかし、役目を終えた暖簾は箪笥の肥やしになってしまうため、現在ではこうして展示し、様々な人に見て貰えるようにしているらしい。七尾市には花嫁のれんを専門で展示する博物館もあるらしいが、今回は対象から外れるので、行くのは別の機会とする。

 また、現在は地震の影響で運転を取り止めているが、花嫁のれんという観光列車も七尾線で運行されていたようだ。以前、同名のテレビドラマが放送されたことで、全国的にその存在を知られたこともあり、近年観光資源として取り上げられているようだ。


 その他の調度品も、石川、能登の伝統工芸を踏襲した作りやデザインで、どれも目を引き、楽しませてくれる。

 奥にあるフロントでチェックインの手続きを済ませたら、まずは部屋に荷物を入れて、夕食へと向かうことにする。


 部屋は離れという選択肢もあったが、館内の洋室を選択した。離れには内風呂なんかもあったが、食事は本館に来ないとならないし、どうせ大浴場を利用することになるのだ。ほぼ寝るだけでもあるので、館内の部屋を羅針は選んで予約した。

 部屋の調度品は、落ち着いた雰囲気があり、寝るだけの部屋としては少し贅沢ではあるが、昨日の山登りの筋肉痛が酷くなる頃合いの今夜はゆっくりと身体を休めたい。


 取り敢えず部屋に荷物を放り込むと、早速レストランへと向かう。

 この宿には、蟹づくしのプランもあるようだが、味わえるのは11月以降らしく、今回は高級魚で名高い喉黒のどぐろの会席を選択した。

 まずは、フリードリンクから地元の銘酒を選択する。ドリンクはアルコールからソフトドリンクまですべて飲み放題なのは嬉しい。


 席に着くと、まず運ばれてきたのは、酒肴であるよもぎ豆腐や長芋の梅煮などの旬味、それとあいまぜという、千切り大根と人参、油揚げを甘辛く炒め煮した郷土料理も出た。

 続けてその日に獲れたという地魚のお造りの盛り合わせ、そして喉黒の炙りに、ローストビーフのサラダ添え、鯛と海藻のしゃぶしゃぶが、まずは前菜として並んだ。

 新鮮でプリプリな刺身、脂ののった鯛や喉黒、味噌ベースのソースで頂くローストビーフと、どれも絶品である。まさに能登の美味いものが勢揃いといった感じである。


 銘酒を堪能しながら、食べ進めていると、いよいよ真打ち、喉黒の塩焼きが登場した。

 かなり大きな体躯の喉黒で、パリッと香ばしく焼けた皮に箸を入れると、じわっと脂が滲み出て来る程、脂がのっているようだ。身はふわふわでしっとりしていて、口に入れた途端「美味い」しか出てこない。


「流石喉黒だな。なんでこんな美味いんだろうな。」

 駅夫が感心頻りだ。

「なんでだろうな。高級だと思うから美味いのか、美味いから高級なのか、どっちなんだろうな。」

 羅針が禅問答みたいなことを言い出す。

「そういって、訳分からないことを口走りたくなる程美味いってことだよ。」

 駅夫が笑う。

「確かに、脳がバグる程の美味さってことだな。」

 そう言って羅針も笑った。


 箸休めに出てきた赤貝のぬたもこれまた美味いし、いしる煮という、魚を発酵させて作るいしるを使用した煮物で、イカや野菜を煮込んだ郷土料理も、独特な風味があったが、これもまた美味かった。

 そして最後にデザートの盛り合わせで締めである。飲み物は珈琲を選んだ。


 食事に満足した二人は、余韻を楽しむ間もなく、一旦部屋に戻り風呂へと向かう。

 部屋には浴衣の他に、湯籠が用意されていて、着替えやタオルなどを大浴場まで持って行くのに便利である。

 大浴場には、脱衣場はもちろんのこと、浴室内にも畳が敷いてあり、慣れないせいか、何か変な感じである。

 湯は、ナトリウム泉と塩化物炭酸水素塩泉の2つの泉質からなる温泉で、美肌の湯ともいわれているらしく、琥珀色の湯はアルカリ泉らしくヌルッとした肌触りだ。源泉掛け流しではあるが、加温してないのか、少しぬるめのお湯はじっくりと浸かるには丁度良く、二人して長湯をしてしまった。サウナや露天もあったが、今夜は内湯だけにした。


