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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第捌話 香登駅 (岡山県)
53/181

捌之伍


 列車の時間も迫っているので、旅寝駅夫と星路羅針の二人は、そのまま香登駅へと向かう。新幹線の高架を潜り、国道2号線を歩いた。

 時折通過する新幹線の走行音や、巨大なトラックがあげるエンジン音に気を取られながらも、二人はひたすら駅へと向かって歩いていた。その途中に現れたのが、肥前焼きのギャラリーだった。


「なあ、ここ寄らないのか。」

 駅夫が店を横目に先に進もうとする羅針を呼び止めた。

「ああ、寄っても良いけど、列車の時間が……、ちょっと待って、……次の列車は17時8分、その次が35分か。見るぐらいなら良いな。ちょっと寄っていくか。」

 羅針がスマホで列車の時間を確認し、寄っていくことを了承する。


 カレーが有名らしいこのギャラリーは、閉店間際だというのに駐車場には車やバイクが数台停まっていた。

 入り口脇にあるショーウィンドウには、壺や宮獅子、日本人形、鹿などの焼き物が陳列されていた。

 早速備前焼の魅力に触れることができた二人は、店内に一歩足を踏み入れると、喫茶スペースからなのか、カレーの美味そうな良い匂いが漂っていた。ライダーらしき恰好の集団が数名と、カップルが2組ほどいた。皆、ここのカレーが目当てなのだろう、テーブルの上にはそれぞれカレーが載っていた。

 この後すぐに旅館で夕食があるので、二人はスパイシーな良い匂いにつられながらも、ぐっと我慢した。

 陳列された商品にぶつけるとマズいので、駅夫がレジで背中のデカイザックを預かって貰い、店内を見せて貰うことにした。


 この備前焼は、ここ備前市を中心に作られる陶磁器で、日本六古窯(ろっこよう)の一つに数えられている。

 六古窯とは、日本古来の陶磁器窯のうち、中世から現在まで生産が続く代表的な6つの窯の総称であり、愛知県の瀬戸焼せとやき常滑焼とこなめやき、福井県の越前焼えちぜんやき、滋賀県の信楽焼しがらきやき、兵庫県の丹波立杭焼たんばたちくいやき、そして、ここ岡山県の備前焼が名を連ねる。


 備前焼の歴史は古墳時代の須恵器すえきから始まり、それが発展したと言われ、6世紀中頃には最初の窯が築かれたと言われている。

 釉薬ゆうやくを一切使わず、燃料が完全燃焼するだけの十分な酸素がある状態で土器を焼き上げる〔酸化焔焼成さんかえんしょうせい〕によって堅く締められた、赤みの強い味わいや、窯の内部で炎の状態によって色が変化する〔窯変ようへん〕によって生み出される、一つとして同じものがない模様が特徴である。


 また、備前焼の魅力の一つでもある茶褐色の地肌は、〔田土ひよせ〕と呼ばれる田圃から掘り起こした土と、山土、黒土を、独自の配合で混ぜ合わせ、数年寝かしてから使用することで作り出される。このため、土の成分や状態によっても作品の出来が異なるため、土の配合から作品作りまで熟練の技が要求されるそうだ。


 二人は、並べられた焼き物を只眺めていても、その良さや価値がどのようなものかが、いまいち理解できずにいたが、店員さんの説明を聞いて、漸く備前焼の良さに少し触れた気がした。


「さっきさ、備前焼の魅力は茶褐色の地肌って説明があったけどさ、色とりどりとは言わないけど、茶褐色とは程遠い色合いをしてるのもあるよね。」

 駅夫が陳列された備前焼を見ながら、羅針に対しそんな疑問を口にする。

「それはですね、備前焼の歴史に関わる話なんですよ。」

 羅針が応えるより前に、店員さんがその疑問を耳に留め、代わりに説明を初めてくれた。


 店員さんの説明によると、備前焼は元々山土だけを使用して作られていたが、室町へ時代が移ると、茶道の発展と共に茶陶ちゃとうの需要が増加し、大量生産を余儀なくされ、山土だけでなく田土ひよせを使用するようになり、それまでのものとは大きく変わった。しかし、人々が求める丈夫で素朴な味わいのある備前焼は、詫び寂びの文化と相まって、多くの人に好まれた。


 しかし、江戸時代に入ると、安価で大量生産が可能で、色鮮やかな磁器が西日本を中心に流行し、備前焼は時代遅れのレッテルを張られた。

 それに対抗するために、伊部手いんべで技法という、薄作りの器物の表面に、比較的多くの鉄分を含んだ粘土の泥漿でいしょうを塗り付けて焼き上げ、鉄釉陶器や銅器のような光沢を出す手法を考案した。

