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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第捌話 香登駅 (岡山県)
59/181

捌之拾壱


 高津山の山頂で、水を飲んで一息ついた旅寝駅夫と星路羅針の二人は、今来た道を逆戻りし、姫大神神社の裏手で右手に折れ、最後の目的地である福生寺ふくしょうじへと向かう。約1時間近い行程である。

 ひたすら降っていくだけなのだが、身体に疲労が溜まっているせいか、足を一歩踏み出す度に、足から伝わってくる衝撃が体中に響く。

 駅夫はトレッキングポールを使用し、羅針は蜘蛛の巣除けのために拾った棒きれを使っていたので、二人とも多少衝撃を軽減はできていたが、それでも足から来る衝撃は、着実に二人の身体に疲労を蓄積していった。


 二人は、疲れもあってか、ほとんど口を利くことなく、ひたすら黙々と山道を降っていった。途中、沢に出会し、せせらぎの音を聞きながら心を癒やし、やがて、瓦屋根が見えてくると、漸く福生寺に到着である。


 この福生寺は、高野山こうやさん真言宗しんごんしゅうの寺院で、山号を大滝山おおたきさんという。本尊は、本堂に十一面千手観音菩薩、三重塔に大日如来が祀られている。瀬戸内三十三観音霊場第十番札所であり、子院の西法院が山陽花の寺(さんようはなのてら)二十四か寺第十四番となっている。

 江戸時代に書かれた縁起によれば、天平勝宝てんぴょうしょうほう6年(754年)に鑑真によって創建されたとある。


「漸く降りてきたな。」

 駅夫が呟く。

「ああ。流石にちょっとキツかった。だいぶ脚に来たな。そこでちょっと休憩しよう。」

 羅針が疲労の溜まった脚を休めようと、駐車場を指差して提案する。

 二人は、駐車場の隅に陣取り土留めの石塀を背に腰を下ろした。水筒の水を飲み、行動食をまた一つ開けた。コンビニ向けの一口サイズになった、伝統芸能の名前が付いた揚げ煎餅で、これで410kcalの補充になる。


「やっぱりこれを選ぶか。」

 駅夫が羅針も同じものを選んでるのを見て言った。

「これは外せないもんな。」

 羅針はそう言って、袋を開けて、食べ始めた。

「ん~。この味だよ。」

 羅針が一口食べて唸る。

「だよな。甘辛のこの味が美味いんだよ。お茶があれば尚可ってとこだな。」

 駅夫も一口食べて同意する。


 山肌に点在する紫陽花を眺めながら、まったりとした時間を過ごした。

「なんかさ、こういう時間が良いな。」

 駅夫が揚げ煎を囓りながら、お茶でも啜るように、水を飲む。

「確かにな。紫陽花眺めて、揚げ煎食って、水飲んで、気の置けない友と過ごすこの時間は、何物にも代えがたいな。」

 駅夫の言葉に羅針もしみじみと応え、駅夫の顔を覗き込む。

「何恥ずかしいことしれっと言ってるんだよ。聞いてるこっちが赤面もんだよ。」

 羅針がからかっているのを知って、駅夫は羅針を詰り、笑う。

 まるで、縁側かどこかでまったりと茶でも飲んでる老人二人の図である。


 休憩を済ませた二人は、立ち上がると、リュックを背負い、紫陽花寺と言われるこの福生寺の境内を散策する。

 まずは、本殿に向かい、参拝をする。

 山麓にある寺院のため、坂や階段が多い境内を、本殿へ向かって、紫陽花を愛でながら歩いた。

 本殿は、入母屋造りの立派なお堂で、岡山藩2代藩主の池田綱政いけだつなまさが大願主となって天和てんな2年(1682年)に再建されたと伝わる。


 参拝を済ませると、向かい側の高台にある三重塔を目指す。

 この三重塔は、国指定の重要文化財で、室町時代中期に建立されたと伝わる。寺伝では嘉吉かきつ元年(1441年)、室町幕府6代将軍足利義教(あしかがよしのり)の命によって建立されたとされる。


