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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第漆話 本庄駅 (埼玉県)
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漆之壱


 旅寝駅夫と星路羅針は、昭和の遺物を展示した博物館を出て、太刀洗駅のホームに上がった。

 踏切を渡ると右手に扉があったが、これが地下に繋がっていて、ホームと行き来していた防空壕代わりの地下道である。こんな所にも戦争の痕跡があったとは、博物館の館長に教えて貰うまでは知る由もなかった。


「これから、博多に出て、新幹線で東京に行って、上野東京ラインと湘南新宿ラインを乗り継いで本庄駅に向かうから。到着予定は22時過ぎな。」

 列車を待つ間、羅針は本庄までの行程を駅夫に粗方話しておく。

「あれ、東京泊まりって言ってなかったっけ。」

「ああ、遅くはなるけど、取り敢えず行けることは行けるから。行ってしまおうと思う。途中寝てて良いからな。」

 羅針が、昨日「東京で宿泊してから」みたいな話をしていたから、すっかりそのつもりだった駅夫は、急遽予定が変更になったので、驚いてはいたが、羅針の説明に頷いた。


「そう言えば、本庄駅は高崎線って言ってなかったっけ。湘南新宿ラインなのか?」

「ああ、乗り入れてるからな。」

「なるほどね。じゃ、ジャンプするか。」

 羅針が何の繋がりがあるのかと訝しみ、納得できないといった顔で駅夫を見る。

「なんでそうなるんだよ。あの、動画とかで良くやってる奴だろ。あれやっても実際えっちらおっちら移動するんだからな。」

「それはそうなんだけどよ。もう新幹線のくだりは4回目だよ。飛ばそうぜ。」

「何メタい発言してんだよ。」

「そう言うなって、ほらジャンプするぞ。せーの!」

 駅夫が強引に掛け声を掛けたので、羅針は渋々、駅夫と一緒にジャンプした。

 駅夫は早速動画を確認して、オッケーを出した。

「まったく、これ向こうでもやるんだろ。ここは人がほとんどいないから、まだ良いけど、向こうは人混みだぞ。」

 羅針がまだ文句を言っている。

「良いんだよ、恥ずかしいからこそ、面白いんじゃねぇか。」

 駅夫はそう言って笑ってる。


 二人が巫山戯ていると、国鉄色のAR300形が現れた。

「この色の車両があるんだ。」

 羅針がそう言って、慌ててカメラを向ける。

「懐かしい色だけど、珍しいのか。」

 駅夫が不思議そうに羅針に聞く。

「まあな。この塗装は、国鉄時代の遺物だよ。国鉄色と言って、その界隈ではありがたがる塗装なんだ。」

「へぇ、この色がねぇ。懐かしいとは思うけど、そこまで良いとは思わねぇけど。」

「どんどん車体がカラフルになって、この色がなくなってるから、余計価値が上がってるんだよ。」

「ふ~ん。」

 羅針の説明に、駅夫は半信半疑で気のない返事をし、開いた扉から、列車に乗り込む。羅針もその後に続いて乗り込む。


 整理券を取った二人はそれぞれいつもの定位置、駅夫はかぶりつき、羅針は座席に陣取った。

 車内は中央部に1列2列のボックスシートが2組あり、それ以外の部分はロングシートになっていて、ボックスシートに観光客らしき集団が2組、主婦らしき集団が1組、ロングシートにはご老人たちが、何組かずつ分かれて座っていた。

 また、太刀洗駅でも何人か乗り降りしていたので、流石経営状態が良いと言われるローカル線の車内である、どうやら地域の足としても、観光資源の活用としても成功しているようだった。

 また来たいと思わせるこの雰囲気も、一因かも知れないなと羅針は思った。


 列車は住宅街の中を進み、山隈やまぐま駅を過ぎると田園が広がる。昨日は真っ暗闇の中だったが、その理由が良く分かる。田園地帯を走るときは、当然街灯も何もないのだから、真っ暗闇なのは当然である。