 だが、時代の波には逆らえず、磁器の隆盛に、それでは対抗できなかった。そこで備前焼としては有り得なかった、色物への挑戦が、閑谷焼しずたにやきとして新たに始まったのだ。

 青磁風や白磁風の作品や、白土と白釉を使った白備前しろびぜんや、絵師が彩色した彩色さいしき備前や色絵いろえ備前と呼ばれるものなど、様々な備前焼が制作されたが、それでもかつての隆盛を取り戻すまでには至らなかった。

 こうした時代の波を潜り抜け、紆余曲折を経ながらも、現在の備前焼が形作られていったという。


「この味わいは、長い歴史を経た現代でなければ出せないと言うことですね。」

 羅針は店員さんの説明を聞いて、備前焼という技術が継承されてきた艱難辛苦の歴史に思いを馳せ、目の前に並ぶ素朴でありながらも、力強く、繊細な作品たちを見る目が変わった気がした。

「長い歴史を経た結果が、このような様々な備前焼を産んだんですね。」

 駅夫が先程口にした疑問の答えを確認した。

「そういうことですね。今も伝統を守りつつ、新たな挑戦を続けている陶工が窯を守り続けています。新たな手法を模索するだけではなく、廃棄される備前焼をリサイクルして蘇らせようとする人もいて、今後どんな発展を遂げていくか、我々も楽しみにしているんです。」

 そう言う店員さんの目は、遠い未来の備前焼を見据え、期待を寄せているようだった。


 その後も二人は、時間が許す限り、備前焼を鑑賞し、アイスコーヒーを頂き、一息ついた。

 二人は、会計を終えると、説明をしてくれた店員さんにお礼を言って、ギャラリーを後にした。流石に高価な備前焼には手が出ないし、かといって手頃なものを買っても、このルーレット旅で持ち歩くのはままならないため、購入は諦めたが、備前焼に関する貴重な話と、嫌な苦みのない美味いコーヒーに満足した。


 二人は、今見てきたばかりの備前焼について、ああでもないこうでもないと感想を言い合いながら、香登駅に向かって歩いていた。

 日が長くなったとは言え、雲の合間から覗く太陽はだいぶ傾き、国道2号線を照らす陽光は少し赤みが増していた。

 国道を次から次へと駆け抜けていくトラックのスピードは恐怖を感じる程で、巻き上げる埃が、二人に容赦なく襲い来て、ガソリンの臭いと混じり、せ返るようだ。


 漸く、駅に着いた二人は、モバイルICを自動改札機にタッチして、ホームへ上がる。

 暫くして到着した列車は、青と水色のラインが入った213系である。開閉ボタンを押して乗り込んだ車内は、ローカル線特有のロングシートでも、固定クロスシートでもなく、特急列車のような転換クロスシートであり、少し高級感があった。

 駅夫はいつもの定位置であるかぶりつきへ、羅針はその後ろに立った。隣駅まで5分も掛からない距離であるし、車内は帰宅ラッシュで、少し混み合っていたので、羅針も立ったままで前面展望を駅夫の肩越しに眺めた。


 香登駅を出て暫くすると、国道2号線と新幹線の高架がぐっとこちらに寄ってきて、暫く併走する。

 先程国道2号線の歩道を歩いていた時は、命の危険を感じる程のスピードに見えた巨大なトラックたちも、列車から見ると大したスピードには見えないという、相対速度の妙に、羅針はなにか懐かしさを感じた。


 あれは高校の授業で相対性理論を学んだ時だったか、相対時間や相対速度を体感してみろと、先生が体験学習を宿題にしたのだ。

 相対時間としては、1時間という時間を決めて、好きなことや楽しいことをした時に体感の1時間を計り、また嫌なことや楽しくないことをした時に体感の1時間を計ってみて、その差分がどれほど開くかというレポートを作成した。

 この好きなことと嫌いなことという感覚が、体感時間の進み方を変化させる要素であり、また、他の生徒のデータと比べることでも大きく異なることを知り、相対的に異なると言う意味をこの時論理的に理解した。


 相対速度についても同様だ。

 自転車やバス、電車を使って、徒歩や駆け足と速度の違いを体感しつつ、徒歩で感じる速度差と、駆け足で感じる速度差、自転車やバス、電車に乗った時に感じる速度差も、それぞれ体感し、レポートしたが、観察者の位置によって見え方が異なることを、これによって学んだのだ。