 華美な装飾のない、瓦屋根の素朴な三重塔だが、近づいてみると、精緻な造りが当時の建築技術の高さを物語っているようだ。

 ここまで上がってくるのに、疲れた身体にはキツかったが、この素晴らしい建物を見た二人は、疲れも忘れて見とれていた。


「登山コースの最後に、この素敵な寺院を見て廻るのは、心と体の疲れが洗われるようだな。」

 駅夫が清々しい顔つきで呟く。

「そうか。そう言って貰うと、コース設定をした俺も嬉しいよ。」

 駅夫の言葉に羅針も顔を綻ばせる。

「ただ、ちょっと疲れたけどな。」

「そう言うな、後は宿まで西国街道を歩くだけだ。」

「宿に着いたら、また美味い飯だな。」

「そういうこと。じゃ、寺務所で御朱印を拝受して、帰ろうぜ。」

「了解。」


 二人は、寺務所に寄って、御朱印を頂き、足利義満が建立したと伝わる、岡山県指定文化財の仁王門で金剛力士像にご挨拶し、福生寺を後にした。


 道路脇の川から聞こえてくる水の音を右手に聞きながら、アスファルトの道をひたすら降っていく。足に響く衝撃は、披露を否が応でも増幅していたが、それでも心地よい披露として二人は感じていた。


 陽はすっかり傾き、西日が眩しい。


 川がいつの間にか右から左へ移り、今度は左手から水のせせらぎが聞こえてくる。

 大きな墓地に出ると、勾配はほとんどなくなり、どうやら下山が完了したようだ。墓地の向こうには田畑と住宅が広がっていて、下界に降りてきたことを実感した。


「標高30mだって。漸く、下山してきたな。」

 先程インストールした、標高計測アプリを使ったのだろう、駅夫が後ろで標高を読み上げる。

「今朝登った登山口が、確か31mだったから。そうだな。下山完了だな。」

 羅針が応える。

「でもさ、登山口も墓地だったけど、なんでここも墓地なんだよ。」

 駅夫がぼやく。

「ぼちぼち帰りなさいってことだよ。」

 羅針が巫山戯る。

「あのなぁ。急に大寒波を発生させるなよ。寒くてかなわねぇ。」

 駅夫が身体を抱え込むようにして、寒がってみせる。

「お、そんなに寒いか。なら使い捨てカイロあるぞ。」

 そう言って、羅針はリュックを降ろすフリをする。

「やめろ、カイロは反則だよ。分かった、降参。ったく。なんでこの暑いのにカイロまで持ってるんだよ。」

 駅夫は半分呆れ顔で白旗を揚げる。

「そりゃ、何かあって、ビバークともなれば、暖を取る必要があるからな。準備は怠らないさ。」

 羅針はドヤ顔である。

「そういうところは頼りになるんだけど、隙がないんだよな。」

 駅夫は顔を顰めつつも、口元に苦笑を浮かべ、やれやれといった様子で首を横に振る。


 田畑の中に住宅が点在する道を歩くと、正面に新幹線の高架が見えてきた。

 交差点の所に熊山遺跡と大滝山福生寺の案内標識があり、その足元には、正面に〔従是これより大瀧山道〕、左右両面には〔本堂まで十八丁〕と刻まれた丁石ちょうせきがあった。片や金属、片や石でできた、新旧両方の道標が同在していた。

 二人は、新旧両方の道標を入れて、記念撮影をした。


 道標があるこの場所が西国街道との交差点で、ここを左折する。

 西国街道沿道は邸宅が建ち並び、中には石垣で囲まれ、車が数台停まっている邸宅もあった。もちろん邸宅だけではない。町工場やアパートなども建ち並び、そんな庶民的な建物が出てくると、なにか親近感が湧く二人であった。