 松崎まつざき駅を過ぎたあたりから再び住宅街が徐々に増え、宝満川ほうまんがわを越えると、高架線に入り、右手に大分自動車道が併走し、左手には住宅街が広がっていた。

 西鉄にしてつ天神てんじん大牟田おおむた線を越えると、乗換駅である小郡おごおり駅では、多くの人が乗り降りしていた。

 小郡駅を出ると、線路は再び地上に降り、大分自動車道を潜り、大原おおはら信号所を越えると、そこは佐賀県の立野たての駅である。

 立野駅を出ると、線路は右へ大きくカーブをして、国道3号線を越えると、終点の基山駅である。20分間の気動車の旅は、これで終了である。


「ここさ、佐賀県なんだよな。」

 駅夫が列車を降りて、羅針に突然そんなことを言う。

「ああ。佐賀県三養基郡(みやきぐん)基山町きやまちょうだよ。」

 羅針が、調べたばっかりで記憶していた住所を教える。

「って言うことはさ、今度佐賀に来たときは魅力をたっぷり伝えようって言ったじゃん。」

 駅夫が長崎から下条に向かう際に、新鳥栖駅でそんなことを言っていたのだ。

「ああ、そんなこと言ってたな。一人位は観光客増やしてやるって豪語してたな。」

「一人か二人な。まあ、それは良いとして、伝えたい魅力が見当たらないんだけど、どうしよう。」

 駅夫は頭を抱えるように、困った顔をしていた。

「あのな。昨日は30分もいなかったし、今日も20分もいないんだ。それも駅の中だけだ。それで伝わる魅力だったら、今頃観光客でごった返してるっつぅの。そんなことに責任感じることないって。」

 羅針が駅夫の肩を叩いて慰める。

「そうか。」

「そうだよ。次にルーレットの目的地で来た時で良いじゃん。その時たっぷり伝えようぜ。今回は甘木線沿線としてちょっと触れるぐらいでさ、前哨戦って感じで良いんじゃね。」

「分かった。そうする。なんかちょっと息巻いてた自分が恥ずかしくなってさ。」

 そう言って駅夫は頭を掻く。

「お前でも恥ずかしくなることってあるんだな。」

「お前、俺を何だと思ってるんだよ。」

「ん?ロボット?もしくはアンドロイド?」

「このやろ!」

 駅夫は羅針の腹にグウパンチを食らわそうとするが、簡単に躱されてしまい、二人は声を上げて笑った。


 二人は跨線橋の階段を上がり、JRの改札口に回り、1番線ホームに降り、博多方面の列車を待つ。

 入線してきた列車は鹿児島本線福間(ふくま)行きの817系3000番台、白い車体である。

 駅夫が「赤じゃないのもあるんだ。」なんて言ってたが、もちろん、羅針は存在を知っていた。ただ、実車を見たのはこれが初めてだった。もちろん写真に収める。


 博多駅までは40分程の旅である。

 基山を出ると左手に筑紫山地の山々が広がり、国道3号線が右手に付かず離れずで併走しながら、ひたすら北上する。

 丁度このあたりは、筑紫山地の切れ目にあたる。その間を縫うように、鉄道、幹線道路が通り抜けているのだ。

 山地を抜け、大野城おおのじょう駅のあたりから、完全に市街地に入ると、後は住宅街の中を縫うように走る。やがて滑り込むように博多駅に入線した。


 博多駅に降りた二人は、新幹線で食べる駅弁を買うことにした。

 二人が選んだのは、三色弁当である。〔不動の人気〕とポップにあったので、それを鵜呑みにして購入した。あとはお茶と、お菓子とビールも手に入れる。


 のぞみ42号のN700Sに乗り込むと、結局いつも通り、E席とD席に二人はそれぞれ陣取った。二人はこの1週間、移動と観光をし続けて蓄積した疲れが、身体へ負担を掛けていた。その疲れを癒やすかのように、どっかりとシートに座り込み、まずは買ってきたお茶を飲んだ。

 二人が一息つくと、列車は定刻通り博多駅を滑り出す。あっと言う間に博多の街が飛ぶように後ろへ流れていく。その様は、まるで時間を逆光しているかのように、二人を振り出しの東京へと再び連れ戻そうとしていた。


 小倉駅を出て、関門トンネルを越えて、本州に戻ってくると、どちらからともなく、博多で購入した弁当に手を伸ばした。

 パッケージを開けると、鶏肉、錦糸卵、海苔を敷き詰めたご飯が、まず目を引く。鶏出汁で炊いた御飯は、そのままでも美味いが、秘伝のタレで味付けした鶏肉や錦糸卵、海苔と一緒に掻き込むことで、美味さが倍増する。不動の人気というのも頷ける。

 二人ともあっという間に平らげてしまった。


 弁当を食べ終わると、今度は、ビールで酒盛りである。ビール工場で着いた火が燻っていた羅針は、結局、東京に着くまでにビールを2缶半空けてしまった。半というのは駅夫が持て余した分である。

