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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第捌話 香登駅 (岡山県)
58/181

捌之拾


 猿田彦神社を後にした、旅寝駅夫と星路羅針の二人は、広場に戻り、その先にある展望所に移動してきた。

 展望所には休憩できるテーブルがいくつか設置され、お手洗いもあった。二人はお手洗いで用を済ませ、展望台の方へと向かう。

 綺麗に整備された展望所は眺めも良かったが、更に木で作られ、一段高くなった展望台に上がろうとした二人は、テーブルで休憩している老夫婦が自分たちで沸かしたコーヒーを楽しんでいるのに気付き、辺り一面に満ちた香しい匂いが、コーヒーの匂いであることが分かった。


「こんにちは、コーヒーですか?良い香りですね。」

 駅夫が思わず老夫婦に声を掛けた。

「すみません。匂いご迷惑でしたでしょうか。」

 奥様の方が恐縮していた。

「いえいえ、そんなことありませんよ。ごゆっくり楽しんでください。」

 駅夫はそう言って頭を下げる。

「ありがとうございます。」

 奥様がそう言うと、ご主人も二人に向かって頭を下げた。


 二人は、そのまま展望台に上り、記念撮影をしたり、景色を撮影したりして、暫く楽しんだ。眼下には吉井川が流れ、岡山の山々が広がっていた。

 その後、展望台から降りてきて、休憩を取ろうと、夫婦が陣取っているテーブルの隣に着いた。

 水を飲み、行動食のグミを開けた。約180kcalの補充である。


「すみません。良かったらコーヒーいかがですか。匂いを立てたお詫びです。砂糖とかクリームとか持ち合わせてないので、ブラックになってしまいますが。」

 二人が一息ついた頃、先程の奥様が二人の元にやってきて、入れ立てのコーヒーを紙コップに入れて持ってきた。

「ありがとうございます。折角なんで頂きますが、お詫びなんて、気になさらないでください。」

 駅夫が応じる。

「済みません。お言葉に甘えて、いただきます。」

 羅針もお礼を述べる。


「お二人はどちらからいらしたんですか。」

 奥様が世間話で聞いてきた。

「私たちは東京からです。」

 駅夫が応じる。

「随分遠くからいらしたんですね。登山がご趣味とか。」

「いえ、全然趣味とかじゃなくて、熊山神社と遺跡に来るのが目的だったんです。登山は彼が言い出したんですよ。」

 駅夫が対面に座っていた羅針を指差して言う。

「実は私たちルーレット旅というのをやってまして、ルーレットで出た駅に行って、行き当たりばったりの観光をするってことをやってるんです。今回は香登駅が出まして、今朝から登山観光をしてるんですよ。このあたりで観光と言ったら、こちらの熊山神社と熊山遺跡を訪れるべきだと知ったので、どうせなら登山も楽しもうって言う感じですね。登山に関してはまったくの初心者です。」

 指された羅針が、説明する。


「ルーレット旅ですか。それは面白そうですね。」

 羅針の説明に、ご主人が食いついて、隣のテーブルからわざわざ寄って来た。羅針は二人のために、席を空けて勧めた。ご夫婦は礼を言って座り、話の続きを聞いた。


「ルーレット旅を言い出したのは彼なんですが、全国の駅名が入ったルーレットのアプリがありまして、それを回して行き先を決めてるんです。出た駅を見て、それから行程を決めて、切符や、旅館の手配をしていくんですよ。観光地も現地に到着するまでにネットで調べて、時間と相談しながら決めているんです。ほぼ行き当たりばったりですね。」

 駅夫が考案したこのルーレット旅について、羅針は簡単に説明を加える。

「自分にとってはミステリーツアーみたいなもんなんです。

 彼は、昔ツアー会社にいたんで、こういう手配はお手の物なんですよ。今は移動日と観光日を分けていて、到着の翌々日に出発することにしてるんですけど、この旅を始めたときは翌日に出発だったんで、前日の晩に手配して、翌日には切符が用意されているって状態で、ホント凄いんですよ。」

 駅夫が自分のことのように羅針の自慢をする。


「仲が良いんですね。ご兄弟ですか?」

 奥様が二人のやりとりを見て、微笑ましそうに言う。

「生まれたときから一緒にいるので、兄弟みたいなもんですが、違いますね。」

 と駅夫。

「単なる腐れ縁ですよ。」

 と羅針。


 その後もご夫婦の質問が止まらず、駅夫が使っているアプリや、駅夫のブログを見せたり、どんな風に切符や宿の手配をしているのか教えたりした。逆に、全国の山を登り歩いているご夫婦に、登山のイロハを教わったりした。


 実は、このご夫婦は何森いずもりと名乗る、知る人ぞ知る動画サイトでは名の知れたご夫婦だった。〔山恋夫婦〕というチャンネル名で検索すると、登録者数が6桁に迫る勢いのチャンネルが出てきた。