 相対時間も相対速度も、子供の頃から何となく体感してはいたが、改めて理屈を学んで体感してみると、その感覚は新鮮で、これが論理的思考なんだということを実感した体験でもあった。


 そんなことを、40年近い時を経てふと思い出した羅針は、当時のことを鮮明に覚えていたことに驚きつつも、今感じるこの感覚が、あの頃とは随分異なっていることを知り、40年という月日で培った知識と経験が、彼自身に大きく影響を与えていることを、否が応でも実感した。


 やがて新幹線の高架が池の上を通り、離れていくと、列車は伊部いんべ駅に到着した。二人はボタンを押して、扉を開けて降りた。

 あたりを見渡すと、住宅街の先には小高い山が取り囲み、まさにローカル線の駅という雰囲気を感じることができる。


 この伊部駅は2面2線の行き違い可能駅で、もともとここが赤穂線の終点だったことが窺える。今では無人駅となり、往時の繁栄は見る影もないが、その名残はそこここに窺い知ることはできる。


 二人は3階建てビルの駅舎で、モバイルICをタッチして、北口の改札を抜けた。

 駅ビルのようなこのビルは備前焼伝統産業会館で、備前焼の振興拠点となっているようだ。更に一階は観光情報センターが併設され、お土産なども販売されていた。

 しかし、この日は丁度火曜日、定休日のためやっていなかった。


 二人は、駅ビルの通路を抜けて表に出てくると、そこには国道2号線が通り、再び恐怖のトラックと対面することになった。

 駅を出て、国道2号線を横断し、まずは旧山陽道の西国街道へと向かう。

 途中煉瓦造りの煙突が聳え立つ窯元があって、漆喰塗りの壁や、板張りの壁を設えた民家が建ち並び、歴史のある備前焼のさとであることを感じることができた。

 そんな古い街並みを西国街道沿いに暫く行くと、本日泊まる宿に到着した。


 宿は昔ながらの民宿の様な旅館で、玄関では大きな備前焼の壺に生けられた花と、気さくな感じの女将さんが出迎えてくれた。

 チェックインして通された部屋は6畳一間の和室で、祖父母の家にきたような雰囲気があった。


 風呂は順番制で、部屋毎に利用時間が決まっていたので、いつもなら、一息ついたらひとっ風呂といきたいところだが、部屋で休みながら、夕食の時間を待つ。

 夕食は、田舎懐石料理と銘打った、瀬戸内海の海の幸と地元の山の幸、そして農家が丹精込めた野菜やお米を使用した料理が振る舞われた。


 ニシガイの酢味噌和えに始まり、瀬戸内海で捕れたアジ、キジハタ、メバル、サワラ、スズキのお造り、いとこ煮、千屋牛ちやぎゅうの陶板焼き、メバルの煮付け、天麩羅の盛り合わせ、そしてママカリの酢漬けが並んだ。御飯と味噌汁に、お漬物、最後にデザートの果物、メロンが付いてきた。

 どれも新鮮で味付けも良く、御飯が進み、別途お願いした岡山の銘酒とも良く合う。


 二人がまず気になったのは、いとこ煮と呼ばれる料理である。仲居さんに聞くと、備前市の郷土料理で、浄土真宗の親鸞上人が、信者から贈られた野菜と小豆を合わせて炊いたのが始まりとされ、いとこの間柄のような近しい根菜類が入ることや、硬い食材から追々煮る〔追々〕が〔甥甥〕に通ずることから名付けられたとも言われているそうだ。

 小豆や里芋を始めとした根菜類のホクホクトロトロした食感と、甘塩っぱい味がクセになる一品で、酒のアテとしても最高である。


「なあ、このいとこ煮ってさ、只の煮物なのに、クセになる美味さだと思わねえか。」

 駅夫が羅針に確認するように聞く。

「確かに、酒のアテにしても、御飯のお供にしても、箸が止まらなくなりそうだ。」

 羅針も駅夫に同意する。

「箸が止まらないと言えば、このママカリ。仲居さんの話だと、飯を借りに行くぐらいに美味い魚だって言ってたけど、マジで飯が進むな。」

 そう言って、駅夫がママカリを御飯の上に載せて頬張る。

「仲居さんがこのママカリって魚は、関東ではサッパっていうって言ってたけど、魚屋とかスーパーでは見ないよな。俺は初耳だし。関東ではあまり捕れないのか、それとも食べる習慣がないのか、それとも売ってても気が付かないだけなのか分からないけど、こんな美味いなら、関東で流行ってもおかしくないのにな。」

