表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第漆話 本庄駅 (埼玉県)
41/180

漆之伍


 尾高惇忠おだかじゅんちゅう生家から、表に出てきた旅寝駅夫と星路羅針の二人は、記念撮影をして、この後のことについて話し合った。

「どうする。ホテルに帰ってゆっくりするか。」

 羅針が確認する。

「ああ、それが良いだろ。もっと色々見て歩きたい気もするけど、明日は本庄市の方を歩くんだろ。だったら、今日は休もうぜ。続きは深谷駅がルーレットでヒットしたときな。」

 駅夫も同意する。

「そうだな。夕飯はどうする。食べてから戻るか、買って戻るか、それとも一旦戻ってから改めて出るか。」

「ちなみにさ、本庄市の名産ってなんだ。」

「ちょっと待ってろ、今調べる……、郷土料理は、つみっこ、ドラQ、納豆ピザライスっていうのがあるそうだ。」

 スマホでサクッと検索した羅針が、本庄市の郷土料理を読み上げる。

「納豆ピザライスは、ピザなの、ライスなの、って突っ込みたくはなるが、何となく想像はつくけど、つみっことかドラQってなんだ。」

「まず、納豆ピザライスは、おそらく想像通り、昆布だしや粉チーズ、めんつゆで味付けしたご飯に、納豆、ピーマン、チーズなどをトッピングして焼き上げた料理だって。

 つみっこは、それこそ伝統料理で、小麦粉を練って手でちぎり、野菜と一緒に煮込んだ料理だそうだ。いわゆる水団すいとんってやつだな。養蚕が盛んだった時代に仕事の合間に食べられていたそうだよ。

 ドラQは、胡瓜とどら焼きを組み合わせたユニークな味わいが楽しめますとある。まったくどんな物か想像つかないけど、まあどら焼きに胡瓜が入ってるとかかもな。」

「まじか。どら焼きに胡瓜って合うのか?まったく味が想像できない。あのどら焼き好きの猫型ロボットも、流石に引くだろ。」

「でも、人気らしいぞ、美味いんじゃないのか。なんかお前が拒絶反応すると、俺は俄然食べたくなってきたな。」

 羅針は俄然食べる気満々である。

「まじか、お前そういうとこあるよな。挑戦するのは吝かじゃないけど、俺は完食する自信はないぞ。」

 反して、駅夫は挑戦する前から白旗を揚げている。

「まあ、ドラQはともかく、つみっこか納豆ピザライスはどっかで食べようぜ。」

「分かった。いずれにしても郷土料理は食べるって約束だからな。」

「そう言えば、東小金井では、郷土料理食べなかったんだよな。あれペナルティだから、ドラQは食べような。」

「ええっ!まじか。たしかにあの時はネパール料理を食べたからな。ペナルティって言われたら、ぐうの音も出ないけどよ。ペナルティの罰としてドラQっていうのは、ドラQに失礼じゃないか。」

 駅夫は、なんとか回避しようと、恩情に訴えてみる。

「いや、誰も罰ゲームとは言ってないよ。ペナルティとして、ご褒美のドラQを食べようって言ってるんだ。」

「ったく、ああ言えばこう言う。お前には敵わねぇよ。」

 駅夫は完全に白旗を揚げて笑い、羅針もしてやったりと言う顔で笑った。


「とにかく、次のバスまで、30分ぐらいあるから、バスを待ちながら考えようぜ。」

 羅針がバス停に向かって歩き出す。

「そうだな。でもドラQってなんだよな……。」

 駅夫はドラQについてあれこれ考えているのか、ブツブツ言いながら羅針について歩き出した。


 尾高惇忠生家から1分ほどの場所にある、壁ヶ谷戸(かべがやと)自治会館バス停からコミュニティバスに乗り、二人は深谷駅北口に向かう。

 このバス、ラッピングは渋沢栄一で、ネギのキャラも可愛かったが、これはこれで、味があって可愛い。


 深谷駅に着くと、ロータリーの所に、ネギのキャラが飾られた時計台があった。正時に絡繰りが動くらしいが、到着したのが15時6分で、結局時間が合わなくて、二人は見ることができなかった。


 東京駅のような佇まいの深谷駅から、高崎線のE231系1000番台に乗って本庄駅に戻る。

 夕食にするにはまだ早い時間、二人は一旦ホテルに戻って一休みすることにした。部屋のシャワーで汗を流し、そのままベッドで横になる。


 二人ともこの旅の疲れが溜まっていたのか、横になった途端、すぐに夢の世界へと旅だった。2時間ほど眠った二人は、一応掛けておいた目覚ましによって18時に起きた。

「飯行くだろう。」

 羅針がまだ眠そうにしている駅夫に確認する。

「ああ。腹減ったぁ。」

 駅夫は眠そうにしながらも、空腹には逆らえず、ゴソゴソと起きてきた。


 二人は宿を出て、駅前からバスに乗り、羅針が予約していた飲食店に向かう。

 店は暖簾が掛かった和食店の店構えで、中に入ると、小上がりもあるが、今風の間取りで、テーブル席も合わせると30席以上はあるだろうか。

 メニューは和食全般が揃っていて、寿司、麺類、丼物は一般的な物が揃っていた。その中でもやはり、二人が目当ての〔つみっこ〕もちゃんとあった。


 小上がりに通された二人は、早速つみっこと埼玉の銘酒、それにつまみをいくつか注文した。

 暫くして出てきた銘酒は、果実のような高い香りと、上品で蜜のような甘味がありながらも、酸味とコクが同居している。流石吟醸酒という名を冠しているだけあった。

 つまみに出てきた刺身とは、もちろん合うのだが、漬物の盛り合わせとは相性抜群のようで、雑味のないクリアな味わいと爽やかな酸味が、漬物の糠臭さから嫌みが綺麗に取れるのだ。

