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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第玖話 羽咋駅 (石川県)
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玖之壱


 備前焼のギャラリーで、ビールタンブラーを購入し、両親へのタンブラーを送り、持っていたビールグラスも託送した。更に無理を言って備前カレーを頂き、物欲も腹も満足した二人は、店員に何度もお礼を言って、ギャラリーを後にした。


 香登かがと駅に到着すると、ロータリー脇にある上屋うわやに設置された自動改札用のICカードリーダーにモバイルICをスキャンさせると、羅針が駅夫に質問してきた。

「あのさ、この後29分に播州赤穂ばんしゅうあこう行きが来るんだけど、それに乗るか、52分発の岡山行きに乗るか、どっちにする。」

 羅針が、この後乗る列車を駅夫に選択させる。

「ん?どういうこと。また選択肢によって、地獄コースが待ってるとかか?」

 駅夫は、選択を失敗し、宿からここまで1時間以上歩かされたので、羅針の質問の意図が恐怖の選択なのかどうか確認した。

「ああ、それはないから安心しな。播州赤穂行きならそのまま姫路まで行って、姫路から新幹線。逆に岡山行きなら、来るときに通った路線を逆戻りして、岡山から新幹線に乗るってだけ。新たな路線を通るか、逆戻りするかの選択だよ。どっちで行っても、新大阪から乗るサンダーバードは同じだから。到着は変わらない。」

 羅針が質問の意図を説明する。

「そう言うことか。まったく焦らせるなよ。じゃ、当然播州赤穂行きでしょ。やっぱり見たことのない景色を楽しみたいからな。」

 駅夫はホッとした表情でそう言って、播州赤穂経由を選択した。


 11時29分、時刻通り末期色の115系が来た。

 駅夫が、「これも乗り納めか」と言ってスマホで撮影していた。羅針ももちろん一眼で撮影する。

 ドアが開いて乗り込むと、いつもの通り駅夫はかぶりつきへ、羅針は座席へと向かった。


 二人が乗り込むと、すぐに列車は出発した。

 そして、二人が1時間以上かけて歩いてきた道程を、5分と経たずに伊部いんべに到着する。

「もう伊部に着いたのか。歩いた意味ないじゃん。」

 駅夫がブツクサ言っている。

「それを言ったら、負けだぞ。歩いて観光したんだって思わなきゃ。」

 羅針がそう言って、駅夫を窘めるが、羅針もなんでわざわざ歩いて香登駅まで行ったんだろうなと、単に遠回りしたことに、今更ながら後悔した。ただ、お陰で良い買い物が出来たんだと、ポジティブに考えることにした。


 伊部駅を出ると、いくつかのトンネルを抜け、いくつかの駅を停まり、やがて港町にある日生ひなせ駅に到着する。小豆島しょうどしま行きのフェリーが出る港を有す日生港があり、牡蠣がたっぷり入ったお好み焼き、B級グルメのカキオコ発祥の地だという。

 チラリと見える港を横目に、山間やまあいを更に進み、住宅街と田園地帯を抜けると、やがて播州赤穂駅に到着した。


 播州赤穂駅は、あの忠臣蔵で有名な赤穂浪士の地元、赤穂城跡がある。浅野家は取り潰しとなったが、この赤穂城はその後も主人を変えて残り、明治には民間に払い下げられ、現在は公園として整備され、国名勝や日本100名城にも指定されている。

 駅は2面3線の橋上駅で、現在の駅舎は2000年から使用が開始された。また赤穂線を行き交う列車はすべてこの駅で折り返す、運用境界駅となっていて、更に東へ行くには、ここで乗り換える必要がある。東へ向かう列車には新快速も含まれるため、ここから滋賀県の米原方面まで一本で行けるのだ。