 湯上がりにはアイスキャンデーのサービスがあり、ロビーで一本ずつ頂いた。

 アイスキャンデーで湯冷ましをした二人は部屋に戻り、お着き菓子のラスクと、冷蔵庫に冷えていた湯上がりサイダーを頂いていた。


「次の行き先決め、やるだろ。」

 駅夫がスマホを取りだして、ルーレットアプリを用意している。まるで回したくてしょうがない子供のようだ。

「ああ。回して良いよ。」

 羅針が応じる。

「じゃ、回すぞ。ドゥルドゥルドゥルドゥル……ジャン。ん、ああ、諫早いさはや駅だ。九州だよな。」

「おっ、今回はちゃんと読めたな。そう、九州、長崎県だな。」

 羅針は、駅夫が珍しくちゃんと読めたことに驚きつつ、さっそく自分のスマホでルート検索をする。

「諫早ぐらい読めるって。この前、長崎行ったときに通ったし。」

 駅夫がそう言ってドヤ顔をしている。

「いや、ドヤ顔する程の難読駅名じゃないから。」

 羅針は半分呆れ顔をする。

「良いじゃねぇかよ、たまにはドヤ顔させろよ。」

 駅夫がそう言うと、「なんだそれ。」と羅針が笑う。


「それにしても、また九州か。なんかそのルーレット九州好き過ぎじゃね。東北とか北海道とか入ってないとかないよな。」

 羅針が少し不満げに言う。

「それはないと思うぜ。多分。」

 駅夫が少し自信なさげに応える。

「まあ、良いか。それにしても諫早か、漸く駅夫に美味いもの食わせられるな。」

 羅針が不満そうな顔から、悪巧みをする顔に変貌する。

「なんだよ、美味いものって。諫早で美味いものって、あっ、あの地元の珍味って言ってた、ムツゴロウとワラスボだろ。」

 羅針の言葉に思考を巡らしていた駅夫が目を見開いて、仕舞ったっていう顔をしている。

「良く覚えてたな。長崎で有明海の方に行ったら食べようって約束したからな。流石駅夫先生、有言実行とは不詳羅針感服の極みでございます。」

 そう言って羅針は腹を抱えて笑っている。

「マジかよ。なぁ、九州ばっかりだし、諫早は止めないか。な、止めようぜ。」

 駅夫は、羅針に向かって手を合わせて懇願してきた。

「お前が自分でルーレット回したんだからな。自業自得だ。美味い珍味、楽しみだなぁ。」

 羅針は駅夫の懇願なぞどこ吹く風とばかりに、わざと舌なめずりしている。

「この鬼、鬼畜、畜生、末代まで呪ってやる。」

 駅夫が恨めしそうな目で睨んでいる。

「末代って、お前子供いないんだから、お前が末代だよ。まあ俺もいないから、呪う相手もいなくなるしな。」

 羅針が身も蓋もないことを言って、更に声を上げて笑う。

「くぅぅぅ。じゃ、末代の分も俺がお前を呪ってやる。」

 悔しそうに駅夫が無茶苦茶なことを言い出す。

「そうか、がんばってな。」

 羅針はそれでもどこ吹く風だ。

「なぁ、本当に食べるのか、食べなきゃダメかぁ?」

 駅夫は、今度は一転、どうにかならいかといった、猫なで声をだす。

「まあ、とにかく食べて見ろよ。美味いか不味いかはそれから決めれば良いだろ。不味かったらお前の末代までの呪いを買ってやるよ。お前と俺の代で終わる呪いだけどな。」

 羅針はまた声を上げて笑った。


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