「凄いんですね。自分たちも早速登録させてもらいます。」

 そう言って駅夫がチャンネル登録をし、羅針もそれに習った。

「本当に山がお好きなんですね。ご夫婦で山登りなんて、素敵ですね。」

 羅針は感心したように言う。

「いえいえ、最初は健康のためにって始めたのが、ただの習慣になってしまって、動画投稿まで始めたら、辞めるに辞められなくなってしまったんですよ。」

 奥様が冗談とも本気とも取れないことを言って笑った。

「それでも、楽しそうで良いですよね。」

 駅夫も羨ましそうに言う。

「ところで、お二人には奥様はいらっしゃらないんですか? 家でお留守番とか?」

 奥様が痛いところを聞いてくる。

「いや、残念ながら二人とも独身なんですよ。だから、まぁ、こうやって好き放題出来るんですけどね。」

 駅夫がそう言って笑い、羅針も苦笑いをする。

「あら、これは失礼なことを言ってしまいましたね。ごめんなさいね。」

 奥様がすまなさそうに謝る。

「いや、良いんですよ。この歳で独身貴族なんてやってる方が変なんですから。」

 そう言って、また駅夫は笑った。


 先程からずっとカメラが回っていたらしく、顔は出さないから、動画で使っても良いかと聞かれ、更に駅夫のブログも宣伝してくれるというので、そんなご夫婦のご厚意に否やはなく、二人とも快諾した。


「ブログ始まって以来のコラボだな。」

 羅針が駅夫をからかうように言う。

「だな。ブログでお二人の話をしても良いですか。」

 照れたようにしている駅夫が、ご夫婦に確認を取る。

「もちろんです。チャンネル名とか出して頂いて構いませんので、自由に使ってください。」

 ご主人が快諾してくれる。

 それを聞いた羅針は立ち上がって、一眼で駅夫とご夫婦が喋ってるシーンを、駅夫のブログ用に何枚か撮影した。


 その後も連絡先を交換し、旅の思い出などをだいぶ話し込んで、頂いたコーヒーもすっかりなくなってしまい、そろそろ次の目的地に向かおうかと、拝辞した。

「この後はどちらへ。」

 飲み終わった紙コップを奥様が回収しながら、聞いてくる。

「あっ、ごちそうさまでした。この後は、油滝あぶらたき神社に寄って、福生ふくしょう寺から下山という感じです。」

 羅針がコップを手渡しながら、この後の行程を答える。

「そうなんですね。どちらも素敵な場所なので、楽しんでください。なんかお引き留めしてしまったようですみませんでした。」

 奥様がコップを受け取りながらそう言った。

「いえいえ、こちらこそ美味しいコーヒーをありがとうございます。ごちそうさまでした。」

 羅針が改めて礼を言う。

「本当に美味しかったです。ごちそうさまでした。」

 駅夫もコップを手渡しながら、お礼を言った。


 ご夫婦はこの後、後片付けをしてから、城山しろやまの方から下山するらしい。

 二人は改めてお礼を言ってご夫婦と別れ、次の目的地油滝神社へと向かった。


 展望所を後にした二人は、熊山神社の方に向かって、来た道を戻る。

「なんか良い時間だったな。」

 駅夫が言う。

「ああ。もっとゆっくりと話したかったな。さっき撮った写真、後で転送するから、ブログで使ってくれ。」

 羅針が応じる。

「ありがと。それにしても、あんな風に俺たちもゆったりとした時間を楽しみたいな。」

 駅夫が羨ましそうに言う。

「だよな。ここまでせせこましく詰め込んできたからな。ちょっとは余裕を持って大人の旅をしなきゃ。」

「俺たち充分大人だと思うんだけど、何ならもう老人だし。」

「何言ってんだよ。俺はまだ青年。お前だけだ老人は。」

「なんだよそれ、俺とお前は同い年……って半年違うって言いたいのか。くそっ、お袋の奴、後半年産むの我慢してくれればこんなことには。」

「おいおい。おばさんを恨むと、後で怖いことになるぞ。」

 羅針の言葉に、何かを想像したのか、駅夫は身震いした。

 それを見て、羅針は笑った。


 熊山神社の参道入り口を過ぎ、井戸を過ぎて、山道入り口にある駐車場に戻ってきた二人は、もう1本別の山道に入っていく。コンクリートが敷き詰められた道ではなく、その脇に伸びる細い道を、鉄塔の方に向かって歩いて行く。鉄塔の手前で右へ逸れて緩やかな下り坂を降りていく。


 山道を暫く降ると、太い木の根元に〔油滝神社参道〕の文字と矢印が描いた板があり、そこを左に折れると、小屋と狛犬がある広場があった。その広場を横目に更に進むと、ここにも陶器の狛犬が鎮座していた。脱帽一礼して、参道を奥へと進む。

 正面に見えるのは拝殿の横側で、左上の高くなったところには本殿も見えている。右奥に入っていくと、壁と屋根で囲われた薄暗い向拝があり、二人はそこで参拝する。

 更に奥へ進むと、境内社がいくつか鎮座している広場があり、こちらも一つ一つ参拝した。


 この油滝神社は、正式名称を〔熊山油滝神社上之宮(うえのみや)〕といい、対となる下之宮しものみや、〔熊山姫大神(ひめおおかみ)神社下之宮〕がこの登山道を降った先にある。