 二人は、ホーム向かいに停車している姫路行きの225系100番台に乗り換える。

 引き続き、駅夫はかぶりつきへ、羅針は座席へそれぞれ向かった。

 二人が、所定の位置について、暫くしてから、漸く姫路行きの列車が発車した。

 ここでも、出発まで3分間の待ち時間だったが、然程気にならない待ち時間だった。


 播州赤穂駅を出発した列車は、山間やまあいひしめくように建っている住宅街の中を真っ直ぐ抜けていく。

 やがて、長いトンネルを抜け、左側から新幹線の高架線が現れると、山陽本線の複線と合流し、相生あいおい駅へと入線する。  


 この相生という街は、いわゆるドラゴンボートの競漕きょうそうを軸とした、相生ペーロンまつりが有名で、とても風光明媚な地域である。

 山陽新幹線と山陽本線、そして赤穂線の3線が乗り入れる相生駅は、2面3線のホームを有する中核駅となっている。


 相生駅を出ると、列車は山陽本線に入り、姫路駅を目指す。

 新幹線の高架を潜り、再び新幹線と別れると、田畑が少し目立つようになってきた。

 相生駅もそうだったが、各駅のホームで待つ人々も心なしか多い気がする。車内も少し混み合ってきて、座席もだいぶ埋まり、女性たちの甲高い関西弁の話し声が車内に響いていた。


 竜野たつの駅を出て、再び新幹線の高架を潜ると、関西地区では行き先案内でよく見かける網干あぼし駅に停まる。JR西日本の網干総合車両所が近くにあるため、行き先設定になるようで、良く聞く駅名の1つである。

 水運と漁業の拠点だった網干は、大正時代に大手企業が拠点を置いたことで大きく発展し、名が知られるようになったが、1941年の156人を死傷させた列車衝突事故が発生した駅として記憶してる人もいるだろう。


 英賀保あがほ駅を出て高架線に入り、新幹線の高架を再び潜ると、姫路駅は間もなくである。

 姫路駅は、言わずと知れた世界遺産である姫路城のお膝元で、在来線3路線と新幹線が乗り入れる巨大な中核駅で、在来線は3面8線と通過線がある構造となっている。


「漸く、姫路駅か。」

 駅夫が伸びをしながら、姫路駅のホームを見渡す。

「期待していた瀬戸内海は見えなかったし、ちょっと残念な車窓だったけど、どう、楽しめた?」

 羅針も伸びをして、駅夫に聞く。

「ああ、確かに海が見えなかったのは残念だったけど、景色は楽しめたよ。日生ではちらっとハーバーも見えたし、赤穂線の山間の景色も雰囲気あったし、山陽本線の住宅街の景色も列車に乗ってるって感じがして、こういうのも良いなってね。」

 駅夫が楽しそうに話す。

「それなら良かった 。

 さて、この後新幹線で新大阪、サンダーバードに乗り換えて敦賀に向かうんだけど、飯どうする。」

 羅針が、楽しそうにしている駅夫を微笑ましそうに見ながら、昼食の確認をする。

「飯か。さっきカレーも食べたし、そんなに腹は空いてないけど、なんか中途半端だな。」

「まあね。ホントはここの駅そばが有名だから、食べていきたいけど、新幹線に乗り遅れたら困るから、今回はスルーするとして。

 で、新幹線内で食べるか、新大阪で食べるか、サンダーバードで食べるかの三択なんだけど、どうする。ちなみに新幹線は乗車時間30分だから、乗車中に食べるのは少し慌ただしい。新大阪は乗り換え時間含めて46分しかないから、ここも慌ただしい。サンダーバードは乗車時間1時間以上になるけど、乗るのが14時16分だから、飯にありつけるのはそれ以降ってことになるね。で、どうする。」

「で、どうする、じゃねぇよ。俺が決めるのかよ。まあ、遅くても良いし、いざとなれば昨日の行動食も残ってるし、適当にそこら辺で目に付いたの買っていけば良いんじゃね。」