「この酒、美味いな。」

 駅夫も漬物を頬張り、銘酒で流し込んでいる。

「ああ。やっぱり銘酒と言われるだけあって、これも美味いな。」

 羅針は、滋賀、愛知、長崎、新潟、福岡と、この旅で飲んだ銘酒が、それぞれ味わい深く、それぞれの良さがあることに驚きつつも、また新たに味わい深い銘酒を発見できたことに、思わず頬が緩んだ。


 いよいよ、本命のつみっこが運ばれてきた。

 つみっこ発祥の原点を目指し、家庭の味を再現したと言うその料理は、素朴な匂いの湯気を立て、どんぶりで運ばれてきた。メニューにはカレー味というのもあったが、二人が頼んだのはスタンダードな味噌醤油ベースのものだ。

 中には、地元産の野菜だろうか、根菜や葉物などの野菜がたっぷり入り、見た目は雑煮であるが、餅ではなく水団のように小麦粉を練ったものが入っていた。

 一口スープを飲むと、出汁の利いた味噌醤油ベースの甘辛い味に、柚子の香りが仄かに載って、非常に美味い。

 水団というと、どうしても何もない時に作ってくれた、ごった煮のイメージが強いが、このつみっこは、それを料理として昇華し、郷土料理としてのイメージを残しつつ、商品として商業ベースに乗れるまでに進化していた。

 

 そもそもこのつみっことは、小麦粉を練ってちぎって入れる〔つみとる〕が訛って付けられたとされ、養蚕業の仕事の合間に食べられたと言われる、地元のまさに家庭の味だったものである。

 しかし、その素朴さがありつつも、出汁が利き、柚子が香るこの〔料理〕は、家庭料理の域を超えていた。また、味噌醤油ベースの出汁が、先程の銘酒とも良く合い、四合瓶を二人で空けてしまった。まあ、そのほとんどを羅針が空けたのだが。


 二人は他にも頼んだ料理を堪能し、腹も心も満足して店を後にした。

 終バスは既に出た後だったので、酔い覚ましに、30分程の道程をゆっくり徒歩で帰ることにした。

 一軒家が建ち並ぶ住宅街は、子供の楽しそうな声が漏れ聞こえ、漏れ出る明かりが道標のように道を照らしていた。二人は夜風に当たりながらゆっくりと歩いた。日に日に暑さを増していくが、この時間になると、夜風が若干涼しくなり、酔いで火照った身体に心地よい。


 酔いが良い感じに覚めた頃、ホテルに到着した。

 二人は部屋で着替えを取ると、大浴場に向かい汗を洗い流した。昨日は夜中に着いて、ゆっくり風呂も入れなかったので、今日はゆっくりと湯船に浸かった。


 サウナも備え付けられていたので、体験する。

 二人とも5分と保たなかったが、水風呂に入ると、きゅっと身体が締まるようで、なかなか気持ちが良い。

 休憩所で一休みした後、二人とももう1セットやった。

 今度は5分以上保ったが、慣れないことをするものではない、身体がふらつきながら、水風呂に向かい、身体の火照りを冷ました。流石にサウナ素人の二人にとって、これ以上回数を重ねるのは辛いので、この辺で上がることにした。

 2ラウンドノックアウトである。とても〔整う〕という境地には到達できなかった。

 脱衣所で水分をたっぷり補給し、良い気持ちになったところで、部屋に戻ってそのままベッドへダイブし、二人はそのまま夢の世界へとダイブした。


 羅針が気がつくと、既に朝になっていて、目を覚ますとほぼ同時に、スマホが6時のアラームを鳴らした。慌てて、羅針はアラームを止めた。

 羅針は大きく伸びをしてから、起きだした。バスルームで顔を洗って、いつものルーティンを始める。

 半になり、駅夫を叩き起こし、いつもの「ん~お~は~よ~。」を聞く。

 駅夫が洗顔を済ませると、レストランへ行って朝食バイキングを頂く。

 この旅に出てから、毎朝きちんと朝食を摂っていて、ある意味健康なのだが、これだけ毎日移動移動で追われていると、それはある意味不健康でもあるから、トントンと言ったところか。


「今日の予定だけど、七福神スタンプラリーって言うのをやろうと思うだけど、どうかな。特に景品とかあるわけじゃないけど、スタンプラリーの対象寺院を廻りながら、周辺を観光するだけで、本庄市の中心部を一応ぐるりと観光できるけど。どうだ。」