 酒盛りには満足した二人だったが、今回残念だったのは富士山との格闘ができなかったことだ。新神戸のあたりから既に夜の帳が降り、富士山は完全に夜の闇に紛れていて、その勇姿を見せてはくれなかったのだ。


 列車は280㎞/hを越えるスピードで爆速中だが、車内は静かな微睡まどろみに満ちていた。

 乗客は、一日の疲れを癒やすかのように眠る人、黙々と本のページを捲る人、何も見えない車窓に目をやる人、それぞれの時間を過ごしながらも、この静かな車内に満ちる夢現ゆめうつつの時間を共有していた。

 羅針もこのゆったり流れる時間の中で身体を癒やすかのように微睡んでいたし、駅夫はすっかり夢の世界へ旅立っていた。

 新幹線は、そんな彼らを乗せて、闇の中を駆け抜けていった。


 この旅3度目の〔振り出しに戻る〕で、光きらめくビル群を抜けて、東京駅に着いた二人は、7番線の上野東京ライン乗り場へと向かう。

 E231系1000番台の籠原かごはら行きに乗り込むと、帰宅ラッシュが一段落いちだんらくしたとはいえ、まだまだ混雑している車内は、座ることもままならないほどであった。

 浦和駅でかなりの人が降り、漸く座席を確保することができた。座席に身を沈めると、駅夫は疲れからか、すぐに船を漕ぎ出した。羅針も瞼が重く、睡魔との戦いを強いられていたが、辛うじて意識を保ち続けた。

 

 終点の籠原駅に到着し、羅針は夢の世界から連れ戻した駅夫を促して、二人は湘南新宿ラインの列車に乗り換えるために、跨線橋を渡り3番線へ向かった。

 前橋行きのE233系3000番台に乗り込んだら、本日の目的地である本庄ほんじょう駅はもう間もなくである。


 再び船を漕いでいた駅夫を叩き起こし、ほとんど乗客のいなくなっていた列車から、二人は本庄駅に降り立った。

 ホームで大きく伸びをして、長時間の移動で凝り固まった身体を解すと、関節からはポキポキと、悲鳴のような音が聞こえてきた。太刀洗駅からの8時間半の旅路は、二人の身体に確かな疲労を残していた。


「駅夫、記念撮影するぞ。それと、ジャンプ動画撮影するんだろ。」

「あ~。」

 駅夫は眠そうな声で、スマホの動画モードをセットし、録画ボタンを押す。

「ほら、しっかり立って、せーの。」

 羅針が掛け声を掛けて、ジャンプをするが、駅夫がついてこられない。

「ほら、もう一回。せーの。」

 今度は、タイミングを合わせて、二人同時にジャンプできた。

「本庄駅に着きましたぁ~。」

 眠そうな声で、駅夫が宣言する。ジャンプしてきた人間には到底見えないが、これで良しとしよう。テイクスリーを撮る元気は駅夫にはなさそうだ。


 その後、駅名標と記念撮影をして、二人はホームを離れ、本庄駅の改札口から外へ出る。

 駅の外は、夜も更け、家路を急ぐ人々が行き交う以外は、静かな街並みが広がっていた。


 駅前でまだ開いていたラーメン屋に入り、二人はラーメンと餃子で夕飯を摂った。

 二人とも味噌ラーメンを注文し、餃子もそれぞれ一枚ずつ頼んだ。駅夫は眠そうにしながらも、箸を黙々と動かしていたが、時折吹いて冷ますのを忘れて、そのまま麺を口に放り込んで、慌てていた。

「ほら、落ち着いて食べろ。火傷しないようにな。」

 羅針がコップに水を注ぎ足してやる。

「あ~がと。」

 駅夫はすでにあまり呂律が回っていない。


 取り敢えず腹が膨れた二人は、その後ホテルへと向かい、チェックインする。

 既に23時を回っており、これ以上無理をさせると駅夫が壊れてしまう可能性があるので、ひとまず、いつものように、明日の行き先決めのルーレットを回させる。

「じゃ、回すぞぉ~。ドゥドゥドゥドゥ……ジャ~。ん~、かのぼり駅~!」

 駅夫は呂律が回っていなかったが、ルーレットを回し、出た目を読む。

香登かがと駅な。これは、確か岡山かな。オッケー、シャワーして、歯磨きしたら寝て良いぞ。」

 羅針は、駅夫のスマホに表示された駅名を確認し、駅夫をバスルームに追い立て、眠い目をこすりながら、取り敢えず香登駅までの経路検索をし、駅夫がシャワーを浴びている間に、大まかな予定を立てた。




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