 そう言って駅夫はリュックを叩いて、言う。

「そう言えば、そうだったな。」

 羅針は行動食の存在をすっかり失念していた。

「じゃ、ここで弁当を見て廻って、食べたいのあったら買って、食べられるタイミングで食べるか。良いのが無かったら新大阪で買えば良いし。」

「OK。じゃ、取り敢えず売店に行って見るか。」

 二人は、乗り換え口に向かって歩き出した。


 新幹線ホームに上がってきた二人の手には、ビニール袋が握られていた。結局、但馬牛(たじまうし)の弁当を手に入れた。もちろんお茶も忘れない。


「『一度食べたら止まらない人気弁当です』とか言われたら、買わざるを得ないよな。見た目も美味そうだったし。」

 駅夫がそう言って、ビニール袋越しに弁当の匂いを嗅ぎながらつばを飲み込んでいる。

「あのコピーは反則だよな。」

 羅針が応える。昼飯抜きでも良いような勢いで言っていた駅夫が、今にも買ったばかりの弁当を広げそうな勢いでいるのを見て、羅針は微笑ましそうに笑った。


「そう言えば、新幹線ホームから姫路城が見えるって話なんだけど、見えるかな。」

 羅針がホームをキョロキョロと見回す。

「ほらあそこ、あそこに〔姫路城が見えます〕って書いてないか。」

 駅夫が窓の桟に張ってある看板を見付けて、指を差した。

「良くあんなの見付けたな。」

 羅針が感心したように言い、二人で看板の所まで行くと、窓の外、駅前大通の先に、小さく姫路城の天守閣が見えた。

「あれが、姫路城か。なんか思ったより小さいな。」

 羅針は期待していたのと違ったのか、思わずぼそりと呟いた。

「こんだけ距離があるんだ、そりゃ小さいだろ。にしても、小さく見えるな。」

 駅夫もそう言いながら、がっかり感を隠すことはしなかった。

「時間があれば、寄りたかったな。」

「そのうち姫路駅が出るだろ。それまでのお預けだな。」


 そんなことを言いながら、それでも二人は、写真に収めようと、羅針は一眼を、駅夫はスマホを向けた。

「望遠で見れば、イメージどおりというか、良く見る姫路城だな。」

 羅針がカメラのモニターで撮ったばかりの姫路城を確認する。

「確かにな。」

 駅夫が撮った写真を、羅針に見せる。そこには、羅針が撮った写真よりも大きい姫路城が写っていた。

「やっぱり、スマホの望遠機能は侮れないな。このレンズ400mmはあるんだぜ、それを優に超えてくるんだからな。なんかやるせなくなるな。」

 羅針が自虐半分で、駅夫が撮った写真を褒める。

「でも、やっぱり一眼で撮った方が良いよ。そのレンズだって結構するんだろ。」

「まあな。でも、そのスマホに着いてるレンズ、有名レンズメーカーの製品なんだぜ。ブランドレベルはそっちの方が上だしな。」

「でも、安物が着いてるんだろ。でなきゃ、このスマホいくらになるんだよって話だよ。」

「それもそうか。」

「だろ。でもよ、どんなカメラ使っても、最後は撮る人の腕だろ。」

「そう言うことだな。」


 そんなことを二人が話していると、列車到着のアナウンスが入る。

 二人は慌てて、自由席の乗車位置へ急ぐ。3号車のあたりで、のぞみ94号東京行きのN700Aが入線してきて、二人は2号車から乗り込んだ。車内はそこそこ込んでいたが、二人が座る席は一応あった。


 二人が席に着いたときには、既に列車は姫路駅を出発していた。

 暫く山陽本線と併走しながら、姫路市内を走る。やがてスピードを上げ、山陽本線と分かれ、いつの間にか長いトンネルに入ると、新神戸しんこうべ駅に到着した。

 新神戸を出ると、すぐに新大阪到着の車内放送が流れ始めた。あっという間の30分だった。

 駅夫が駅弁を広げるかどうか逡巡していたが、そうこうするうちに新神戸到着のアナウンスが聞こえてきたため、結局諦めたようだった。


 新大阪駅、山陽新幹線と東海道新幹線の境界駅であり、東海道新幹線のために建設されたと言っても過言ではない。

 とは言っても、新幹線ホームは5面8線、在来線は5面10線の巨大な駅で、1日平均乗車人員が6万人に届くこともある。とても間に合わせで作ったような駅ではない。乗り入れる大坂メトロの乗車人員も6万人前後を記録していることから、JRと大坂メトロの乗り換え客ばかりなのが窺える。