 暫く道沿いに歩いていると、右手に大きな貯水池が現れた。山の上から見えた大ヶ池(おおがいけ)である。

 ここから見る新幹線は、西日と相まって、なかなか画になると、二人は何枚か写真に収めた。


「どう、上手く撮れた?」

 駅夫が、羅針に聞いてくる。

「う~ん。まあまあかな。」

 羅針が、撮った写真を駅夫に見せる。雲間から差し込む西日が、新幹線の車両と、その下にある大ヶ池の水面で反射し、まるで太陽が3つ存在するような、不思議な世界がそこにあった。

「すげぇじゃん、これ。どこが不満なんだ。」

 駅夫が目を見開いて、絶賛する。

「う~ん。構図は狙い通りなんだけど、光の当たり方がもわっとしてるんだよね。もっとキリッとした感じだと、新幹線の金属感が映えて、かっこ良く見えるんだけど、これだと、なんか靄の中を走ってるようで、折角の太陽が活きてこない気がするんだよね。」

 羅針が不満げにそう言う。

「そうかな。幻想的な雰囲気が出てて、3つの太陽が更に不思議な感じで、俺は良いと思うけど。」

「そうか。それなら良いんだけど。」

 羅針は駅夫の言葉に感謝はするものの、納得はいってないようだった。


「ところで、お前はどんなの撮ったんだ。」

 羅針は、駅夫に聞く。

「ああ、俺のは普通に撮ったよ。」

 駅夫のスマホに写っていたのは、西日を浴びて逆光に近い状態ながらも、補正が入ってるのか、新幹線の車体はきちんと写り、水面のリフレクションも見事に再現されていた。写真の構図としてはありきたりでありながらも、その色味、光の具合、そしてそこから受ける迫力も、すべて上手くいった一枚になっていた。

「ホント、スマホってすげぇな。俺がいくら設定を駆使して撮影しても、この色味、この光が出せないんだから。構図だけに集中するとここまで良い写真が撮れるっていう証左だな。いや、良い写真だよ。これは良い写真だ……。」

 羅針は一人ブツブツ言いながら、駅夫のスマホに写った新幹線の写真を暫く眺めていた。

「大丈夫か?」

 駅夫が、別の世界に旅立ちそうな羅針を引き留めた。

「ああ。ごめんごめん。」

 そう言って、羅針はスマホを駅夫に返した。その顔は、すっかり小難しい表情になっていた。

「そんなに気になるなら。もう一回トライするか?」

 駅夫は、羅針を慮って、再トライを提案する。

「いや、これで打ち止めにしよう。こういうのは、一期一会。上手く撮れるか撮れないかは、1回きりの勝負だから。それに、あんまり遅くなると、宿の人が心配するだろ。夕飯の時間もあるし。」

 そう言って、羅針はカメラを仕舞い、歩き出す。

 羅針はそう言ってるが、ホントはリベンジしたくてしょうがないのだろう。毎朝、ノーパソで前日撮った写真を整理しながら、頻りにメモを打ち込んでいるのを、駅夫は見ていたのだ。そうやって、羅針が徹底的に研究していることを、駅夫は知っていた。まあ、どうしてもリベンジしたいなら、宿に連絡入れてでもするだろうから、それをしないってことは、リベンジをするまでもないと思っているのか、理想の写真が撮れないと諦めているのだろう。

「お前がそう言うなら、それでも良いけど。」

 そう言って、駅夫は羅針を追って歩き出した。


 大きな会社やホテルが現れると、漸く今朝登った登山口の近くまで戻ってきた。宿まではもうすぐだ。

 新幹線の高架を潜り、暫く行くと川が現れた。川の名前は不老川、橋の名前は伊部橋いんべばしとあった。川底へは降りられるようになっていて、遊歩道が整備されていた。

 暑い日なら、子供たちが水遊びするには最適な場所なのだろうが、もうすぐ18時になる時間である。既に人っ子一人遊んではいなかった。


 この川を渡ると、宿はもうすぐだ。



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