 羅針も、ママカリを口に運びながら、地元で目にしないママカリと呼ばれるこのサッパという魚の美味さに、驚嘆した。


 田舎懐石料理というだけあって、見た目も味わいも素朴でありながら、一品一品が丁寧に作られており、どれも絶品だった。郷土料理のママカリといとこ煮の美味さは特に格別だった。


 素晴らしかったのは、料理だけではない。

 当然の如く、使われている器はすべて備前焼で、素朴な味わいのある器が、料理に良く合い、料理の見た目を華やかにしていた。まさに縁の下の力持ちといった、備前焼の良さを遺憾なく発揮していた。

 もちろん見た目だけではない。

 触ったときの滑らかな手触り、持ったときのしっとりと手に馴染む感じは、流石と言える。

 仲居さんによると、備前焼は料理に良く合う器で、保温性に優れ、温かいものは温かいまま、冷たいものは冷たいままで頂けるそうだ。また、遠赤外線を発しているため、お酒の味をまろやかにするとも言われていると言う。

 ビールを飲むとその違いがはっきり分かるとまで言われたが、二人は、地酒を既に飲んでおり、ビールは明日の楽しみにした。


 目と舌で料理をたっぷり堪能した二人は、腹一杯で満足し、一旦部屋に戻って、順番制の風呂を頂いた。岩風呂とか檜風呂といった特別なものではなく、家にある様な普通のお風呂ではあったが、普通に気持ちよく、長距離移動の疲れを流し、さっぱりすることができた。


 風呂で疲れを取り、部屋に戻ると、漸くゆったりとした時間が流れる。

「あのさ、次の行き先だけど、どうする。今決めるか。それとも明日にするか。」

 駅夫が、次の行き先を決めるルーレットをいつ回すか確認してきた。

「別にどっちでも良いけど、今決めてしまったら、前日に決めるワクワク、ドキドキ感は薄れるけど、それでも良いなら、今、回しても良いよ。」

 羅針がそう応える。

「いつもギリギリで手配してくれるのはお前だからさ。一日早ければその分少しは楽になるかなと思ってさ。」

 駅夫が少し照れたように言う。

「おっ、お前がそんな気遣いをするなんて、明日は台風か、はたまた大雪か。」

 羅針が気遣う駅夫をからかう。

「お前、俺を何だと思ってるんだよ。」

「ん?ロボットかアンドロイド?この流れだと疫病神?」

「だからぁ。更に変なもの付け加えるなよ。ったく。」

 二人は笑い出す。


「冗談はまあ置いといて、今決めるなら、余裕を持って予定立てられるから、予備プランまで用意できるし、今日みたいな鉄道のトラブルに巻き込まれたり、体調崩したりしても、余裕で対処できるけど、行き当たりばったり感がなくなって楽しみが減るんじゃないか、それでも良いなら、今した方が、俺としては気持ちが楽だけど、それでも大した差はないし、基本的にどっちでも構わないから、お前が決めて良いよ。」

 羅針が本音を吐露する。

「じゃ、何でもお試しだ。取り敢えず今回は今日決めて、なんかつまんないとか、色々あったら修正すれば良いよ。と言うことで、行き先ルーレットスタート!」

 駅夫が、羅針の言葉を待っていたかのように、スマホでルーレットを回し始めた。

「ったく。やる前提じゃねぇか。」

 羅針が呆れたように言う。

「ドゥルドゥルドゥルドゥル……ジャン!はねさく、いや昨って字じゃないから、はねなんとか駅!で、どこここ?」

 駅夫がストップを押して、出た駅を読み上げようとしたが、どうやら読めそうで、読めなかったようだ。

「どれ、どこだよ。……あっ羽咋はくい駅ね。石川県の七尾ななお線にある駅だね。ここからだと比較的近い方か。……でも、新幹線乗り継いでも7時間弱は掛かるのか。分かった。後で手配しとくよ。」

 羅針は、駅夫のスマホを覗き込んで、出た目の駅名を確認し、自分のスマホで経路検索をした。


「よろしくな。ところで羽咋駅ってどんなところなんだ。」

 駅夫が聞いてくる。

「良く聞く名前だし、特急も停まる駅だけど、そう言えば何があるのかは知らないな。能登半島の根っこにあるから、日本海の海の幸が美味いんだろうなってのは分かるけど。」

「日本海の海の幸か。蟹とか食えるかな。」

「今季節じゃないからどうだろうな。あれば蟹も食いたいな。」

「ああ。楽しみだな。」

「でも、その前に明日は登山だからな。しっかり休んどけよ。」

「そうだった。楽しみの前には苦行か。人生ままならないな。」

 そう言って落ち込む駅夫に、羅針は吹き出し、駅夫もつられて笑った。



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