 駅構内は、駅ナカのショッピング街が充実しているが、駅周辺はマンションなどが建ち並ぶだけで、目立った商業施設は存在しない。完全に乗換駅としての役割を呈しているようだ。


「取り敢えず時間があるから、慌てずにな。乗り場は4番線だから。」

 羅針が新大阪駅のホームに降り立つと、駅夫に告げた。

「4番線、了解。」

 駅夫が、復唱して敬礼する。それを見て、羅針は微笑ましそうに笑った。


 エスカレーターを降りて、コンコースに来ると、飲食店ののれん街や土産物屋、お弁当屋など、かなり商店が充実していた。両手いっぱいに紙袋を提げた女性や、吟味したお土産なのか、大事そうに懐に抱えて歩くスーツを着た男性など、行き交う人々は思い思いにショッピングを楽しんだり、トランクを引き摺り乗り場へと急いだりしていた。


「ここじゃ、落ち着いて弁当広げられないな。」

 駅夫が、あたりを見渡しながら呟く。

「そうだな。あそこの待合室も、人でごった返してて、カウンターテーブルも埋まってるし。」

 羅針が、待合室の方を指差して言う。

「だな。取り敢えず、在来線の方に移動しようぜ。」

 駅夫の提案で、在来線乗換え口に向かい、二人は改札を潜った。


 乗り換え改札を潜ると、雰囲気ががらりと変わった。

 まず、照明の色が白色から暖色に変わったため、少し雰囲気が落ち着いたというか、暗くなったというか、目のチカチカ感がなくなった。


「少し時間があるなら、そこの駅ナカをちょっと見て廻らないか。」

 駅夫が、探索を提案する。乗換え改札口の先に、商業施設が固まっている駅ナカの施設があった。

「良いよ。」

 羅針が応じると、人で賑わっている駅ナカに、二人は入っていった。

 施設内には、喫茶店を始めとした飲食店、グッズなどを販売するお土産店、それに書籍を扱う本屋まであった。


 二人は、ざっと一通り見て廻り、一軒の店に目がとまった。関東で言う〔肉まん〕、関西で言うところの〔豚まん〕で有名なお店を見付けたのだ。

「なあ、あれテレビとかで良く目にする豚まん屋じゃねぇ。」

 駅夫が大量行列が出来ている店を指して言う。

「ああ、そうだな。それにしてもすげぇ人気だな。10人、いや20人ぐらい並んでるか。」

 羅針が余りの行列の長さに驚く。

「なあ、あれ、買っていこうぜ。まだ時間あるだろ。」

 駅夫が、玩具を強請ねだる子供のような目で羅針を見る。

「分かったよ。じゃ、並ぶか。」

 そう言って、最後尾に着く。

 しかし、店員が3箇所に分かれて対応していたので、思ったよりも早く二人の順番が回ってきた。メニューは定番の豚まん以外にも、焼売や餃子、アイスキャンデーやちまきなんかもあったが、二人は定番の豚まんを4個入りで購入した。

 商品を店員から受け取った駅夫は、袋を掲げて、にっと笑っている。

 羅針はそれに対し、サムズアップを返してやる。


「よし、買うもの買ったし、他見るものあるか。」

 羅針が駅夫に聞く。

「俺は特には無いけど、本屋とか、鉄道グッズとかあったけど、寄らなくて良いか。」

 駅夫が、本好き、鉄道好きの羅針に気を遣って聞く。

「さっき、さっと見たけど、めぼしいのがなさそうだったから、取り敢えず今はいいや。」

 羅針はあっさりとそう応える。

「じゃ、ホームへ降りるか。もうそろそろ良い時間だろ。」

 駅夫が、腕時計をしていない手首を指差す。

「ああ、今14時7分だね。」

 羅針がスマホで時間を確認し、応える。

 二人は、14時16分発のサンダーバードに乗る4番線ホームへと向かった。



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