 この二つの神社は、後花園ごはなぞの天皇の頃、都から落ち延びてきたが、この地で亡くなった高貴な姫二人を、それぞれ祀ったものと伝わる。鳥居が瀬戸内海からも見えることから、漁師たちの信仰も厚く、聖地となっているようだ。


「俺たち、なんかずっとお祈りしてないか。修行僧みたいに。」

 駅夫が最後の境内社で参拝を終えた後、そんな風に呟く。

「確かに、まるで巡礼者のようだな。」

 羅針が応える。

「この旅自体が駅を巡礼しているようなものだから、巡礼者って言うのはあながち間違いじゃないけど……。」

 駅夫は何かを言いたそうに、言葉を濁す。

「でも、それだけ日本人は信心深くて、その地に根付いた神社仏閣が多いってことだよ。」

 羅針は駅夫の気持ちを知ってて、わざと理由の分析だけ言う。

「確かにそうかも知れないけど。まあ、箱物の観光施設より、こういう歴史を感じられる建築物の方が俺は好きだから、良いんだけどさ。たまには種類の違うものも味わいたいって言うか……。」

 駅夫もスルーされたと感じたのか、匂わすように言う。手配して貰ってる手前、あまり強くも言えない遠慮があるのだろう。

「確かに、神社仏閣ばかりじゃ飽きるもんな。だから、登山で廻ることにしたんだけどな。」

 羅針が、駅夫の思惑に今気付いたフリをして、登山を提案したことを、わざとドヤ顔で言う。

「ああ、登山は正解。これは身体には辛いけど、結構楽しんでる。」

 駅夫はサムズアップした。

「でもだからって、神社仏閣だけじゃなくて、他になんか無かったのかよ。」

 駅夫は立て続けに羅針に詰めよる。

「ないよ。」

 羅針は、あっさり返答する。

「だよな。有りゃ、別に用意してるだろうしな。分かったよ。この旅のゲームマスターはお前なんだ、文句は言わねぇよ。」

 そう言って、駅夫は肩を落とす。

 駅夫の様子を見て羅針が笑うと、駅夫は苦笑する。

「まあ、そう腐すな。次はもしかしたら良いところ、望むようなところに行けるかも知れないだろ。」

 羅針が希望を持たせるような言い方をする。

「ホントか?また、神社仏閣巡りだったら殴るからな。」

 駅夫が拳を揚げて殴るフリをする。

「じゃ、たっぷりと神社仏閣を用意しておくか。」

 羅針が天邪鬼を発揮する。

「こいつ!」

 駅夫が振り下ろした拳を難なく躱した羅針は、大笑いをしていた。


 巫山戯合った二人は一息入れて、油滝神社を後にした。

 途中鳥居で脱帽一礼し、緩やかな登山道をひたすら降る。

 5分程でお堂の屋根が見えてきたら到着である。

 熊山姫大神神社下之宮への参道への道は、ぐるりと回り込むように、一旦降ってから、また登っていかなければならない。

 この姫大神神社は、石造りの鳥居、陶器製の狛犬、小屋のような向拝と拝殿、そして本殿と、一通り神社の施設は揃っているが、こぢんまりとした非常にコンパクトな神社だった。

 二人は参拝を済ませ、鳥居や狛犬と記念撮影をした。


「この先、すぐの所に高津山たかつやまのピークがあるけど、寄っていくか?」

 参拝を終え、この後どうするか、羅針が駅夫に確認する。

「体力的には余裕があるから、構わないよ。登山家よろしくピークゲットだな。」

 駅夫が、さっきのご夫婦が使っていた言葉を早速使って、応える。

「良し。じゃ、ちゃっちゃと行くか。」

 羅針はそう言うと、姫大神神社の参道を降りて、高津山の方へと向かう。


 高津山のピークは特に何もない、山道の通り道になっているだけだった。道端の木には〔高津山410m〕と書いてある古い板と、〔高津山411m〕と書いてある比較的新しい板がぶら下がっていた。

「どっちだよ。」

 駅夫が思わず突っ込みを入れた。

「どっちだろうな。……標高アプリだと409mを指してるな。……国土地理院の地図だと410mになってる。まあ、誤差ってところだろうな。」

 羅針がスマホを地面に置いて確認してみた。

「へぇ、標高なんか測れるアプリがあんのかよ。そういうのもっと早く教えろよ。ちょっと俺も入れる。」

 駅夫はスマホを出して、アプリを検索し、インストールを始めた。

「誤差ありきだからな。」

 羅針がそう言うが、

「分かってるって。遊びでしか使わねぇよ。」

 駅夫はそう言って、インストールが終わったアプリを、羅針に使い方を教わりながら、早速起動して計測している。

「おっ、確かに409mだ。これは面白いな。」

「まったく、こういうのはすぐに飛びつくのな。」

 羅針が呆れたように言った。



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