 羅針がビュッフェ朝食を食べながら、提案を切り出す。

「ああ良いね。どっかで用紙とか貰っていくのか。」

 駅夫も朝食を頬張りながら言う。

「いいや、デジタルスタンプラリーだから、いるのはスマホだけだよ。」

「後でやり方教えてくれよ。」

「了解。」


 二人は朝食を終え、スタンプラリーのやり方を羅針が駅夫に伝授した後、部屋で1時間程休憩し、9時頃になってから出かけた。

 まず向かったのは、銭洗い弁財天が祀られている大正院だいしょういんである。


「本庄市は、古代から栄えてたみたいで、旧石器、縄文、弥生、古墳とそれぞれの時代の遺跡が残っているだよ。」

 羅針は、歩きながら調べておいた本庄市の歴史を、軽く駅夫にレクチャーする。

 本庄市には、埼玉県内最大の古墳が残る程に栄え、平安時代には庄氏しょうしが館を築き、その後庄氏から派生した本庄氏ほんじょうしが土着したことで、この地が本庄と呼ばれるようになった。16世紀に本庄氏が没落し、小笠原氏おがさわらしの城下町として本庄藩が生じるが、17世紀には廃藩となり、その後幕府の命により宿場町として栄え、商人の町として発展し、18世紀には中山道最大の宿場町となった。


「商業都市として栄えた本庄は、明治に入ってもその地位は揺るぐことはなく、今度は生糸、絹織物の産地としても栄えたんだ。今でも様々な企業の本社や事業所が誘致されているのはその名残だろうな。現在の都市形態は、工業都市、農業都市、交通都市、学園都市、スポーツ都市として、様々な顔を持つまでに発展しているんだよ。」

 羅針がそうして説明を締め括る。

「へえ。でもさ、本庄市の名前ってあまり聞かないよな。隣の深谷市にもの凄い偉人が出て、注目は奪われちまったのかな。」

 駅夫がそんなことを言う。

「それはそうかも知れない。面積も人口も深谷市の方が広くて多いし、市町村内総生産も、1600億円程深谷市の方が大きいからな。ほら。」

 そう言って、羅針がネットで検索した埼玉県内の統計表を駅夫に見せる。

「まじか。って言うことは工業、商業で発展してる本庄市より、深谷ネギが無茶苦茶売れてるってことか。すげぇな。」

 駅夫がそんなことを言う。

「深谷ネギだけじゃねぇだろ、……多分。」

 羅針はそんな訳あるかと思いつつも、深谷の特産品が他に思い浮かばず、駅夫を完全に否定もできなかった。


 そんな話をしながら、住宅街を歩いていると、突然大きな駐車場が広がった。スーパー、ホームセンター、家具屋などが集まった商業施設である。

 その大きな駐車場を横目に見ながら進み、土塀が現れると、漸く大正院に到着である。


 この大正院は、1583年に権律師ごんりっし正算せいざんが開山したと伝わる、真言宗しんごんしゅう智山派ちざんはに属す寺院で、本尊は大日如来だいにちにょらいである。境内には、不動堂ふどうどう薬師堂やくしどうがあり、不動堂には成田山新勝寺なりたさんしんしょうじ不動明王ふどうみょうおう御分霊ごぶんれいを祀り、市指定文化財である不動剣ふどうけんが納められているという。


 特に山門もない入り口を入ると、まずは鐘楼が鎮座していた。

 その足元には、〔武州本庄七福神〕の立て看板に大正院の名と、弁財天の説明があった。

 境内には、よく手入れされた、青々とした木々が庭園を飾っていて、コンクリート造りの本堂と、伝統的な寺院建築の不動堂や薬師堂が並び建ち、独特な雰囲気を醸し出していた。


 二人はまず、コンクリート造りの本殿に向かって参拝し、その後成田山の扁額が掲げられた不動堂、そして薬師堂へも順に参拝し、境内にひっそりと安置してある銭洗い弁財天の祠にも参拝した。


 参拝が終わり、二人はスマホを取りだして、本庄市観光協会のサイトを開いて、最初のスタンプをゲットする。

「これでいいのか。何か簡単だな。紙のスタンプだと、綺麗に押せるかどうか真剣勝負なのに。ポチで終わりかよ。時代だなぁ。」

 駅夫がジジ臭い感心をしている。

「ああ、良い時代になっただろ、おじいちゃん。」

 羅針がからかう。

「お前と()()()のジジイだよ!」

 駅夫が一矢報いようと、同い年を強調する。

「いいや、お前より6ヶ月年下だから、誕生日が来ていない今は1歳違うよ。」

 羅針には、そんな駅夫の反撃などどこ吹く風で、返り討ちの返り討ちに遭う。

「1歳俺の方が上だって言うんなら、年上は敬った方が良いんじゃねぇのか。」

 駅夫がなおも食い下がる。

「だから、敬ってるじゃん。おじいちゃん、いつまでも元気でね。」

 羅針がケタケタ笑いながら、返り討ちにする。

「くそっ、またやられた。」

 駅夫は、結局白旗を揚げて、二人は笑った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